はろういん
「とりっく おあ とりーと」
十月のある日、由紀子が気持ちよく縁側で寝そべっていると、そんなジャパニーズイングリッシュが聞こえてきた。由紀子は、幻聴ときめつけて座布団に顔をまた埋めようとすると、再び聞こえてくる。
ここ数年、常識となりつつある十月のお祭りについていっておく。これは、海外のお盆のお祭りのようなもので、子どもがお菓子をたくさんもらえるという特典がついている。皆、お化けの仮装をして夜歩き回り、お菓子をもらいにいくというものだ。
だがしかし、由紀子は思う。
(ここは日本だよ)
由紀子にとってクリスマスはケーキの日、バレンタインはチョコの日、よってハロウィンは南瓜の日だ。せいぜい母が周りの雰囲気にのせられて、南瓜プリンを買ってくるくらいだろう。
ゆえに、そんなイベントごとを無視したいのだが。
「とりっく おあ とりーと」
ちらりとだけ視線を向ける。まだ、十月もなかば、昼間に、大のおとなが由紀子にきらきらとした目を向けていた。肩にかけたシーツはおばけのつもりだろうか、大きな身体を半分も隠しきれていない。
由紀子は、念仏にも聞こえてきた決め台詞にとうとう観念した。うずめていた顔を上げると、そこには山田父がいた。
「由紀子ちゃん、とりっく おあ とりーと」
とてもうれしそうな顔でシーツを頭からかぶる。ボール紙を切ってはり付けた目玉と口がセロハンテープでシーツにはり付けてあり、今にもとれそうだ。
由紀子はのっそりと起き上がると、頭をぽりぽりかく。正直、だらしない恰好だが、目の前にいるのは所詮山田父だ取り繕っても意味がない。
「ええっと、いもかりんとうでいいですか?」
すごくハロウィンに似つかわしくないお菓子を台所の戸棚からとりだして渡すと、山田父はうれしそうに帰っていった。
由紀子は、あくびをするともう一度、寝なおすことにした。久しぶりにテストのない休日である。ゆっくり眠りたい。
「とりっく おあ とりーと」
数日後、由紀子は山田とともにバス停から、うちへと帰っていると、また仮装をした山田父と会った。今度は、大きな南瓜に黒い折り紙で目と口を張り付けたものを片手に持ち、背中には暗幕のようなものをマントにしている。一応、ジャックオーランタンのつもりらしい。南瓜の顔が折り紙なのは、実に山田父らしい。
「父さん、何しているの?」
山田がしらじらしく聞いてくる。それを山田父は鼻息を荒くしてにっこり笑う。
「じゃっく おー らんたん!」
実にジャパニーズイングリッシュな発音だ。たしか、前に海外に行ったときは流暢に話していた気がするのだが、これはどういうことだろうかと考えてしまうが、まあ、山田父だからだろう。
「散歩もいいけど、ポチ連れて行かないと姉さんたちに叱られちゃうよ」
山田の言葉に、山田父は少しだけしゅんとなり、
「じゃ、じゃっくおぅ、らんたん」
と、少し控え目に答えた。
役になりきっているつもりだろうが、少なくとも南瓜お化けは自分の名を使って会話するものではない。しかし、つっこんだら負けだ、と由紀子は自分に言い聞かせる。
「そうだ、父さん。そろそろ、涼しくなってきたからエクソシストがでる季節だよ。ちゃんと防犯ブザーもっていかないと」
「じゃっくおうらんたん」
まるで寒くなったら現れる露出狂のように扱われたエクソシストさんたちが哀れであるが、彼等は一昨年、山田家との乱闘の挙句、由紀子の家のビニールハウスを壊してくれたので訂正する気はない。
後日、祖父がエクソシスト協会に不法侵入と器物破損の件を書類にまとめて提出したので、今は立派なガラスの温室ができている。祖父が、今度、マンゴー栽培に手をだそうか考えているみたいだが、それを考えるともう一段階立派な施設が欲しいので、山田家にはうまくエクソシストたちを誘導してもらいたいとかいっていた。
それが理由だろうか、年末が近づくと、由紀子の祖父は古くなった農耕機械などを山田家に面する畑によく放置する。実にちゃっかりした祖父だ。
噂をすればなんとやら、だろうか。
さっそく、のどかな風景の中に異質な黒い集団が見え始めた。
無骨なジープの車上には、スコープ付の銃火器を持ったシスターが見える。運転しているのは、神父に見え、もう一人も黒づくめでマントを羽織って窓から身体を乗り出していた。刃渡り一メートル以上あるレイピアを手にしている。
(そうか、もう年末なんだあ)
由紀子はしみじみと思いながら、耳を塞ぎ、用水路を飛び越えて柔らかい黒土の畑に転がる。刹那、激しい光が放たれ、爆音が鳴り響く。さきほどまで由紀子がいた場所には、生焼け半焦げの南瓜がころがり、蠢くお肉が飛び散っていた。
「年々激しくなるね」
山田が他人事のように携帯をとりだして誰かに連絡をとる。おそらく山田姉か兄だろう。明日までにえぐれたアスファルトをなおさなければ町内会で怒られるからだ。
「とりあえず、クリーニング代くらい賠償でとれる?」
由紀子は泥だらけになった制服をつまみ、年を追うごとに激しくなる攻防もとい一方的な殺戮を目の当たりにする。
「年末だねえ」
「そうだねえ」
山田とともに、救援を待つ。
それにしても、こんなことで季節を感じるようになるなんて、実に嫌な慣れであった。
(あっ、コンバイン、被弾した)
祖父の思惑通りだな、と由紀子は思う。それにしても、毎年、多大な請求書を押し付けられるエクソシストさんたちに、学習能力はないのかな、と思わなくもない。




