32 クラスメイトは死神です
(休み明けってつらいよな)
由紀子はあくびを噛み殺しながらバスに乗る。時刻は朝七時、バスには一時間揺られることになる。遠いようだが、中には片道二時間のものや寮に入るものもいるため由紀子はまだ恵まれているほうだ。
一人掛けの椅子に座り、耳にイヤホンをつけようとすると、
「おはよう、由紀ちゃん」
聞きなれたが聞こえてきた。山田がバスに乗ってきた。
「おはよう」
山田少年は由紀子の後ろの席に座る。身体を横にずらし、たわいない話をしてくる。
由紀子はそつなく答えるが、どことなく気まずい。
(彩香ちゃんのせいだ)
由紀子は眉間にしわを寄せる。
「由紀ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもないから」
のぞきこんでくる山田少年と距離を一定にあけながら、由紀子は答える。
山田は首を傾げながら、喋り続ける。
それに気のない返事をする。
とても微妙だった。
名門進学校といえば、がちがちのイメージが強いが、由紀子の通う学校はそうでもなかった。
入学するのは難しいが、入ったらそこまで校則はきつくない。染髪、ピアスは却下であるが、制服のちょっとした改造や携帯電話の使用は可能である。雑誌やゲームの持ち込みは基本禁止だが、細かく検査はしていないらしく、上級生が廊下で貸し借りをしていた。
由紀子が驚いたのは、学校に人外の生徒がけっこういることだった。
入学式のときはいっぱいいっぱいだったが、よく見るとクラスには狼人間らしき女の子や、山羊脚の男の子がいた。山羊脚の子は、体育の授業になるまで気が付かなかったが、牧羊人というらしい。ちょっとひづめがかわいいとか思った。
聞くところによると、人外の生徒は私立校に通っていることが多いらしい。経営者の意向によって、人外を好んで生徒にとる学校があるかららしい。人外はヒトより数が少ないぶん、特殊能力があり有力なコネを持っている者が多いという。
そういえば、入試の案内にそれっぽい前書きが付いていた気がする。
(人外にうるさいヒトたちもいるもんね)
基本、ヒトとは違うので毛嫌いするヒトも多い。
そのように考えると、山田少年が由紀子と同じ学校に通うのは自明の理だ。
学校側には由紀子は普通の生徒であるという届を出している。家族にすら隠していることなので当然だが、そうなるといくつかごまかさなくてはいけない点がでてくる。
(身体測定どうするんだろ?)
由紀子は、毎月山田兄のもとに検査に行っている。現在、由紀子の身長は百六十センチだが、体重が問題だ。すらりとした体型に見えるが、実は八十キロオーバーだったりする。不死者の筋肉は、ヒトのそれとは違う組成をしているらしく、かなり重いのだ。
視力や聴力はいくらでもごまかせるが、そこのところは難しい。
(着やせするタイプですって、無理があるよな)
そこのところは山田姉にでも相談しよう。適当な診断書でも作ってくれるだろう。詐欺を当たり前にするすれた中学生にいつからなってしまったんだろう、と由紀子は思う。
入学式から一週間。
由紀子の問題はまだまだある。
「ちょっと、日高さん」
山田少年がトイレに行った隙に、いつの間にかクラスの女子が由紀子の前に立っていた。先日から、山田少年を気にかけている女の子である。たしか、名前は緒方かな美だった。
由紀子は、休み時間の栄養補給を一休みする。今日はたらこおにぎりサッカーボールサイズである。クラスメイトから好奇の目で見られるが、お腹がすくので仕方ない。
「どうしたの?」
由紀子は愛想笑いを浮かべて聞き返す。
なんとなく嫌な予感がする。
どっかもじもじとした動きである。見ようによってはトイレを我慢しているように思えるが、由紀子の勘では恋する乙女のもじもじというやつであろう。見ているこちらまで恥ずかしくなってくる。
「山田くんと仲がいいみたいだけど、どういう関係?」
(うわー、きたよ、これ)
由紀子は本音が顔に出ないように気を付ける。
あっちは真剣なので、機嫌を損ねるようなことは言えない、絶対言えない。
「別に、家がご近所で小学校が一緒なだけだよ」
「本当に」
「本当だよ」
間違っても、山田父肉を分け合って食べた仲とは言えない。
「ふーん。じゃあ、山田くんって不死者って本当?」
「本当だね」
「不死王の息子ってのも?」
「本当だよ」
山田父が入学式にやらかしたことは耳に入っているだろう。クラスの中でも目撃者がいたらしく、山田をこわごわ見ている生徒も多い。
(これで諦めるだろう)
甘酸っぱい青春の一ページというやつだろうか。由紀子としては、むずがゆくて大変居心地が悪い。昨日のお勉強の内容を思い出しそうになって、思わず首を振る。
山田父のことを知っているのなら、諦めるのも早いだろう、と由紀子はおにぎりを再び食べ始めたとき、かな美は言った。
「つまり、仲良くなれば不死王の眷属にしてもらえるかもしれないわね」
由紀子は、思わず口に含んだご飯を噴出してしまった。ご飯粒がかな美の顔につく。
「汚いわね」
不機嫌な顔で顔を拭く。なんだ、この女、と言わんばかりだ。
「あっ、ごめん」
由紀子もハンカチを出すが、「いいわ」と断られた。
由紀子としては驚きだった。今まで、山田一家に対して周りの反応といえば、迷惑なお騒がせゾンビ一家だという認識しかなかった。
よくよく考えてみれば、限定的とはいえ不老不死となることに魅力を感じる人間がいてもおかしくなかった。
未知の生物への恐怖と魅力。今までは前者が勝っていたヒトしかいなかったのだが、今頃になって後者が勝るヒトが現れたということだ。
別に不思議なことではなかった。
(面倒なヒトだ)
由紀子としては、平穏無事に学校生活を送りたいだけなのに。
かな美はそわそわと教室の入り口を見ている。そろそろ山田が戻ってくるのか気にしているのだろう。
「ねえ、日高さん。放課後、相談にのってね。約束よ」
「えっ、ちょっ」
由紀子が返事をする前に、かな美は自分の席へと戻って行った。
チャイムが鳴り、山田と教師が同時に教室に入ってきた。
(どうしようか?)
生真面目な由紀子は、結局、かな美の相談を受けることにした。話は聞くだけ聞いておいたほうがいいし、なにかあれば山田姉にでも相談しよう。
(そのままにするより安全だ)
そういう判断だった。
「山田くん、私ちょっと用があるから。呼ばれてるの」
と、山田に言うと、
「一緒に行っちゃだめ?」
と、首を傾げられた。
なんだか可愛らしく見える仕草に由紀子は殴りたくなる。
「うん、女の子同士の約束だから」
「ああ、相手が女の子ならいいよ。ここで待ってるから」
(女の子なら?)
由紀子は引っ掛かりながらも、とりあえず納得してくれたようで、廊下で待っているかな美の元に向かう。
「じゃあ行こうか」
由紀子はうなづくと、かな美について行った。
かな美が連れてきた場所は、体育館のバルコニーだった。バスケ部が活動しており、それを眺めながらかな美は座り込む。
「なんの相談?」
由紀子は手すりに顎をのせて、かな美を見る。
「日高さん、ずいぶん仲がよさそうだから、山田くんを説得してもらおうと思って」
想像通りの言葉に、由紀子は顔を歪める。勿論、そんな真似はしたくない。
「どうして? 私、ただのご近所さんだし、そんなこと頼めないよ」
「そんなこと、か」
かな美は、いきなりくすくすと笑いだす。
由紀子は首を傾げる。
「なにがおかしいの? 緒方さん」
なんだか気分を害してしまう。ちょっと不機嫌な言い方になってしまった。
かな美は、笑いを止めると、
「ごめん、だって……」
と、その次に由紀子を驚かせる言葉を吐く。
「だって、ずいぶん察しがいいなって。そんなことってどんなことか、わかってるんだ」
なんだか、かまをかけられたような言い方である。
由紀子は一瞬、ぞくりと背中が震えたが、落ち着き言葉を選ぶ。
「だって、緒方さんでしょ。不死王の眷属になりたいとか言ってたの。それじゃないの?」
別におかしくない答えだ。
それもそうね、とかな美もうなづく。
「ねえ、日高さん。あの背番号十番見てくれる」
由紀子は、下のコートで練習を行うバスケ部員を見る。かな美は指先で差し、部員の進行方向をたどっていく。
(なにがやりたいんだ?)
由紀子は首を傾げながら、かな美の指先を目で追う。指先は、ゴール下を指し止まる。
そこでボールの奪い合いを始める部員たち、そんなときだった。勢いづいた部員の一人が突っ込んできた。部員たちは派手に転倒する。
転倒した中で、一人の部員、背番号十番が右足首を抱えて唸っていた。
(!)
由紀子は、かな美を見る。
かな美はどこか寂しげにその光景を見ている。
「別に私が仕掛けたわけじゃないわよ。そういう光景が見えただけ」
「どういうこと?」
由紀子の質問に、かな美ははかなげに笑う。
「だって、見えちゃうの。ひどく限定的だけど。ヒトが死んじゃうところとか、大けがするところとか。ひいおばあちゃんからの隔世遺伝ってやつらしいけど」
「それって」
「うん、戦乙女だったらしいよ、ひいおばあちゃん」
戦いの場にいるヒトの死を司る女神、たしかそんなものだったろうか。
由紀子は驚きでぽかんと口を開けたままになる。
そして、かな美はさらに驚くべきことを口にする。
「私、……たぶん一週間以内に死ぬみたいなんだ。病気とかじゃなくて事故かなにかだと思う」
だから、その前に不死者になりたい、と。
はかなげに笑いながら言った。