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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
133/141

冬季限定オリーブオイル事件

山田兄ルートは続かないかわりに山田兄話おいておきます。


 とある冬の一日、山田家では由紀子が持ってきた回覧板によって空気がまさに凍りつくという事態が発生していた。由紀子は回覧板の内容は見ていないが、やたら母や祖父母が見ながら「まさかねー」と言いつつ、笑っていたのを覚えている。

 回覧板の内容はこうだった。


『ここ最近、道端で若い女性に、オリーブオイルを引っかける変質者が現れているので注意』


 その内容に、一家団欒ののんびりとした昼下がりは雪崩の如く崩れていった。不幸にも、家族全員がそろっているときに、そんな情報がもたらしたものは『疑惑』という言葉に違いなかった。

 由紀子を含め、視線は一人外に向けられる。


「あらあら、アヒムちゃんったら、そんな悪い子だったの?」


 山田母が柳のような眉を下げて困った顔をする。


「父さん、そんな子だとは思わなかったぞ」


 山田父が珍しく真剣な顔で言う。その脇腹にはなぜか出刃包丁が突き刺さっている。


「兄貴……。信じられないな。さすがに俺でも引く。冬場は変態が増えるっていうけど本当なんだな」


 恭太郎が携帯ゲームをいじりながら、白けた目を向ける。


「とりあえず、メイデンさん二号と水攻めと蝋燭五寸釘はどれがいい?」


 山田姉は拷問器具を手にしている。アイアンメイデンは新調したのか、真新しい。どこの業者が作っているのだろうか。業務停止になればいいのに。


「兄さん、見損なったよ。僕でさえ、想像で我慢しているのに」


 携帯をいじっていた山田は手を止めて由紀子をちらりと見る。


(想像で何されてるの? 私)


 由紀子はぞくりとして思わず身を固めてしまう。


「何言ってんの! 不死男!」


 山田姉がすかさず持ってきたメイデンさんで山田をどついた。どでかい鉄の塊を振り回すものだから、シャンデリアが引っ掛かって落ちてしまう。その下には、お約束のごとく山田父がいてカエルのごとく潰れてしまった。

 山田母が救出するようでとどめを刺しているようにしか見えないので、由紀子が仕方なくシャンデリアをどけてやる。


「ぼ、僕はなにもやってない……」


 いつになく挙動不審な山田兄がようやく口を開いた。僕は冤罪だ、と言わんばかりの顔をしている。

 わかっている、わかっているのだ。由紀子とて、山田兄がそんな不審者のような真似をするわけがないと思っている。山田家で比較的常識人であり、まともな社会人であるはずの山田兄がそんなことをするわけがないのだ。それはわかっている。でも、由紀子もまた疑惑の目を完全に消すことはできない。

 そう、そうなのだ。


「あんた以外の誰がオリーブオイルぶっかけるっていうのよ」


 山田姉の言葉がすべてを語っていた。




 

 

 さっさと回覧板を届けたら、帰りたかったのに由紀子はいつのまにか山田家裁判の裁判員になっていた。場所はリビングから、二階の会議室だかホールだかよくわからない部屋に移っている。金持ちには無駄な部屋が多い。

 被告人は言うまでもなく山田兄で、裁判官は山田姉である。残念ながら弁護人はおらず、申し訳とばかりに弁護犬としてハチがお座りしていた。ポチはセルフ散歩中である。


「どうして、信じてくれないんですか? 家族じゃないですか?」


 山田兄が悲痛の訴えをテーブルを叩きながら言った。


「母さん、母さんならわかってくれるでしょう?」


 山田兄が山田母に言った。山田母は首を傾げて困った顔をする。


「困ったわあ、アヒムちゃんの味方してあげたいんだけど。せめて、サラダオイルかごま油ならよかったのに」


 まさにそのとおりである。


「では有罪」

「なわけないじゃないですか!」


 山田姉の言葉に山田兄が反論する。


「姉さん、これは魔女裁判と同じですよ。僕の意見ももっとしっかり聞いてください」

「そうだよ、姉さん、あんまりだよ」


 山田兄の言葉に答えたのは意外にも山田少年だった。なんとなく、山田兄にはちょっぴり反抗的な山田少年らしくないと思った。


「ふ、不死男……」


 山田兄が眼鏡の奥でうるんだ目を見せたとき、


「弁護の言葉も聞くべきだよ」


 と、山田が肩を叩くのは双頭のわんこだったりする。


「わふ、わふう、わふ!」

「以上!」

「お、おい、不死男!」


 慌てる山田兄だが、弁護犬の弁護はこれで終わりらしく、山田からおやつのホネをもらったハチは満足したらしく、椅子の上で丸くなってお昼寝しはじめた。それを羨ましく思ったのか、山田父もハチの隣に座ると体重をかけすぎないようにもたれかかってお昼寝はじめた。二千歳をこえるご老人は、睡眠を我慢できないらしい。


「アヒム、おとなしく出頭しなさい。姉さん、ついてきてあげるから」

「僕もついていくよ」


 山田姉と山田少年の言葉に、山田兄がもう一度テーブルを叩く。


「みんな、オリーブオイルだから僕のせいにしているようですが、むしろ反対ですよ。僕のほうこそその行為は許されないことだと思っているんですよ。せっかく飲まれるために作られたオリーブオイルをなぜ飲まずにかけるんですか? オリーブオイルが可哀そうじゃないですか? 飲み物としての本分を果たしてあげるべきなのに! 愛するオイルを僕がそんなことするわけありません!」


(オリーブオイルは飲み物じゃありませんっていうか、愛を語ったー!)


 由紀子は口から出かかったツッコミを必死に抑える。静かに苔むす岩のように大人しく座っていることが、面倒を避ける最善の行為だとわかっている。だが、山田兄は、


「そうですよね? 由紀子さん!」


 と、同意を求めてきた。


(やめれーーー)


 注目される由紀子は、何も言えず目をそらしていると、山田少年が、


「由紀ちゃんは何も言えないよ」


 と、助け舟をだしてくれたが、


「被害者は十代の女の子ばっかりで、みんなスレンダーな子なんだよ。自分が被害者になりかねない状況なのに、容疑者を弁護できるわけないじゃないか!」


 同時に山田兄にとどめを刺しにきた。


「……スレンダー、十代……」


 山田姉が、眼鏡の弟を汚物のように見下している。その特徴に嫌悪する何かがあるのだろうか。


「由紀子ちゃん、大丈夫よ」


 山田母は、由紀子の肩をそっと抱いて、自分の背中に隠してくれた。


「ち、ちがいます。別に僕は、十代とかスレンダーとか……ただ、ふくよかすぎずかつ清純な……」

「だまらっしゃい! さあ、行くわよ! 不死男!」

「うん、姉さん」


 山田が針金とロープと手錠とガムテープを持って、容疑者の身体をぐるぐる巻きにし始める。今日の山田はやけに山田姉に協力的である。


「うふふ、遅くなるまでに帰ってくるのよー」


 山田母が簀巻きにされた山田兄とそれを持つ山田と山田姉に手を振っている。山田兄がガムテープでぐるぐる巻きの口でなにか言おうとしているが聞こえるわけもなく、くぐもった音がこだまするだけだった。


「もう帰っていいですか?」


 由紀子は、お昼寝するハチと山田父、手を振る山田母、そして裁判中空気となっていた恭太郎を見ながら言った。恭太郎は暇だったのか、携帯でネットを見ているようだ。


「ええ、回覧板ありがとうね」


 山田母がそう言ってまた、回覧板を由紀子に渡す。山田家は一部のご近所さんに怖がられているため、由紀子が持っていくこととなっているのだ。


「でも、今の時代、やっぱり情報伝達が遅くなっちゃうわね。この注意、一週間前にあったものだわ」

「ほんとだ」


 注意喚起なのに、遅くては意味がないと由紀子は思う。ご近所さんが回すのを忘れて放置していたのだろうか。


「今の時代、やっぱりメールとかのほうがいいんですかね?」

「でも、それも味気ないのよね」


 由紀子は注意を見直すと、首を傾げた。


 たしかに変質者のことは書かれていたが、『被害者は若い女性』とだけ書かれてあって、『スレンダーの十代』とはまったく書かれていないのだ。


「おふくろ、これ」


 恭太郎が、青い顔をしながら携帯画面を見せてきた。ニュースサイトのニュースで、由紀子にも見覚えのある警察署が写真に写っていた。最近、頻発してた女性を狙ったオイルかけ事件の犯人が見つかったということで、ニュースになったらしい。

 

「あら? もうニュースになったの? アヒムちゃんのってるかしら?」

「いえ、さっき出かけたところですよ」


 ニュースの内容は、犯人が『女子中高生を狙ったこと』や『スレンダーな子が好み』だと書かれていた。


 そして、オリーブオイルを使ったことについては、「お歳暮で毎回貰う。嫌いだから使った」そうである。


 由紀子は、山田姉に電話するが、運転中なので出る気配はなく、山田の携帯はなぜか留守電設定になっていた。


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