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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
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猫耳天使

 この世界にはいろんな生き物がいる。吸血鬼、夢魔、不死者、ファンタジー生物の多くが現実に存在しているが、存在しているかどうかわからないものも多い。たとえば、意外なことに天使である。

しかし、由紀子はたったいま、その生き物がいると確信した。想像上の姿とは異なるが、これが天使でなければなんだというのかという気持ちでいっぱいである。


 そうだ、義妹の同級生であり、自分の大甥であるその少年は、長い尻尾をピンと立てて耳をぴくぴくさせながら由紀子を見ていた。翼も天使のわっかもない、でもとらえどころのない尻尾と好奇心旺盛な三角の耳があればそれでいいではないか、クリームパンのような形をしたお手手におもちみたいな肉球がついていればそれでいいでないか。世界の至宝であり、かわいいという名の正義だ。


 猫耳少年は、名前を颯太郎、兄の颯太の孫であり、なんとびっくりしたことにかな美の孫でもある。先日、引っ越したばかりのころ、兄とかな美が草刈り機と鉈とノコギリを持って山田家に襲撃したときとても驚いた。驚きと同時に涙でぐしゃぐしゃになってしまった。おかげで、不死男と不死男に間違えられたお義父さんが目も当てられない姿になったのを放置してしまった。お義父さんには可哀そうなことをしてしまい反省である。


 颯太郎は野菜がたくさん入った段ボールを重たそうに持っている。義妹の紅花ホンファにおつかいを頼んだのだが、心優しき天使はレディーファーストの精神を持っているらしく、荷物持ちを手伝ってくれたようだ。だが、持っているのは段ボールひと箱分で、残りは紅花が持っている。同い年の女の子に圧倒的力の差を見せつけられたことで、へこみながらやってきた颯太郎であったが、持ち前のネコっぽい好奇心は初対面の由紀子へと向けられていた。


「おねえさんはおじいちゃんの妹さんですか?」


 いきなり核心についてきた。由紀子は「ええ、そうよ」と言って、身内だからという理由をつくってハグハグもふもふしたい衝動にかられたが、それはできなかった。公式に、由紀子は死んだことになっている。今は、山田家の嫁という形で山田由紀子になっているが、たとえバレバレでも話してはいけないのだ。


「違うけど、知り合いかなあ」


 由紀子は垂れ下がった眼尻を無理やり押し上げ、平常心を保とうとする。しかし、好奇心旺盛に揺れる颯太郎の尻尾が由紀子の理性を叩き割ろうとする。


(ああ、可愛い)


 まだ、会ったことはない甥っ子に感謝したい。どこで、猫耳の嫁など貰ってきたのだ。天使を日高家の血脈に入れてくれて本当にありがとうといいたい。


「若ママ、お野菜は台所置いておくね。冷蔵庫入れなくていいでしょ」

「ありがとう、紅花」


 ちなみに紅花という大陸系の名前は、まあなんというかちょっとそちらのほうまで旅行していた際にできたからというわけである。ちなみに、お義姉さんとお義兄さんも、ウォッカの国の名前だったり、ジャガイモの国の名前だったりするのは同じ理由だったりする。


 お義父さんにもお義母さんにも似ずしっかり育った義妹は、てきぱきと行動する。義妹が生まれて九年、由紀子ががんばって教育したかいがあった。小さいころからお義父さんの臓物を浴びながら、育ったとは思えないいい子だ。ただ、難点があるとすれば、不死男との相性が最悪なことくらいである。歳の離れた兄妹は普通喧嘩するものではない、かと思うが、どうにも馬が合わないらしい。


「そ、颯太郎くん。おやつ、食べていかない? シフォンケーキあるんだけど」


 もじもじと由紀子は、颯太郎に言うと、颯太郎は目を輝かせる。これではまるで思春期女子ではないかと思うが、食べ物につられた颯太郎は特に気にした様子はない。


「いただきます!」


 元気よく返事する大甥を由紀子は見るだけで幸せだったが、それに水を差すものが現れた。

 首筋がぞくっとして、なんとなく後ろを振り返ると、玄関のドアから半分だけ顔を出した人物がいた。


「おかえり、不死男くん」

「……浮気者」


 ただいまの返事の代わりに言ってきたのはその言葉だった。付き合ってきて数十年、この男やたら嫉妬深い。


「夫の留守中に若い男を招き入れるなんて不貞だ、ありえない、不貞だ」

「……小学生くらいにとやかく言う小さい男を旦那にした覚えはありません」


 由紀子の言葉に不死男は、「ガーン」という効果音を入れたくなるような間抜けな顔をすると、へなへなと玄関に四つん這いになった。


 由紀子はいつものことか、と無視してリビングにはいる。紅花は三人分の紅茶と、シフォンケーキを一皿と丸二つ持ってきた。シフォンにはちゃんとホイップを飾っている。


「日高くん、おかわりたくさんあるから、好きなだけ言って。あと七ホールあるから」

「……僕、食べられてもあと一つだと思う」


 お義母さんとお義姉さんを足して二で割ったようなふわふわとしてかつ凛とした紅花は、その容姿では想像できないスピードでシフォンケーキを食べていく。山田家ではごくごく普通の食欲であるが、初めて目にする颯太郎は目を丸くしている。


 由紀子もソファに座ると、紅花が用意してくれたシフォンケーキを食べる。食べていると、膝に重みを感じ、視線を落とすと、ネコとキツネとイヌの顔を持った生き物がつぶらな瞳で由紀子を見ている。昔いたオルトロスのハチの玄孫に当たるのだが、これはもうケルベロスというよりキメラである。ハチがある日、柴とネコ顔のオルトロスの子どもを連れてきて、その子どもは、今度は四つ首のわんこともにゃんこともいえない生き物を産み、いつのまにかキツネ顔が加わって三つ首に安定したのだった。ハチの母のポチも恋多きケルベロスだったが、恋に障害はないというの地でいく血脈らしい。


 由紀子はシフォンケーキをつつく颯太郎の手が止まって、なにかを見ているのに気が付くと、その視線の先を追う。

 そこには妬ましげな目をしながら匍匐前進をする不死男がいた。


「あれ、なに?」

「気にしないで。どうしようもない愚兄だから」


 颯太郎の問に答える紅花は、一度フォークを置くとキッチンに向かう。大きな壺を取ってくるとその中の塩を不死男にかける。


「なめくじみたいなもので気持ち悪いけど、害はないから」


 たしかに、そのとおりだがちょっとこれはどうだろうか。常識を教えてきたつもりなのに、不死男に対する態度はこのとおりだ。

 毒を吐きまくる義妹を見て、由紀子はいつものことかと思う。シフォンを食べ終わると、塩まみれになった不死男の襟首を持って無理やり立たせると、スーツについた塩をはらう。


「若ママ、甘やかさないで」

「スーツがしわになると大変だから」


 由紀子がそういうと、紅花は年相応にほっぺを膨らませる。しっかりしているように見えてまだまだ子どもだ。


「ちょっと着替えてよ、しわになるから。起きてよね」


 由紀子がぺちぺち頬を叩くと、不死男はようやく自分で起き上がる。不死男はどこか嬉しげで、にやにやした顔を紅花に見せつけている。それを見て紅花はぐっと拳を振り上げそうになったが、由紀子が見ているので震えながらも手を元に戻した。


「ごめんね、颯太郎くん。シフォンの他にアイスもあるから食べて行って」


 猫耳の天使に名残惜しい気持ちもあるが、一番手のかかる生き物の世話をしなくてはいけない。


「ゆっくりどうぞー」


 不死男は、急に機嫌がよくなり、颯太郎にそんなことを言っている。

 紅花がくやしそうにケーキを手づかみで食べていたのであとで怒っておかなきゃいけないと、由紀子は思いながら手間のかかる不死男を寝室へと連れて行くのだった。


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