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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
21/141

21 茨木と夜会への誘い


由紀ゆきちゃん、夏休みどうするの?」


 彩香さやかが、メロンミルクを飲みながら聞いてくる。バナナはおやつに含まれない、だからメロンも大丈夫。本来、ジュース等は学校で持ち込み禁止であるが、さすが元崩壊学級だ、自己都合で校則を捻じ曲げる。


 由紀子はサクランボの種をぺっと吐く。旬が少し過ぎ、味は落ちているが、「もったいない」の一言で、由紀子はお弁当のデザートにサクランボを持たされた。最近、家族みんなが残飯処理係として由紀子を見ているような気がしてならない。まあ、食べ飽きたので、消費のほとんどを山田少年に任せているのだが。


「うーん。塾で勉強が基本かな。うちは、年中無休だから」


 由紀子は、旅行の経験がない。一度、父が生きていた頃に行ったことがあるらしいが覚えておらず、父が死んでからは、母が実家の農業をついだのでそんな暇はなかった。


「そっか。暇なら遊んでよ」

「そだね、プール行きたいね」

「海も行きたいなあ」


 去年も同じような感じで過ごしていた。今年もそうなるのだろう。


「山田くんはどこか行くの?」


 彩香がふると、山田は口の中をもごもごさせていた。まだ、食べているのかな、と思ったが、ぺっ、と何かを吐き出す。


「さくらんぼの柄? だよね?」


 サクランボの柄を器用に口の中でこよりにしていた。なぜかしら、誇らしげな山田少年。


「なにか意味あるの?」


 由紀子がたずねると、


「うん。大人になれば役に立つんだって」


 と、もう一本口に含んでもごもごさせる。

 由紀子も、なんだかわかんないが、真似してみる。しかし、これがけっこう難しい。ぼろぼろになった柄を吐き出す。


「由紀ちゃん、下手だね」

「……別にできなくてもいいもん」

「だめだよ。大人になると、自分だけでなく、相手も満足させないといけないんだって。できなきゃ、相手に失礼だよ」


(そんな大切なことなの?)


 由紀子は、やけに真面目な顔で山田が言うものだからもう一回挑戦する。


 二人がもごもごとやっている横で、彩香が訳知り顔で恥ずかしそうに笑っている。


「彩香ちゃんもやらないの?」

「いや、私はいいよ」


 彩香は、呆れた顔で、


「由紀ちゃん、あなたのどこか抜けているところ、私は好きよ」

「彩香ちゃん、いきなり何言ってんの?」


 由紀子は、失敗した二本目のサクランボの柄を吐くと、首を傾げてそう言った。






 放課後は、山田兄の元で定期健診だった。お迎えの車に、珍しく山田少年も乗る。


「今日は、僕も健診だよ」


(そういえば、この間は山田父もいたなあ)


 山田兄は製薬会社勤務だが、その研究内容はどうやら、不死王の力を人工的に作り出せないかというものだった。たしかに、不死者になることは、多くのヒトが夢見ることだと言える。それを元に薬を作れば、万能薬になるといってもいい。


 一方で、それはかなりマッドな所業に思える。一番、簡単な方法は、山田父の血肉を薬としてそのまま使えばいいことなのだから。


 それを山田兄に聞いたとき、首を振って否定された。


「不死王の力は、与えられることによって祝福になります。しかし、ただ薬として与える場合、祝福でなく呪いとして発動するのです」


 よくわけがわからなかった。ただ、以前にも似たような言葉を聞いたことがある。


(あのときの食人鬼オーガ


 あいつは、由紀子たちは祝福、自分は呪いを受けたと言っていた。

 もし、それが山田兄の言っている言葉と同じなら、薬として山田父の血肉を食べたヒトはあの食人鬼のようになってしまうということだろうか。


 由紀子はそこで考えるのを止めた。そこそこ賢いとはいえ、由紀子のおつむは小学生なのだ。許容量をこえるまで考えたくない。


 それよりも、由紀子にはもっと大切な問題があったりする。


 父の母たちがなぜ、由紀子に支払われるお金について知っていたのか、だった。

 山田兄に相談すると、いつもどおりホテルマンもびっくりなきれいな謝罪をされ、


「……少し時間をください」


 と、だけ言われた。

 冷静な山田兄が、明らかに不機嫌な顔をしていた。


 その後、山田兄の計らいかどうかわからないが、あの迷惑な親戚の突撃訪問はなくなった。


(かなり大変なことなわけか)


 由紀子がそんなことを振り返っているうちに、いつもの研究施設が見えてきた。






(やっぱスースーする)


 いつもの医療服を着て、由紀子はいつものように検査を受ける。先日、寿命が三百年くらいだと言われたのだが、再び山田父のレバーを食べて寿命が延びたらしい。


 本当に、山田父は万能薬だ。


 山田少年も由紀子と同じように検査を受けているが、その項目は由紀子よりも多いようだ。由紀子が検査を終えて着替え終わってようやく山田少年は検査を終えた。


 由紀子は、ロビーの待合のソファに座る。

 そこに山田兄がやってくる。


「すみません。不死男ふじおが来るまで待っていてください。栄養補給に、これでよければどうぞ」


 渡されたものは、一見クリームソーダのように見える。グラスにストローがさしてあり、飾り付けにメロンとアイスがおいしそうなのだが。


(なんで油が浮いてるの?)


 ついでに匂いはオリーブオイルだった。


 なぜか真剣な目で山田兄が見ている。眼鏡の奥の目が珍しく輝いている。先日、レバーをすすめてきた山田夫婦そっくりの目だ。初めて彼に、手作り弁当を差し出す彼女の目だ。


(オリーブオイルの何が彼をここまで駆り立てるのだろう?)


 由紀子はそんな疑問を持ちつつ、


「遠慮します」


 と、グラスを返した。

 

 山田兄の端正な眉が、情けなく垂れ下がった。


「そ、そうですか」


 残念です、と小さく付け加えると、山田兄は自分でクリームソーダもどきを飲み始めた。なぜ、飲まないのだ、と首を傾げている。


「よくそんなもん飲めるわね」


 由紀子は一瞬、自分の心の声が、口に出てしまったのかと思った。しかし、声は由紀子の口ではなく、背後から聞こえる。

 振り返ると、そこには山田姉とはまた違った感じの美人がいた。


 ショートカットが似合う人は小顔だというが、そんな感じのボーイッシュな美人さんだった。ショートパンツからのぞく脚がきれいでつい見入ってしまう。頭にかぶったキャスケットが良く似合っている。にっと、弧を描く口から、やや伸びた犬歯がチャームポイントである。


茨木いばらき


 山田兄は、オリーブジュースをテーブルに置くと、小顔美人を見る。いや、にらむと言ってもいい。


「何の用ですか」

「何の用って、失礼ね。あたしは、今日、酒呑しゅてんが来てるって聞いたから会いに来たのよ」


(シュテン?)


 変な名前だな、と由紀子は思う。誰のことを言っているのだろうか。茨木と呼ばれた美人さんは由紀子を無視しており、由紀子としてはおかげで険悪な状況に第三者として振舞える。


「別にこちらは、あなたには用がないので、お帰りください」

「ひっどーい。それは、あんたが決めることじゃないわ」


 茨木さんは、わざとらしくしなを作ると、どかっと由紀子の隣に座った。それでも、由紀子は、無視されている。


(なんだろうな、この雰囲気)


 早く山田が来ないかな、と思っていると、当の本人がにこにこしながら向こうから現れた。


(やっときた)


 と、由紀子が腰を上げようとすると、


「酒呑~」


 甘ったるい猫なで声で、茨木が山田少年に抱きついていた。


「久しぶり~。まだ、こんなに小っちゃいの? 早く大きくなってちょうだい。そしたら、前みたいにずっと一緒に暮らしましょ」


 由紀子はぽかんとなる。


(ショタコン?)


 なんだかけっこう危ない光景だ。美人さんはどう見ても成人済みだし、そんな女性が小学生にああいう言葉をかけていいのかな、と思う。


 当の山田は、普段なら何されてもにこにこしているのに、心なしか迷惑そうな顔をしている。これは珍しい。


「おねえさん。苦しいので離れてください」

「あら? おねえさんじゃなくて、茨木って呼んでよ」


 山田はちらちらと由紀子の方を見て、助けを求めているが、由紀子としては第三者を決め込みたい。なんとなく、敵に回すと面倒そうなおねえさんだ。


「茨木! 早く離れてください。警備員を呼びますよ」

「は? 呼んだら」


 声色が一瞬でかわり、山田兄に冷たい視線をよこす茨木。


「たかだかヒトのオスに、あたしが押さえこめると思ってんの? あんたでも、あたしをどうにかするのに、一苦労どころじゃないでしょ?」


 にやりと笑い、伸びた犬歯を見せる。その鋭い輝きに由紀子はどきりとなる。


「それにあたしは許可貰ってるし」


 と、首から下げられた証明証を見せる。そこには『茨木』という名前と、『種族:鬼人』と書かれていた。


(鬼人……)


 彼女もまた人外だということか。


 山田は、茨木からようやく抜け出すと、あろうことか由紀子の後ろに隠れてしまった。


「ちょ、ちょっと、山田くん」

「由紀ちゃん、助けてよ」


 由紀子としては、せっかく無視されていたのに、山田がこちらに来たことで、鋭い視線が突き刺さって痛い。


「何、その餓鬼。もしかして、新入り?」

「あなたに話すことはありません」


 山田兄がきっぱり言う。


「ふーん」


 茨木は、興がそがれたと言わんばかりに頭をかきむしる。とった帽子に隠れていた部分には、二本の白い角が見えていた。


「まあ。今日はこれくらいでいいや。どうせ、今年は夜の集会があるんだしね。もちろん、来るわよね。山田家のみなさんは」

「……」


 山田兄は、黙ったまま茨木を見る。


「もちろん、そこの小娘も来るんでしょうね。せっかくのお披露目ですものね」


 茨木は、由紀子に近づくと長い指を伸ばしてくる。鋭く伸びた爪が由紀子の横を通り過ぎ、山田少年の顎をつかむ。


(うおっ!)


 ちょっと、小学六年生には刺激が強いものが目の前にあった。まあ、なんというか、貪られているというか、なんというか。


(マジでショタですか)


 本来なら顔を赤くする場面であろうが、由紀子にとってあまりに非日常の光景であったため、思考停止するしかなかった。


 由紀子が固まって動けないところ、山田兄が二人を引きはがして山田少年を確保する。


「なにやってんですか? 子どもの前で」


 山田兄が茨木を突き放す。レディに対してやる仕打ちではないが、相手はどちらかといえば痴女だ。襲われた少年は兄の胴体をつかみ、顔を埋めている。


「あら? 単なる挨拶じゃない? じゃあね、酒呑。夜会で会いましょ」


 ひらひらと、手を振りながら、嵐のような美人さんは去って行った。


 由紀子は、ようやく時間が動きだし、


「何なんですか? あの人?」


 と、疲れた声で言った。


 山田兄は、弟の頭をぽんぽんと叩き、離れるように促した。


「兄嫁です、元ですけど」


 と、遠い目をした。いろいろとあるらしい。


(山田兄弟はまだいたんだ)


 見たことないなあ、とそんなことを考えていると、


「由紀ちゃん」


 由紀子は、泣き出しそうな山田を見る。片手で由紀子の服をつかみ、残った手でごしごしと口を拭いている。別に、美人だからそこまでぬぐうこともない気がするが、そういう男心というものがあるのだろう。もしくは、よっぽど苦手な相手なのだろう。


(良く考えると、私もショックだよな)


 自分の倍は生きてそうな、実際は何倍生きているかわかんない生き物に、一方的においしくいただかれるのは哀れだろう。そんな犯罪者、滅すればいいと由紀子は思い、


「何?」


 と、心なしか、優しく山田に声をかけた。


「口直しさせて」

「嫌!」


 由紀子は、即答した。

 




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