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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
2/141

2 不死初心者の心得

 まぶたをあけると、見慣れないレースのカーテンが下がっていた。

 ゆっくり起き上がると、そこはベッドの上だとわかる。カーテンはベッドの周りをぐるりと取り囲んでおり、いわゆるお姫様ベッドというやつだとわかった。


(なんなんだ? 一体)


 由紀子は髪をかき上げながら、周りを見る。客間らしい部屋は、一般家庭のそれとはいえず、ロココだかアールヌーヴォーだかよく知らないが、とりあえずそんなイメージを持つ造りだった。


 猫脚の丸テーブルに猫脚の椅子、キャビネットの上にはアンティークドール、棚には高そうなお酒が並んでいる。


 由紀子は頭がぼんやりしていた。なんか重大なことを忘れている気がする。


(なんでこんなところにいるんだろう?)


 ふらふらとベッドを降りると、そのまま部屋の外へと。

 赤い絨毯じゅうたんの敷き詰められた廊下に出る。


 二つ隣の部屋から、なにか声が聞こえる気がする。隙間から明かりが見える。


(もう遅い時間なのか)


 なんだかいつもより視界が明るく見えるため、気が付かなかった。


 ふと、家のことが心配になった。


(連絡してないなあ)


 どうしたものかと思いながら、由紀子は声のする部屋の前に立つ。家主がいるのであれば、状況を聞いておきたかった。


「すみません」


 恐る恐る顔を出して、部屋をのぞくと、


「あっ、やっと起きたんだ」


 明るい人懐っこい声が聞こえる。


「もう、いきなり倒れるからびっくりしたよ」


 由紀子は、クラスメイトの声がする方を向く。


「……」

「ごめんね、いま折檻せっかん中なんだ」


 笑いながら彼は、奇妙な鉄の棺桶のようなものから顔だけを出していた。隣には、同じように顔だけをだす、人間離れした美青年がいる。


 その隣には、ぎざぎざした板の上に正座するきれいなおねえさんがいる。後ろで両手首を縛られ、膝の上に墓石のようなものを乗せている。


 由紀子の記憶が正しければ、どちらも拷問器具だった気がする。たしか鉄の処女アイアンメイデンともう一つは某映画村で見た江戸時代のものだ。


 しかし、それを受けている当人たちはあまり辛そうじゃない。山田少年など、「マトリョーシカみたいだね」と、隣の青年と話している。談笑する足元で血だまりができている。


 正直、由紀子はもう一度意識を飛ばしたい気分になった。


「うふふ、ごめんなさいね。私たちが接客間違えたみたいで、いまお姉ちゃんに怒られているところなの」


 綿菓子のような女性はそういうと、目線を奥にやる。


 由紀子は振り返ると、椅子に反対向きに座っている女性がいた。巻き毛のゴージャスな美人だ。


 ゴージャス美人は、由紀子に妖艶な笑みを向けると、立ち上がった。

 カツカツとヒールを鳴らしながら、由紀子に近づくといきなり床に正座した。そして、三つ指をつくと頭をゆっくり下げる。いわゆる土下座のポーズだった。


「ごめんなさい」


 むしろ女王様というにふさわしい女性に、平身低頭に謝られると大変居心地が悪い。由紀子は、後ずさりする。


「……あ、あの。顔、あげていただけませんか」


 由紀子の言葉に美女は、唇を噛みしめた顔を上げる。


「まったく、理解できないんですけど」


 由紀子の言葉に、美女は眉根を寄せる。


「まだ、記憶が混乱してるのね。もう少ししたら、思い出すと思うけど」


 美女は深くため息をついて、後ろにいる三人をにらむ。


「もうお姉ちゃんったら怖いわー」

「反抗期か? パパは悲しいぞ」

「姉さん、マトリョーシカごっこ飽きたんだけど」


 それぞれ呑気なことを言っている。

 どうやら女性は、山田の姉らしい。きつめの目が、青年に似ている。


 ぼやけた頭を揺り動かし、由紀子は記憶をたどる。

 少年は山田で転校生、粉砂糖のような美人はその母で、この世のものとは思えない美青年はその父で……。


 不死王で……。


 由紀子の顔は急激に青くなる。

 とてもとても思い出したくないことを思い出してしまった。


 由紀子は右手を口に突っ込むと喉の奥に触れて嘔吐えずく。他人の家だろうがお構いなしに吐こうとするが、出てくるのは粘った唾液だけだった。胃の内容物は全く出てこない。


「勝手だと思ったけど、胃洗浄は施したわ。ほとんど消化した後だったけど」


 由紀子は、山田父を見る。

 由紀子が夕食で出されたものは、山田父の、つまり不死王ノーライフキング肝臓レバーだった。


 知らないとはいえ、美味しく食し、なおかつおかわりまで要求するとは。


 人間として、踏み出してはならない一線を越えてしまった。床に突っ伏してしまう。

 なんで、そんなものを食事に出したのか、そんなことよりも、ただ食べてしまったという現実が由紀子に重くのしかかっていた。


「ええと、記憶がはっきりしたところで悪いんだけど」


 さらに申し訳なさそうに、山田姉は続ける。


「それで、あなた、もう人間じゃなくなったの」


 ため息を一つはさんで、


「不死王の血族になっちゃったのよ」


 と。


 おかげで由紀子は、再び気を失ってしまった。






不死王ノーライフキング


 不死者の王。伝承では、吸血鬼ヴァンパイアの王と言われるが、現在、確認されている不死王は、吸血行為を行わず、また日光やにんにくは効かず、首を斬られても胸に杭を刺されても死なない、不死身の王を言う。

 また、その血肉を与えられることにより、血族を増やす。その血族は、極端に死ににくい身体となる。


 由紀子は目の前の講義を淡々と聞いていた。

 先生は眼鏡をかけたエリートサラリーマン風の男で、彼もまた山田の兄弟らしい。名前は紹介されなかったので、とりあえず山田兄である。


 あの後、由紀子は山田姉に家まで送り届けられた。とはいえ、時間は早朝を回っていたようだが、あらかじめ電話で泊まりになると連絡を入れていたらしい。母には怒られなかった。


 ぼんやりとしたまま、学校に行ったが、今度は山田が休んでいた。

 例の行き過ぎた折檻が続いているのだと思うが、あの呑気な様子だと同情の余地もない。


 昨日のことはできるだけ夢だと思いたかったが、放課後、校門の前でエンブレムのついた乗用車が待っていた。そばにいるのが見覚えのあるゴージャス美人だったわけで。


 こうして連れてこられたのは、郊外にある大きな医療施設だった。ガンを研究している国営の施設だ。


 まるでVIP扱いで由紀子は中に入れてもらうと、山田姉から山田兄を紹介された。


「いまから、最低限必要な知識を教えます」


 とのこと。


 こうして、簡素な会議室でお勉強会が始まったわけだ。


 山田兄の持ってきたのは分厚い資料と、その内容をかみ砕いたプリントだった。たしかに、あれだけ分厚い本は、小学生には理解しがたいだろう。


 ちゃらんぽらんな山田、山田父、山田母に比べると、姉と兄はずいぶんしっかりしているように見える。

 山田姉は、由紀子が不安にならないように会議室の後ろに座っている。由紀子の家にも、連絡済らしい。


「これは、不死王の血脈、つまり僕たちの特徴を示したものです」


 プロジェクターに箇条書きで書かれてある。

 

 一つ、著しく代謝機能が高まり、再生が早くなる。極端に死ににくくなる。


 これは、由紀子も見たのでわかる。上半身を潰されても再生していた。たしかに不死身の肉体だと思ったのだが。


(死ににくく・・・なる?)


 由紀子の疑問を読み取ったのか、山田兄は説明する。


「不死者といっても不死身ではありません。不死王とて例外でありません。不死身に限りなく近いのが不死王であり、その眷属は個体差によって死ににくさが異なります」


 山田兄は、由紀子に視線を落とす。理解できているのか、確認するような目だ。小学生にどこまで丁寧に説明すればいいのか、迷っているようだった。


 由紀子が深くうなづくと、安心したようで言葉を続ける。


「不死王とて、最低限、身体を維持する成分がなければ死ぬと思われます。まあ、仮定なのは、誰も不死王が死んだところを見たことがないわけで」


 現在の不死王の前に不死王がいたという記録はない。少なくとも、山田父は紀元前から生きているらしい。それ以前の記憶は忘れてしまったという。


 伝承で残る吸血鬼の王という意味の不死王は、当時の不死王の話と別の物語と結びついてできたものだと言われている。


 二つ、著しく寿命が延び、肉体年齢は個々のピーク時で止まる。


「多少、語弊はありますが不老不死という言葉が一番近いでしょうか。ただし、年齢の止まるのは、それぞれの得意分野で変わります。ただ、基本的に十代後半から三十代前半で止まる場合が多いです。おそらく、日高さんは、あと数年は順調に成長すると思います」


 由紀子は山田兄の言葉を他人事のように聞いている。逆を言えば、あと数年で成長が止まると言っているのだが、由紀子は自分が大人になる姿があまりぴんとこなかった。


 三つ、脳のつくりが変わってくる。


 山田兄は深くため息をつく。山田姉と似ていないと思っていたが、その仕草はそっくりだった。まるで、同じものに対してため息をついているようだ。


「実は、これが一番厄介だったりします」

「どうしてですか?」


 由紀子が聞き返すと、山田兄は手に持ったステンレスの指示棒を縮める。そして中指と親指で挟めると、ゆっくりと押しつぶした。金属製の棒が波打ちながら縮んでいく。到底、棒といえなくなったものを由紀子に見せる。


「脳の制御リミッターが外れやすくなり、常人離れした力を出せます。また、脳内麻薬エンドルフィン等が分泌されやすくなり、痛みに鈍くなります」


 それは、弟を見たらわかりませんか、と山田兄が言う。


 山田は上半身が潰されたあとも特に痛みを訴えることはなかった。昨日の折檻もあまり意味がないように見えた。山田父、母も同様である。


「もちろん、個体差があります。僕や姉は、自分で調整できるのでそれほど問題ありません。日高さんを見る限り、僕や姉と同じ傾向があるようです。今現在、特に慌てもせず話を聞いているのが証拠です。集中力が上がり、物事を冷静に判断しようとするタイプですね」


(なるほど)


 由紀子が、まるで他人事のように山田兄の言葉を聞いているのは、そのせいなのかもしれない。


「逆に弟や不死王は、別の傾向が見られます。母もどちらかと言えば、こちらに分類されます」


 どこか、言いにくそうにうつむいている。

 由紀子は後ろを向くと、同じようにうつむく。


 一呼吸おいて、山田兄が続ける。


「深く物事を考えず、極端に前向きで、注意力散漫な」

「……」


 由紀子は口を一文字に引いた。 

 なんだか知らないがむかむかしてきた。


 それを察したのか、後ろから妖艶な声がかかる。


「本当にごめんなさい。昨日は、監視役がいなかったの。なにをしでかすかわからないのに。言い訳にもならないけど」


 口ごもった山田兄のかわりに、山田姉が言った。


 昨日、不死王の血肉が食卓に並んでいた理由は、先日轢かれた山田少年の回復のためだった。


 そして、由紀子にその血肉をすすめた理由というのは。


「なんにも考えてなかったのよ。あのアホたち」

「ああ。お客さんはもてなさなきゃ、で頭がいっぱいだったんだろうな」


 心底呆れた顔で、山田姉は言った。

 山田兄も遠い目をしている。


「なぜだかごく一部なんだけど、血族はどうしようもないアホができるのよ」


 どうやら、どうしようもない理由で、由紀子は不死者になったようである。


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