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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
29/141

29 新学期のはじまり


 帰国後、それはもう大変だった。


 どういうわけだが、飛行機墜落事故については公にされておらず、かわりにバカンスを延長してきてずるい、と兄にねちねち文句を言われた。

 おそらく、夏野菜の収穫で母にこき使われたのだろう。どこぞのワイドショーがまた、野菜の効用について報道したらしく、今年はトマトとピーマンの売れ行きがすごいらしい。


(いや、お土産まったくない点でおかしいでしょ)


 お土産どころか、親戚に借りたスーツケースもなくなってしまったというのに。


 ちなみに、「保険で賄えるから」と、山田姉に言われ、被害相当の現金はすでにもらった。


 由紀子は残り数日の夏休みを、残った宿題に費やした。まあ、残ったと言っても、読書感想文くらいで、あとは宿題が終わらず泣きついてくる彩香さやかの面倒を見てあげただけだ。


 と、いうわけで新学期。由紀子は、不本意ながら山田宅の前に立っている。新学期早々、「問題を起こさないでくれ」と、担任から言われていた。とりあえず、担任の帰省先は九州の南端だというので、太陽のようなマンゴーに期待して、引き受けてあげた。


 チャイムを押して中に入ると、ラウンジに山田父が見えた。なにやらポスターに向かってシャドーボクシングをしている。ポスターを見ると、なぜだか丸々と太ったガチョウだった。

 

「パパー、朝ご飯準備出来たわー」


 山田母が大きな漏斗じょうごとトウモロコシを持っている。うむ、朝から猟奇的な食事風景が予想される。


「おはようございます」


 由紀子が挨拶すると、


「おはよう」

「おはよう。すぐ不死男フジオ呼ぶわね」


 山田母はぱたぱたと、食事中であろう山田少年をせかし、山田父はロープを持ってきて自分を縛ろうとする。

 何をしたいのかわかりたくもないが、とりあえず絶賛努力中であるらしい。

 天然素材は大変である。


(放課後、トマト差し入れよう)


 トマトには脂肪肝を防ぐ効用があるとか、ないとかテレビで言っていたと祖母が言っていた。フォアグラがどのようにできるのか、ネットで調べた由紀子は、山田父には丸々肥えずにスマートな引き締まった肉体でいてもらいたいのである。


 口に食パン一斤くわえたままの山田が出てくる。ランドセルの他に段ボール箱を抱えている。


「なにそれ?」


 由紀子がのぞくと、そこには気持ち悪いくらい大量のセミの抜け殻が入っていた。段ボールに名前が書かれていることから、これで理科の自由研究のつもりらしい。


 どうだ、すごいだろ、と言わんばかりに山田が目を輝かせて由紀子を見るので、


「うん、すごいすごい」


 と、だるそうに答えた。


「それよか、学校遅れるから」


 と、山田家を後にする。


 それにしても、新学期早々、食パン(丸一斤)くわえて、急いで学校に向かうとなれば、転校生の女の子とぶつかるフラグでも立ちそうだが、山田にはそちらのフラグ建築の才能はないらしい。


 かわりにダンプにぶつかりそうになったのを由紀子は食い止める羽目になった。


 始業式で、夏休み中に起きた事故などの報告件数を増やさずにすんだ。


 




「山田、おまえ海外行ったんだって?」


 始業式も終わりの会も終わると、神崎かんざきが山田少年のもとにやってきた。その山田少年は、由紀子と彩香の元に来ているので、必然として由紀子たちの前に現れた。


「うん。じゃがいもとベーコンとお城とトラさんとサバイバルだよ」


 山田がにこにことして言うのだが、神崎は首を傾げる。彩香もまた傾げている。


(トラとサバイバルは余計だった)


 由紀子は、日本で一番トラを絞め落とすのが上手い小学生だという自信がある。それだけ、遭遇した。ええ、不思議なほど遭遇した。考えられることといえば、山田父子が側にいたことくらいだろうか。


 途中、くまさんがそれほど可愛い生き物でないことがわかったり、可愛らしいうさちゃんを胃袋におさめたりと、なかなかできない体験ができた。

 絞め落とし以外にも、新之助から動物の解体方法を学んだり、他の不死者から食べられる野草を教えてもらったりした。


 山田兄からも、いろんな動物の名前を教えてもらったが、その結果、条約に引っかかる動物ばかりで、ごはんになるものが減ったという事実が待っていた。


(廃退した世紀末でも生きていける自信がついた)


 つい遠い目になってしまうので、過去回想を止めて現実に戻る。


 山田と神崎の話は、旅行から身長の話にうつっていた。なぜ、身長かといえば。


「うわあ、おまえ伸びすぎ」


 神崎が教師用のものさしを二本持ってきて、山田の身長をはかっていた。


「百六十二センチ」

「すごーい。いいなあ」


 ちみっこい彩香がうらやましがる。


「うそでしょ、それ?」

「いや、まじですよ」


 由紀子は百五十八センチで、山田はたしかそれより少し低かったはずだ。


(いつのまに?)


 そういえば、ここのところどたばたしすぎて気づかなかったが、なんだか前よりほんの少しだけ大人びた雰囲気になったような気がする。


(いつくらいから?)


 ふと、お城の地下牢で見せた大人びた表情を思い出した。あのとき、山田少年は何をしたのか、結局聞けずじまいでいた。


(もしかしてあれが原因?)


 そんなことはないか、と由紀子は否定すると、憎々しげに身長の伸びを純粋に喜ぶ山田少年を見る。


 由紀子は頬杖をついたまま、今日から牛乳を毎日飲もうと決意するのだった。


小学生編終わり。


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