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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
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かな美ちゃん


 世の中、男というものは信じられない。それがかな美が幼いころから母に聞かされていた言葉であった。正直、幼いかな美にはその意味がよくわからなかった。だが、年齢とともにかな美が理解できる幅というものが増える。結果、わかったのは、優しくて素敵な父親のスーツに女物の香水の匂いがついており、それが何を意味するかということだった。

 かな美の母は未来視ができるわけでもないただのヒトであるが、だからこそそういう勘はかなりすぐれていた。気づいていないフリをする母に、何も知らない父はやたら残業や出張という言葉を繰り返すのでとても滑稽であった。かな美が私立の学校に通っていなければ、離婚していたかもしれないが、父はATMとしては大変優秀であったためにそれを免れた。


 かな美は父も馬鹿だが、母も馬鹿だと思う。母は、かな美のために離婚しなかった、と言ったが本当は、別れてから自分で生きていく自信がなかったからだと、かな美は思う。かな美はたしかに未来視という特殊能力を持っていたため、よその子とは勝手が違ったかもしれない。そのために父母は、表向きだけは仲良くしていこうと思っていたのだろう。でも、何年も仮面夫婦を続けていく結果、何が起こるのか、未来が見える立場にもなってもらいたい。


 両親はかな美が就職すると同時に離婚した。かな美が、両親にすすめたのだった。


「私に最悪の未来を見せないで」


 かな美の未来視能力を知る両親はそれで納得したのだった。


 おかげでかな美といえば、男がいなくても生きていける女をめざし、かといってその手の免疫がまったくないというわけではない、よくあるしたたかなOL生活をしている。普段は仕事に追われ、たまに親しい友人と飲みにいくことで憂さ晴らしをするごく普通の生活だ。


 今日もまた行きつけの居酒屋に向かい、酒を飲むのだったが、その途中、電話がかかってきた。友人もまだ来ていなかったので、その場でとる。

 

「はい、もしもし?」


 電話帳にのっていない番号は、携帯電話からではなく固定電話からだった。いぶかしみながら出ると、聞き覚えのある声がした。


「娘が死にました」


 単刀直入に言う声は、親友ともいえる由紀子の母からだった。


 かな美はショックと同時に、とうとう来たか、と思った。

 由紀子は数年以内に死ぬ、それは見えていた未来だった。そう、ヒトとしての戸籍を抹消するために。


 由紀子の母は、由紀子の親しい友人に電話をかけているらしい。かな美は、動揺をおさえながらも、


「わかりました。中高の同級生には私が連絡しますので」


 と、端的に答えた。労いの言葉もかけられない自分がどうしようもなく礼儀知らずだと思うのは、電話が切れたあとだった。


「芋焼酎、ストレートで」

「い、いいのかい?」


 かな美のすわった目を見て驚きながらマスターが言った。

 いつもは水割りをちびちび飲むかな美だったが、そんな気分にはなれなかった。今更、由紀子の家にいったところで何になるだろうか。死んでもいない人を弔わなければいけない家族を見て、どう思えばよいのだろうか。


 わかっている、それが由紀子の選択の結果だと。彼女の未来は、彼女が決めたことなのだと。


 彼女は一言もかな美に相談しなかった。いつか、こういう未来になることを知っていたかな美は、いつか由紀子が話してくれるものだと思っていた。でも、それは来なかったのである。

 家族にも友人、知人にも話してはいけないこと、それはわかっている、でも、それでも話してくれないか、とかな美は思っていたのだ。それが、自分本位で傲慢な考えだとわかっていても待っていたのだ。


 それが来ないまま、由紀子は旅立ってしまうのである。


 飲まずにはいられなかった。


 




「信じられない」


 かな美は時計を見る。時刻は六時十五分。場所は駅前。かな美の格好は、年相応の服に、いつもより少し派手なアクセサリーをつけただけの格好だ。手抜きはしない、だけど気張り過ぎない、それがかな美のデートルックである。


「三か月目で持ったほうか」


 かな美は携帯を開くとアドレス帳を開く。ある人物に「ばいばい」とだけメールを入れると、そのまま着信拒否にした。

 遅刻厳禁、その他いろいろ、かな美の殿方に対する態度は厳しく、相手にもそれを理解した上で付き合ってもらっていたつもりだった。


 十五分の遅刻で別れるという選択をとるのは、友だちから言わせると「厳しすぎる」らしい。もしかしたらやむをえない事情で遅れたのかもしれない。仕事帰りのデートなので、残業を押し付けられた可能性も高い。

 でも、かな美にしてみれば、


「はあ? 遅刻って社会人になって許されると思うの? 遅れそうなら前もって連絡するなりすればいいじゃない? 連絡が来てから待つのと、わからずに待つのとではどれだけ気持ちが違うと思っているの? 会社のアポだったら、どうなる? ええっ? 来てから、すみません、遅れましたで済むと思う? 破談よ、破談」


 仕事とプライベートは違うと友だちは言うが、かな美の求めているのはそういう相手ではない。


「そんなんじゃ、そのうち誰も付き合ってくれなくなるわよ」


 友人の言葉はもっともだ。

 そんなことわかっている。だからこそしっかり自分で稼げるように、働いているのだ。


 母の二の舞にはなりたくなかった。


 かな美は、せっかく駅前に来たのだから買い物でもしていこうか、とショッピングモールをめぐることにした。行きつけのブランドショップに向かおうとすると、目の端に見覚えのある人物が見えた。


 あれは、とかな美が振り返ると、そこには冴えない青年とその青年を引っ張って行く可愛い彼女が見えた。いや、彼女と形容するのはどうだろうか、見た目はカップルのように見えるが、かな美の目はごまかせなかった。

 普段なら異性の知り合いのことなど、見知らぬ人のように接することも多いのだが、今回はちょっと違った。先日、死んだことになっている友人の兄だった。葬式で棺桶を蹴る青年の姿が目に焼き付いていた。名前は颯太と言っただろうか。


 ヒトの間をかきわけながら、二人の前に立つと、かな美は颯太の手を取った。いきなり現れたかな美に颯太と女性は驚いた顔をする。


「すみません、お取込み中ですか?」


 かな美はしっかりと颯太の腕を組んだ。

 颯太はかな美が妹の同級生であることは知っていたが、なせそんな振る舞いをするのかわけがわからず慌てている。それを見た女の方は、顔色を変えると、


「あっ、いえ、すみません」


 と、そそくさと去って行った。


 唖然とする颯太に、かな美は、


「よくある美人局に引っかからないでください」


 と、言った。

 無視してもよかったが、由紀子の兄なので少しだけ親切にしてあげる。


 ああやって女性に声をかけさせておいて連れて行った先で、おにいさんと交代、わけのわからない絵画や健康器具などを買わされるのである。わかりきった商法なのに、なんで騙されるのかわからない。

 それを説明すると、


「いや、普通にお茶しようって」


 逆ナンされたことを否定したくない颯太はかな美に言う。これだから、被害がなくならないのだな、とかな美は理解した。


「じゃあ、あれは?」


 と、ある喫茶店を指さす。きれいなおねえさん隣には強面のおにいさんがいて、その前に気弱そうなカモが小さくなってカタログを見せられている。

 

 まさにぐぬぬ、という顔をした颯太がいる。顔をひきつらせたあとは、力なく肩を落とす。


 かな美はこのまま放置してもよかったが、これはこれでぼけっと歩いてやな感じのおじさんたちにぶつかって一悶着起こしそうな気がした。


 よく見ると、颯太の顔には無精ひげがはえており、少しだけ目の下にクマがあり腫れぼったく見えた。


「おにいさん、仕事は?」


 ぶしつけな質問をする。颯太の格好は仕事帰りとは思えない。サービス業なら平日休みの可能性もあるが、なんとなく颯太にはその手の仕事についているようには見えなかった。


「……先月から、きゅうしょくちゅう」


 休職なのか、求職なのかわからない。ただ、時期が由紀子がいなくなったころと重なった。


 かな美は思い出す。

 由紀子の棺桶を蹴りながら、


「こんな何もない棺拝んで何になるんだよ!」


 と、怒っていた颯太を。

 彼もまた薄々気づいているのだろう。由紀子が本当は死んでいないことを、そして、かな美と同じく、なぜ彼女がその道を選んでしまったのか憤りを感じていたのかもしれない。

 由紀子の家族は誰も泣いていなかった。ただ、うつむいて読経を聞いていた。

 由紀子の棺には、彼女の髪の毛しか入っていない。特殊な病気で死んだとされた彼女の遺体は、研究機関へ献体されたとなっている。


 何もないとはいえ妹の棺桶を蹴る颯太に周りのものは、非難の目で見ていた。でも、かな美は、颯太の行動が自分の言葉を代弁しているような気がしてならなかった。


 かな美は、落ち込んだ颯太を見ると、


「お茶くらい、私と飲めばいいでしょ。それとも、あんな若いだけが取り柄のアイライナー引きまくった女よりも私のほうが劣るっていうのかしら?」


 と、言った。


 颯太が、頬張ったどんぐりを落としてしまったリスのような顔をした。かな美はそんなの知るか、と言わんばかりに、美人局がいる喫茶店の中に入って行った。

 これから、しっかりどんな商法か、勉強してもらわなくてはならない。


 いつか帰ってくるかもしれない由紀子のために、かな美ができることだった。


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>頬張ったどんぐりを落としてしまったリスのような顔 麦茶吹いたw w w
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