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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
41/141

39 意思疎通は結構難しいものである

アウトでしたら書き換えます、という内容。

「ごめんね、手伝わせて」


 かな美がすまなそうに会計をすます。


「別にいいよ、こういうの得意だから」


 由紀子は、両手にベニヤ板を持ちながら言った。力仕事は得意である。本当はまだ、この五倍は軽く持てるのだが、あまり力が強いところを見せると怪しまれるのでこの程度ですませている。


 かな美が応援団なるものになっているため、それに必要なパネルの買い出しだ。ベニヤを何枚か張り合わせ、それに白ペンキを塗った上になにかしら絵を描くらしい。もっともその作業は、美術部の連中か一部の有志にまかせるという。


 今日は、山田はいない。

 理由はホームセンターという凶器だらけの場所に連れて行くなら、おうちでお留守番してもらうほうが賢いからだ。

 山田は渋っていたが、土曜の休日まで付き合ってもらう必要はない。


 クラスの連中にはすでにコンビとして認識されているが、ちゃんと単体で行動することもある。


 由紀子はベニヤを軽トラックに載せる。店側が学校まで運んでくれるらしい。トラックまでも店員が運んでくれそうだったが、由紀子は自分が運んだ方が早いと思ってやっているにすぎない。


(もう十一時か)


 由紀子は携帯の時計を見る。


「由紀子ちゃん、携帯変えたの?」


 かな美がのぞきこんでくる。


「あ、うん。まあ」


 由紀子の取り出したのは、普段使っているものではなく、先日、山田から渡されたものだ。

 由紀子の使っているものと違う多機能携帯というやつだ。


 なぜ、そんなものを渡すのかというと、どうやらアプリを使ったモニタリングをしたいらしい。由紀子の定期健診も、前回から三月に一度になっている。頻度が減った分、日常のサンプリングを増やすのだと。


 由紀子にそれがどういう内容なのか理解できないが、今のところそこまで不快ではないし、まがりなりにお金を貰っている以上付き合うのが当たり前だと思っている。


「由紀子ちゃん、帰りかき氷食べにいかない?」

「かき氷かあ」


 いいねえ、と由紀子は笑う。

 五月の晴天は、肌が汗ばむ程度に暑い。


「チャレンジメニューとかあるといいけど」


 由紀子は、財布の残高を思い出しながら、三杯までなら食べられるかな、などと思った。






「お母さん、お小遣いちょうだい」


 由紀子は、家に帰るなり母に言った。

 母は、首に巻いていたタオルを取り、洗濯籠に投げる。


「なんでまた。この間あげたでしょ?」

「もう無くなったよ」


 今月のお小遣いは、お昼のレモンミルクにすべて消えた。

 由紀子のお腹は、三杯で済むほどヤワでなかった。


「友だちと遊びに行くから」


 体育祭が終わったら、夏物の服を見に行く約束をかな美としたのだ。それ以外にも、来週、彩香さやかと遊ぶ約束もしている。


「うちは働かざる者食うべからずです」


 お小遣い欲しいなら、手伝えとのこと。この季節だと、ハウスのイチゴ関係だろう。収穫はもう終わりに近いが、苗の植え替え等がある。


 由紀子は眉間にしわを寄せる。


「お母さん、最低賃金って言葉知っている?」


 母は仕事を手伝えばお小遣いはくれるが、その額は時給換算で最低賃金の半分以下だと言っておこう。子どもの労働力は半分だと言いたいらしいが、由紀子は無駄に力があるため三人分は働いているはずだ。どうにも腑に落ちない。


「お母さん、経済学部出身じゃないからわからないの」


 しらばっくれる母。


「いや、社会で習うし」

「あら、いやな世の中になったもんね」


 前掛けを椅子に掛けて、冷蔵庫から麦茶を取り出す。


「それより、今日は不死男フジオくん仲間外れにしたんだって?」

「いや、なにそれ」


 母が言うには、日高家の周りを何時間もポチに散歩されていたらしい。『ポチに』というのがポイントである。『ポチを』でも『ポチと』でもない。

 暗い顔で可哀そうに見えたと。聞いてみると、買い物の同伴を断られたという。


「山田くん、ホームセンターに連れてったら、草刈り機で真っ二つになるかもしれないし」

「ああ、そりゃそうだわ」


 ご近所に住んでいれば、由紀子ほどではないけれど周りも山田家がどういうものか慣れてくる。

 比較的、肝のすわった母は、道端で山田父が蛙のように破裂しているのを見た時点で慣れてしまった。


 どうやったら破裂するのだろう。


 山田父のよく行く祖父母の茶房は、心臓の弱い老人のたまり場になっているので、比較的客の少ない土曜日の昼に来るようになっている。誰かが心臓でも止まったら、えらいことであるからして。

 まあ、山田父も彼なりに集中力というものがあるらしく、茶房の周りではこれといった流血沙汰は起こさないらしい。かわりに、何もないところでこけて、地面に落ちたおはぎに三秒ルールを発動させようか、よく迷っているという。


 もうスプラッタを取り除けば、山田父はとても微笑ましい生き物である。


「とりあえず、いじけたままじゃかわいそうだから、これ持って不死男くんのおうちに行ってきなさい」


 と、母が箱を取り出す。イチゴのパックが四つ入っている。


「あと、これもお願い」


 と、玄関に置いてある段ボールいっぱいの野菜を指す。


(パシリですか)


 山田家に定期購入してもらっている野菜だ。

 これから届ける予定だったらしいが、母はすでに昼ドラの録画を確認し始めている。


「お母さん、お小遣い……」

「働かざる者食うべからずよ」


 と、座敷に横になると、何が面白いのかわからないどろどろ番組を見始めた。






 山田家につくと、今日は珍しくつっこみどころはなかった。

 理由としては、山田姉と山田兄がおり、かわりに山田父母はいなかった。


「すみません。野菜届けに来ました」


 すぐにおいとまするつもりが、


「あら? 由紀子ちゃん、ちょうどお茶なんだけど飲まない?」


 優雅なゴージャス美人に誘われたら、由紀子とて断りづらい。なにより、スコーンとメープルシロップの香りが漂っていた。山田母の作るパンやケーキは本当に美味い。


 野菜を山田兄に渡して、由紀子は山田家の居間に入る。

 すると、中では毛足の長いラグの上に山田少年が膝を抱えて座っていた。慰めるようにポチが寄り添っている。


(たしかにいじけている)


 なんだかキノコを生やしていそうな雰囲気を漂わせている山田少年であったが、由紀子の存在に気が付くと、顔をぱあっと明るくさせた。


「由紀ちゃん、いらっしゃい」

「うん、いらっしゃってる」


 由紀子は懐いてくる山田を押しのけて、ポチを撫でる。こわもてのわんこだが、これでも女の子だったりする。


 お茶を用意するのは山田兄のほうで、山田姉は優雅にくつろいでいる。


 ホテルマンもびっくりなお辞儀をする山田兄。お茶の入れ方もセバスチャンもかくやである。


(執事喫茶とやらで働けばいいのに)


 無駄にハイスペックなのに、紅茶に垂らすブランデーの横になぜかオリーブオイルが置いてあるのが残念すぎる。あれが残念な美形というのだろうか。いや、それは山田家全般に当たるか。


 山田父と母がいないのは、今日は結婚記念日だからという。


「千年も前なのに覚えてるんだ」


 と、聞くと、


「うん、たしか初夏のころに出会ったらしいから、これから一か月は毎日結婚記念日だよ」

 

 アバウトすぎる結婚記念日である。


「恭太郎兄さんは、そのお供なんだ」


(そりゃ、ご愁傷様)


 由紀子は注がれた紅茶にはちみつをひと匙だけ入れる。


 山田兄がいつのまにかイチゴを洗って生クリームと一緒に持ってきてくれた。せっかくなので、スコーンを二つに割ると、中にクリームとイチゴを挟む。

 完熟したイチゴは生クリームの甘さに殺されず、酸味も程よい。時期が過ぎているから、味が落ちていると思ったが、思いのほかあたりだった。


「由紀子ちゃん、最近不死男はどう?」


(どうと言われましても)


 社交辞令でも、「こちらこそお世話になっています」と言える人物ではない。

 由紀子が考えているのに気が付いた山田姉は質問をかえた。


「最近、不死男が至らないことしてるとかってない?」

「ああ、それなら」


 それならいくらでもある。

 特に、最近気になることと言えば。


「寝てるとき、体液をつけるのはちょっとやめてもらいたいかな。洗濯も大変だし」


(いつもよだれでべたべたになるんだよね)


 よだれ、と言うとあんまりだと思うので違う言葉で言い換える。『唾液』という言葉が一瞬出てこなかったが、まあわかるだろう。


「中学生でそれはないと思うんです」


(せいぜい幼稚園までだ)


 由紀子が少し呆れた口調で言うと、山田姉が目を見開いていた。山田兄も手に持ったカップが揺れ、受皿ソーサーとの間にかちかちと音を響かせている。


 あれ、と由紀子は首を傾げる。


「ふ、不死男。それ、本当なの?」


 山田姉が己の弟の方を向く。


「うん。つい我慢できなくて」


 にこにこと笑いながら、山田少年が答える。

 彼は自分の睡眠欲に忠実である。ここのところ、暇さえあれば寝ている気がする。


 山田兄が震える手でカップをテーブルに置く。


「そ、それは、いつからなんですか?」


 なぜか眼鏡をしきりに磨きながらたずねる山田兄。


「いつからって言われてもな」

「うーん。去年からだったよ。たしか」


 由紀子がバスの中で被害に遭うのは最近だが、去年から昼寝の際にいつもよだれを垂らしていた。というより、昼寝の回数が去年の秋以降、とても増えたのだ。


「病気かと思ってたんですけど、違うんですね」

「病気じゃないよ、気持ちいいとでちゃうものなんだよ。生理現象だよ」


 山田の言葉に、山田姉と山田兄が見たこともないような青い顔をしている。

 どうしたものかと、由紀子は首を傾げる。


「ゆ、由紀子ちゃん、それは、もちろん合意の上よね?」


(合意?)


 山田姉の言葉はわけがわからない。ただ、合意か合意じゃないか、といえば。


「まあ、最初は嫌だったけど、もう諦めました。どうせ、やめてくれませんから」


 由紀子がため息をついて顔を上げると、そこには憤怒という言葉がよく似合う二人の大人の顔があった。その燃えるような視線は、にこにこと笑う山田少年に向けられている。


(はて?)


 山田兄は山田少年の襟を強引につかむと、少年を引きずったまま居間を出る。

 山田姉もそれに続く。


「由紀子ちゃん、ちょっと三十分くらい待ってくれるかな?」


 青筋を浮かべながら、無理やり笑みを作る山田姉。

 由紀子は、びくりと肩を揺らし、


「は、はい」


 と、答えるしかなかった。


 ドナドナされる山田少年はにこやかに手を振りながら、憤怒の二人とともに地下室に消えていった。


 まあ、どうやら何かの勘違いであることがわかるのは、魔女狩りで行われた方法が一通り終わった頃であったりする。



〇●〇



「どうしたんだよ、姉貴たち」


 両親のお守りでひどく疲れた恭太郎よりもさらにやつれた姉と兄を見る。


 オリガはテーブルに突っ伏し、アヒムはソファでへばっていた。


「ちょっと昼間にひと悶着ありましてね」

「ええ。いろいろと」


 恭太郎は、あの両親のお守りより大変なもんがあるのか、という顔で冷蔵庫を開ける。パックの牛乳を開けると、そのまま一リットルを飲み干した。


「不死男はどした?」


 両親は庭でまだべたべたしている。

 弟の姿だけ見えない。


「不死男は部屋で寝てる……いや、寝たふりをしているのかしらね」


 オリガの意味深な言葉に恭太郎は首を傾げる。

 飲み干した牛乳パックをつぶし、ごみ箱に投げ入れる。


「どういうことだよ?」


 それに答えるのは、アヒムのほうだった。


「そのままの意味だよ。ここのところずっとな」


 天井を仰いだままアヒムは続ける。


「知っていたか? 不死男は去年からずっと、ほとんど寝てないようなんだ」

「はあ? なんだよそれ」


 寝てないなんて言われても、それでは衰弱してしまう。たしかに、不死者であればヒトよりも少ない睡眠で生きていけるが。


「学校では寝ているらしい。家では、悪い夢を見て起きてしまうのだと」


 どういうことだ、と恭太郎が首を傾げる。しかし、それを細かく説明してくれるほどアヒムは恭太郎に親切じゃない。


「この家は、あの事件のころにも住んでいたからな」


 独り言のようにアヒムが言った。


「ねえ、恭太郎。もし、二つに一つしか得るものがなければ、どちらを選ぶ?」


 今度はオリガが恭太郎に話しかける。


「んなもん、その二つが何かによるだろ」


 恭太郎の言葉に、オリガはくすりと笑う。

 

 そして、信じられない言葉を口にする。


「じゃあ、不死男と富士雄、どちらのフジオを選ぶ?」


 と。


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