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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
19/141

19 父の母と、その娘

「由紀ちゃん、今日、お母さん遅くなるから」


 由紀子が、台所でおやつの特製巨大どら焼きを食べていると、母がそう言った。


 由紀子はカレンダーを見る。今日の日付に、面倒くさそうにバツ印がついている。


「お父さんを産んだ人に会うの?」

「そんな言い方しない」


 由紀子は、父方の祖母を『おばあちゃん』とは呼ばない。呼ぶ価値のない人だと思っている。


「叔母さんのほうよ」

「ああ、産んだ人の娘ね」


 また、遠回しな言い方をする。叔母もまた、由紀子にとって親類ではない。


 由紀子の覚えているその人たちの記憶は、父の告別式で母をなじり、その後、父のお骨を奪った泥棒だ。母を人殺し扱いし、兄を無理やり連れて行こうとした鬼婆どもだ。


 母を人殺し扱いした理由は、父が母と結婚しなければ、死ななかったというどうしようもないことだった。父は仕事帰りに死んだという。

 父は、過干渉な実母と妹を嫌って、日高家に婿入りしていた。


 由紀子は、父が死んだ日のことを覚えている。その時は、まだ人が死ぬということが理解できず、帰ってこないのはなんでだろう、としか思わなかった。一緒にお受験の面接の練習をしてくれる約束だったのに、と。


 結局、その約束は守られず、父と顔合わせすることはなかった。遺体の損傷が激しく、人に見せられる姿ではなかったのだ。

 

「あれらも辛いのだから許してくれ」


 父方の祖父の言葉で、日高家の大人たちは父の母たちを告訴することはなかった。連れて行かれた兄は帰ってきた。しかし、父の骨は戻ることはなかった。


 祖父は、哀れな身内を日高家に近づけない約束をしてくれた。母の実家で暮らすようになった。


 由紀子は、結果、お受験に失敗して、今の小学校に通っている。中学受験にこだわるのも、父との約束を守りたいためだった。

 父の通った学び舎で、勉強がしたかった。


 一昨年、祖父が死んだことで、またあの鬼婆どもが由紀子たちにちょっかいをかけはじめた。


「無視すればいいよ」

「あれでも、お父さんの身内だからね」


 お人よしだと由紀子は思う。

 蜂蜜たっぷりのしっとりしたどら焼きを口に含む。これは日高家の祖母の手作りだ。こちらの婆さんは、本当にいい祖母だと思う。






 翌日、家の前に左ハンドル車が止まっていた。


 由紀子は嫌な予感がした。案の定、異臭にも近い香水の匂いと耳が痛くなる甲高い声が聞こえた。


「由紀ちゃん、大きくなったわね」


 還暦すぎた婆さんが付けまつ毛にマスカラを塗りたくっていると、見るだけで滑稽だと由紀子は感じた。まあ、似合う人は似あうのだろうが、その婆の場合、なんか勘違いしている人だった。


「……おはようございます」


 由紀子は形だけのお辞儀をし、さっさと学校に向かう。


 止まった車の中には、まあ美人であるが、性格の悪さがにじみでた女がおり、由紀子に向かって手を振っていた。


(よくもまあ、抜けぬけと)


 兄を連れ去るとき、「おまえはいらない」と、由紀子を突き飛ばしたことを忘れているのだろう。


(放課後までには片付くだろ)


 由紀子は、兄が朝練でよかったと思った。

 可哀そうに父親似の兄は、粘着質なこの人たちに好かれているのだから。






 朝の考えも虚しく、由紀子は昼休みに職員室に呼び出された。

 理由は、保護者の方々が来ているから、だった。


 何事かと思ってみれば。


 堂々とした態度で、応接室にいる父の母と、その娘は、由紀子を見るなり機嫌よさそうに笑う。見た目は美人なので、三十路胃炎持ちの担任は、眼尻を下げている。


(馬鹿担任)


 由紀子は、他の先生を探すが、その前に担任に応接室に入れられた。


「急用ができたそうじゃないか。早く帰りなさい」

「先生、本当にこの人たちが、保護者だと思ってるんですか? そんなに簡単に生徒を見ず知らずの大人に預けて、誘拐だったらどうするんです?」


 由紀子は至極真っ当なことを言う。


「ひどいわ。由紀ちゃんったら。おばあちゃんとおばちゃん、由紀ちゃんに会いたくて来たのに」

「そうね。久しぶりだから、緊張してるのよ、お母さん」


 婆どもの意見に、担任はこくこくとうなづく。胃の穴が貫通すればいいのに、と思ってしまう。


「うちの母か、祖父母を呼んでください」

「おばあちゃんならここにいるじゃない?」


 婆のその言葉に、由紀子は切れた。

 拳を握り、テーブルに強く打ち付ける。テーブルは、真っ二つに割れ、麦茶の入ったグラスが床に転げ落ちた。


「あんたらなんて、身内じゃない!」


 由紀子は、応接室を出る。


「おい、日高」


 肩をつかむ担任の手を払いのけて、走っていった。






(これはさぼりというやつか)


 由紀子は、裏庭の飼育小屋に寄りかかっていた。

 自称、上流階級ハイソなあの人たちは、家畜臭いこの場所には近づかないだろうから。母の仕事を馬鹿にして、見下しているあの人たちは。


 携帯から知らない番号で着信があった。固定電話は学校からか、他の番号は先生か婆たちのものだろう。早速、着信拒否にした。


 時間を見ると、まだ五時間目も半ばである。

 算数の授業のはずだ。


 今日は六時間目まである。いっそ最後までさぼってしまおう。


(一体、何の用だったんだろう)


 どうせくだらない話に決まっている、と思いつつ、もしかしたら大切な話なのかもしれないと思う自分がいる。

 もっと自分が大人であれば、母のようにちゃんと話を聞けるのだろうか。でも、今の由紀子には不可能だ。


 父の告別式でやったことは許せない。泣くこともできずにいる母に、暴言と思うままの感情を喚き散らした。でも、祖父の言うとおり、あの人たちも父に対する悲しみでいっぱいだったのかもしれない。


 兄をさらったのも、父によく似た兄を心のよりどころにしようとしたのかもしれない。


 日高家に現れるのも、もしかしたら謝罪かなにかだったら。


 母以上にお人よしな考えに、由紀子は首を振る。


 チャイムが聞こえ、五時間目が終わった。

 

 また、違う番号から着信があり、それを着信拒否する。次に、彩香さやかから電話がかかる。


(出たいけど)


 タイミングから、担任が彩香から借りている可能性が高いだろう。

 由紀子は、しかたなく電源を切る。


 積まれたブロックに腰掛け、傍に置いてあるニンジンの葉をウサギにやる。ウサギがわらわらと集まってくる。


(ちっちゃいの、食べられないな)


 大きなウサギが手前に来て餌を独占するので、子ウサギは食べられない。

 わざと餌を子ウサギのほうに向けても、大きなウサギが横取りする。


(もう、食べ過ぎだろ)


 由紀子がそう思ったとき、子ウサギのところに葉っぱが差し出される。

 横を見ると、にこにことした少年が座ってウサギを見ていた。


「授業はどうしたの?」

「知らないおばさんたちがうるさくて、勉強にならないよ」


 なるほど、と由紀子はうなづく。


 先日まで崩壊していたクラスなので、ちょっとしたことで生徒は好きなようにやっているんだろう。これは、由紀子にとって朗報だが、クラスメイトにあんなのの身内だと思われたくない。


「あれがモンペというやつ?」

「そうじゃない」


 親じゃないけど。


「モンスターってことは、人外?」

「違うけど、場合によりそれよりたちが悪い」


 由紀子は正直な感想を述べる。


 山田少年は、ふむふむと首を縦に振る。


「ねえ、そのヒトたち、遊んでくれるかな?」


 山田のきらきらとした目に、由紀子は一瞬考え込み、にやりと笑った。


「できるだけ安全に、なら、遊んでくれるんじゃない?」


 由紀子は山田少年にそう告げると、少年は純真な笑顔を浮かべて、


「うん、ちょっと行ってくる」


 と、元気よく駆けて行った。


 それからしばらくして、耳を裂くような甲高い女の叫び声が校内に響き渡ったのは、言うまでもないことである。






(安全に、って言ったのに)


 由紀子は、そろそろ教室に戻るか、と腰を上げる。


 さすがに、あの叫び方では、そうそう校内に長居はしないだろう。


 大人げない行為だとわかっている。でも、由紀子は大人ではないので仕方なかった。あの人たちの過去の行動を水に流すには、あと何年も必要である。そこをわかってほしかった。


(そういえば)


 由紀子は、今更あることに気が付いた。


 父が死んだことは覚えている。

 損傷が激しく、見るに堪えない姿で、最後の姿も見られなかった。


 しかし、それはどうしてそうなったのだろうか。


 父は、どのように死んだのだろうか。


 由紀子は、そんなことに気が付いた。


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