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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
22/141

22 救命具の正しい取り付け方

「夏休み、旅行に行かない?」


 山田姉にそんなことを言われたのは、あの鬼人痴女に会った帰りだった。


「それって、夜の集会というやつですか?」


 と、由紀子ゆきこがたずねると、山田姉はごまかすように笑いながらうなづいた。


 山田姉の言うことには、本来、由紀子はまだ連れて行かないほうがいいという話だったのだが。


「あの婆が、口出しちゃって」


 由紀子にとっては、山田姉も実の祖母以上に年上のはずだが、そこで突っ込むほどおバカではない。婆とは、おそらく茨木いばらきのことだろう。


「次の夜会ならちょうどよかったのに」


 山田姉いわく、夜の集会とは、人外たちの集まる宴らしい。昔は同系種族同士のみが集まり一世紀に一度あればよかったらしいが、近年のグローバル化と交通の発達によって、四年に一度、世界中の人外が集まってくるらしい。


(どこのオリンピックだよ)


 夜の集会という名前から、やはり夜にあるとのことで、泊りがけになるらしい。内容としては、昔はけっこう固めの集会だったが、回数が増えるごとにフランクになったという。そして、現在の様相としては、


「お見合いパーティみたいになってるから」


 と、いうことだそうだ。

 人外の中には、不死人以外にもやたら寿命が長い種族が多いそうだ。その中でも、どちらかの性しか生まれない、兄の颯太そうたなら「なんだよ、そのエロゲ」と言うような種族や、多種族の血を混ぜることで種の強化を狙う種族も多いらしい。


 本来なら、あまり由紀子のような子どもがでる場所じゃないのだろう。山田姉が、渋ったのもわかる気がする。


「どうしてもでなくちゃいけませんか?」

「ええ。そうしたほうがいいわね」


 婚活の場としてだけでなく、種族間のパワーバランスを見るのも兼ねているという。不死王ノーライフキングの眷属は、多種族に比べ断トツに生命力が強いため、視線が厳しいらしい。なおかつ、不死王のきまぐれでその数がいくらでも増えるからとのこと。


(きまぐれ……)


 まさにそれで由紀子は、こうやって不死身になったわけで、何とも言えない。


「それで旅行先なんだけど」


 由紀子は、山田姉に渡された冊子を見て、瞬きをして目をこすった。


 見間違えでなければ、そこはジャガイモとソーセージの国だった。






(どうやって説得したのだろうか?)


 山田一家について海外旅行をする点で、母から特に言われることはなかった。ただ、


「あら? じゃあ、今度の日曜はお買いもの行く? あと、パスポート作らなきゃ。他になにがいるかしら? 聞いといてくれる」


 と、簡単に言ってくれた。


 由紀子が思うに、ここは「迷惑かけるから、断りなさい」とか「そんな勝手な真似許しません」とか言うものではなかろうか。

 多少、大らかすぎる反応に驚きつつも、由紀子の心の中は、初めての海外旅行に心躍らせていた。

 ゆえに、深く考えることはなかった。






 服や下着や洗面具等必要なものを買い揃え、パスポートを作り終えた頃には、終業式も終わり夏休みに入っていた。

 由紀子は早々と夏休みの宿題を終え、塾の夏期講習に出たり、彩香さやかと海に行ったりした。なぜか、遊びの際にはもれなく山田少年もついてきたが。


 ともあれ、そんな感じで八月に入って、由紀子は待ち望んだ旅行に出かけることになった。滞在は一週間、長いようだが片道で半日以上潰れる距離のため、そんなものらしい。


 由紀子が親戚から借りた大きなスーツケースを押しながら山田家に向かうと、ワゴン車が二台とまっていた。


「由紀ちゃーん」


 山田少年が走って近づいてくるが、案の定何もないところで転び、なぜかたまたま額の部分に尖った石が転がっていたというお約束をかましてくれた。由紀子は、頭の割れた山田少年の襟をつかみ、起こしてやる。


「山田くん、向こうではやらかさないでね」

「努力するよ」


 にこにこと笑いながら山田が答える。

 レディファーストと言って、由紀子の荷物を持とうとするが、由紀子としては借り物を壊すわけにはいかないので丁重に断った。


「うふふ、由紀子ちゃんも一緒なんて楽しみね」


 到底ミレニアム分生きているとは思えない、山田母が由紀子に笑いかける。


「すみません。家族水入らずのところを」


 由紀子の意思で来たわけではないが、社交辞令として言っておく。小学生なりに気を使う由紀子である。


「いやいや、まるで娘ができたみたいで、おじさんはうれしいよ」

「そうね。娘だなんて、新鮮だわ」


 由紀子は、後ろで物言いたげな山田姉がいることにぞわぞわしながら、荷物を積み込む恭太郎きょうたろうを手伝うことにした。天然三人は戦力外、山田姉は基本女王様なので、荷物の積み込み等雑用は山田兄と恭太郎が行っている。


「手伝うことありませんか?」


 恭太郎とは、ほとんど話したことはないが、なんとなく下っ端臭がするのは気のせいだろうか。


(最初の土下座のイメージで固まっちゃったな)


 今思い出しても、見ごとなスライディングっぷりである。もう一回見たいと言ったら怒るだろうか。


「……ああ、悪いけど。玄関にあるトランク持ってきてくれ」

「はい」


 由紀子が返事をすると、なぜだか恭太郎がほろりとした顔で由紀子を見ている。どうしたのか、と首を傾げながら玄関に向かうと、


「そうだよな。うん。普通、ああいうのが普通なんだよ」


 と、ぶつぶつ話していた。由紀子の些細な言葉に感動しているようである。


(なんか知らないけど苦労してる?)

 

 一体、普段どんな仕打ちを受けているのだろうか。

 由紀子は、なんとなく哀れに思いながら玄関の荷物をつかんだ。






(そういえば、山田家ってかなりリッチだったなあ)


 由紀子は、ぼんやりとチャーター機を見ながら思った。山田姉の説明によると、目的地に直通らしい。


(こういうのって一般人が乗っていいんだ)


 飛行機初心者の由紀子は、機内に乗り込み、きょろきょろと中を見渡した。他の飛行機に比べて小型だが、席数が少ない分中はゆったりとしたつくりになっている。


「由紀ちゃん、あっちの席に座ろ」


 山田が手を引っ張るが、引っ張り過ぎて関節が抜けそうになる。


「ちょっと、力強い」

「あっ、ごめん」


 山田が手を放す。眉毛を下げて、由紀子を見る。


 山田少年は、他人を傷つけることを極端に恐れているようだ。彩香や神崎かんざきとは、だいぶ仲良くなったが、由紀子のように触れてくることはない。

 あの食人鬼オーガのときも、鬼女のときも基本的に山田は無抵抗だった。食人鬼のときは、由紀子の指が食われるまで、山田は大人しくばらばらにされていたくらいだ。


(壊れると思ってる?)


 由紀子に触れるのは、由紀子が不死者であり、そうそう壊れるものではないからだろう。それでも、今のようにはからずも危害を加えてしまうような場合、怒られた子犬のように静まり返る。


(面倒くさい)


 由紀子は、山田の手をとると、


「あそこの席?」


 と、山田が連れて行こうとした席に向かう。


「うん」


 山田はつながれた手を見ながら嬉しそうに返事した。


 山田が窓際の席に座り、由紀子はその隣に座る。

 由紀子の前には、山田夫妻が座って、なんだか聞くだけで胸やけを起こす会話が聞こえてくる。


「世の中の夫婦はこんなもんなの?」


 ふと、疑問が口にでてしまった。父を早くに亡くした由紀子には、両親がこのような会話をしていたかどうか覚えていない。しかし、さばさばした母を見る限り、山田夫妻の甘ったるさの十分の一の濃度の会話もできない気がする。


「旅先の夜は燃え上がるのだそうです」


 由紀子の独り言が聞こえていたらしく、山田少年が答える。


「なので、オリガ姉さんはウォッカの国で、アヒム兄さんはじゃがいもの国で生まれたのです。旅先ではハッスルなんだよ」

「へえ」


(よくわかんないけど)


 由紀子はとりあえず返事をし、手荷物からチョコレートを取り出す。あまり大量に持っていくと密輸と間違えられるため、その量はちと心もとない。きらきらとした目で見る山田少年と目が合ってしまったため、苦渋の決断で半分に割り少年に渡す。


「ありがと」


 由紀子はチョコをかじりながら、


(離陸前に消しとかないと)


 携帯電話を消すように、テレビ画面から指示があり、慌てて取り出す。


(これでよし)


 と、バッグに携帯を押し込んだ時、


「おい。携帯消したか?」

「消したよ。ババアと違って、入る前に消してるから」


 低い女の声と、若い男の声が聞こえた。


 由紀子は、女の声に聞き覚えがあり、そっと声のほうへ視線をうつす。


 そこには、栗色の髪をした十七、八の女性がいた。聞いたことがあるわけだ、以前、小学校に来て、由紀子のクラスの所在を聞いた女性だった。

 その隣には、たれ目のやる気なさそうな男が座っている。女性よりも年上に見えるが、あれこれ、指図される立場のようだ。うざそうに隣に座った女性を見ている。


(なんで同じ便に?)


 チャーターと言っても、山田家だけというわけでないらしい。他に数名、知らない人間が乗っていた。しかし、その人たちは山田父に気が付くと、頭を下げたり挨拶しにきたりしている。


(もしかして)


 目的地が一緒で知り合いとくれば、同じ目的で現地に向かっているのだろうか。


(人外ばっかってことかな)


 由紀子は、他の人間のように見える人たちをちらちらと見ながら思った。


 それなら、山田父や山田少年がいくらか流血騒ぎ起こそうがあまり問題なかろう。そのためのチャーターなのかもしれない。


 由紀子はチョコレートを食べ終わると、背もたれに挟まれている救命具のとりつけ方を確認しはじめた。

 初めての離陸である、怖くないと言ったら嘘になる。


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