はぜろ、旗男
「なんでもかんでも祭立てればいいもんじゃねえぞって言いたい」
織部が言っているのは、赤と緑と白のカラーにまみれた世の中の風景に対してである。ここ最近、クラスの男女混合率が高い気がしてならない。
「口にしてるよ、織部くん」
珍しくツッコミ役になっているのは、山田である。お昼休みののほほんとした時間を今現在、なにが悲しくて野郎三人でいるのだろうか。ちなみに、もう一人は岩佐である。
「女子は大変だよな。冬休み前なのに、ダンス発表会なんてあるんだから」
「そうだね。由紀ちゃんもだるいって言ってたよ」
高校二年の冬には、ダンス発表会なるものがある。女子は毎年、このために何か月も前から練習に励むのだ。わざわざ冬休み始まる直前にやる、面倒くさいことこの上ない。今も、最終調整のため昼休みを利用してミーティングしているくらいだ。
「俺もダンスのほうがいいわ。寒稽古なんてありえない」
岩佐の言葉には織部も同感である。何が悲しくて、朝っぱらから道着に着替えて、校庭を走り回らねばならないのだろうか。しかも織部は、選択科目が剣道である。袴が足につっかかりながら走らなくてはいけない。これならば、柔道にしておけばよかったと、反省であるが、野郎同士で取っ組み合う趣味もないのでなんともいえない。
「なあ、山田。おまえだけ道着着てなくてずるくないか?」
そんなことを言うのは岩佐だ。山田は、柔道着も剣道着も着ず、ジャージで走り回っている。その理由については、織部は知っているので今更何も言わない。
「だって、僕は体育の授業基本見学だもん」
授業の内容が危険だと日高が判断した場合、山田は本人の意思に関わらず見学をさせられる。なんというか、どれだけ世話してやってんだよ、という感じだ。身長百八十をこえる男がいい年して「危ないからだめ」とか言われてどうなんだよ、と言いたい。
まあ、話は戻すとして。
「あー、彼女ほしい。明後日までに欲しい」
「無理言うな。俺だって欲しいわ」
無茶なことを言う岩佐に織部は言う。贅沢な奴だ、織部など種族的に希少なため、同じ種族のメスがすでに婚約者としている。まだあったことがないが、わかるのは山羊顔ということだ。
「織部くん、近所の大学の農学部のヒツ……」
「ああ、言わんでいい。言わんでいいから」
山田の言いたいことはすでにわかっているので、やる気なさげにあしらう。
「そうだね、織部くんは彼女とかうつつを抜かす時期じゃないね。ソリの準備はで……」
「分類がアバウト過ぎんだよ」
織部が突っ込む。
その様子を岩佐が見る。
「織部のつっこみはいつみてもいいなあ、なんか落ち着く」
「落ち着くなよ!」
織部は、疲れた顔をしたまま机の上にはりついた。
「岩佐、彼女欲しいとか言ってっけど、犬山とはどうなんだよ?」
もうまどろっこしくて単刀直入に聞いた。山田も多少は興味あるらしく、岩佐に注目する。
「なんで犬山なんだ?」
「いや、おまえ、一番仲がいい女子あいつだろ?」
さすがに仲がいいことくらいは認めてやったらどうだ、と織部は言いたい。世の中、主人公タイプの生き物は大抵鈍感であるという恐るべき特質を持っているのはやめてもらいたい。
「まあ、犬山はすごくいい奴だよな。小学校から同じだから、腐れ縁で一緒にいてくれるし」
「いや、腐れ縁では済まないところないか?」
犬山は内気なりに、かなりアピールしているのでは、と織部は思う。
「日高と同じタイプなんだよ。すっげー世話好きでさ。この間も俺が女子大生に振られたことを慰めに、ケーキ持ってうちに来てくれたんだよ。しかも手作りでさ、最初、店のものだと間違えたよ」
「……それって、二人でケーキ食べたの? 岩佐くんの部屋で」
「そうだけど。あっ、さすがにあっちの本は隠したぜ。まあ、ばれても大した問題じゃねえけど。へこむとあいつの尻尾もふるとすんげー落ち着くんだよ。毛皮いいよな」
何気なく言った岩佐の言葉に、山田は笑顔の奥に「ぐぬぬ」という表情を押し込めていることが織部にはわかった。自分の部屋に彼女と二人きり、日高のためにも避けなくてはいけないシチュエーションに違いない。
「んでもってさあ。いい奴すぎるよ、犬山。俺がこのまま誰とも付き合えなかったら、仕方なく結婚してやるってさ。すげーよな、あれだけ友情に熱い奴見たことねえよ。犬山に迷惑かけないためにも、早く彼女作らねーと。……あれ? なんで、山田と織部、俺の方をにらんでるんだ?」
その理由がわからない奴には、一生クリスマスなどという祭ごとはやる必要はないと織部は思った。
織部はいつのまにか岩佐の周りに集まってきた男子生徒に目配せをする。「話は終わったから、持って行っていいぞ」と。
岩佐は今日もまた、生贄としてささげられるため、男子学生たちに中庭へと運ばれていくのだった。