小話 アレなサクランボ
拍手小話です。
読まなくても、本編にはさしあたりありません。
由紀子の中学校では、小学校と同じく給食はない。お弁当か学食が基本である。
祖母は面倒だね、と言うが、由紀子はこの体質になってから助かったと思っている。でなければ、給食など山田と二人で一クラス分食べかねない食欲なのだ。
今日も、重箱いっぱいに詰められたお弁当を美味しくいただいている。
隣には、四次元鞄から取り出した十段重ねのハンバーガーを食べる山田。かなり食べにくそうだ。
人並みの食欲のかな美とあと二人クラスの女の子の計五人で食べている。
基本、由紀子と山田で食べていて、それにかな美や織部が連れとともに、一緒に食べることが多い。
由紀子は、重箱を空にすると、もう一つお弁当専用のサブバッグから大きなタッパーを取り出した。
「よかったら、食べて」
いつもの自家製サクランボだ。
「いいの? すごく美味しそうなんだけど」
「いいよ。うちにいっぱい生ってるから」
「ほんと? 店で売ってるやつじゃなくて?」
と、指でサクランボをつまむ。
たしかに、それは大振りでつやもいい、桐箱に詰めて売られていてもおかしくない代物である。
(去年はもっと小ぶりだったんだけどな)
特に、間引きもせず放置していたサクランボが、こんなに立派になったという理由は、実は心当たりがあった。
先日、山田父が日高家を訪ねてきた際、なぜだか放し飼いのニワトリ数百羽に襲われた。由紀子は羽毛の塊に、ぴくぴくと動く人間の手が見えて、慌てて追っ払いにいったものだった。
ちょうど、その場所がサクランボを植えているところである。
その後、サクランボの実が大きく育ち、ニワトリは卵をよく産んだ。
さすがは、山田父、飼料としても肥料としても優秀らしい。
おかげで実が大きく収穫量も多いので、これから毎日クラスで振舞うことになりそうだ。
もちろん、特製肥料については黙っておく。
(これって、さくらんぼ食べ放題で開放したら儲かるかな?)
腹黒いことを考えながら、サクランボの種を吐き出す。
大好きなサクランボを食べられて山田少年は嬉しそうである。しかし、彼はここのところ毎日食べに来ているのだから、飽きそうなものなのに。
そうしているうちに、サクランボはラスト一個になった。誰も手に取らないようなので、由紀子は指でつまむ。
すると、それをじっと山田少年が見ている。
「食べる?」
返事をする代わり、口を大きく開ける。食べさせろ、ということらしい。
(しょうがないなあ)
由紀子は、山田の口にサクランボを入れようとしたが、そのまま食べさせるのはなんだか悔しいので、彼の口にぎりぎりとどかない位置で手を止めた。
山田は首を伸ばすが、微妙に届かない。
由紀子は面白くなってサクランボの柄を揺らしてみる。
「由紀ちゃん、焦らすなんて意地悪だよ」
長いまつげのついた目を細めて見せる。女の子なら嫉妬してしまう長さだ。
山田はゆっくり舌を伸ばし、赤い実をたぐり寄せる。舌と上唇に挟んでぷちりと柄から切り離す。
もぐもぐと咀嚼して、赤い舌に種をのせて見せ、殻入れに落とす。
空いた舌は、唇を濡らしながら一巡すると、口の中におさまった。
(あれ?)
なんというのだろうか、由紀子は口には言い表しづらい感覚に陥った。
身体がぞわぞわする居心地の悪い何かである。残念ながら、由紀子には経験のない気持ちだった。
ただ、サクランボを食べているだけなのに、どうしてそんな風に思ってしまうのだろう。
それは、由紀子だけではなく、かな美たちも同様らしい。
「なんか、日高さんと山田くんってすごいね」
「うん。なんか、世界が違うよね」
由紀子は、頬を染める二人の女子の会話に混乱する。
山田は何事もなかったかのように、お弁当箱を片付け始める。
かな美はぷるぷると震えて真っ赤な顔をしていた。
「由紀ちゃん、山田くんにさくらんぼ食べさせるの禁止!」
かな美が宣言する。
「えー」
不満な声をあげる山田に対し、由紀子は、かな美の宣言を素直に聞き入れることにした。
どうやら、アウトな行動だったみたいだ。