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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
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42 リアルモンスターペアレント その弐

 山田家はなにか物理法則をねじまげる能力を持っているのかもしれない。


 由紀子は、そんなことを考えながら青いお手玉を拾い、竹筒の先に取り付けられた籠に向かって投げる。


 籠に入りきれなかったお手玉は不思議なほど綺麗に放物線を描き、山田少年の顔面に当たる。たとえ、放物線を描いた先に山田少年がいなくとも、お手玉はそれぞれが接触することによってその進路を変更し、かの少年の顔面に向かうのである。


 なんというか、物理的ダメージはほとんどないが屈辱という精神的ダメージを与えるものである。兄の言葉で言い換えれば、「最強装備なのに、たまたま雑魚キャラに一のダメージを食らった」的なところだろう。


 もっとも、それは一般人の感性であって本人は楽しそうにお手玉を投げているが。


 一方、玉入れ参加者は、お手玉のほとんどが山田少年に当たるため、彼の周りに集まって実に効率のよいお手玉回収を行った。

 おかげで、由紀子たちのチームは他のチームに大差をつけて一位になった。


 山田とはさみは使い方次第である。






 午前中の部は応援合戦が閉めとなる。

 体操部の生徒がバク転をしたり、女子がポンポンを持って文字を作ったりなかなか見ものであった。


 かな美もがんばっていただけあって、由紀子は思わず拍手してしまった。

 まあ、全員参加といっても由紀子は応援席から声だしをするだけなので、ほとんど出番はない。


 と、まあ、比較的スムーズに種目の半分以上を終えたのだった。






「由紀ちゃん、ちゃんと撮ったから」


 彩香が目をきらきらさせて、カメラを見せる。

彼女のことだ、山田が顔面に何度もお手玉がぶち当たるのをしつこいくらい連写したのだろう。由紀子が写っているとしたら、その周りでハイエナのごとくお手玉を拾う姿だ。


 祖母は、がんばったね、と由紀子に冷たいおしぼりを渡す。頬に当てるとひんやりして気持ちがいい。


 山田家を見ると、おはぎを食べるだけ食べて満足そうな山田父が山田母のひざまくらで寝ていた。


「耳かき持って来ればよかったかしら?」


 と、山田母が言っているのを聞いて、それだけはやめてくれ、と由紀子は思う。

 由紀子祖父が携帯用の綿棒を取り出そうとしていたので、そっとおさえて、やめて、と言った。

 

「はいはい、たんとお食べ」


 祖母は料理が上手い。お菓子作りだけでなく、普通の和食も上手い。

 お重には錦糸卵がのったちらしずし、出汁巻卵、てんぷらに筑前煮、肉巻きんぴらにそぼろ他もろもろが入っている。


「やっぱ、てんぷらは弁当に入れるとしんなりしちゃうね。米粉混ぜたんだけど」


 粉の比率変えてみるか、とぶつぶつ言っている。祖母と母はあまり似てないと言われるが、分野は違えど研究熱心なところは母子である。


「うふふ、由紀子ちゃん、うちのも食べてみて」


 山田母が、バスケットに入ったサンドイッチを差し出してくる。食パンは胚芽や野菜を練り込んでいるのか、白の他に茶、緑、赤とカラフルである。食パンだけでなく、ベーグルやクロワッサンにも挟まれている。

 具材もカラフルで大変おいしそうなのだが。


「(大丈夫です。具材に怪しげなものは入っていません)」


 由紀子の考えを読み取ったかのように、山田兄が耳元で教えてくれた。


 そうだ、山田母も料理上手なのだが、その材料が得体のしれないという点で怖すぎるのだ。

 安心してサーモンとエビのクロワッサンサンドをいただく。酸味のあるマリネがアクセントになっており、大変おいしい。もう店を開け、と言いたくなる腕前なのだが。

 できれば、躊躇なく手を伸ばせるようになりたいものである。


 山田少年も日高家のちらし寿司を気に入ったらしく、おいしそうに食べている。


 大変、微笑ましい光景に見えたのだが。


 山田母がビニール袋に包まれた大きなタッパーを取り出してきた。

 それを見て、優雅でゴージャスなはずの山田姉が、ぶふぉっ、とあるまじき音を立てて口に含んでいたものを吹いてしまった。


「姉貴、そりゃねえだろ」


 山田姉の正面にいた恭太郎の顔に被害が集中した。

 由紀子祖母が御手拭を恭太郎に渡す。「あっ、すんません」と、恭太郎は自分の顔を拭く。


 当の加害者である山田姉は、弟に謝る様子もなく、なんだが慌てている。


「お、お母さま。お弁当にヅケはだめって……」

「ほら。大丈夫。液だれなんてしてませんよ」


 ビニールで何重にも包まれたタッパーは確かに液だれしていない。しかし、紐で何重にも包まれているのはどうしてだろう。


(ものすごく嫌な予感がする)


 由紀子がそのように思うのは、なぜだか自信満々の山田母と、その隣で顔をきりりとさせた山田父がいるからだ。

 この二人のこういう顔は、生産物に誇りを持つ生産者の顔だったりする。


 開けたタッパーの中身は、醤油と味りんと昆布で漬け込まれた赤黒い肉だった。

 普通、ヅケと言えば魚が基本であるが。


「うふふ、由紀子ちゃんのお母さんに、レシピ教えてもらったの」

「あら、じゃあ、うちのレシピなわけかい」

「はい、でも具材をオリジナルにしてみたんです」


 ああ、オリジナルすぎる具材である。ある意味、高級珍味だ。


「お、お母さま。私も秘伝のレシピを食べてみたいわ」


 山田姉が事態の収拾をすべく発言した。


「……母さん、僕も気になります」


 山田兄が、空気を読み取って姉に助け舟を出す。


 恭太郎は、まだおしぼりで顔を拭いていて、事の重大さに気が付いておらず、それを見た山田兄が容赦なく後頭部を殴りつけた。

 由紀子は今まで、恭太郎のことをどこか不憫に思っていたが、それは彼の性格に起因するのではないかと思うようになってきた。


「うふふ、その前に、ちゃんと美味しくできてるか、日高家のみなさんに味見してもらいたいの。もちろん彩香ちゃんにも」


(山田母ー!)


 由紀子は全力でつっこみたい気持ちを押さえこむ。

 確かに、山田家オリジナルヅケはそうそう食べられない一品だろうが、それとこれとは別である。


 確かに、祖父母には長生きしてもらいたいが、こんな形で長生きさせるわけにいかなかった。もちろん、友だちである彩香の背に十字架を乗せる気もない。


 由紀子は、目頭が熱くなるのをおさえこみ、無理やり笑顔を作った。私は女優、と言い聞かせる。


「うわあ。私、すごくヅケが好きなんです」


 いや、ヅケは好きなのだ、それは本当である。


「いっぱいいただいでもかまわないですか?」


 その言葉に、山田父母がなんだか満足した顔を浮かべる。


「あら、由紀子ちゃん。それなら、どんどん食べて」

「ああ、おじさんもいっぱい食べてもらえるとうれしいよ」


 由紀子祖父母は、孫にはそこそこ甘い。


「もう、由紀子は食い意地がはってるな。すみません。山田さん」

「はい、好きなだけどうぞ」


 ヅケ入りのタッパーは由紀子の元にくる。


 山田姉たちが、感謝の目で由紀子を見ている。


 山田少年は、ちらし寿司を食べるのに夢中である。


 彩香がさっきから静かだと思ったら、サンドイッチを食べながら、携帯でブログを書いていた。


「ありがとうございます。いただきます」


 あふれる思いを偽りの仮面で隠し、タッパーを受け取る。


 ぴちゃり、と魚がはねるような音がした。なぜ、紐でぐるぐる巻きにされていたか、わかった気がした。しっかりつけ込んであるのに、まだこれだけ動くとは。

 

(さすが活きがいい食材だ)


 由紀子は、頬についたタレを手の甲で拭うと、無表情のままヅケに箸を伸ばした。


 ああ、わかっている、わかっていることだ。


 山田父は美味い。どんな高級和牛も、イベリコ豚も、ハーブ鶏も彼には勝てやしない。


 彼は肝臓レバーだけの男ではない。


 由紀子が無我の境地でヅケを食べ終わると、山田少年がいつのまに由紀子の隣に来ていた。


「由紀ちゃんは食いしん坊だね」


 山田少年がにこにこ言いながら言い放った何気ない言葉に、由紀子はとりあえずその小憎らしい後頭部を拳で殴りつけることにした。


 山田家の毒され加減が、最近暴力まで及んでいる気がしないでもない。


 このままではいかん、と反省して、山田の後頭部を撫でた。



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