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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
5/141

5 健全なる食事


「そうか、食欲についてか」


 山田兄は、由紀子の質問に苦笑いをした。

 自販機から紙コップを取り出す。


「山田くんも異常に食べてるから、不死者特有のものではないんですか?」

「まあ、ある意味そうともいえるかもしれないが」


 山田兄は由紀子にコップを渡す。

 

 由紀子は頭を下げて口をつける。炭酸の味が口に広がる。


 由紀子は二度目の検診に来ていた。先日と同じコースを一通り終えて、待合にて山田兄に質問したところである。エリートサラリーマン風のこの男は、肩書として製薬会社の社員という。現在は、国と共同でお薬を作っているらしい。第三セクターという難しい言葉を言った。


 由紀子の食欲は、食べ盛りの一言で説明できないレベルに達している。


(うちが農家でよかった)


 米と野菜は豊富にあるので、エンゲル係数が極端に上がることはないが、家族に冷ややかな目でみられることがつらい。弁当箱も昨日から重箱三段重ねにグレードアップした。一緒にお昼を食べていた彩香さやかが引いていた。


(好きでこんなわけじゃないのに)


 あの天然家族のことを思い出すが、今更何を言っても仕方ない。


「抜けていたな。再生力を維持するために、不死者は常人の数倍のカロリーを蓄えなければならないんだ」


 やはり、食事量は増えるらしい。申し訳ない、と山田兄が頭を下げる。

 女王様風の姉に、鼻もちならないエリート風の兄だが、見た目によらず頭を簡単に下げる。おそらく他の家族に苦労させられているのだろう。少し不憫になってくる。


「まあ、それも含めてこれで誤魔かせるはずだ」


 山田姉は、クリアファイルに挟んだ書類を置いた。なにやら、甲乙と難しい文面が広がっている。


 由紀子が首を傾げるのを見て、山田兄がかみ砕いて説明する。


「これは、日高さんがとある特殊な病気にかかっていて、その症例が極端に少ないから、治療とともにデータを取らせてくれという内容だ」


 その代償に支払われる金額を見ると、一家族の平均収入を上回っていた。月一、十年間払い続けられる。


 さすがに多すぎるだろう、と由紀子が山田兄を見ると、


「慰謝料と思ってくれ」


 と、遠い目をされた。


「一応、公的機関の判があるが、それでも怪しまれるようならご家族のもとに、専門医を派遣して説明するよ」

「……家族にそこまで隠す必要があるんですか?」


 由紀子は首を傾げる。友達には不死者となったことを知られたくないが、家族となれば、話す必要があると思う。今後、弊害が起こりかねない。


 山田兄は、黒縁の眼鏡をかけなおす。


「姉さんはそんなことも話してないのか」


 呆れた顔で山田兄は、コーヒーを飲み、空になった紙コップをリサイクルボックスに入れる。


「『人魚事件』って知ってるかい?」


 由紀子は首を振る。


「そうだね、世界大戦の頃の話だからね」


『人魚事件』


 世界大戦中、一人息子のもとに赤紙が配られた母親が、息子の無事を祈り、不死の妙薬と言われる人魚の肉を求めて、人魚の子孫と噂される猟師町の娘を惨殺する事件が起きた。

 母親は景気づけと息子にその肉を食べさせたが、息子が戦地から帰ってくることはなかった。

 人魚の肉がデマだったのか、それとも娘はただのヒトだったのか、人魚が滅びた現代では知る由もないことである。


「ちなみに、娘は人魚の子だと、言いふらしていたのは、被害者の父だったそうだ」


(……聞かなきゃよかった)


 つまり、由紀子が不死者だとばれると、いろいろ不都合が起こるらしい。不死王ノーライフキングの血肉が不老不死の薬だと言われたら、違うと言い切れないのだから。


 戦時中の混沌とした時代ではないものの、老けずに生き続けることを望む人間はいくらでもいるだろう。


 しかし、それならば疑問が残るのは。


「なんで、山田くんは堂々と不死王の子と名乗っているんですか?」


 由紀子よりも山田家族のほうが狙われやすいだろう。隠しておくべきはそちらのほうではないか。


「あの人たちが自分の正体を隠せるほど器用だと思いますか?」


(なるほど)


 これ以上ない理由である。


「それに、下手な噂がまわるよりも、注目を一点に集めておいたほうがなにかと都合がいいんですよ」


 一瞬、とても腹黒い顔が垣間見えた気がしたが、由紀子は見なかったことにする。




 


 家に帰ると、玄関先で母が誰かと駄弁っていた。

 綿菓子のようなふんわりした笑顔を持つ、二十前後にしか見えない女性がいた。


「あら、お帰り。あんたの友だちのお母さんが来てるわよ」


(友だちじゃないんだけど)


「こんにちは、由紀ちゃん」


 ふわふわと毒気を抜かれる笑顔を振りまく山田母、まさに天然という言葉にふさわしい。


「こんにちは、山田くんのお母さん」


 棒読みであいさつを返す。愛想を振るには体力がいる。


「山田さんのところから、お土産もらったわよ。遅くなったけど、引っ越しの挨拶ですって」


 菓子折りが五つ積み重なっている。由紀子の好きなカスタード饅頭だ。


(家族五人分?)


 もらい過ぎだろう、と言いたいが今の由紀子には微々たる量なので断る必要もない。


 とりあえず、気が利かない母の代わりにお茶を用意する。


 ふんわりとしたブラウスとスカートを身に付けた見た目幼な妻と、農作業途中の土で汚れた母親は、どうもちぐはぐな組み合わせだが、話は盛り上がっているらしい。


「あっ、ありがとう。しっかりしてるのね」

「ちょっと温くない?」


 母の言い分を聞き流す。湯飲みには温めの茶を入れている。山田母対策だ。


 母は、茶と一緒に持ってきた芋羊羹をつまみながら、話を続ける。


「やっぱり生産量だけ求めても、味が落ちるのよね。せっかく大きく育っても中にスが入っちゃって」

「わかります、それ。ごはん増やして太らせるだけじゃダメなんですよね。適度な運動させないと、すぐ味が落ちるんです。息子はそこのところ敏感で、すぐわかるんですよ」


 普通に聞いていると、母と山田母は農作物と家畜について話しているようだ。


「食事に動物性たんぱくあげると、量は増えるんですけど、臭みが増すし。もうずいぶん前にやめたんですけど」


 そういえば、誰かが菜食主義者だと聞いたことがあった気がした。誰だったかは、深く思い出そうとは思わない。


「ああ。肉骨粉ね。今は禁止されてるしね。あれは駄目だわ。カルシウムとるなら、貝殻のほうがいいわ」

「貝殻ですか? へえ、はじめて知りました」

「そお? 昔からあると思ってたんだけど」


 母は、山田母の言っているものが鶏か何かだと思っているらしい。普通、そうである。


 由紀子は芋羊羹を口に運ぶ。祖母手作りの和菓子は、甘みがおさえてあって美味しい。


「ホームセンターに売ってあるけど、アサリやカキを潰せば十分よ」

「そうか。じゃあ、今日はボンゴレにしようかしら」


 夕飯が決まったところで、山田母はおいとますることにしたようだ。


「ああ、ちょっと待ってて」


 母が玄関からでると、箱一杯に野菜を詰め込んでくる。

 ハウス栽培のホウレンソウとイチゴに、エンドウとアシタバとキャベツが入っている。


「口に合うかわかんないけど、よかったら使って。あまったら、貝殻と一緒に混ぜてあげてみるといいよ」

「あっ、ありがとうございます。ホウレンソウ、うちのひと、大好物なんですよ。貧血にならないように、毎日食べてるんです。早速、試してみます」


 貧血の原因はなんとなくわかるが、由紀子は黙っておく。なにを試すのかはいわずもがな。


 車で送ろうか、という母の言葉を断り、段ボールを軽々担いで山田母は帰って行った。


 由紀子は、お茶を片付けて、お土産の箱を開ける。


「見た目によらないよね。鍛えてるのかな、あの箱、けっこう重かったのに」


 母親の感心する声をよそに、由紀子はまんじゅうを頬張る。


 おいしいなあ、と思いつつ、今日の山田父の晩御飯を哀れに思った。


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