表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 前半
35/141

34 運命の女神は語る 後編

(こいつ警察犬か?)


 由紀子ゆきこは匂いでかな美のあとをたどる山田少年に対してそんな感想を持った。


 不死者として嗅覚も人の何倍も鋭くなっている由紀子だが、さすがに犬並とはいかない。


(夏場とか大変そうだな)


 由紀子は、剣道場前の香りに昏倒しそうになった。正直、小学校時代と違って、思春期青少年の匂いはきつすぎるのだ。特に部活動あと。

 匂いを気にして制汗剤をまき散らすのもやめていただきたい。使うのは無香料タイプにしてくれ、と言いたい。大人向けの香水を振りかけ過ぎるのはもうテロ行為だと気付いてもらいたい。


 由紀子ですらそうなのに、山田はどうなのだろうと思ってしまう。

 ふと、由紀子は自分の匂いを嗅いでしまう。


(臭くないよね?)


 よく抱きついてくるので、もしかしたら臭ってるかもと思ったら急に気になりだした。


「何してるの、由紀ちゃん?」

「な、なんでもないよ」


 山田が由紀子を見て首を傾げる。


「そう? ならいいけど。ほら、あそこ」


 山田が指さす方向には、かな美がいた。

 周りは雑居ビルの立ち並ぶ裏路地だった。反対側には雑木林がある。区画整理のできていない地域だ。


 周りに桜の木はない。


(よかった)

 

 由紀子はほっ、と息を吐く。


「どうするの?」

「うーん」


 とりあえずあとをつけるかな、と言うと山田は目を輝かせる。


(そのあとはどうしよう?)


 考えても仕方ないので行動あるのみだ。


「探偵みたいだね」

「はいはい、そうだね」


 わくわくしている山田を見ると、やっぱり山田だなあ、と由紀子は思う。

 はしゃいで飛び出そうとする山田の襟首をつかむ。なんとなくばれたら気まずい。


「そんなにはしゃいでたら、見つか……」


 見つかるから、と言おうとした瞬間だった。


 どすん、と砂袋が落ちるような音がした。


 由紀子は、視線をかな美に戻す。

 ごく普通に歩いていたはずのかな美は仰向けに倒れていた。


 由紀子は、つかんでいた山田の襟首を離すと、かな美のもとへ駆けた。


 かな美はぼんやりとした眼を空に向けていた。その手は赤く染まっており、袖には小さな花びらが付いていた。

 胸から赤い血が流れている。


 花びらは風にのって飛んでいた。雑木林に隠れるように小さな山桜が咲いていた。


 事故かなにかで死ぬと思っていたのに。

 それは、現代日本に似つかわしくない、狙撃のあとだった。

 まったく予想がつかなかった。


(いきなりすぎるよ)


 由紀子は何をすればいいのかわからなくなる。

 ぺたりと血のしみこんでいく地面に座り込む。


 がさり、となにかが動く音がして、由紀子は視線を雑木林のほうへ向ける。目をこらすと、そこには男が一人いた。

 おそらく普通のヒトであれば聞こえないような音だろうが、由紀子の耳には十分な音だった。相手は由紀子が気づいたとは思っていないようだ。


(あいつが)


 かな美を撃った。

 なぜ、どうして撃ったのかわからない。ただ、かな美が撃たれたという事実がある。

 

 由紀子が雑木林のほうへ向かおうとするが右手を引っ張られた。


「はなして」

「だめ」


 山田が由紀子の手をつかんでいた。

 由紀子は山田の手を外そうと指をかける。


「捕まえないと」

「捕まえるだけですむの? 今の由紀ちゃんに」


 由紀子は、自分と山田の手を見た。山田の指は、由紀の手によってぼきぼきに折られていた。つかんだ手を外そうとした結果だ。

 山田は指を折られても、由紀子の手首をはなさなかった。寂しそうにその手を見ていた。


「由紀ちゃんは、自分が思っているよりも冷静じゃないんだよ。相手がただのヒトなら、どうなる?」


 山田は由紀子に言い聞かせるように言葉をつむぐ。


 由紀子は山田の指を折った自分の左手を眺める。指先が震える。もし、山田が止めずに追いかけていたらどうなっただろうか。力の加減ができないまま、どんな行動にでていただろうか。


「……じゃあ、どうすれば」


 由紀子は震えながら山田に聞いた。


「僕が追いかけるよ。由紀ちゃんは、緒方さんを見ていて。まだ、息があるみたいだから」

「生きてるの?」


 由紀子は、かな美の元に駆け寄る。

 血まみれの手を取る。どんどん小さくなっていく、だが脈はある。


 このままでは死んでしまうだろう。

 救急車を呼んでも間に合うと思えない。


「このままじゃ……」

「このままじゃ死んじゃうよ。このままならね」


 山田が独り言のように続ける。


「どうすれば助かるか、それをよく考えて。考えても見つからなかったら、それは仕方ないことだから」


 山田はそれだけ言い残すと、雑木林のほうへ駆けて行った。


 由紀子は膝まづき、かな美を見る。

 もう死神の鎌は、彼女の首にかかっているだろう。


(どうすれば)


 普通のヒトはもろい。由紀子なら、不死者なら難なく再生する傷なのに。


(不死者なら?)


『おまえらの血肉をわけてくれよ』


 以前言われた言葉を思い出す。


 食人鬼オーガたちは、不死王ではなく不死者の血肉を狙っていた。

 それは少なからず、不死者にも不死王の血肉と同じ効力があるということで。


(与えれば祝福となる)


 由紀子の意思で由紀子の血肉を与えれば。

 かな美の傷が治る程度に血肉を与えれば。


 由紀子は、考えるよりも行動で示すことにした。

 鞄から筆箱をとりだすと、中のカッターを手に取った。


(なんかやだな)


 と、手首に傷をつける。流れ出る血液をかな美の口に押し付ける。うまく吸ってくれない。

 由紀子はかな美の身体を起こし、顎を持ち、血液が直接喉に流れ込むようにする。


 自分に流れる不死王の血肉が、かな美に流れこむ。嚥下する音が響く。由紀子は自分の手首の傷が治っていることに気づくと再び傷をつける。そして、飲ませる行為を繰り返す。


 ぶくぶくと、かな美の胸の傷が泡立ち、なにかが押し出される。ころん、と金属の弾が落ちる。


(ちょっとごめん)


 かな美の制服の合わせを開く。

 弾丸が撃ち込まれた部位は赤く肉が盛り上がっているが、傷口はふさがっている。

 心臓は正常に動き、呼吸は規則的に聞こえる。


(よかった)


 由紀子は安堵とともに、ひどい倦怠感を覚える。

 死んだあとの再生にも似た、でもそれ以上にひどいけだるさ。


(なにこれ?)


 久しぶりのあの感覚だ。女の子の日は、不死化してまったく来なくなっていたのに。

 全身の血が足りない、あの感覚だ。


 由紀子はだんだん頭がぼんやりしてきた。身体がふらふらする。


(あー、もう)


 レバー食べたい、と。

 由紀子は意識を失った。



〇●〇



 がさごそ、と耳触りな音がして、かな美は目を覚ました。

 自分の隣には、クラスメイトの日高が横たわっている。ひどく青白い顔をしていた。


「由紀ちゃんはやったみたいだね」


 耳触りな音の主は、同じくクラスメイトの山田だった。ひどくぼろぼろな恰好だ、なにがあったのかと聞きたい。まるで、ロードローラーに三回くらい轢かれたかのようなぼろぼろさだった。

 その脇には、ぐるぐる巻きにされた男を抱えている。男は気絶しているようだ。


 かな美は知っていた。その男が、自分を狙撃した者であると。


 かな美は、隣に横たわる日高を見る。


「ありがとう、そして、ごめんなさい」


 かな美は知っていた。自分の死を回避できる方法を。そのためには、日高が必要な存在だった。


 不死者になりたい、などというのは日高を誘うための文句に過ぎない。本当は、自分が死ぬ間際の瞬間に彼女がその場にいればよかった。

 それが、かな美が助かる条件だった。


 初めて自分が死ぬ姿を見たのは三年前のことだった。最初は、発狂しそうになった。登校拒否を起こし、丸ひと月部屋に籠もりきりだった。

 かな美の能力を知っている両親は何も言わなかった。曾祖母のことがあったので、何も言わなくてもわかっていたのだろう。


 かな美がようやく部屋を出る決心をしたのは、二回目の死の光景を見たときだった。

 最初は気づかなかったが、自分の着ている制服が今の制服と違うものだとわかった。中等部の制服だった。


 数年間の猶予があることで、考えを変えてみた。何か未来を変える方法はないのかと。


 制服についた桜の花びらを見て、春に死ぬだろうと予想がついた。


 早くて中学一年の四月、どんなに遅くて中学三年の三月か、と。


 学校を転校することも視野に入れたが無意味だった。むしろ死期は早まった。


 かな美の能力は、自分の死というものが見えたためであろうか、急激に進化していった。死というネガティブな限定要素だけでない未来視まで見えるようになっていった。


 皮肉なことにそれが原因で命を狙われることになるのだが。


「君は運命の女神ノルンだって? このおにいさんが言ってたんだけど」

「あえて言うなら未来神スクルドだけど」


 山田の問に、かな美は素直に答えた。

 山田はいつものおっとりした声だったが、その眼は別人のように見えた。いや、別の生き物だろうか、まるで明るい場所で見る猫の目をしている。


 日高には嘘は言っていない。未来神は戦乙女ワルキューレの一神として数えられる場合もある。

 ただ、その能力は戦乙女の範疇をこえているということで、別扱いにされるのだが。


 未来神としての能力は実は自分の死を予見する前に、一度だけ発動していた。幼かった自分は、それを特に気にすることなく他人に話していた。

 数年後、その予見が当たることで、命を狙われるとは知らずに。


 何度も自分の死を予見し、それが覆ることがないのに絶望した頃、かな美はある人物を見かけた。

 中等部の合格発表を見る他校の生徒だった。

 一人はしっかりした女の子、もう一人はおっとりした男の子だった。


 その直後、突如未来視が見えた。

 いつもと変わらない映像に見えたそれは、ほんの少しだけ息を引き取るまでの時間が長かった気がした。


 かな美は、その日見た二人を調べた。どちらも同じ小学校出身だが、片方は不死王の血族だった。

 光が見えてきた気がした。


 そんな中、かな美は小指に怪我をした。二針ほど縫うけが。予見で見た手には、小指に縫いあとがあった。抜糸し包帯がとれてまもない傷。


 今年死ぬことが確定した。


 抜糸をするのは入学式のあと。桜が散るまでさほどの時間はない。


 焦ったかな美は、日高がいない隙を狙って山田に話しかけてみた。しかし、未来視に変化はなかった。

 どういうことだろうか、と。


 詰みと思い、数日頭を抱えていた。

 いつ死ぬのかと、抜糸を終えた指を見て考えた。


 もしかしたら、未来を変える要因は山田ではなかったのでは、と気が付いた。


 わけがわからないまま、今度は日高に話しかけてみようとしたとき、突如、未来視が見えた。


 死んだと思った自分が生きていた。そして、その隣には日高がいた。

 そんな未来が。


 やはり、要因は日高のほうだったのだ、と。


 かな美はどうやって日高が自分を助けたのかわからない。ただ、疲労を隠さないまま倒れているのを見ると、迷惑をかけたのは必然だろう。


 自分の胸には、銃痕が残ったままだ。全部治ったわけでないところを見ると、不死化したというわけではないだろう。


 山田は、抱えていた暗殺者を地面に置くと、かな美の元に近づく。

 山田は地面に倒れた日高を優しく抱える。頬についた砂の粒を丁寧に払う。


 少年とも青年ともいえない顔には、どこか寂しげでどこか安心した顔をしていた。

 

「ごめんね、僕が代わりにやってあげられたらよかったんだけど」


 山田は独り言のように、眠っている日高に話しかける。


「僕はもう誰にも与えられない。きっと、呪いになっちゃうから」


 悲しそうに少年は言った。


 独白のような言葉をかな美は理解できない。未来ですら断片的にしか見られないのに、過去などわかるわけがなかった。


 山田は自分の膝に日高の頭をのせると鞄から携帯電話を取り出す。


「緒方さん、こっちは身内を呼ぶけどどうする? 一緒に来る?」


 山田の言葉には、選択肢があるようでなかった。

 おそらく、かな美の傷を治したことから、日高もまた不死王の関係者なのだろう。ご近所さんとはよく言ったものだ。


 山田の申し出はある意味ありがたかった。

 不死王の血族は、人外の中でも中立を保っている。その懐に入っていればしばし安全だろう。


「じゃあ、お願いする」


 かな美は日高を見る。彼女には、返そうにも返せない恩ができてしまった。

 何か自分にも彼女のためにできることはないか、と考える。


 そんな時だった。


 突如、未来視が見えた。

 その光景は……。


 かな美は、ぽかん、と口を開けて山田と日高を交互に見比べる。


 おそらく数年後、その未来の光景だった。


「……無害そうな顔してるのに」


 今はまだ大丈夫だが。

 今はまだ。


「どうしたの?」

「な、なんでもないわ!」


 かな美は、慌てながら答えると一つの決心をした。


 おそらくかなり純情であろう日高を守ってやろう、と。

 それが、かな美なりの恩返しの方法だと。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ