27 白亜の城と招かれざる客 その四
今回は血肉内臓を出血大サービスしておきます。
早く終わらねえかな、と恭太郎は思った。
人外としてまだ六十年余りしか生きていない恭太郎は、小童に毛が生えた程度の扱いしかされない。宴の出席者は、長命の種族が多いため、話など合うわけなく、早く日本に帰って彼女とデートでもしたいとしか考えられない。
不死者としての恭太郎に色目を使う人外女性も多いが、自分より百も二百も年上の相手ばかりだった。
人外としては小童でも、やはり六十年も生きているといくらか悩みというものはある。ヒトの女性を相手にしたほとんど長続きしない交際が多いが、彼とて一度や二度、いや五度くらいは一生を共にしたい彼女がいた。そのためには、彼女にも不死王の眷属となってもらう必要があった。
一人はプロポーズ前日に振られ、三人には人外であることを告白すると去られた。残り一人は、プロポーズの言葉を受け入れてくれたが、
「じゃあ、親父(の血肉)を食ってくれ」
と、言ったら見事なスクリューパンチを食らった。顔を真っ赤にしながら、「最低!」と、言う彼女の背中を今でも覚えている。
やはり、人外となることは受け入れてくれなかった。
先日、小学生になった子どもを見送っている彼女を見て、恭太郎はそっと泣いた。恭太郎ではない人生の伴侶を見つけたらしい。
ゆえに、恭太郎は自分が人外であることは好んでいない。人外の宴も嫌いだ。
その宴では、クライマックスともいえるイベントが行われていた。広間の中心に立つのは、父たる不死王であり、それに相対するのは人虎だった。
周りを見物人たちが興味深そうに見ている。
趣味の悪い催しだ、と恭太郎は思う。時間内に、不死王の血肉を奪えたら奪えた量だけ、正式に与えてやるというものだ。つまり、不老不死の妙薬を与えるということだ。
毎回、宴の終わりにはこれが行われる。
現代社会に似合わない残酷なメインイベントだ。
挑戦者はどんな武器も能力を使っても問題ない。今回の相手は、獣化した両手を武器にするらしい。
恭太郎は、ローストチキン一羽を片手に興味なさそうに見ていた。
人虎は勢いをつけて、不死王の右腕を爪でえぐる。不死王はなにもせずににこにことしている。
えぐれた肉と血が床に飛び散る。
観客がざわめく。こそこそと、内緒にならない内緒話をしている。
不死王は腑抜けになった。どうせそんな内容だろう。
ゆえに、ここ数十年の挑戦者は増えている。
腑抜けになった。それは違いない。どんな仕打ちを受けても、不死王はそれに反撃することはなくなった。
あっけにとられた人虎は、犬歯を見せ、にやりと笑う。より多くの血肉を奪うために、もう一度腕をふるおうとした。
「っあ?」
獣の間抜けな声が聞こえた。振るおうとしていた手には血が流れていた。たらたらと流れるそれは、先ほどえぐったものにしては少々多すぎる。
よく見ると、手だけでなく、人虎の身体中から血が流れていた。各所に被弾したかのような、傷穴が見られそこからとめどなく血液が流れていた。
人虎は気づくだろう。先ほど、自分が傷つけたはずの不死王の傷は何事もなかったかのように消え去り、服の袖だけが破れていることに。
そして、床に散らばったはずの血肉も、指や爪についているはずの血肉も何もなくなっていることに。
不死王は、人虎に何もしていない。ただ、自分の身体を再生しただけだった。えぐられ飛び散った血肉が不死王のもとに、目に見えぬ速さで戻って行ったにすぎない。そして、人虎は、その通過点にいたに過ぎない。
水が速度によって刃物となるウォーターカッターのように、不死王の血肉もまた弾丸となったに過ぎない。
存在自体が規格外。人外の中ですらそんな評価を貰うのが恭太郎の父である。
人虎は、身体中に風穴をあけられて、苦しそうにうめきながら片膝をつく。倒れたりしないだけさすが剛の者といったところか。
不死王は、オリガからワイングラスを貰い、指先に傷をつけ、血液を一滴、赤ワインの中に落とす。
そして、それを人虎に渡す。
「はい、参加賞」
人虎は目を血走らせたまま、それを受け取ると飲み干した。
傷は、全快でないものの流れている血液は止まり、表皮が再生していた。銃痕のような肉の盛り上がりだけ残っている。
たった一滴の血液でもこれだけの効用を見せる。
恭太郎には見慣れた奇跡は、会場を沸かせた。
「さすが不死王だ」
「すばらしい」
「あやかりたいものだ」
などと、月並みな賛辞が聞こえる。
その一方で恐怖と嫉妬の混じった視線は隠しきれなかった。
どうにかして、その力を奪いたい、だが敵対することは恐ろしい。ならばうまく友好関係を結べないか。あわよくば、血肉を貰えるかもしれない。
たいした外交手段だと、恭太郎は思う。こうして、人外の中で一目置かせることで、多種族と無益な争いをしなくて済む。
それが実際、有効なものであるかは、恭太郎にはわからない。事実、不死王およびその眷属に取り入ろうとする輩はうるさいし、血肉を求めて襲い掛かるものたちもいる。だが、少なくとも吸血鬼の筆頭であるこの城の主とは、今のところうまくいっているようだ。
その外交手段であるが、時にもう一つ効用がある。
かろうじて傷口の閉じた人虎は何を思ったのか、無防備な不死王の肩に噛みついた。長い鋭い牙が肉をえぐり、そこから流れる血液を嚥下している。
会場がざわめく。試合は終わった、もう決着はついたのに。ルール違反の人虎を離そうと近づいてくる人外もいたが、不死王は片手でそれを制する。
その顔はいつものように穏やかに見えたが、細めた目を開いたとき、皆が驚愕した。
獣のような瞳孔。不死王の琥珀色の瞳は、縦線を一本引いたかのような、細く狭い瞳孔をしていた。
古いものには見覚えのあるものだろう。ぼける前の不死王たる姿がそこにあった。
「規定なら奪ってよいと言った。だが、今はもう遊戯は終わっている」
恭太郎は父のその言葉に全身を震わせる。
恭太郎だけではない、姉や兄、会場中の皆が恭太郎と同じように鳥肌が立っていることだろう。
周りに立ち込める空気すら変える、それが本来の不死王である。
「ここで私の血肉を奪うのならば、おまえは食人鬼に落ちたと見なそう」
それは、死刑宣告と同じだった。
人虎は、不死王の肩から口を離した。唾液が糸を引き、牙から血液が滴る。
「なにを言……」
濁った声で人虎が言おうとした言葉は、最後まで続かなかった。
人虎の身体の内側から何か生き物のようなものが這い回っている。人虎は苦しみ、もがき、血と泡を吹き、失禁した。
先ほど奪った血液が身体を内側からかけめぐり、内臓を破壊していったのだ。
会場のざわめきが増す。
「アヒム」
不死王が息子の名を呼ぶ。
「はい。現行の法律、日本であれば傷害は十五年以下の懲役です」
「そうか。ならば、めでたい席だ。十年にまけておいてやろう」
と、上着を脱ぐ。オリガが替えの上着を父であり主たる不死王に渡す。
不死王は腑抜けになった。
昔なら、その場で息の根を止めていたはずだ。
だが、そのほうが幸せだったのかもしれない。
これから先、あの人虎は十年という年月を不死王の呪いとともに生きていかなければならない。与えられるのではなく、奪う。その代償だ。
定期的に身体のうちから食い破られる。だが、それで死ぬことはない。奪った血肉によって、壊された内部は再生させられる。それにより、呪われたものは、飢餓感が常に付きまとう、その飢えは不死者の燃費の悪さの比ではない。
死にたくても死ねない、劣化不死者が出来上がる。
不死王の血肉を得る、それは不老不死となる代わりに不死王に生殺与奪の権利を握られることを示す。
呪いを解くには、死ぬか奪った血肉を返すか、その二つしかない。
不死王の瞳は、元の目に戻っていた。ほんわかとした、長兄にそっくりの穏やかな顔に戻っている。
「このままじゃ、狂犬病になっちゃうかな?」
「大丈夫よ。噛んだのはにゃんこだもの」
朗らかに笑う母につられて、父も笑う。
その笑顔を観客たちは恐ろしそうに眺めていた。
恭太郎は、骨だけになったチキンを、食器を片付けるボーイに渡すと、時計を見た。そろそろお開きの時間だった。
〇●〇
(一体、なんだったんだ)
由紀子は、ぽかんとしながら二体の食人鬼を眺める。一体は麻薬中毒者のような様相をした半吸血鬼、先ほど由紀子たちを猟銃で撃った奴だ。
そして、もう一体は、由紀子たちの部屋に入るために呼び出された男、人外であることには間違いないが何の種族かわからない。ただ、以前由紀子の指を食べた食人鬼によく似ていた。醜く何か常に飢えており、不死者のような、しかしそれに及ばない再生能力を持つ。
その二体は、縛られて廊下に転がっていた。それを見下ろす視線は三組。由紀子と山田少年、それから人魚のレアである新之助だった。
新之助の手には鋭いメスが輝いていた。そうだ、手術用のメスだ。他に、ナイフやフォークがポケットの中に無造作に突っ込まれている。
そのメスで転がった半吸血鬼をつついている。つつかれた相手は、先ほどの態度と打って変わっておびえる表情を見せている。
信じがたい光景だ。
山田家の親類であるが、血が薄いため、由紀子は新之助のことをどこかヒトと同じ扱いをしていた傾向があった。
だが、それは大きな間違いだったと先ほど思い知らされた。一般人として扱ってはいけないことを十分に理解した。
何があったかと言えば、少々時間をさかのぼる。
由紀子は砂の詰まった皮袋を手にすると、その端についている紐を持ち重量と長さを確認する。山田いわく、『ブラックジャック』と言う武器らしい。
(軽すぎる)
由紀子は、もう一つある皮袋を持つと、つながっている紐を結んでさくらんぼのようにつなげる。先ほどより、重量的にはしっくりきた。
重さ的には他にある武器のほうがしっくりくるものがあったが、不死者になったとはいえ、相手が人外であるとはいえ、剣や斧を使う勇気がなかった。妙なところで発揮される倫理観が邪魔である。
山田は首を傾げる。
「銀の武器はやっぱりないね。もちろん白木の杭も」
そんなことを言いながら、山田少年は少しほっとした顔をしていた。
吸血鬼の城にそんなものを置いてあるはずなかった。そういえば、宴の食事も置いてあるナイフやスプーンはステンレスだった気がする。ああいうお城の食事だと、銀の食器が定番だったと思うのに。
由紀子はその言葉を聞き、浴場に向かう。洗面台の前に置かれたコサージュと香水瓶、そしてブレスレットをつかむ。
(あれ?)
鏡に映った自分を見て驚く。
こげ茶色の目は、普段と変わらないように見えるが、よく見ると山田少年と同じく獣のような目をしていた。
(そういえば)
山田姉や山田兄の言葉を思い出す。
ものの見方が変わって見える、と。
バイキングの投身自殺騒ぎも、廃屋での食人鬼騒ぎも、由紀子は妙に頭が冴えていたり、痛みが極端に鈍くなっていたことを思い出した。今と同じように。
由紀子もまたそのとき、山田と同じように獣の目をしていたのかもしれない。
(今はそんなことどうでもいいか)
由紀子は、山田に持ってきたものを見せる。
「これは使える?」
山田少年は、唸る。
「ないよりましかなってところかな。銀の武器は傷つけることはできても、止めをさすものではないし」
と、香水瓶を取ると由紀子に振りかけた。
「臭い」
「うん、くさいね」
にこりと笑う山田の意図を由紀子は感じ取り、香水の瓶を取り上げる。そして、山田にも振りかける。
なにするんだよ、という山田の視線を無視する。どうせ、由紀子にだけ吹きかけておけば、あの半吸血鬼は山田のほうを先に捕まえようとすると踏んだのだろう。
由紀子の耳には、壁の向こうの半吸血鬼の声が聞こえる。やはり誰かを呼んでいたらしい。グズだの、ノロマだの月並みな悪態を相手についている。
「由紀ちゃん」
山田が言うには、時間さえ稼げばなんとかなるらしい。
時刻は十一時を回ったところだ。十二時には宴は終わる。部屋の電話は、つないだままで、クロークに預けたままであろう携帯電話に気づいた山田家はすぐに戻ってくるだろう。
部屋に入れない半吸血鬼はともかく、呼びつけられた食人鬼がどんなものかによる。
山田は八角棒を手にすると壁に隠れる。由紀子もそれを見習う。
重くゆっくりとした足音が近づいてくる。
「早く餓鬼ども連れてこい! 時間ねえんだぞ」
相手を馬鹿にしきった口調で半吸血鬼が叫ぶ。
近づいてくる影は、以前見た食人鬼そっくりだった。常に何かに飢えている鬼、それがそこにいた。
よだれを垂らしながら歩く姿は、いくらモーニングを着て正装していても隠しきれるものではない。来客には到底見えない。
落ち込んだ眼窩がぎょろりと周りを見る。
(こちらに来るな、来るな)
いくらノロマでも、由紀子たちの部屋に来るのに数分もかからない。
由紀子は、食人鬼がのぞきこんだ瞬間、砂袋を男の腹に勢いよくぶつけた。重さを増し、不死者の制御の外れた力で打ち込まれた砂袋は男を吹っ飛ばすのに十分だった。
由紀子は壁にしたたか打ち付けられた男に第二撃を打ち込もうとするが、隣の部屋に移れば、もう一人の銃撃を食らうだろう。
時間さえ稼げればいいのなら、このまま近づいた男を何度も打ちのめせばいいだけだ。
廃屋での経験が、由紀子の心にいくらか図太さというものを付加したようだ。以前の自分なら、震えて部屋の隅に隠れていることしかできなかっただろう。
(狂ってきてるかな)
別にそれでもよい、何より食われたくない。死ぬことより、食われることのほうが嫌だった。
男はゆっくりとした動きで起き上がる。
さすがに、単細胞ではないらしく、節くれだった手でテーブルをつかむと、それを由紀子たちに向かって投げつける。
山田は由紀子をかばうように掴んで避ける。
とっさの動きに、由紀子はある確信を持った。
(私を最優先してる?)
攻撃をするのは二の次で、由紀子が怪我をしないことを一番としているらしい。不死者となった由紀子は、そんな騎士道精神よりも目の前の化け物を潰すほうが先決だと考えるのに。
ふざけた考えに、由紀子は山田を殴りたくなる。しかし、仲間割れをする暇もないので、身を起こした。
いつのまに近づいた男は、隠し持っていた斧を振り上げる。山田は砂袋をとっさに掲げて一撃を食い止める。由紀子は、男の鳩尾に蹴りを入れるが、体勢が悪いためダメージは弱い。
男は山田の襟を掴むと、そのまま隣の部屋の床に打ち付けた。
「おっ? 的、はっけーん!」
ふざけた声が、聞こえ、銃声が響く。
山田の内臓がぶちまけられる。
「山田く……」
由紀子の声は、首に斧がうちこまれることで中断された。さすがに、意識が遠のく。
食人鬼は、由紀子から山田のほうに振り返る。散弾によって真っ二つに割れた山田の頭を掴む。
山田は何やら口をぱくぱくさせているが、声がでないらしい。身体が半分しかないことでうまく声をつむげないようだ。
何かを伝えるような真摯な目が、ずっと食人鬼を見ている。
『お・ま・え・は……』
濁った声が聞こえる。男は山田少年をじっと見ている。どんな表情をしているのか、由紀子にはわからない。ただ、何かに驚いているような、そんな感じがした。
すると、突然、男は急に苦しみだす。両ひざをついて、身体をかきむしる。
投げ出された山田少年の身体は、早速修復を始める。
(発作?)
いや、違う。男の身体の中でなにかが蠢いているようだ。なにか、生き物のような何かが男の身体を食い荒らしているようだ。
「おい! なにやってんだ。早くしろ」
罵る男は、弾を詰替えていた。
山田少年は、修復した身体を起こし、ただ悲しそうに見ている。
「やっぱり」
山田少年は、寂しそうに言葉を続ける。
「ごめんね。呪ってしまって」
泣き出しそうな少年は、何もしない。そこに、もう一撃、銃弾が撃ち込まれる。山田少年の肉体が、銃弾とともに壁にめり込む。
(あいつ!)
由紀子は首の修復を終えていた。
武器庫から槍を二本持ってくると、一つは男の背中に突き立てた。逃げられないように、床に縫い付けた。
もう一本は、弾を替える男に投げる。
半吸血鬼は、苦虫を潰した顔をする。部屋に入れず、相方の男が身動きとれないとなれば、何もできない。
「畜生!」
半吸血鬼は、めきめきと背中から蝙蝠の翼を生やした。廊下を蹴ると、翼が起こした風をブースターに逃走する。
由紀子は追いかけるが、加速をつけた男には追い付きそうもない。
しかし、逃げた先には人影があった。見覚えのある青年、新之助がそこにいた。ポケットに手を入れ、いつもどおり不機嫌な顔をしている。
「邪魔だ! どけ!」
半吸血鬼は、手に持った猟銃を向けた。いや、向けようとした。
(危ない!)
由紀子が、口にだそうとしたそのとき。
「?」
新之助は無事だった。ポケットに入れていた手が半吸血鬼の方へとのびている。
半吸血鬼の持つそれが火を噴くことはなかった。加速を続けていた翼も動きが止まり、片膝をついていた。
「て、てめえ」
そういう半吸血鬼の額には深々と刃物が刺さっていた。
「正当防衛だ」
と、新之助はまたポケットから何かを取りだし、半吸血鬼に投げる。
断末魔の声が聞こえた。
半吸血鬼の肩には今度はフォークが刺さっていた。
「ほお。やっぱ、銀製品買っといてよかったわ」
と、ポケットに手を突っ込んだまま、半吸血鬼の顔を蹴る。足応えのなさに、首を傾げる。銀の武器でないと、あまりダメージはないらしい。仕方なく、もう一本ナイフを取り出すと、背中に突き刺した。
「これも、正当防衛」
と、過剰防衛を繰り返す新之助。何度もナイフを抜いては突き立てる。拷問と言ってもいい。
そのたび、半吸血鬼は叫び声をあげるので、
「うるさい」
と、肩に突き刺さったフォークを喉につきさす。
「治りは遅いが修復はするんだな。内臓とか、やっぱりヒトと同じなんかね?」
と、半吸血鬼を仰向けにすると上着をめくり、目を輝かせる。知的好奇心に満ちたその目は、同時に狂気を孕んでいた。
輝くナイフが、メスのように輝く。そういえば、先ほど眉間に突き刺さったナイフは、本物のメスだった。銀製でないため、額に刺さっても大したダメージはなかったようだが。
(……うわあ)
なんだか、目の前で一方的殺戮が始まる予感がした。恐怖におびえる半吸血鬼と、にたにたと笑いながら肉を切り分ける新之助。
由紀子と山田は顔を見合わせると、武器庫にあった鎖を二本持ってくる。
倒れた食人鬼をぐるぐる巻きにすると、残った一本を持ち、絶賛解剖中の新之助に、
「とりあえず、捕縛していいですか?」
と、たずねた。
新之助は残念そうにたれ目をさらに下げ、不健康な顔の食人鬼は安堵の表情を見せた。
普通そうに見えるひとが一番危ない。由紀子はそう思った。