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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
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クリスマス中止のお知らせ

 吐く息が白くなり、街中が赤と緑の色彩にあふれると、世の中年末だなあ、と由紀子は思う。

 毎年、この時期はなにをするわけでもなく、ただ街中が明るく騒がしいので楽しい気分になっていたが、今年はそうも言っていられない。受験生にイベントなど関係ない。


「うわあ、もうなんなのこの空気」

 

 かな美が頬杖をついて、年末の賑やかな雰囲気をにくたらしげに見ている。

 

「むしろ、私たちが異質なんだよ」


 かな美をフォローするように、由紀子が言った。場所は、ショッピングモールのフードコート。たまには気分を変えて学校や図書館以外の場所で勉強しようとなったのだが、場所を間違えたようだ。冬物大バーゲンの垂れ幕を見ると、由紀子は目移りしてしまう。今年は、ブーツもコートも購入済みだ。これ以上なにか買うと母にお年玉を止められてしまう可能性も高い。


(あのショートブーツ可愛かったなあ)


 聖夜なる西洋のお祭り前でめでたいのだから、もう一つくらい買ってもいいと思うのに。


 由紀子は参考書に突っ伏しながら通り過ぎていく楽しそうな客を見る。


「そうだよなあ。俺たちは今、勉強だよ」

「なんであんたいんのよ」


 すかさず突っ込むのは、かな美だ。なぜか、同じテーブルに岩佐が座っていた。旗男岩佐、由紀子の学校で山田に次ぐ問題児だ。


「俺だって勉強したいのさ」

「あんたが言うことほど当てにならないものはないわ」


 かな美が邪魔だ、と岩佐の鞄を椅子の上から持ちあげそのまま人通りの多いほうへと投げ捨てた。ひどい、かな美はひどい。


「何するんですか! 姐さん」


 可哀そうに中身のぶちまけられた鞄を片付ける岩佐。通行人が怪訝な目で見ている。


「じゃかあしいわ。勉強の邪魔よ。ただでさえ集中できないメンバーなのに。あんたがいるとどんなフラグがたつかわかんないのよ」


(なるほどそういうことか)


 由紀子は、岩佐の鞄の中身を拾うのを手伝うと、


「と、いうことだからかえって。私、面倒な人とこれ以上関わりたくないの」

 

 と、伝えた。


「日高、おまえもか」


 くやしそうな顔で岩佐が歯ぎしりする。


 由紀子は平和主義だ。鳩派だ。穏健派の保守主義だ。

 世の中、面倒に巻き込まれないためには、その元とつながらないことが大切である。もう手遅れかもしれないが。


「あれー、岩佐くんなにしているの?」


 大量のハンバーガーとポテトとドリンクをトレイ一杯にのせてやってきたのは山田である。


「おい、山田! 俺の参考書踏んでんじゃねえ!」

「あれ? ごめん。ゴミかと思っちゃった」

「おい、ぐりぐりすんな! なにしてんだよ」


 由紀子は山田の足をどけて、参考書を岩佐に返してやる。


「ごめんね。山田くんは山田だからしかたないんだよ」


 理由は山田だからだ。


「俺は、日高がなにもしなけりゃいいと思うんだ」


 山田の後に、ドーナツを持ってきた織部が言った。


 元はこの四人で勉強していたのだ。元はかな美と二人の予定だったが、そうなると山田が自然に増え、流されるような形で織部が増える。


「とりあえずご飯食べよ。テーブルの上片付けなきゃ」


 由紀子とかな美は広げていた参考書を片付けて椅子に座る。


「そうだな、早く食べようぜ」

「おい、何すわってんだよ!」


 岩佐がちゃっかり椅子に座っているが、ここは四人席だ。織部があぶれている。


(可哀そうな織部くん)


 いつも迷惑をかけられ、貧乏くじをひくのは織部だ。由紀子は自分の膝を叩き、ここに座れと促すが、かわりに山田がテーブルをのりこえようとしてきたので、かな美に右ストレートを食らう。


「しかたねえな」


 岩佐が何食わぬ顔で立つと、子ども用の補助いすを持ってきた。織部の蹄が火を噴いた。


 結局、あまりに騒がしいので、警備員さんが来たので由紀子は謝る羽目になった。なので、岩佐が余所から持ってきた椅子に座るという形でなんとかおさまった。


 岩佐は勉強する気などないらしく、遠い目をして道行く人を見ている。


「ああ、クリスマスなんて中止になればいいのに」

「ならねえよ」


 安定した織部のツッコミ。


「織部くん、出荷されないように気をつけないと」

「俺はヒツジでもシチメンチョウでもねえ」


 山田に毎度、違う動物扱いされていて可哀そうだ。織部くんは山羊である。可愛い蹄をもった山羊である。ここ数年角がかなり伸びているが、身長はそのままのちみっこである。


「でも、ほんと、この時期は大変なんだよね」

「お前がか? なんか意外だな」


 山田の呟きに岩佐が反応する。山田家は立派な洋館で、家族もゴージャスなメンバーばかりだ。たとえ、ホームパーティであってもかなり豪華なものになると想像される。

 しかし、由紀子は知っている。年末の山田家は忙しい。


「兄さんがぼやいてたよ。さすがに、警察に突き出そうかっていうくらいだもん、たとえ仕事とはいえ、近所迷惑になる行為はやめてもらいたいよ。僕らにはそれくらいの権利があると思うんだけど、あいつらには関係ないんだ」

「……おい、山田、おまえんちってもしかして」


 山田家は現在、年末の交通強化週間のネズミ取りと同じように、エクソシストやら陰陽師やらがはりきっている。彼等にもノルマがあるのか、一発逆転を狙ってしぶといが反撃がなく懸賞金も高い山田父を狙ってくるのだ。


 反撃はないとはいえ、壊したものは全額弁償する羽目になるので、毎年、借金を背負う人たちばかりだが。

 山田家には迷惑だが、由紀子の祖父は、通帳を見ながらにやにやしていたのが怖い。気前よく、祖母に「おせちに伊勢海老買っていいぞ」と言っていた。


「山田、お前って案外苦労してるんだな。最悪、家をでていけばいいだろうけど、さすがに住む家を売るわけにはいかないよな。よかったら、クリスマスに一緒にバイトしねえか?」

「いいんだ。気づかわなくて。僕は、ご近所のみなさんの迷惑にならないように家に引きこもっているよ」

「おまえ。辛かったらいつでも相談にのるぜ」


 おそらく岩佐は勘違いしている。しているが誰も止めない。関わりたくないからだ。

 山田家は借金取りに追われているわけじゃない。むしろ、その役目は由紀子の祖父であり、追われているとしたらエクソシスト集団だろう。伊勢海老をありがとう、迷惑集団。


(今度、我が家はリフォームします)

 

 とりあえず岩佐と山田が話しているが、由紀子たちは勉強だ。この不真面目な二人はなぜか勉強せずとも頭がいいという嫌な特技を持っている。駄弁っている余裕は由紀子にはない。


「山田、もしよかったら、クリスマス俺んちに来いよ」

「岩佐くん。申し出はうれしいけど、僕そんな趣味は微塵たりともないんだ」


 岩佐の申し出に山田は丁寧に答える。


「ちげーよ。俺んち、クリスマスパーティすんだよ。っても、おかんがケーキ作り趣味なだけなんだけどな。毎年、ケーキ教室開いてその残り食うから、友だち呼んで喰うの手伝ってもらえってさ」

「おまえ、クリスマス中止とか言ってだろ」

「おまえはクリスマスを聖夜と称して、全然神聖なものと違うものにする馬鹿どもを見てどう思う? はぜろって思うだろ」


 織部が筆記用具をかちかち鳴らしながらいうと、岩佐が反論する。なるほど、岩佐の家ではケーキ食べ放題と由紀子は頭のメモ帳に記録する。


「そうなんだ。たぶん、無理だけど、誰かほかに来るの?」

「ああ、大体、ご近所のがきどもが食べ散らかして帰ることが多いかな。あと、弟たちの友だちとか。俺、今年受験生だから断られてばっかでさ、一人しかつれなくておかんに心配されてんだよ。『お前、友だちいるの?』って」

 

 ひどくねえ、と岩佐が言う。


(話が読めてきた)


 由紀子は、背後からだんだん、なにかの足音が近づいてきた気がしたがとりあえず振り向かないことにした。どんどこ異質な太鼓の音がする気がするが、気づかなかったことにした。


「へえ、誰なの?」


 山田がしっかりわかりきったことを確認する。


 旗を立てる男、この場に二人。今のは、岩佐のフラグだ。


「いつものあいつだよ、いぬや……」


 近づいてきた足音が由紀子たちの前で止まった。顔は全員、異常なお面で隠されて黒い布を被っている。


 岩佐をがっしりとつかみ、そのまま彼をつれていく。彼はもがくが、後ろから布を口に当てられてぐったりとした。鼻の曲がりそうな匂いから薬物だとわかる。手際が良すぎる。


「ほどほどにしておきなさいよ。ここのショッピングモール、うちの学生、利用禁止にされたら困るから」

『わかりました、姐さん!』


 かな美に敬礼した集団は、岩佐を簀巻きにしたのち、どこぞへと去っていった。


 山田は手を振り、かな美は顧問として部活動がちゃんと動いていると満足し、織部はツッコミを放棄した。


 そして、由紀子といえば。


(犬山さん、あなたの尻尾と肉球は守ったわ)


 そんな気持ちでいっぱいだった。


 とりあえず、今年の岩佐のクリスマスは中止になった。かわりに、サバトが開催された。


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