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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
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40 大切なのは傾向と対策

 不死者の思考回路は合理的になっているものが多い。

 それはすなわち、大きな利益を得るために小さな犠牲を問わない傾向にあると言える。


 自分の選択が間違っていたのだろうか、とオリガは思うときがある。


 何について、それは由紀子についてだ。


 由紀子が不死者になった経緯は、偶然だ。

 天然が天然たる理由で、とても不幸な流れで由紀子は不死者となった。


 オリガは、最善を尽くしたが、由紀子の体内にはすでに不死王ノーライフキングの血肉が吸収されていた。


 アヒム曰く、不死王の血肉は特殊なプリオンタンパク質だそうで、吸収することにより、元ある細胞を別の何かへと変質させることによって不死化するらしい。

 このタンパク質は、吸収された体内では増えることはなく、ゆえに何度も怪我や死亡すると目減りしていく。これが、不死者が完全な不老不死でない理由である。


 まだ、その異常すぎる再生速度や、祝福や呪いの原理といったオカルティックな面は判明していない。

 なにせ、不死王が一体どこから来たのかさえ、わからない謎の生物であるからして。


 由紀子にも定期健診の際、アヒムが何度か講義していた。

 かみ砕いた内容だったが、少しあの年齢の子どもには難しかっただろう。


 柔軟な思考を持つ十三歳の女の子は、自分の身体を少しずつ理解して行っている。


 ヒトでなくなったことに精神異常をきたすことも、能力におごることもなく。

 なった経緯はともかくとして、理想的な不死者になった身体への理解の仕方だった。


 ゆえに、オリガもアヒムも恭太郎も卑怯な選択をした。


 三人は三人とも、嘘は言っていない。


 ただ、本当のことを言わないだけで。


 不死王は血肉を奪ったものに呪いをかける。その呪いは彼の意思により解くことができる。


 同時に、祝福もまた同様である。


 その昔、オリガの伴侶だった男は、祝福を解かれたと同時に灰となって消えていった。それは、彼の年齢がヒトとしてとうに灰になる年月を生きていたからだ。


 もし、それが由紀子であれば、ただのヒトの姿に戻ることであろう。


 ただ、問題はそれができるのは本来の不死王であり、今の平和ボケした彼ではない。

 時折現れるかの人格が、いつでてくるのかわからず、また、それを快く引き受けてくれるかもわからない。


 不死王にとって、不死者は子である。簡単に、子を減らしたがる親ではないのだから。


 期待させる真似をしたくないと言うのも理由。


 もう一つ、自分勝手なことも理由。

 家族のために、オリガたちは由紀子を利用していた。


 不死男ふじおが成長したのは、前回の一年前と、その前の十一年前。


 十一年前は、同時に二匹の食人鬼オーガを潰したことで、血肉が戻って行った。

 しかし、急激な成長を遂げたのは肉体のみで、その精神は幼いままだった。


 オリガたちは、子どもだった頃のフジオを知らない。それを知るはずの両親は、今は違う人格になっている。


 アヒムたちと相談した結果、とりあえず同年代の子どもと一緒にいるほうが良いのでは、と判断した。

 それが、迷惑を承知で学校に通わせた理由である。


 しかし、それでも不死男の成長は見られなかった。肉体面はもとより、精神面も。


 ヒトと違うことで不死男には友だちができず、また、成長しないことで、数年ごとに引っ越しを繰り返した。


 これで最後かな、と戻ってきたのは、あの忌まわしい事件の頃に住んでいた洋館だった。


 幸か不幸か、その選択によって由紀子は不死者となった。

 そして、不死男は血肉を取り戻す。


 今回は、肉体的成長の他に精神年齢の向上も見られた。

 以前、飽きるほど見ていた特撮番組も見なくなったし、やたらめったら死ななくなった。まあ、それでも頻度が減っただけで皆無というわけじゃないが。


 その原因が、友だちができたことによるものか、それとも、血肉を返す際の過程によるものか、またはまったく別の要因なのかわからない。

 しかし、少なくともオリガたちにとっては長年の停滞から脱したと感じていたのだが。


 まさか、不眠症とは。


 オリガは、テーブルに肘をついて、明日の準備をする不死男を見る。体操服とハチマキを並べていた。


 子どもは、遠足前に興奮して眠れないと言うが、不死男は今夜も深い眠りにつくことはないだろう。


 成長し多感なお年頃となった彼は、富士雄としての記憶が入り混じるこの家で眠れなくなっていた。あの忌まわしい過去を思い出すのだろうし、何より自分とは違うなにかに違和感を持たずにいられないだろう。


 ずっとオリガたちは、不死男が富士雄の幼児退行したものとばかり思っていた。

 いや、最初はそうだったのかもしれない。


 長い年月を不死男として生きてきた彼は、新たなる人格として形成されてきたのだろう。富士雄と混じることに違和感を持つ程度に。


 自然とまじりあうものとばかり思っていたのに、思わぬ弊害だった。


 由紀子に依存するのも、富士雄としての記憶に彼女がいないせいだろう。


 どうすればよいか。


 本人のためを思えば、引っ越しを考えるべきだろうが、天然スプラッタ製造機を抱える山田家ではそれだけの物件を見つけるのも難しく、なにより不死男から由紀子を引き離してはそれこそ問題だろう。


 まあ、その点は一つだけ一番理想的な解決方法があるのだが。


 オリガはその考えが思いつくなり、頭を振って否定する。


 そうだ、これは不死男にとっては理想的すぎるのだが、それ以外の点で問題すぎる。

 何かある可能性がまったく否定できないのだ。


 考えても仕方ない。

 不死男には悪いが、しばらくこのまま生活を続けてもらうしかない。一日二時間も睡眠をとれば不死者は生きていけるのだし。

 学校側にも、いくつか適当な理由をつけて連絡しておこう。


 オリガは椅子から立つと、台所に向かい、冷蔵庫を開ける。フルーツジュースを手に取ろうとすると、そこには異様なものがうつっていた。


「お母さま、このタッパー何?」


 大きなタッパーが二重三重も紐で巻きつけられてある。なぜ、そのようなことをしているかといえば、タッパーがまるで生き物のようにかたかたと動いているからだ。


「うふふ。由紀子ちゃんのお母さんにヅケの作り方を教えてもらったの。明日のお弁当に使おうと思って」

「……ヅケは液だれするから、お弁当には向かないと思うわよ」

「えー、そうなの?」


 一体、何のヅケなのか深く考えたくなかった。


 ただ、ひたすら明日の体育祭が不安になった。


 自分もアヒムも有給休暇をとっていて正解だと思った。



〇●〇



「何やってんだ?」

「明日の準備だけど」


 由紀子は兄にそんな言葉を返す。

 かちゃん、かちゃんとホチキスで紙をとじ続ける。


 颯太そうたは首をひねりながら、今しがた由紀子が作ったばかりの冊子を手に取る。


「山田家対策マニュアル? なんじゃ、こりゃ?」


 プリンターで印字されたそれには、ある生物の行動パターンとその周りの状況における未来予測が書かれている。

 今日、山田少年が明日の体育祭に山田父と母が見に来ると言っていたので、帰るなり急いで作ったのだ。装丁が不恰好なのも仕方ない。


「せめて学校の先生とクラスの子くらいには配っとこうと思って」


 せっかく、由紀子が山田少年のことを気にかけていても、それ以上の災害の元がいるのであれば意味をなさない。

 対策を練らねば、学校始まって以来の大惨事になることは目に見えている。


「お兄ちゃん、暇ならできたのを鞄に詰めてくれる? 折り曲げないでよ」

「あ、ああ」


 颯太は由紀子に言われた通り、鞄に冊子を詰めはじめる。

 怠け者の兄がいつになく素直だ。


「お兄ちゃん、そういえば明日部活お休みだよね。うちの体育祭見に来る?」

「いや、いいわ。遠慮しとく」

「そっか、残念」


(手は多いほうがいいのに)


 由紀子は最後の一冊を閉じ終え、兄に渡した。


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