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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
3/141

3 サッカーはボールで行うものである


(なんだかなあ)


 由紀子はお風呂に顎までつかり、ぶくぶくと息を吐いた。


 山田兄から不死者について説明を受けたあと、全身をくまなく検査された。身体測定はもとより、血液や尿、血圧に心拍数、それからなぜか髪の長さと爪の長さまで調べられた。


(スリーサイズまで調べる必要あるの?)


 小学生にはまだ縁のない項目だと思う。

 

『これから、少しずつ変化が起きるから』


 由紀子の頭がぼんやりしているのもそのせいらしい。肉体の変化に精神がショックを受けないように、まず脳内の作りから変わっていくらしい。


 じゃあ、別人になるの、と聞いたら山田姉は首を振る。記憶も感情も残る、ただ、ものの見方が違って見えるらしい。

 

 不死王の血肉を食らい、眷属になる。ずいぶん、ファンタジーな内容だが、意外にも科学的に説明できる部分が少なからずあるという。

 山田兄がそれについて説明をしていたが『ぷりおん』とか『てろめらーぜ』とか言っていたけど、正直理解できなかった。


(変化ねえ)


 不死身になりました、という実感はまったくなかった。


 山田姉が土下座までして謝っていたが、由紀子として一番ショックだったのは、えらいもん食べてしまった、そのことだったりする。






「おかわり」


 由紀子はお茶碗を母に渡す。


「あんた、何杯食べる気?」


 母が呆れた顔でこちらを見る。祖父母と兄も見ている。


 おかわりはこれで四回目だった。いつもなら、朝食は茶碗半分で済ませているのに。


「ありえねえ、デブるぞ。昨日もめちゃくちゃ食ってただろ」


 兄貴が行儀悪く肘をついている。朝練のため、制服ではなくジャージを着ている。


 由紀子はよそわれた茶碗を受け取ると、むすっとしたまま食べる。お腹がすいて仕方なかった。体中がエネルギーを欲しているようだった。


「ごちそうさま」


 由紀子はもう一杯おかわりしたいのを我慢すると洗面台に向かった。

 

 歯ブラシに歯磨き粉をつけて、鏡をのぞく。


(にきび、無くなったな)


 赤く発疹ができていた場所は、すべすべとした肌になっていた。


(そういえば貧血もないな。視界も良く見える気がする)


 黒板の字が見えにくくなり、そろそろ眼鏡かコンタクトを作らないといけないと話していたところだった。


 変化といえば、変化だが、由紀子にはうれしい変化だった。

 不死人となると、今後問題は多いだろうが、それ以上の恩恵はあると思う。


 それなのに、なぜ、山田姉と兄があれほど思いつめて由紀子を見ていたのかわからなかった。



 



 山田少年は、今日は元気よく登校していた。屈託なく笑う少年をクラスメイトは遠巻きに見ている。怖いものは怖い、それがまともな反応だった。


 由紀子はいつもどおり、仲良しの彩香さやかと駄弁っていた。


 もし、由紀子が彼と同じ生物だと知ったら、どうなるのだろうか。


 由紀子は、少し背中にぞくりとしたものを感じながら、話題を続ける。


『家族にも周りにも内緒にしたほうがいいわ』


 山田姉の言葉を思い出す。昨日の健康診断も、山田姉の計らいで新しい塾の体験入学をしていたということになっている。

 本当にしっかりしたお姉さまである。


 天然というか、ずれてるというか、ねじが三本位とれているような弟君は、学校にくるなり早弁を始めた。バケットにチューブ型のチョコクリームをつけてもぐもぐと食べる。その冬眠前の栗鼠りすのような姿を皆、観察している。


 クラスメイトの中では、恐怖心と好奇心、それらが拮抗しているようだ。


 山田は、バケットを丸一本食べ終わると、次はランドセルから食パンを一斤取り出す。


(どうやって入れてたんだ?)


 ふわふわの食パンは型崩れしておらず、焼き立てのおいしそうな匂いが周りに漂う。

 もぐもぐと今度は林檎のプレザーブジャムをつけながら食べている。


 存在がファンタジーなだけに、行動もファンタジーである。


「なあ。それ美味いのか?」


 好奇心が恐怖に打ち勝ったようで、クラスメイトの神崎かんざきが山田に話しかける。

 今日も皆本は来ていない。ボスゴリラがいない分、転校生に話しかけやすい雰囲気にはなっていた。

 それに、神崎は事故の現場を見ておらず、その分、恐怖心も少なかったのだろう。


 山田は口いっぱいにパンを頬張ったまま、ランドセルに手を伸ばす。とりだしたのは、チョコを巻いたクロワッサンだ。


 まったく型崩れしていない。と、いうか、ランドセルに教科書は入っているのだろうか。


「あ、あんがと」


 神崎は渡されたクロワッサンを頬張る。


「んまいな」

「うん。母さん、お手製」


 神崎に続き、他のクラスメイトが山田に話しかけてくる。


「なんか、わけわかんない子だね」

「同感」


 彩香の問いかけに由紀子は同意する。


(私も持って来れば、よかった)


 おかわりを我慢したお腹は、まだ食物を欲していた。






(早く終わんないかな)


 グラウンドの真ん中で、由紀子は彩香とともに突っ立っていた。


 体育の授業でサッカーをやるなど、女子はなにもせず突っ立っておけというに等しい所業である。


 というわけで、絶賛さぼり中である。


 球遊びなど、男子に任せておけばいい、たとえ足を出しても邪魔者扱いされるだけだと、女生徒は各々駄弁りにいそしんでいる。


(お腹すいたよ)


 一試合十五分、前半と後半で選手交代だ。

 時計は十二時を過ぎ、試合時間は残り五分というところだろう。


「男子は単純だよね」


 彩香がボールの方に目をやる。


「うん、熱中しすぎ」


 ボールをめぐって男子たちが激しい攻防を続けている。

 女生徒は冷めた目で、早く終わらないかと思っていることだろう。


 ボールをめぐる中に、山田と神崎もいた。

 

(単純だな)


 山田は神崎をきっかけに、いつのまにか男子となじんでいた。

 楽しそうにボールの奪い合いをしている。


 そんな様子を見て、本来微笑ましい光景なはずだが、由紀子はなんだかとても嫌な予感がしていた。


 いうまでもなく、その予感は当たる。


「試合終了まであと一分」


 笛の音とともに、教師の声が響くとゴール前では混戦が激しくなる。

 ぶつかり合ってボールを奪い合うさまは、怪我してもおかしくない雰囲気だ。


(あっ、こけた)


 男子が一人こけている。他の男子もつられてこける。ディフェンスに穴が開く。


 先生が右手を挙げ、試合終了と言おうとしたとき。


 ボールを持った生徒が一歩飛び出し、そのまま右足を振り上げる。


 キーパーが動く間もなく、ネットに吸い込まれていく。


「ゴーーール」


 神崎が声を高らかにあげる。


 同時に試合終了のホイッスルが鳴る。


 その声に反応して、喜びと悔しがる声が飛び交う。


「やっと終わったね」

「うん、暇だった」


 男子と反対に冷めた反応をする女子。


「あれ?」


 彩香が転がったボールを見る。


 ボールはころころとゴールの外に転がっている。ゴール内にあるはずなのに。


 はて、と、首を傾げる。

 ころころとゴール内にあるものに注目すると、


『ぎゃーー』


 阿鼻叫喚の声が響く。


 にやりと誇らしげな顔をした生首があった。


 トラウマ光景再び。


 ゴールした本体は、首から上がないまま楽しそうにはしゃいでいる。血しぶきがとぶので走り回らないでいただきたい。


(どうやったら、サッカーしてて生首になるんだよ)


 ふらふらと倒れる彩香を支えながら、由紀子は呆れた顔でその光景を見ていた。

 

 山田少年がクラスに溶け込むのは、不可能だと思った。


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