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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
14/141

14 勇気と無謀は別物です その弐

タグにホラーをくわえました。そういう内容です。


「趣があるねえ」


 彩香さやかはしきりに写真を撮っている。今日は、デジタル一眼を持ってきている。お年玉を貯めて買ったと言っていた。由紀子は、小学生の買うものでないと思う。


 由紀子は、半眼で廃墟を眺める。

 場所は、街の中心からかなり離れたところ、車があれば問題ない距離だが、元々大型ショッピングセンターができることに先駆けて作られた住宅地だ。その計画が立ち消えてしまったため、ゴーストタウンとなり、今では目の前の一軒を残し取り壊されている。その一軒も、バブル崩壊とともに一家心中したといういわくつきのものである。


 おかげで、タクシーでここまで来る羽目になった。自転車で行くことも可能だったが、車輪に足を取られて流血しそうな生き物がいるため、却下である。小学生のおこづかいではきついものがあるが、最近、チャレンジメニューで飲食店を食い荒らしている由紀子たちはそれなりに懐が豊かであった。賞金がつくメニューもあるのだ。


「最後にもう一回言います。やめようよ」

「却下」

「今更、それはねえだろ?」


 写真を撮り続ける彩香。諦めろ、と由紀子の肩を叩く神崎。

 

 山田やまだは興味深そうに周りを眺めている。雑草の生い茂った庭。取り壊されたが基礎は残ったままの住居跡。崩壊の恐れはないものの、蔓性植物におおわれた家。郊外に建てられたためだろうか、敷地面積は広く、お屋敷といっても間違いではない造りだった。


 目をきらきらさせながら、彩香は玄関の前に立つ。


「開かないね」


 ドアノブは回るが、チェーンが内側からかかっているらしく、隙間程度しか開かない。


「じゃあ、諦めよう」

「却下」


 と、玄関からテラスに回り込む。ガラス張りの引き戸は割れ、外れていた。彩香はためらいもせず中に入っていく。ご丁寧に、懐中電灯を用意していた。


「なあ、森本ってあんなキャラなのか?」


 神崎は由紀子にたずねる。森本とは彩香の名字だ。


「うん、けっこうあんな感じ」


 ふわふわしていて大人しいイメージの彩香だが、見た目によらず行動的である。付き合ってみてはじめて性格というものはわかる。


 由紀子としては、うろうろして危なっかしい山田少年を、屋内に入れたくなかったが、だからとて彩香だけ探索させるわけにもいかない。

 置いていくのもそれはそれで危険である。


(絶対、床板踏み外すだろうな)


 ぼろぼろの床はところどころ抜けていた。菓子パンのくずや煙草の吸殻、空き缶が落ちている。由紀子たちの前に、同じようにこの廃屋に入り込んだ物好きは多いらしい。それとも、浮浪者の類が住み着いているのかもしれない。


(どうしようか?)


 由紀子は、最善と言えなくとも、自分なりに最良の選択をすることにした。


「……なんなんだ、それ?」


 神崎の言葉に、由紀子は赤面しながら言う。


「危険回避のため、仕方ないの」

「へへ、仕方ないんだって」


 由紀子の頭の上で、山田少年の声が響く。

 由紀子は背中に山田少年をのせていた。つまり、おんぶをしている。


「い、いや、なんか過保護じゃねえか?」

「また、生首転がるのが見たいなら、下ろすけど」


 じろり、と神崎をにらむ。


「こんな場所で、山田くんが五体満足でいられると思う? 普段の学校生活見ててわかんない? 再生すれば元通り? じゃあ、服はどうするの? 再生しても、血糊のついた服着て、またタクシー呼べる? 呼べても、そんな姿を大人が学校に報告しないわけないでしょ。ついでに言えば、小学生がこんな場所に来ること自体間違いなわけよ」

「……すみません」


 神崎が黙ったところを見ると、納得したらしい。ちゃんと説明しておかないと、変な噂を立てられかねない。もしそんなことになったら、即登校拒否するだろう。由紀子としては、立ち入り禁止区域に入り込むことより、クラスメイトの男子と噂になるほうがよっぽどダメージが強い。


「それにしても、案外力あるな」

「ほっといて」


 身体が作り変えられた結果か、筋力も格段に上がっている。百キロくらいまでなら、軽々かつげそうだ。


「由紀ちゃん、チョコ食べる?」


 山田は呑気に、由紀子の頭上でチョコバーをばりぼり食べる。由紀子が非常食として、リュックに詰めるだけ詰めた菓子だ。今は、山田に背負ってもらっている。


 食べるのは問題ないが、食べかけを差し出すのはやめてほしい。ついでに、髪に食べかすを落とされる気がする。


「新しいのならちょうだい」

「了解」


 山田に差し出されたホワイトチョコを食みながら、由紀子は彩香のあとに続く。


(特に問題ないかな)


 由紀子は耳を澄ませると、屋内の音を聞き洩らさないようにした。まさか、殺人鬼がいるとは思えないが、浮浪者や不良が溜まり場にしている可能性は高い。現に、壁にはスプレーで落書きがされてあったり、ここ数か月の間に刊行された雑誌が落ちていたりする。


 幽霊屋敷などとも言われるこの廃屋だが、本当に怖いのは生きている者だ。


 まあ、不死者となった由紀子なので、多少の暴力沙汰で死ぬことはないが、それでも怖いものは怖いし、なにより、連れの二人は生身の人間だ。最悪、二人だけでも逃がさなくてはいけない。


 誰かがいる気配はない。時折、かさかさという音がするのは、まあ想像したくないあの虫がいるせいだろう。たまり場にしている連中は、食べかけをそのまま放置しているらしい。あちこちで生ごみの匂いがして、由紀子の鼻は曲がりそうになる。

 山田もまた同様らしく、「くさい」とつぶやいている。


「音楽一家だったんだって」


 彩香は腐りかけた廊下に落ちた楽譜を拾う。風化しかかったそれは、鉛筆書きでメモが書き加えられていた。

 他にもバイオリンの絃らしきものや、メトロノームが転がっている。


「こんなゴーストタウンに家を建てたのも、好きなだけ楽器を弾くためだったらしいよ」

「なるほどね」


 それなのに、バブルの崩壊とともに仕事が激減し、なおかつ家のローンが払えなくなったため、一家心中とあいなったわけである。たとえ、郊外のうらびれた住宅地でも、それなりの値がついた時代だったらしい。


「誰もいないなあ」


 と、神崎はまじまじと室内を観察する。


「大丈夫、現像したらなにかでるかも」


 と、デジイチを見せる彩香。


 どうでもいいが、いつのまにか幽霊探索になっているらしい。

 ホラー物件なら、山田宅で我慢してもらいたいところだ。


「奥は台所かな?」


 腐った床板を避けながら、彩香はすたすた進んでいく。


「おい、森本。さっさと行くなよ。俺たち、足元見えないんだから」


 由紀子を追い越し、神崎が彩香のすぐ後ろを歩く。


 由紀子は夜目も効くようになったため、別に懐中電灯がなくても問題ない。


(あれ?)


 由紀子は耳触りな音が台所の向こうから聞こえてくるのに気付いた。羽虫のたかる音だが、それにしても数が多い気がする。


「由紀ちゃん」


 山田が耳元で小さく話す。息が急に吹きかかって、由紀子は「ひゃうっ」と、間抜けな声をあげてしまった。


「なに?」


 気を取り直して由紀子が聞くと、


「なんか変な匂いする」

「匂い?」


 由紀子は、あまりに臭かったため口呼吸に切り替えていた。鼻から空気を吸うと、腐敗臭に混ざってさびの匂いが混ざる。


 ぞくり、と全身の毛穴が閉まる感覚がした。

 口の中が乾き、どろりとした汗が噴き出してくる。


「お風呂場かな? あそこからもする」


 山田少年は匂いの元を指さす。彩香たちが台所をのぞきこむ中、由紀子はゆっくりと浴場の扉をのぞきこむ。

 脱衣所には、赤黒いシミが点々と続き、赤黒く汚れたバスタオルが落ちていた。その奥にはおびただしい血糊がまかれており、刃の欠けた斧が落ちている。


 血糊には慣れたつもりでいた。でも、由紀子は胃液が逆流するのを抑えきれなかった。喉元まで出かかったものを、唾液を飲み込むことで無理やり胃に戻す。


 血糊に慣れたとはいえ、それは山田一家や自分の血くらいだ。致命傷を与えられても死なないそれは、身体の回復とともに己の身体に戻っていく。

 しかし、このおびただしい血を見る限り、その持ち主はすでに死んでいるだろう。


(死んでいる)


 その現実が由紀子を逆に冷静にさせた。


 上がってくる胃液を何度も唾液で流し込みながら、彩香たちの元に急ぐ。


「うわ、きたねえ」


 神崎が緊張感のない声で言った。

 彩香はしきりに写真を撮っている。


 神崎の目線の先には、黒いごみ袋があり、その周りにハエやゴキブリがたかっていた。うまく密閉されているようだが、由紀子にはその中身が先ほど風呂場で見かけたものの末路だとわかった。


「ねえ、もう満足したでしょ? そろそろ帰ろうよ」


 由紀子はできるだけ動揺が表にでないように話す。


「ええー、まだ写真撮りたいし、二階も行ってないよ」

「おっ? なんだよ、日高。もうびびってんのか?」


 どうしよう、この緊張感のない二人に殺意すら覚える。でも、由紀子が今の力でこの二人を殴ってしまったら、そのまま昇天してしまうだろうから、必死に拳を抑える。


(ごみ袋の中身知ってたら、びびりくらいするよ)


 大量の血糊の主が人間である可能性は高い。風呂場に動物の毛らしきものはなかった。たとえ、動物のものであろうと、こんな廃屋で解体するような奴が正気のはずがない。


 血糊は乾いていたが、匂いはまだ新しかった。最近のものだろう。


 幸い、殺人鬼らしい人物は廃屋にはいないらしい。帰ってくる前に早く消えたほうが身のためだ。


(袋の中身を教えてやろうか?)


 そんなことを考えては打ち消す。由紀子とて心臓が早鐘を打ち、震える声を抑えるので精いっぱいだというのに、この二人に話したらどんな反応が返ってくるかわからない。


(仕方ない)


 由紀子はおぶっていた山田少年を下ろすと、


「ちょっと待ってて」


 と、台所を出る。


 そして、居間につくと二階に続く階段を見上げる。デザイナーズ物件というのだろうか。見た目重視で機能性は低い金属製のらせん階段で、ところどころ錆びついていた。上るのは可能だか、かなり危ない。


 由紀子は階段の手すりを両手で持つ。足を踏ん張り、両手に力を入れる。両腕の筋肉が盛り上がり、手の甲に血管が浮かび上がる。みしみしと、骨のきしむ音がする。


(いける!)


 由紀子は金属製の手すりを歪ませながら、らせん階段を中心の柱から引きはがした。

 反動で、建物が揺れ、埃が天井から落ちてくる。


(金属の千切れる音って、こんな音がするんだ)


 由紀子は錆びついた手すりを投げ捨てると、大きく深呼吸をした。


「一体何の音?」


 駆け付けた三人に、できるだけ平静を装った顔をする。


「二階は無理だよ。ほら」


 今しがた壊したばかりの階段を見せると、彩香と神崎は残念そうな顔をする。山田少年だけは、いつもどおりにこにこと笑って、由紀子の後ろに立つと伸し掛かってきた。


「……あっ、うん。そうだね」


 由紀子は呆れながら、おんぶしようとする、山田はそれをさえぎり、耳元でささやく。


「誰かいるみたい。逃げたほうがいい?」

「!?」


 山田少年の発言に動揺が隠せず、由紀子は振り返る。それを山田は、そっと手のひらでおさえて、言葉を続ける。


「防音室っていうのかな? 音楽室みたいな壁。さっきので、その中にいたのが気づいたみたい」


 由紀子は全身の血が抜けるような気がした。

 人がいるらしき音がしないからと、誰もいないと決めつけていたのだ。

 元は、音楽家の家であれば、たとえ郊外であっても防音室くらいあると考えるべきだった。


「気にすることはないよ。君の行動は、その年齢では十分すぎる対応だった」


(あれ?)


 由紀子は、山田の話し方に違和感を持つ。顔をおさえた手をはなし、振り返ると、山田は猫のような目をしていた。以前、見たときと同じ獣の目だった。


「奴が近づいてくる」


 由紀子の耳にも、廊下の腐った床を踏む音が聞こえてきた。みしっ、みしっと、ゆっくり着実に由紀子たちの元に近づいてくる。

 ぐるぐると回る頭の中で、ホッケーマスクをつけた殺人鬼を思い出した。


(殺される?)


 ネガティブな感情に頭の中が支配される。血の気が失せ、喉が渇き、身体から汗が噴き出してくる。

 混乱する由紀子を正気に戻したのは、ぺちりと叩いた山田の手のひらだった。


「なにをすべきか、君にはわかるだろ? 僕らはともかく、彼らはもろいんだよ」


 由紀子は、目を見開いた。山田の様子が変だが、今はそれどころじゃない。なにより、彩香と神崎を安全な場所に移動させるのが先決だった。


「彩香、神崎。帰るよ」

「えっ? ちょっ、ちょっと、由紀ちゃん」

「いきなりなんだよ」


 由紀子は、彩香と神崎の手をつかみ、そのまま庭に出ようとする。


「まだ、一階で見てない場所あるよ」

「そんなのいいの。早くいかなきゃ」


 どんどん足音が近づいてくる。

 山田は、いつのまに廊下に続く扉の前にバリケードを作っていた。チェストやテーブルを積み上げていく。


「なにやってんだ、山田」

「殺人鬼対策」


 と、山田が笑顔で言ったと同時に、ガチャガチャとドアノブが動く。


「さ、殺人鬼!?」

「冗談だろ? だ、誰かいるのか?」


 動くドアノブに恐怖しながら、二人が言ったが、冗談でないことはすぐわかった。


 ドアノブの動きが止まったとともに、扉に斧が突き刺さった。みしりと、音を立て扉から抜かれると、また斧が突き刺さる。


 絹を裂くような声というのだろうか、彩香が耳の痛くなるような叫び声をあげるのと同時に、由紀子は彩香と神崎の腰に手を回し、横抱きにする。そのまま、隣接した庭に飛び出した。


「山田くん」


 由紀子は、バリケードをおさえる山田に声をかける。


「僕は大丈夫。多少のことじゃ死なないのはわかってるでしょ」


 いつもどおり笑顔を見せる山田。

 由紀子は唇を噛むと、


「すぐ誰か呼ぶから」

「うん。できるだけ早くお願い。こういうときはなんていうんだっけ?」


 山田は一瞬考え込むと、


「そうだ。『俺を置いて、先に行け!』だね」


 と、呑気な声をかける。


 由紀子は呆れながら、


「お言葉に甘えるけど、それ死亡フラグだから」


 由紀子は、二人を掴んだまま、安全な場所へと走って行った。


 山田は、片手でチェストをおさえながら、余った手で由紀子たちに手を振っていた。


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