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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
16/141

16 レバ刺し再び


 山田父たちが帰ってきたのは、正午のことだった。

 底抜けにドジッ子で天然な部分はあるが、山田父こと不死王ノーライフキングは、人間離れした冷たい美貌を持つ男である。無表情のまま、帰宅する姿を見ると、由紀子も背筋がぞくりと震えた。


 後ろからついてくる山田母や兄たちも、どこかしら暗い顔をしている。

 エントランスに立ち止まる美形一家の憂いを含んだ表情は、中世の肖像画を思い出させた。


塩梅あんばいはどうでした?」


 山田姉がたずねると、


が一体、それと半吸血鬼ダンピールが一人」


 山田兄が、山田父にかわって答える。


「それより、そちらもだったと聞いたが」

「ええ、それで」


 由紀子はぺこりとお辞儀をして、山田一家の前に出る。山田少年本人は、特撮番組を真剣に見ている。

 

 由紀子の右手に巻かれた包帯見て、山田父は見たこともない冷たい顔をした。


 由紀子は、電流が全身を駆け抜けたかのような感覚になった。


 だが、それも一瞬のことで、山田父は端正な眉を下げると、


「痛くなかった?」


 と、子どもにたずねるように由紀子に視線を合わせた。たしかに、由紀子は子どもだが、まるで幼児が転んで擦りむいたときの親の態度のようで、どうにも居心地が悪かった。


「痛みはないんですけど、不便です」


 正直に答えると、


「そうだよね。これじゃジャンケンできないよね」


(いや、できなくてもいいけど)


 由紀子は、心の中でつっこんでいると、


「早く再生させないとね。よし。ママ、準備はいいかい?」


 山田父が、山田母に声をかける。


「ええ。いいわよ、パパ」


 山田母が、台所からかけてくると、その手には出刃包丁が携えられていた。山田父は上着を脱ぎ、引き締まった上半身をあらわにしている。


 まあ、予想の通りである。

 『食育』を行う気だ。


 やる気満々の両親を、山田兄たちが取り押さえていた。


「せめて、裏方でやれ!」


 恭太郎きょうたろうのそんな言葉に、由紀子は、食べるのは決まったことなんだ、と肩を落とした。






「どうしても、食べなくてはいけませんか?」


 由紀子は、目の前に置かれた新鮮とれたてレバーに目を細める。薬味にねぎ、ごま油と味塩が付け合せてある。大変おいしそうな盛り付け具合だ。

 何も知らなければ、意気揚々と食べていただろうに。


 山田姉は、申し訳なさそうにうなづく。


「残念だけど、これしかないわ」


 目の前で『食育』が行われなかっただけましだが、その生産者たちがにこにこと由紀子の顔をのぞきこんでいる。なんというか、初めて手作りお菓子を彼氏に食べてもらう女子高生のような顔である。


「ふふふ、ここ最近、飼料にはこだわってみました」


(飼料とか言ってるし)


「おじさん、がんばったよ」


(がんばらなくていいし)


 天然夫婦が見つめる中、由紀子のフォークはなかなか動かない。

 なんの拷問だろうか。


「あら? 左手じゃ食べにくいなら、あーんする?」


 砂糖菓子みたいな山田母が、気を回してくれる。


「レバーが嫌なら、他の部位でもおじさんは問題ないぞ。それとも、おじさん美味しくなさそうかな? もしそうなら、改善するから悪いところを教えてくれ」


 少し落ち込んだ顔をする山田父。山田父も父なりに、食材としての誇りがあるらしい。他の誇りを持てばいいのに。


「あー、もう。そんなにじろじろ見てたら、食べられないわよ。行くわよ」


 山田姉が、両親の襟首を掴んで連れて行く。


 由紀子は、深くため息をつくと、ようやく意を決し、レバーにフォークを突き立てた。


 正直言おう。

 山田父は美味い。


 半泣きになりながら、由紀子はごくりと嚥下した。






(にょきにょき生えるんだな)


 由紀子は元に戻った指を動かす。自分で見ていて気持ち悪いくらい、にょきにょき指が生えてきた。


 指が生えてきたところ、山田兄は調べたいことがあると、屋敷の小ホールへと案内した。シャンデリアがぶら下がっているこの部屋は、何の用途があるのか不思議である。絨毯を敷き詰められたその部屋には、大きな円卓が一つ置いてその周りに椅子が六つ囲んでいる。


 山田兄は、その一つに由紀子を座らせる。


「では、これを掴んでください」


 山田兄が握力計を二つ由紀子に渡す。


「以前の、不死化する前に出していた力のつもりでやってください。二つ同時にお願いします」


 由紀子は、こんなものかな、と力を入れる。


 山田兄に握力計を渡す。山田兄は、眼鏡の奥の目を細める。


「左手は二十八。少し強いですが、標準レベルですね。問題は」


 と、由紀子に右手側の握力計を見せる。


「……針、振りきれてませんか?」

「ええ、百までしか測れませんから」


 山田兄曰く、指がなくなったことで以前の感覚を忘れているらしい。不死者には、さほど珍しいことでもないが、これは地味に面倒なのだという。


「父もよく握手して、相手の手を潰してますから」

「それは迷惑ですね」


 思わず本音がもれる。お相手は災難だろう。

 

 山田兄はテーブルに錠剤の入った瓶を置く。


「なんですか? これは」

「不死者の皮膚感覚器官を一般人並にする薬です。痛みが伴えば、力は自然と抑制されますので。我々は、個体差はあるものの、痛みに対して鈍感になる性質がありますから」


 そういえば、その説明は前にも聞いた。


(右手に痛みがまったくなかったから、力の加減も難しくなっているのか)


 由紀子は納得すると、瓶を手に取る。


「一日一錠までしか飲まないでください。また、感覚が戻ってきたら飲むのをやめてください」


 山田兄は、言い聞かせるように由紀子に言うので、由紀子は、


「なにか副作用があるんですか?」


 と、聞いた。


 山田兄は、少し言いにくそうな顔をして、眼鏡を指先で押しやる。


「ええ、まあ、副作用というか。むしろ、それを目的として使っているのが現状として多いのですが。触覚は痛みの他に、いろんな、たとえば触れることによって快感といったものを引き起こす場合もあるんです」


 なんだか山田兄らしくないまどろっこしい言い方だ。


「そのため、パートナーとの相互理解を深めるときに、より有効な手段として使われるんですよ」

「スポーツか何かですか?」


 由紀子は、テニスのダブルスを想像した。薬を飲んで上手くなるなら、兄に飲ませてやろうかと思う。由紀子の兄はテニス部所属だ。


「まあ、スポーツみたいなものですけど」


 由紀子の的を射ない雰囲気を察してか、


「あと何年かすれば、わかることです」


 と、話を打ち切った。


 珍しく慌てた様子の山田兄だった。






(なんだったのかな?)


 由紀子は客間に戻ると、置きっぱなしにしていた携帯を見た。山田姉の見立ての服は、可愛いが機能性に乏しくポケットがついていないのだ。


 開くと、着信が二十件とメールが五件入っていた。着信一件は母からで、それ以外すべて彩香さやかからだった。


(心配させちゃった)


 由紀子は、発信ボタンを押して、友人が出るのを待った。



〇●〇



「なに、疲れた顔してるの?」


 姉のオリガの言葉に、アヒムは肩を下げる。


「いえ。性教育は何歳から始めたらいいのかと、思いまして」

「はあ? 何言ってんの」


 ひとの苦労も知らず、オリガはミルクたっぷりの紅茶をシュガースティックでかき混ぜている。

 アヒムも母が入れた紅茶に、たっぷりのはちみつを入れる。


「ところで、姉さんのほうはどうだったんだ?」


 アヒムの言葉に、オリガは首を振る。


「単なる使い捨てのよ。呪いのことは知ってたみたいだけど、あれじゃ、親がどこにいるかなんてわからないみたい」

「そうですか、こちらも同じようなものですけど」


 ただ、と、アヒムは続ける。


「半吸血鬼の言っていることが気になって」

「なんて言ってるの?」


 カップをつかみ、オリガは紅茶を口に含む。


「人魚を襲ったのは半吸血鬼です。遺体の処理は、食人鬼オーガにまかせたようですが」

「人魚の肉を信じてるなんて、夢見がちなこと」


 半吸血鬼ダンピールは、その半端な属性から、不老不死という言葉に弱い。


「いや、そうでもありませんよ」


 アヒムはテーブルの端に置いてあるモバイルを立ち上げる。


 以前、一姫いちひめが見せた切り抜き記事の事件を集めていた。ディスプレイを指先で拡大し、事件の詳細を見せる。


「一姫は黙っていましたが、被害者は一姫の娘にあたります」

「……なるほど」


 オリガは、アヒムの言っている意味がわかった。

 人魚の肉が不死の妙薬などガセだ。人魚の肉は。


「僕らの姪孫に当たりますね」


 一姫はアヒムたちの姪である。ほとんど男の生まれない人魚の血族は、他種族の男と婚姻関係を結ぶ場合が多い。


「私たちの血脈のことを知っているものたちね」

「ええ」


 アヒムは甘い紅茶を口に含むと、中庭で昼寝をする父と不死男フジオを見た。幸せな姿そのものだった。


 


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