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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
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とある結社の日常

”「第二百五十一回定例会議を始める」

 

 重々しく言い出したのは、部隊長だった。今日は愛刀を置いて、かわりにマーカーを持ちホワイトボードの前に立っている。


 場所は、社団法人エクソシスト会日本支部の本拠地である。しかし、本拠といってもそこは2LDKのマンション、それも都心部はさけてお家賃をお得にしたもので、表札には『中平』と書いていある。

『中平』、それは今まさに面倒くさそうに部隊長を見る男の名前であった。なまじ、霊感が強かったこととちょっぴり痛々しい中学二年生特有の病気が終わるのが遅かったことが原因で中平はここにいる。

 なんで英語が得意だったんだろう、無駄に発音のよかった過去の自分を呪いたくなる中平である。


 今、日本支部の本拠地であり、中平名義のマンションには現在、中平以外に四名が住んでいる。

 一人目は、今、ホワイトボードに蛇みたいな筆記体を書いている人物部隊長だ。本当は部隊長なる肩書きではないが、白昼堂々どでかい刀を差し、街中を歩いている姿はとても神父に見えない。一応、黒い服を着ているが、聖職者のそれと違う。黒い着物に黒い袴をはいている。持っている刀は日本刀だ。ああ、わかる人物にはわかる恰好であるが、中平はなにもいうまい。言っては負けだと思っている。


「はい、隊長。質問です!」

「なんだい、リリアーヌ」

 

 リリアーヌと呼ばれた女は、恰好だけは修道女をしていた。顔はやや童顔で時代錯誤な丸眼鏡をかけている。笑うとそばかすの可愛らしい女性だが、どうしてだろう彼女もまた帯刀している。我が国では銃刀法違反というのに、何度言っても「任務ですから」といって聞かない。

 

 リリアーヌは右手に銀行の通帳を持ち、中を開いて見せる。


「なんで、今月のお給料が入らないんですか?」


 リリアーヌの言葉に中平はじっと通帳を見る。彼女の残高はもう二けただ。


「ああ、今月は損害賠償が大きかった。それがその結果だ」


 ちょうどよかったといわんばかりに、汚い字で書きなぐっていく。横文字だが、日本語訳にすれば『損害賠償』といったところだろうか。

 中平とすれば、今まで保険でおりていたのが不思議だったくらいだ。自分が保険屋だったらどんな高額で払っても顧客にしたいとは思わない。


「ちなみに私もゼロで、来月と再来月も給金がない。嫁に知られて、今離婚調停中だ。それは立場上避けたいところだ」


 至極真面目な声で言うが、まずその恰好をやめるべきだ。


 宗教的理由で離婚はしづらい立場みたいだが、そんなことどうでもいい。それよりも、こんな少年の心を忘れないおじさんが結婚できたことを不思議に思う。なんで和服なのか、そこがまず問題だ。


「はーい。私なんてマイナスついてるんですけど。どういうことですかね?」


 そう言うのは背中に金属の塊をのせたセーラー服姿の女性だ。下ろすだけ下ろされて残高はきれいさっぱりなくなっている。先日までもっとすっきりした銃火器少女だったが、今度はなににはまったことやら。

 もうどうにでもなれ、といいたい。


「それについては、僕から提言があります。今月の賠償金の内訳で大きかったのは、道路の舗装と近隣の畑の土壌入れ替え代金、それと車輌破壊のための新車購入代金です」


 最後の一人、まともに神父の格好をした男が言った。ここでは会計のようなものをやっており、明確にグラフ化された今月の支出の内訳を広げる。

 一見、一番まともそうだが、神父服のポケットになぜかフィギュアが入っている。中平はそっと目をそらす。


「道路は即時業者をよんだため、追加料金が発生しています。土壌汚染については、先月も言ったようにアナスタシアさんは銃弾、ミサイル等を控えてください。重金属が混じると問題が大きいので」

「ええー。じゃあ、なんならいいのよ。マイケル」

「そうですね、弾は消耗が激しくメンテナンスも大変なので違う武器を選んで下さい」

「問題そこじゃねー!!」


 思わず中平は机を叩いて抗議する。

 すると周りの四人の目が一斉に中平に向く。


「な、なんだよ」


 中平はしまった、と顔を歪める。これはいつものパターンだ。こうなると彼の運命は決まっている。


「へえ、なによ。いつもここでお留守番して、悪霊の一匹も狩ってこれないアンタがぁ? なに偉そうに言うの?」


 アナスタシアは、彫の深い顔立ちで中平を見る。金髪の白人女性に睨みつけられるという状況は、人によってはご褒美だが、少なくとも中平は違う。


「そんなこというんじゃない。彼は彼なりにやってくれているよ、そうじとか洗濯とか」


 フォローにもなっていない言葉をかける部隊長。にやにやと笑っているところがまた憎らしい。


「そうですよ。彼のおかげで食費は助かってます。安いスーパーで買い出しをさせたら、誰よりもうまい」


 マイケルも言うが、これはフォローに以下略。


「そうだよ。ちょっとみみっちいと思うけど、ご飯におじゃこかけただけの夕飯とか、かつおぶしだけとか。こっちは肉食人種だ、肉食わせろと言いたいよ、でも食べられないことないよ。食べられるだけありがたいよ」


 リリアーヌめ、肉を半月食べていないことを根に持っているらしい。


『ということで』

 

 四人の声がそろう。


「別にあんたやめさせようと誰も思っていないから安心して」

「いや、やめたいから」

「君は君なりの評価を得ている。落ち込むことはない」

「あなたは家族の評価を気にしてください」

「居間にコレクションの棚を増やしたいんだが」

「却下!」

「お肉食べたい」

「食費はらえ」


 なんで、熱く燃えたぎる痛々しい感情を行動に示してしまったのだろう。なぜ、わざわざ海外までいって、こんな変な団体に所属してしまったのだろう。


 そしてこいつらはなんでこんなに態度がでかいのだろう。


 余談だが、ここは本拠地でありながら中平名義のマンションだ。そこのところを深く考えてもらいたい。銃刀法違反だらけの外国人に家を貸すほど、世の中甘くないのだ。


 それでいて、いまだこいつらを自分の家に住まわせているのが滑稽でおかしかった。


 おかしいと同時にひとつ言い出せないことがあった。

 その罪悪感からかもしれない。


 中平は疲れた顔でソファに座る。天井を見ると、マイケルがはった美少女ポスターが中平を睨み返す。


 ああ、なんでこんなことに。


 そんなことを後悔していると、玄関からチャイムの音がした。


「なんだ、敵か!」


 仮想の敵を作り上げ、臨戦態勢に入るアナスタシア他三名を中平は隣の部屋に押し込む。


「ぜってー出るなよ!!」


 脅しをかけてすごむと、扉の前にソファを置いた。


 中平は深呼吸して、玄関へと向かう。一時期、とある病をこじらせた中平には、それに付き合える知人はあまりいなかった。いま、その病から現実に戻った今でも、特殊すぎる環境によって、友人知人は極力作らない、というか作れない。なので、訪問者はおのずと決まる。


「はーい」


 ドアを開けると、最近、ずいぶん美人になった従姉妹が来ていた。なぜか、その後ろに彼氏らしき男がいる。ずいぶんと男前だが、じっと中平を見ている。


博兄ひろしにい、これおばあちゃんから。ちょっと多すぎてごめんね。あと、後ろのは気にしないで」


 と、差し出してくるのは肉じゃがだった。一人分としては多すぎるが、今の中平にとっては大変ありがたい。肉も入っているので、これで我慢してもらおう。


 後ろのは気にするな、と言われたので中平は気にしない。気にしてはいけないものがたくさんあるのをよく知っているからだ。


「ありがとう。ばあちゃんにも伝えといてくれ」

「うん。それと、食べきれるかな、って思うんだけど、はい。お野菜とお肉、お肉はもらいものだけど。お料理大変だよね、なんか作っていこうか?」


 その言葉に中平は慌てる。後ろの威嚇するような青年の目もあるが、それ以上の地雷が家の中にあった。


「大丈夫だ、平気平気。それより、連れを待たせたら悪いだろ。ありがと、ありがと」


 と、なかば強制的にドアを閉める。

 ドアの外から、従姉妹の声が聞こえる。


「ちゃんと食べなきゃだめだよ。おばあちゃん、ごはんいつでも食べにこいってさ」


 機嫌を悪くしたわけもなく、それだけ言うと、足音が遠ざかって行った。


 中平はふうっと大きく息を吐く。


 ここは中平名義のマンションだ。数年前まで海外で暮らしていた中平がここに自分のマンションを持っている理由にはわけがある。

 ここは中平の祖父のマンションだ。他の部屋は賃貸だ。

 そして、先ほどの従姉妹は、祖父の内孫に当たる。


 それまでならいいが。


 祖父はここらではそこそこの地主であり、けっこうな畑を持つ。

 先日、こちらの一行が出向いた先は、祖父の家の近くだった。


 ここまで言えばもう想像がつくだろう。


「おおい。飯だぞ」


 肉じゃがの入ったタッパーはまだ温かい。早めに食べてしまったほうがいいだろう。


「ごはーん」


 扉の前に置いたソファを突き飛ばすようにリリアーヌが飛び出た。ごはんごはん、と犬のように中平の周りをぐるぐる回る。これで日本刀を持っていなければ可愛いのに、と思わなくもない。


「うおー、肉だ、肉が入っている! 肉だー」


 じゃがいもにまみれた肉を見てこれほど肉と連発する人間はどこの時代の人間だろうかと思わなくもない。

 毎回、給料を損害賠償でひかれているため、食費はスズメの涙だ。そのため、炊事洗濯を担当する中平は自費で補っているのだが。


 普通なら馬鹿がつくほどお人よしということになるが。


 おいしそうに肉じゃがを貪るリリアーヌを見て中平は思う。


 これ、損害賠償の何分の一の還元になるのだろうか、と。


 つまりそういうことだ。


「じいちゃん、俺がこいつらの仲間だって知ったらどうすんだろ」


 深いため息をつきながら、思春期の熱き夢を現実にした自分を呪った。


 


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