44 お昼寝は成長に不可欠です
体育祭の一件は、何はともあれクラスの親睦を深めることには役に立ったようだ。
打ち上げと称して、翌日の日曜日には、希望者で焼き肉食べ放題に行った。全員ではないにしろ、クラスの三分の二が参加すれば上々というところではないだろうか。
もちろん、由紀子が食べ放題と名のつくもので参加しないわけがなく、自動的に山田少年もついて行った。
ただし、山田が食べていいものは、サラダバーのみである。山田に物理的制裁を加えるよりも、こちらのほうがより効き目があると由紀子が提案したためだった。
店の椅子にしばりつけられ、目の前でじゅうじゅう焼かれる肉を目の前にして、口にできないというのはどれだけ苦行だろうか。
山田の公開処刑は、周りの客に目立たないように店の端っこで行われた。
(これっていじめ?)
自分で提案しておいて、由紀子は罪悪感に苛まれた。
山田少年は、みんなからサラダバーを口に突っ込まれながらも、目は肉を泳いでいる。
もしかして、嗅覚と視覚のみでお肉を食べているつもりなのかもしれない。いつの時代の苦学生だろうか。
(ちょっとかわいそうかな)
由紀子はサラダを山のように持ってくると、こっそりよく焼けたお肉の皿も用意する。
そして、縛り付けられた少年の元に向かうと。
「はい、山田くん、あーん」
「あーん」
「こっちも食べて、食べて」
女子数人に囲まれて、デザートを食べさせてもらっている山田がいた。もぐもぐと美味しそうに食べている。
「……」
由紀子は、くるりと方向転換すると、椅子に座り皿の上のサラダと肉を片付けていく。
「おまえ、よく食うなあ」
ヤギっぽい見た目の織部がひたすら肉を焼いている。本人は見た目のせいか、肉類はあまり食べない。だが、面倒見がよい性格をしているので、みんなの分も焼いてくれる。
由紀子は、山盛りのカルビと豚トロを織部に渡す。
「どんどん焼いて」
「……わかったけど、店つぶすまで食べるなよ」
どんぶりにごはんを山盛りにして思う存分食べてやった。
ほかのヒトがお守りをやってくれるので、由紀子は本当に助かったのである。いやあ、本当に助かったのだ。
次の日は、体育祭の振り替えでお休みなので、前から約束していたかな美とショッピングである。
結局、由紀子の母は、最低賃金の半分以下で由紀子をこき使ってくれたので、祖父にねだり足りないお小遣いを調達したのだった。
これから、どんどん暑くなっていくので、涼やかなワンピースの一つくらい欲しいのである。
駅前で待ち合わせをして、ショッピングモールに来た。
「やっぱ、今の季節だと高いかな」
由紀子は、涼しげなワンピースの値札をつかむとため息をつく。やはり、子どものお財布では、少々お高い。
(やはり、チャレンジメニューを狙うか)
学校近くの商店街にそれらしいメニューがあればよいが。
去年は荒稼ぎしたおかげで好きなように服を買っていたが、今年それを着るとなると少し子どもっぽい気がするのだ。
贅沢な話だが、思春期とはそういうものである。
「時期が悪かったね。春物在庫セール終わったみたいだし」
かな美が残念そうに言う。
欲しいものは、予算オーバーである。
「テスト終わって、バーゲンがあったらまた来ないとね」
それでも、夏向きに改装されたモールを歩くのは楽しい。
クレープを食べながら、ウインドウショッピング、とても女の子である。
ショーウインドウを見たり、靴の試着をしたり、雑貨屋さんで小物を見たり。
とても女の子すぎて、これでいいのか、と思ってしまう。
「いいねえ、女の子って。一緒に歩いてて流血しないんだもん」
「普通、歩いているだけで流血するヒトはいないわよ」
「うん、わかってる」
「……大変ねえ」
二人で遠い目をして大きくため息をつく。
缶ジュースを買って、広場のベンチに座りながらそんな会話をする。
木陰が心地よく、ひんやりした炭酸が美味しい。足元でハトが地面をつついている。
そんな落ち着いた中で、自然と、天然スプラッタのことを考えてしまう自分が妬ましい。今日も、下手すればついていくと言いかねなかったので、出かけることは内緒にして朝早くに出かけたのだ。
「なんでまた、山田くんのお守りなんてする羽目になったのよ?」
「ああ、うん、まあ。成り行きといいましょうか」
(あの時、レバ刺しさえ食べなければ)
まったく今更遅すぎる後悔である。
おかげで、由紀子は一般人にはそうそうお目にかかれない場面にばかり遭遇する。
食人鬼しかり、吸血鬼城しかり。
頭突きで即死したり、指食べられたり、散弾銃でぶっ放されたり。
人間不思議なもので、悪い記憶のほうが圧倒的に覚えているものである。しかも、由紀子の場合、悪い記憶がどう考えても生死に直結しているのでたちが悪い。
「ゆ、由紀ちゃん。なんか顔色悪いわよ」
かな美が心配そうに由紀子を見る。
「あっ、いや大丈夫。ちょっといろんなことあったなあ、って思い出しただけで」
由紀子がそういうと、かな美は急にきりっとした顔で由紀子を見つめた。
「由紀ちゃん。もし、山田くんに何か変なことされそうになったら、きっぱり断るのよ。できなきゃ大声で叫んで助けを呼んでもいいのよ」
「えっ? かな美ちゃん」
(基本的に山田は無害なんだけどな。迷惑はかけるけど)
血糊をまき散らすことはあっても、相手に危害は与えないのだ。
小学校時代は、結局、それがネックになって友だちがほとんどできなかったのだ。中学デビューとは言わないけど、少しずつ友だちが増えているのでよかったと思っていたときである。
「かな美ちゃん。山田くんはああ見えて無害だから大丈夫だよ」
由紀子が笑顔で答えると、かな美は、
「由紀ちゃん。誰しも、大丈夫だと信じて裏切られるのよ。傷つくのはあなたなのよ」
と、真摯なまなざしを向ける。
(やっぱり男の子嫌いなのかな?)
由紀子は、とりあえずかな美を立てるために、返事をしておいた。
どこか不満そうなかな美も一応は納得してくれた。時折、彼女は何かしら使命を帯びた顔で、由紀子に語りかけてくるのだ。
(なにが、かな美ちゃんを駆り立てるのだろ?)
そんな疑問を持ってしまう。
由紀子はベンチから立つと、空き缶をかごへと投げ入れた。
「なにしてるの?」
由紀子は、道路に寝そべる少年に聞いた。
かな美と別れて、家に帰るところである。手には、アクセ屋で買ったシュシュとコームが入った紙袋を持っている。
「なんとなく」
山田少年は、大の字になって空を眺めていた。
道路といっても農道で、場所は由紀子のうちの畑の前なので私道ということになる。それでも、祖父の軽トラックや母の乗用車が通ることがあるので寝そべってもらいたくないのだが。
今更、不法侵入のことは言うまい。
山田父が道路で破裂していた理由がわかった気がした。
「カエルみたいになっちゃうよ」
「でも、動きたくないし、眠たい」
と、目を瞑る。
なんだか駄々っ子っぽい。
「だーめ。ここで寝ないでよ。うちのおじいちゃん、免停になっちゃうじゃない」
由紀子は山田を担ぐと、そのまま山田家に持っていこうとする。
「おうちで寝てよね。邪魔だから」
「……れないんだ」
消え入るような声で山田が言う。発音が不明瞭で聞き取れなかった。
由紀子は首を傾げ、
「なんて言ったの?」
「まだ明るいし、晴れてるからお外で昼寝がしたいんだよ、って」
「ふーん」
なんだかさっきと違うことを言っている気がする。
「由紀ちゃんちでお昼寝させてよ」
「あんたんちの庭で寝ればいいでしょ」
「父さんの血しぶきがかかるから眠れないよ」
「……そりゃそうだけど」
(お前が言うか?)
由紀子は、つっこみそうになりながら、山田の言葉ももっともだと思う。隣で解体ショーをやられながら、昼寝などできるはずがない。
(しゃーないか)
由紀子は、山田少年を担いだまま、山田家でも日高家の母屋でもない方向に歩いて行った。
由紀子が山田を連れてきたのは、大きな木の下である。日高家の遊んでいる土地の一部である。しめ縄をつけたらそのままご神木になりそうな大きな銀杏だ。銀杏といっても、オスなので実は付けない。
由紀子は、山田をその幹に背中を預けるように置くと、自身も座る。下は草が生えて柔らかいので寝心地はまあまあだ。
「ここなら寝ていいよ」
由紀子はそういうと、寝そべった。
まだ高い位置にある太陽が、銀杏の葉の隙間からちらちらとこぼれてくる。そのまぶしささえも心地よい。
由紀子のお気に入りの昼寝場所だが、たまには山田少年にでも貸してあげよう。
すごく可愛いコームが安く買えて、ちょっとご機嫌だったりする。
山田も由紀子を見習い、横になるのだが。
「おい、ちょっと待て」
由紀子は、ごく自然に由紀子のお腹を枕にする少年につっこんだ。最近、口も悪くなった気がしないでもない。
「いや、一番やわらかい部分だから」
これまたごく自然に失礼なことを抜かす山田少年のほっぺたをつねる。ねじきる勢いでつねる。
(まだまだ、成長するし)
だからと言って、やわらかくなってもらいたい部分に寝られたら、ほっぺたをつねるレベルではすまないのである。首をねじ切りかねない。
山田はしぶしぶ頭をどかすと、由紀子と同じように仰向けになる。
由紀子は山田を置いて帰ろうかと思っていたが、自然とあくびが出ていた。本当に昼寝には最適な場所なのだ。
(四時か)
携帯電話のアラームを一時間後にセットすると、ごろんと寝返りをうつ。
そして、ゆっくり目を閉じた。
http://5130.mitemin.net/i49159/
うらいまつさんに挿絵を描いていただきました。