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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
36/141

35 由紀子の平穏すぎる日常

「お兄ちゃん、夕ごはん何にする?」


 由紀子は、珍しく部活がない颯太そうたにたずねた。

 グラウンドの補修かなにかで、練習ができないそうだ。


「んー、そういや、ばあちゃんが冷蔵庫のナスつかえって言ってたぞ」


 週刊雑誌を読みながら兄が答える。


「わかったー」


 今日は祖父母は旅行で留守、母は学会に泊りででかけている。

 そんな場合、由紀子は料理が嫌いじゃないので自分で夕飯を作るようにしている。年齢の割に上手なほうではないかと自負しているし、まあ、ごはんを作れば、出前用のお金を浮かすことができるからだ。


 兄は、出前ものはあまり好きじゃないらしく、由紀子が夕飯を作れば何も言わない。ただ、洗物も全部由紀子がしなければならない。

 働かない兄貴である。


 由紀子は冷蔵庫を開ける。出荷の残り野菜がたくさん詰まっている。


(ひき肉もあるな)


 冷蔵庫をあさり、ナスとひき肉、薬味、卵を取り出す。棚からかさまし用のパン粉と小麦粉も取り出す。


(まずは洗浄、きれいに乾かす)


 由紀子はナスを洗う。

 薬味を切っておく。


(次に中身をきれいに取り出し、塩をつける)


 ナスを二つに切り、スプーンで内部を取り出す。


 ひき肉と薬味を混ぜ合わせて下味をつけておく。

 ついでにナスにも下味をつけて小麦粉を振っておく。


(中身を詰めて、形成してと。コショウも使って)


 中にひき肉をつめていく。コショウも適度にまぶす。

 均等に肉詰めし、型崩れをおこさないようにする。


(衣をつけて)


 卵をつけて小麦粉をまぶす。

 それをフライパンで焦げないように焼く。


 香ばしく焼けたナスを器に盛り付け、パセリを置く。

 味付けはケチャップでよいかとテーブルに置いた。


(なんか、肉詰めナスって)


 何かに似てないか、と、由紀子は首をかしげながら茶碗を用意する。炊飯器を開けてご飯をよそう。


 作り置きの煮物を温めて、テーブルに乗せる。


 ジャージでごろごろしていた颯太は、ごはんができたことに気が付くと重い腰をあげて椅子に座る。


「いただきまーす」


 由紀子が手を合わせるのに、兄は知らんぷりしてリモコンを取る。

 テレビをつけてチャンネルを海外サスペンスドラマに変える。無駄に叫び声と血のりが飛び散っている。


(うーん、そこからはもうちょっと緩やかにしか血は流れないんだけどな)


 だめだしをしながら、ごはんといっしょにナスの肉詰めをほおばる。下味をしっかりつけたので、なかなかおいしく出来上がっている。


(ああ、そうか)


 由紀子は、先ほど引っかかってた疑問の答えが浮かんだ。


「ねえ、お兄ちゃん」

「どした?」


 口をあけてナスをほお張ろうとする颯太が返す。


「肉詰めナスって、なんかミイラに似てない?」

「はあ? どうしてそうなる?」


 兄の同意とは言えない声に、由紀子は説明をくわえる。


「だって、内臓とりだしたりとか、形成したりとか。知ってる? 腐らないようにハーブとか使うんだって。これも薬味詰めるでしょ。それに鼻には黒こしょうで形成するし。それにしても、脳みそ取り出すとか、気持ち悪いよね。やっぱストローかなにかで吸い出すのかな? 鼻? 鼻からストロー? 口に入ったら最悪だよね」

「……」


 兄は黙ってまだ口をつけていないナスを見る。

 テレビには、海外ものらしい無駄な金切声と血のりが飛び散っている。


 兄はため息をついて、ナスを皿に戻す。


「あれ? 食べないの?」


 由紀子の声に、颯太は皿を差し出して「やる」と、返事をする。ついでに、テレビのチャンネルを旅番組にかえる。


 由紀子は残したらもったいないからと、自分の皿にうつして、二杯目のごはんをよそった。






 大人たちがいないとなると、由紀子の朝は忙しい。朝食の準備をし、鶏に餌をやらなければならない。

 バケツ一杯の飼料を担ぎ、刻んだ葉物野菜を反対に持つ。自家消費用の烏骨鶏は三十羽ほどだが、それ以外の地鶏は二百羽近くいる。


 平日なら、母の教え子の大学生のバイトに任せることもあるが、土曜日なので由紀子がやる。まあ、これもお小遣い稼ぎのためである。もう町内のチャレンジメニューは食べつくしてしまった由紀子は、賞金の荒稼ぎができなくなっていた。


(今度、学校帰りに探してみよう)


 彩香さやかに頼めば、喜んで探してくれるだろう。


 小屋から追い出し夕方まで放し飼いにする。あいた小屋に入ると卵を探す。この卵は、直売所には卸さず、洋菓子店に卸している。黄身がきれいなので、プリンを作るのに向いているらしい。


 卵を納屋の冷蔵庫に入れると、朝食を準備しないといけない。

 まあ、朝食といってもごはんを炊いてインスタントの味噌汁を用意するくらいなので、由紀子は卵焼きを作るくらいしかしないのだが。


 兄はあくびをしながら部屋から出てくる。


 炊飯器の音がなる。

 由紀子はジャーを開く。


(水分量間違ったかな?)


 少しべっとりとしたごはんを仏器に入れる。


「お兄ちゃん、サカキお願い」

「うーい」


 由紀子は仏間に向かう。仏壇に仏器を置くと、座布団に座り高台りんを鳴らす。

 手を合わせ、目をしばし瞑る。音の余韻が消えるとともに目を開ける。


「おはよう。お父さん」


 壁にかけられた遺影にあいさつすると、由紀子は台所に戻った。






 祖母から電話があったのは、昼前だった。なんのことかと思えば。


『いつも土曜の昼過ぎに山田さんちの旦那さんが来るのよ』


 とのこと。

 山田父は、祖父母の税金対策の茶房に通ってくるのだが、今日臨時休業だといい忘れたらしい。


 では、山田家に直接電話すればいいのでは、と言ったところ、


『なんか可哀そうだろ。いつもお小遣いなくさないように握りしめてわくわくしながら買いに来てくれるんだよ』


 なんだろう、その幼稚園児みたいな生き物は。


 由紀子は面倒くさそうに首の裏をかいて、店の鍵を探す。作り置きのカステラを用意する。烏骨鶏卵百パーセントのぜいたく品である。


「ちょっと店開けてくる」

「ういー」


 颯太はネットに夢中で面倒くさそうに手を振った。






 茶房につくと悲しそうな顔をした山田父とそのお守りらしき恭太郎きょうたろうがいた。


 山田父が由紀子の存在に気付く。


「由紀ちゃん、今日、お休みなの?」


 なんだか眉毛を下げて情けない顔をしている。男前が台無しだ。

 その顔を見て、後ろの恭太郎も複雑な顔をしている。


「はい。なので祖母から言われて」


 と、カステラを渡す。山田父の顔がぱあっと晴れる。

 嬉しそうに握りしめた拳を差し出すが、


「あっ。今日はいいそうです。いつものおはぎもないので」

「いいの?」

「ええ。また今度よろしくお願いします」


 山田家は日高家にとっていい常連である。それくらいサービスしておけと、祖母の指示だ。

 まあ、山田父があれだけ喜んでいるならいいだろう。


「親父、すんだら帰るぞ。悪かったな、手間かけさせて」

「いえ。たいしたことないので」


 恭太郎は、にこにこしている山田父を引っ張りながら帰る。

 だが、さっそく何もないところで転んでしまうのは山田父らしい。カステラにデスマスクがついていた。まあ、どうせ山田父が全部食べるのだから問題ないだろう。


 それにしても、後ろから「おじさん頑張ってるからもう少し待ってね」と、いう声が聞こえたが、無視していいだろうか。あの均整のとれた肉体では、一生脂肪肝になるのは無理であろう。





 夕方には、母が帰ってきた。お土産は新巻鮭だった。


 母の手伝いをして、アラ煮とかす汁、ハラス焼を作った。かす汁は出汁がよくきいていておいしかった。

 兄は相変わらず何の手伝いもせず、ゲームをしていた。ゾンビを撃ちまくるシューティングものだったが、なぜだろう、ゾンビに同情してしまった。


 なんだろう、最近毒されてるなあ、と思いながら由紀子は風呂に向かう。






 ゆっくり湯船につかりながら、大きく息を吐く。


(そういえば)


 もう由紀子が不死者となって一年がたっていた。


 いろんなことがありすぎて、一年という感覚が長いような短いような麻痺してしまっている。もう何回分の死亡経験をしたかわからない。


 ある意味、一生に一度の経験を何度も体験しているので得しているのだろうか。


(いや、そんなことはない)


 まあ、それでも、不死者になったことで由紀子なりに他人よりも人生の経験値は稼いだように思える。無駄にたくましくなってしまったことだし。トラをしめ落とせる程度に。


 由紀子は手首を見る。先日、カッターで切りつけた傷はあとかたもない。傷から流れた血は、クラスメート一人の命を救った。


 傷跡こそ残ったものの緒方かな美は生きている。


 由紀子は、好きで不死者になったわけではない。でも、こうして一人の命を救えたというのは、悪くない気持ちだった。


(もう目の前で死なれるのはいやだからね)


 由紀子がかな美を救い、気絶したあと、山田家がことの後始末をしたらしい。かな美は、数日休んだだけであとは元気に登校してきた。

 

 かな美は由紀子のことを覚えているのか覚えていないのかわからない。ただ、相手が何も言わないのだから、由紀子も何も言わないでおこうと思う。


 由紀子がうれしかったのは、かな美がその後由紀子にいろいろ話しかけてくれるようになったことである。おかげで、かな美の友人とも話せるようになり、由紀子の考えるさみしい学校生活は回避されそうだ。


 そうなるとむしろ心配になってくるのは、山田少年のことだったが、山田少年はマイペースに由紀子についてくるのでどうしようかと思う。

 ただ、かな美が山田少年のことも気にかけて人外の男の子などとも会話に混ぜてくれるので助かった。


(けっこう面倒見がいいんだな)


 このままついでに山田少年のことも全面的に任せたら楽だろうな、と思いながら、それは無理かと考え直す。戦乙女ワルキューレたるかな美が、山田に一日中つきっきりだと、スプラッタ映像の見すぎで壊れてしまうかもしれない。


 由紀子は、肩まで湯船につかり百まで数えた。




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