小話 恋多き
拍手で書いていた小話です。
見なくても、本編には支障ありません。
『見合いはうまくいったようだな』
「ええ、まあ、八割くらい」
アヒムは、年上の姪っ子に受話器越しで返答する。
『なにか問題でもあったのか?』
曖昧な返事に一姫は疑問を持つ。
アヒムは、深く息を吐きながら、
「ええ、八割は上手くいっているんですよ、八割は」
と、庭ではしゃいでいる子どもたちのほうを見る。
〇●〇
「ポチ、すごいね」
由紀子は、こわもてだが心優しきケルベロスを撫でる。もちろん、三つの頭を均等になでた。
ポチは、お返しとばかりに由紀子の鼻を舐めると、自分の腹にあるものの毛づくろいをし始める。
一、二、三、四、五匹、黒と茶色とクリーム色の小さな生き物がポチの腹に群がってミルクを飲んでいる。赤ちゃんである。
先日、生まれたと聞いていた。山田少年に見に来るか、と言われて今日はお邪魔している。
(かわいいなあ)
由紀子は無類のファンシー好きのため、子犬など目がないのだ。たとえ、それが首が三つついた地獄の番犬だとしても、無問題である。
首が三つあるため、おっぱいのとりあいはより熾烈なものになっている。
ポチは賢いので、あぶれた子犬も他の子犬が飲んでいないときに誘導してミルクを飲ませている。
一匹がお腹いっぱいになったようで、ポチのお腹から這い出て由紀子の膝の上に乗ろうとする。よちよちするあんよといい、まだ柔らかい小さな肉球といい、なんてかわいい生き物なんだ。
思い切り撫でまわしたい気もするが、自制心で抑え込む。興奮して、力の加減を間違えたら恐ろしいからだ。
由紀子は、膝に這い上り、そのままこてんと転げて眠るちびわんこを見ながら幸せを感じていた。
「由紀ちゃん、これがお父さんだよ」
山田少年が、由紀子にずいぶん立派な写真を見せてくる。お見合い写真というやつだ。
「これがお父さん?」
由紀子は、首をひねる。
それは、どうみても超小型犬にしか見えなかったからだ。
「チワワだよね?」
「ケルベロスだよ」
「いや、首は三つあるけどさ」
ケルベロスにも品種というものがあるのだろうか。由紀子としては、ケルベロスが犬の品種の一つとして見ていたのだが。
相手がチワワならチワワでそれでいいと思う。子犬がずいぶんつぶらな瞳をして可愛いわけだ。
ただ気になるのは。
「ポチってドーベルマンだよね?」
「違うよ。ケルベロスだよ」
「いや、首は三つあるけどさ」
首が三つあるチワワと首が三つあるドーベルマン。まあ、なんというか。
「どうやってできるの?」
ものすごく気になる。
山田はその質問に、なぜかもじもじしている。
そして。
「……由紀ちゃん、けっこうエッチだね」
「……」
由紀子は一瞬で顔を真っ赤にする。自分がどんなに恥ずかしい質問をしていたか気が付いた。
「由紀ちゃんが知りたいなら教えるけど」
「いい、いいよ。わかった、わかった」
由紀子は両手を振り、にこにこしている山田の申し出を断る。
そんなこんなで、ひざのわんこはどんどん数を増やしていた。計四匹、白っぽいのと黒っぽいの。白いのはパパ似で、黒いのはママ似らしい。
一匹だけ、ようやくあぶれていたわんこがおっぱいを貰っていた。
(あれ?)
由紀子は目をこらす。なんだか、あの一匹だけまさに毛色が違う。他のクリーム色か黒なのに対し、茶色である。それから、ミルクを飲む頭が。
頭が二つしかなかった。
いや、二つあっても多いのであるが。
「あの子、ケルベロス?」
山田少年に聞くと、
「ハーフじゃないかな?」
「ハーフ?」
由紀子が首を傾げると、山田兄がやってきた。
「八割はうまくいってるんですけど」
と、お腹いっぱいになってこてんと転がる茶色の子犬をつかまえる。
「ポチは恋多きミステリアスなわんこなんだよ」
ねえ、ポチ、と話しかける山田。
ポチはなんだか恥ずかしそうに、毛づくろいを始める。
山田兄が持ったそのわんこは、ご近所で放し飼いにしてある柴犬のタロウにそっくりだった。