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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
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38 セピア色の思い出

「対抗リレーに参加したい人、手を挙げてください」


 体育委員の仕切りで、体育祭の競技に参加するものを決めている。

 

 正直、その手のものに関心を持つのは一部の運動能力に優れたものであり、どちらかと言えば頭でっかちのそろったこの学校の生徒が乗り気になるわけがない。もちろん由紀子ゆきこのクラスも例外ではない。


 ただ、一人、由紀子の隣の少年だけは、きらきらと目を輝かせて立候補しようとしていた。だが、手を挙げようとするたびに、まるでハエ叩きのごとく打ち落とされる。


(保護者の前で流血はやめて)


 由紀子は、周りから呆気にとられた顔を向けられたが、気にすることもない。そのうち、由紀子がなぜ山田にそんな対応をとるのか理解するだろう。

 平穏な学校生活を送る第一歩は、ありとあらゆるフラグを潰していくことである。 


 由紀子は、つまらなそうな顔をする山田を無視して、玉入れの立候補のときに自分と山田の手をあげさせた。

 一人一種目は絶対参加なので、一番安全そうな競技を選ぶ。


 もっとも、人外は種族によってその能力がヒトと比べ物にならない場合が多いので、リレーは最初から参加できなかったのだが。

 お堅い一部のヒトは「差別」というが、これは「区別」である。人外を受け入れている学校なのでそこのところはしっかりしていたりする。


(面倒くさいなあ)


 中学生になると、以前よりイベントが多くて困る。

 つまり、由紀子が隣の席の男子に目を光らせる機会が増えるということだ。






「かな美ちゃん、中間テストっていつからだっけ?」


 由紀子は自分の髪をいじるかな美に聞いた。だいぶ打ち解けてきた彼女を名前で呼ぶようになっていた。


「ええっと、六月はじめよ。うちの学校、赤点は年間五つまでだから、そこのとこ気を付けてね」

「うわあ」


 一応名門校と言われるだけあってシビアな面がある。成績が悪いと保護者の呼び出しをくらい、それが続くと自主退学をすすめられるのだ。

 校則がゆるめなのも、気を抜いたら落とされるとわかっている生徒しかいないことが要因なのだろう。部活が自由参加なのも、勉強についていけない生徒のための配慮である。


 由紀子も今のところ授業についていっているつもりだが、どうにも小学校時代とは勝手が違うのでやりにくい。


 体育祭は五月末にある。

 ちょっとスケジュール的に詰め過ぎのような気がしないでもないが、練習はそれほどきつくないので問題ないだろう。


 かな美にサイドに編み込みをしてもらって、後ろで軽く結わえてもらう。


「そろそろ行かなきゃ」


 かな美は時計を見てポーチに櫛と鏡をしまう。


「大変だね。応援団って」

「頼まれたものは仕方ないから。やるとけっこうおもしろいのよ」


 と、かな美は教室をでる。

 由紀子はその後ろ姿を見送りながら、


(なんだか、前の自分を見てるみたいだ)


 と、思った。

 かな美も、由紀子と同じようにしっかりしているからといろんなことを押し付けられるタイプらしい。

 もっとも由紀子の場合、責任感で仕方なくやるタイプで、かな美のように前向きにとることはなかったが。特に、ここ最近のかな美は、小学校時代よりもいきいきしているという。それは、自分の死の恐怖から解放されたおかげかな、と由紀子は思う。


 おかげで委員長的ポジションからようやく卒業できそうである。


 山田少年を見ると昼食のあとのお昼寝をしている。よだれが口の端から流れている。これなら、昼休み終了まで起きないだろう。


 由紀子は、昼休みがあと三十分以上あるのを確認すると、鞄から本を二冊取り出して教室を出た。






「お願いします」


 由紀子は本を返却口に置く。図書委員が本の裏面についたバーコードを読み取る。


 場所は言うまでもなく図書室、いや図書館というべきだろうか。

 まるで鳥かごのような形をした洋館は、理事長の趣味で海外から移築してきたものだという。外壁には蔦が茂り、それがなんともいえない雰囲気を醸し出している。


 吹き抜けの天井と壁と同化した本棚、揺れるシャンデリアがいい雰囲気を作っている。無論、由紀子の心の琴線に触れないわけがない。


(あのお城の図書館に似ているなあ)


 あの城とは、メルヘンチックな吸血鬼城主が持つあの城のことだ。さすがに、あれほど細部にこだわった作りはしていない。ところどころ学生のやった悪戯のあとも見える。

 しかし、蔵書は十万をこえており、なおかつ日本でこんなにこだわった造りをした図書館はそうそうないだろう。


 由紀子は、燻がかった本棚を満足そうに眺めて、次に借りる本を探す。


 館内に階段はなく、らせん状にスロープが作られてある。正直、機能性も何もない。一番上の書棚に向かうには、館内を何周分も歩かねばならず、ものを落とせばそのままころころと下まで落ちていきかねない。


 ゆえに、上階ほど利用者は少なく、荒れているようにも思えるが。


「こんにちは」


 由紀子は、古びた本棚を整理する人物に声をかけた。古典的なメイド服に身を包んだ女性は、由紀子に気づくと目をゆるめ、会釈だけ返す。


 家妖精シルキーだ。


 彼女は、移築の際にこの学園と雇用契約を結んだらしい。それから、何十年も図書館の掃除をしている。手入れの大変なこの図書館がきれいなままでいるのも、彼女が一日中掃除をしているからだろう。


(お父さんにも会ったことあるのかな?)


 そのうち聞いてみようか、と由紀子は思う。家に残された父の大量の蔵書を見る限り、少年時代の父がこの場所に通っていた可能性は大きいのだから。


(そういえば)


 ずっと家の蔵に置きっぱなしだな、と思った。小さいころは、難しい本という認識しか持たなかったが、今の自分には読めるかもしれない。


(そのうち虫干ししてみよ)


 由紀子は、三周ほど館内を回った位置で止まる。本棚には国内作家の読み物が並んでいる。海外作家の本も面白いのだが、やはり翻訳が入っていると細かいニュアンスが違い、かつところどころにある文化やものの考え方に首を傾げてしまう。ゆえに、日本人作家の本が基本的に好きだった。


 昼休みも残り少ないので、手早く二冊面白そうなものを取る。


 走らないようにスロープをおり、カウンターに置いた。


「返却は一週間以内にお願いします」


 バーコードを読み取る図書委員の眼尻にはうっすら涙が浮かんでいた。おそらく、暇であくびでもしていたのだろう。

 勿体ないことに、この図書館の利用者は少ない。


 まあ、そのほうが由紀子の都合はよかったが。


 中学生になって一か月ちょっと、由紀子は由紀子なりに学校生活を楽しんでいた。






「山田くん、もうちょっと口をひきしめたほうがいいよ」


 由紀子は、よだれでべとべとになったハンカチを見て言った。山田とはいつも同じバスで帰っているのだが、よく彼は由紀子を枕にして寝てしまうのだ。寄りかかるだけなら寛容な心で許してあげるのだが、問題はこのようによだれを垂らすのである。

 最近では、寄りかかってきたら、間にハンカチを挟むようになった。


「ふむ」


 山田少年は、湿ったハンカチを見て眉をきりりとさせる。


「家では、でないんだけどな。枕が違うせい?」

「……じゃあ、私への嫌がらせかい?」


 遠回しに枕扱いされて由紀子は、山田のほっぺたを両側に伸ばしてみた。ぷにぷにのほっぺたは良く伸びる。


 教室でもよだれを垂らして寝ていたので、そういう癖なのかと思ったが違うのでよかった。ただ、枕の代用品としては、唾液まみれになりたくないのである。


「山田くん、明日から枕持参で来なよ」


 山田少年の四次元収納術があれば、枕の一つくらい簡単に持ってこられると思う。


「んー、たぶん、姉さんに怒られるから無理」


 つまり、怒られなければ持ってこられるということだろう。


 由紀子は、ふと山田の鞄を見た。


「ねえ、山田くん、鞄の中見せてくれない?」


 知りたくてうずうずしていたことを確認したくなった。


「いいけど」


 山田はためらいもなく、由紀子にスクールバッグを渡す。


 由紀子は中を開くと、そこには何も入ってなかった。教科書もノートも筆箱すら入っていない。

 しかし、その内部構造は他の学校規定のスクールバッグと同じものである。


 由紀子は首を傾げる。


「異空間には通じてないんだね」

「……由紀ちゃん、アニメの視すぎとかじゃないよね?」


 山田に心配そうな顔を向けられる。可哀そうな子を見る目だ。


 由紀子は、なんだか腹が立ってきたのでもう一度、山田のほっぺたを引っ張っておくことにした。

 まあ、本人は楽しそうなので意味はあまりなさないのだが。


「ふあっ、わふれふとほろふぁった」


 おそらく「忘れるところだった」と言いたいのだと、由紀子は翻訳した。


「なに?」


 由紀子が山田のほっぺたから手を放す。


 山田が空っぽのはずのスクールバッグを開き、中からスナック菓子や携帯ゲームや漫画雑誌を取り出す。ちなみに、どれも学校では持ち込み禁止されているものだ。


(いや、さっき空っぽだったでしょ)


 結局、山田流収納術の謎は謎のままである。なんというか、質量保存の法則すら捻じ曲げている気がしてならない。


 山田は、首を傾げたまま、


「由紀ちゃん、姉さんに言われたもの持ってくるの忘れたみたい。帰り、うちに寄ってくれる」

「……うん、別にいいけど」


 そんなことよりも、どうやってこの大量の持ち込み禁止物を片付けるのか、ということに目がいってしょうがなかった。






 山田家に行くと、絶対、一度はつっこみを入れずにはいられない光景を目にするのだが、今日のそれは庭先で繰り広げられていた。


 出刃包丁を両手に構える山田母と、その後ろで怯える山田父、そして、ハァハァ、と危ない息遣いをして、メスを持っている某研修医だった。


 まるで、映画の一場面のようであるが、ヒロインは山田父らしい。いつもおっとりで可愛らしい山田母が、とても格好よく見えた。


 周りが何もない場所でよかった。確実に通報される光景である。


 由紀子たちに気が付いていないようなので、そのまま通過する。なんとなく、由紀子は新之助とはお近づきになりたくなかった。


「一姫ちゃんの孫にも困ったものだよ」

「どうせおじさんを解剖させろって言ってるんでしょ」


 由紀子はわかりきったことを言うと、山田は目を見開いて、


「え、エスパー?」


 と、言った。尊敬の眼差しを由紀子に向ける。


(いや、わかるし)


 それにしても、屠殺は大丈夫で、解剖が駄目な理由がわからない。どちらも似たように思えるのだが。


 少なくとも、山田父の怯えようと山田母の戦闘態勢を見る限り、その二つに違いはあるらしい。






 山田家の居間に通されて、由紀子はソファに座る。さすがお金持ちの家のソファは違う、沈み込んでいくような柔らかさだ。


 山田少年が部屋に取りに行っている間、接客はポチがやってくれた。三つ頭がある賢いわんこは、ペットボトルのミネラルウォーターをくわえて持ってきてくれた。もしかしたら、山田父よりも知能があるのかもしれない。


 ただ、お礼を言うとき、三つの頭全部を撫でなくてはいけないのが面倒くさかった。少しでも撫でる時間に差があると、撫でられなかった頭がすねてしまうのだ。


 一応、山田少年が戻ってきてからいただこうと、テーブルの上にペットボトルを置く。


(あれ?)

 

 由紀子はテーブルの下に、古びたアルバムがあることに気が付いた。

 ふと、手に取ってみる。


「勝手に見ていいかな?」


 まあ、アルバム位問題ないだろうと開いてみる。


 アルバム以上に中の写真は古いものが多かった。どれも白黒写真で、半世紀以上前のものだと予想された。


 山田少年はもちろん映っておらず、かわりに目つきの少し悪い少年が写っていた。おそらく、恭太郎だろう。


 他の山田家の面々は、皆、姿は変わっていなかった。ただ、山田父が今のようなのほほんとした顔で写っておらず、人間離れした冷たい美貌であり、山田母もどこか今より大人しめな印象が強かった。


 なんだかとても不思議な感じがした。


(あれ? この人)


 山田少年に代わり、山田父によく似た人物が写り込んでいる。最初、山田父と間違えたが、集合写真に同時に写っているので別人である。

 山田父によく似ているが、より人間的な優しい顔をしている。山田が成長しきったら、きっとこんな姿になるだろう。


(これが、一姫さんのお父さんなのかな?)


 どっか女癖の悪そうなイメージを由紀子は持っている。不死者の寿命がヒトのそれよりもかなり長いことはわかるが、由紀子はまだ中学生である。バツが一つついただけで、どこか色眼鏡で見てしまう潔癖さがあった。

 おそらくこれが山田家のまだ見ぬ長兄であろう。


 なるほど、これだけ山田少年に似ていれば、茨木いばらきが山田少年にこだわるのもわからなくない。


 それにしても。


(今、一体どこにいるんだろう?)


 不死者なので死んでいないと思うが、山田家の面々はあまり口に出そうとはしない。


(女癖が悪くて、勘当された?)


 そんな失礼なことを考えていると、エントランスのほうから何かが大きな音が聞こえた。

 山田少年が階段から落ちたと予想される。


「もう、世話が焼ける」


 由紀子はアルバムを元の位置に戻すと、エントランスに向かった。


 


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