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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
13/141

13 勇気と無謀は別物です その壱


「おばさん、今日いないの?」


 由紀子ゆきこは、隣で食事する山田にたずねる。山田は、手を止めて目を丸くする。


「エ、エスパー?」


 なんでわかるの、と驚いて、きらきらと、尊敬の眼差しを向ける。


「いや、それ、おねえさんが作ったんでしょ」


(いや、作ったとは言い難いな)


 由紀子は呆れながら、弁当箱をさす。いつもなら、山田母特製のパンなのに、今日は弁当箱にバターが詰まっていた。スプーンで当たり前のように食べている山田をどうかと思う。


 彩香さやかも驚いた顔をしながら、写真を撮っている。今日のブログのネタにするのだろう。


「うん、そうだよ。これが普通のバターで、こっちが無塩、んでもってレーズンバター。食べる?」


 あどけなさの残る笑顔を見せてスプーンを差し出すが丁重にお断りする。逆に、由紀子のお弁当を分けてあげた。

 彩香も手持ちのバランス栄養食を山田にあげる。


 無邪気な少年は、姉の手抜きを責めようとせず、素直に貰ったものを喜んでいた。


 由紀子と彩香は、憐れみの目で少年を見る。


「昨日から父さんと母さんと兄さんたちはお出かけなんだ」

「へえ? 旅行か何か?」

「うんとね。親戚のおねえさんが来て、一緒に白アリ退治に行った」


 由紀子は首を傾げる。


「山田くんのお父さんって、そういう仕事してるの?」

「違うよ」

「じゃあ、なんで?」


 彩香が山田少年と問答する。


(もしかして、害虫駆除という意味じゃ)


 由紀子は、より正しいほうに答えを出した気がしたが、平和な山田一家に限ってそんな物騒なことはないだろうと打ち消した。


 しばし、埒のあかない問答を続けた後、彩香は話題をかえることにした。


 携帯端末を開き、今日のニュースを見せる。校内では、テレビ閲覧禁止だが、先日まで崩壊学級だったこのクラスでは、いまだ守る生徒はいない。授業中、携帯ゲームをしなくなっただけましなので、先生はいまのところ強く取り締まっていない。どうしようもない教師だ。


「今朝のニュースなんだけど」


 彩香の見せた動画は、最近頻発している殺人事件の続報だった。ここ数か月、似たような殺人事件が多発している。遺体がばらばらになって捨てられるという、恐ろしい事件だ。

 由紀子の見たニュースでは、単独犯ではなく模倣犯も含まれているという。


 テレビというものは恐ろしいもので、まるで小説かドラマを見ているような気分になる。実際あったことなのに、まるで作り物のようにとらえてしまうのだ。

 

「うわっ。けっこう近くなんだ」

「怖いよね」


 ニュースでは、また新たにばらばらの遺体が見つかったらしい。場所が、由紀子たちの住む街からそれほど遠くない、同じ県内だ。


 由紀子は嫌な予感がした。

 そっと、彩香の顔を見ると、不敵な笑みが浮かんでいた。


 ふわふわの髪をした穏やかな女の子に見える彩香だが、趣味はブログともう一つある。


「へへへ、サイトめぐっててこんなん見つけちゃった」


 見せられた画像は、黒い背景に白抜き文字、それに怪しげな建物の写真が写ったサイトである。まあ、あれだ、アングラ系サイトというやつだ。


 彩香は小学生女子にふさわしくないサイトをのぞくことを得意としていた。

 由紀子を通してとはいえ、山田少年と普通に接する度胸があるのは、そんな趣味があったこともいえよう。


 楽しそうに見せる写真は、廃屋で、以前テレビのインチキ臭い番組にでていたという代物だ。


 由紀子はあからさまに嫌な表情を浮かべる。


「殺人鬼の隠れ家じゃないかってとこ。ここのとこ、近隣で物音がするって目撃情報があるようだし、何より今回の事件と近い場所なのよ」


 鼻息を荒くする彩香に、由紀子は面倒くさそうに相槌を打つ。

 まあ、ここまでくれば予想がつくだろう。


「今度の土曜日、ここに行かない?」


 目を輝かせる彩香を、由紀子はあえて見ない。目を合わせない。

 近づいてくる彩香の顔を手のひらで押しのける。

 山田もまた、彩香の真似をして近づいてくるので、残った手で押しのける。指が目に突き刺さった感じがしたが、山田なので問題なかろう。


「やーだ」


 由紀子は二人を押しのけながら言った。


「なんで、いいでしょ?」

「いいでしょ?」


 彩香の口真似をする山田がうざい。

 そうやって、押し問答を繰り返していたところ、由紀子は視線を感じだ。


「なあ、俺も混ぜてくれないか?」


 そんな声をかけてきたのは、クラスメイトの神崎かんざきだった。

 以前、山田少年に声をかけてきた奇特な少年である。






(なんでこうなるんだ)


 由紀子は肩を落とし、ため息をつく。


 結局、神崎をまじえた三人ににらまれ、くだらない肝試しに付き合わされることとなった。


 由紀子の後ろには、彩香と神崎が目を輝かせて素敵な洋館こと山田邸を見ている。山田の家が見てみたいとのご希望により、山田少年を迎えに来たのだ。

 由紀子にも考えがあり、山田宅に行けば、そんな危なっかしいことを子どもだけでさせるわけがないと素直に連れてきた。


 庭の薔薇が咲き乱れて、空気が香しい。

 

(よく手入れされてる)


 由紀子は横目で見ながら、インターフォンを鳴らす。


『はーい、あいてるから入って』


 山田の声が聞こえるので、その声に従って中に入る。


『……』


 由紀子は、そのまま扉を閉めたくなったが、後ろにいる二人のことも考えて開けたままにしておいた。彩香と神崎は山田家ルールに免疫がない。


「なにされてるの?」


 とりあえず、この中で一番今の山田の状況に対応ができる由紀子がたずねる。


「留守番してるんだよ」


 なるほど、山田家ではどでかい金属製の円柱に子どもを縛り付けることが留守番になるらしい。

 どこから持ってきたのかわからない円柱の前には、三本の瓶が置いてあり、そのさきにはストローらしき管が伸び、山田少年の口元まで誘導されている。瓶の内容物は、それぞれ、サラダ油、ごま油、オリーブオイルだった。


「その柱はなに?」


 由紀子が聞くと、


「これは炮烙ほうらくといって、銅製の円柱に縛り付けて、柱を熱して使う道具なんだよ。昔の中国のもので、かの紂王は……」

「あっ、いやいいから。詳細はいいから」


 また、気持ち悪い無駄知識を話そうとするので、途中で遮る。

 足元の油については、彩香と神崎は不思議そうに見ているが、由紀子はそれが何なのかわかっているのであえて聞こうと思わない。


「これって虐待じゃね?」


 至極まともなことを神崎くんが言ってくれるが、由紀子は余計なことを言ってくれた、と舌打ちをする。一般常識を持ち合わせる神崎くんはさらに、身動きのとれない山田少年を解放してやる。


「ありがとう」


 自由になった山田は、笑顔で礼を言う。

 神崎は照れ臭そうに短く、


「おう」

 

 と、だけ答えた。


 由紀子は、神崎が山田のことを気にしていたのは知っていたし、それで仲良くなるのはむしろ良いことだと思っている。いまだ、クラスメイトの畏怖の対象たる山田少年は、由紀子と彩香くらいしか話す相手がいないのだから。


 一方で、面倒が増えるという気がしないでもない。小学六年生男子の付き合いとなれば、山田少年の死亡フラグが倍増しそうな遊びばかりとなる。


 そのときはそのときで、由紀子はお手上げのつもりだが、その死亡フラグが立ちまくっている場所に今まさに向かおうとしているのである。


「ひでーな。おまえの家族」

「そおかな? ちゃんとご飯も食べられるように準備してくれてたよ」


 と、油の瓶をさす。


 理解しがたい神崎と彩香は首を傾げる。


「いいの? 留守番頼まれたんでしょ」


 由紀子は正論を述べる。


「そうだね。ちょっと待ってて」


 山田少年はぱたぱたと地下室につながる階段を下りる。そして、何かを連れてきた。


 今度は、由紀子も唖然となる。


「なにそれ?」


 そこにいたのは、ドーベルマンによく似た犬だった。毛並に顔の形、体つきは本当にドーベルマンにしか見えないが、その首は三つあった。


地獄の番犬ケルベロス』とヒトは呼ぶ。


「ポチ、いい子に留守番するんだよ。おしっこしたくなったら、地下のトイレでしてよね」

『わんっ』


 三つの首は、きりりとした顔で答えたが、その尻尾ははちきれんばかりに振られていた。


 彩香が身体を震わせながらも写真を撮る。さすがブロガーの鏡だ。


「これで留守番も大丈夫」

「お、おう」

「そ、そうだね」


 由紀子は深いため息をつくと、携帯を取り出した。山田姉の電話番号にかけたが、留守電にすぐ切り替わった。

 しかたなく、ことのあらましをメールで送った。


 本当に嫌な予感がしてならなかった。


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