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不死王の息子  作者: 日向夏
その後の小話編
129/141

山田兄ルート

(こんなの着られるとは思わなかったな)


 由紀子はくるりとドレスの裾をもって姿見の前でひるがえった。シルクの滑らかな感触が指に気持ち良い。レースの手袋越しでもそれがわかる。

 鏡にうつっている自分の姿は、真っ白なドレスを着ている。髪を結いあげ、きれいに化粧を施し、頭には小さなティアラとヴェールをつけている。まあここまで言えば何の衣装かはわかるだろう。ウェディングドレスというやつである。


 今までいろんなドレスを着る機会があったが、これは初めてだった。下手すれば、一生着れないものと思っていた。


「すみません、急な代役を頼んでしまって」


 丁寧な物腰で喋るのは山田兄である。山田兄は黒いスーツを着ていた。


「いえ、私なんかでいいんですか?」


 由紀子は、にやつきそうになる顔を必死でおさえる。花嫁さんらしく清楚に振舞わなくてはいけなかった。まあ、化粧で多少はごまかせるとはいえ、由紀子は別にモデルでもなんでもない素人である。あとから、クレームが来ないだろうか心配になる。


「いえ、大助かりですよ。元々出るはずだったモデルが長身だったので、なかなかサイズの合うかたがいなかったんですから」


 由紀子の身長は、百六十七センチまで伸びた。本当ならもっと伸びたかもしれないが、由紀子の成長は、二十歳になる前に止まってしまったためこれ以上伸びることはないだろう。由紀子は大学に進学し、来年卒業を迎える。就職については、派遣社員として働きながら資格を取ることにした。本当は家の手伝いをしようなどと考えていたが、「一度くらいは社会に出ておきなさい」という、祖父の言葉からだった。


(経験はいつか役に立つか)


 大学に進学したのも祖父の後押しだ。祖父は家業を継ぐために、進学を諦めたのだ。


「どんな進路にいこうとなにかしら経験は得る。なら、より多くの経験が得られる場所に行ってくれ。家で仕事を手伝うのは今まで通りでいい、進学するのも手だって考えてくれないか。じいちゃんのわがままだ」


 そんな祖父の言葉に泣きそうになって、実際、寝るときにベッドの中で泣いた。家族の前からいつか消えてしまうことを知っている由紀子には、祖父の言葉がうれしいと同時に辛かった。由紀子はあと数年もすれば、死亡扱いとされる。祖父はまさか孫が自分より先に死ぬとは思わないだろう。


 由紀子は、パールの縫いつけられたスカートをつかむ。山田兄の会社のイベントモデルの話が来たとき、とてもうれしかった。由紀子は祖父に自分の花嫁姿を見せることはないと思っていた。たとえ、写真だけでもそういう姿を見せてやれることができるのだ。


「でも、モデル歩きなんてできませんし」


 由紀子はハイヒールでこけないように気をつけながら一歩一歩踏み出す。由紀子と本当に体型が同じだったのだろう、本来のモデルは。まるでオーダーメイドのように由紀子のサイズに合っていた。


 山田兄は少しうつむくと眼鏡を押し上げた。


「大変、よく似合っています」

「ありがとうございます」


 山田兄の声が妙に真面目に聞こえるので、由紀子はちょっぴりはにかんだ顔で答えてしまう。


「こけないように気を付けてください」


 そう言って山田兄は手をさしのべた。


(さすが大人だなあ)


 もう成人している由紀子だが、山田兄と比べるとまだまだ子どもだろう。由紀子がこけないように気づかう兄の手をとって会場へと向かった。






 会場にはエキストラだろうか、たくさんの観客がいた。みんな知らない顔の人たちが「おめでとう」と連呼されるとなんだか本当の結婚式みたいである。写真を撮るだけだと聞いていたのだが、こういう台詞つきだとはなかなかこっている。


 新郎役にはちゃんとしたモデルがいて、やはりモデルだけあってかっこいい。でも、由紀子がハイヒールを履いているためだろうか、少し身長が足りない気がする。


(山田くん、ゼミの旅行中でよかったな)


 絶対、自分が新郎役をやるといって聞かないだろう。そうなると、なにかしらハプニングを呼び込むことが確実だ。いくら見栄えがよくても向き不向きがあるのである。

 まあ、山田でなくとも山田兄であれば、様になったんじゃないだろうか、と由紀子は思った。山田兄はその場の責任者として、細かい指示をカメラマンやスタッフ、エキストラにしていた。


 撮影は実際の結婚式と同じ流れで行うらしい。由紀子には、エキストラのように台詞はないものの、バージンロードを歩き、誓い、指輪の交換、ライスシャワー、ブーケトスと続くらしい。さすがに、誓いのキスまではない、と山田兄が真面目な声で説明してくれた。そこまであると由紀子も困ったのでよかった。


 撮影は順調に進み、終盤に差し掛かると由紀子はエキストラの中に見慣れた顔があることに気が付いた。普段は、野良仕事用の服を着ているはずの人物たち、それと無愛想な男がいる。祖父母に母と兄だった。なぜか正装して、教会の新婦側の席についていた。


(なんでそんなところにいるの?)


 由紀子は家族に細かいことを伝えておらず、モデルの仕事も恥ずかしくてはぐらかすつもりだった。写真も兄には見せないつもりでいたくらいだ。

 

(また、お兄ちゃんにからかわれる)


 由紀子が顔をひきつらせながら教会の外へと歩いていくと、兄の顔は不貞腐れてはいるものの何事もなかったかのように会場から消えていく。祖父母も母もだ。


(なんで?)


 由紀子にわからないように隠れるように帰っていく。おそらく、由紀子が家族に気が付いたことも気づいてないのだろう。


 ぼんやりしたままの由紀子に、つつっとなにかが頬に伝った。手を頬にやると、手袋に濡れたしみができる。


(涙?)


 なんで涙が出ているのだろう、と由紀子はごまかすように笑う。それをカメラマンは、名演技だとシャッターを押す。


 由紀子は、もしかして、と山田兄の方を見た。山田兄は、祖父母たちが帰っていくのを見届けるように会場から視線を離していた。


(ああ、そうなんだ)


 由紀子が不死者になったのは、山田家が原因である。山田兄も自分の監督不行だったと感じている。山田姉もだ。

 だから、いつも由紀子には気を使ってくれていた。


 本当は今日の撮影もあらかじめ由紀子のために用意されたものでなかろうか、と気が付いた。ドレスもハイヒールもオーダーメイドなのに、由紀子にぴったり合っていたのだから。


(また気遣ってくれたのかな?)


 由紀子は、どうせやるなら新郎をまったく知らないモデルさんにするより、もっと気をきかせてくれればいいのに、と思いながらライスシャワーを浴びるのだった。






「おかげでいい写真が撮れました」


 毎度おなじみのホテルマンばりのお辞儀をする山田兄。その眼鏡の奥の目蓋は少し腫れぼったく見えた。目の下にはうっすらくまができていることにも気が付いた。


(何日徹夜したのかな?)


 不死者がここまで疲労がたまるのはよほどのことだろう。


「はい、こちらも楽しませてもらいました。それにしても、お疲れではないんですか?」


 由紀子は気を使い、山田兄にすぐにでも仮眠するように勧める。由紀子はまだ、ドレスを着たままで、これから着替えなくてはいけないところだ。几帳面な山田兄のことだ、由紀子が終わるまで待っていることだろう。


「ええっと、そういうわけには……」

「眠れるときに寝たほうがいいですよ」


 由紀子がそっと山田兄をおすと、山田兄はやはりかなり疲労がたまっていたらしく、ぐらりと身体のバランスを崩した。山田兄は眼鏡を押し上げながら照れ隠しをすると、


「じゃあ、すみません。隣の控え室で仮眠をとっていますので」

「わかりました。終わったら行きますから」


 山田兄はそういうと部屋を出て行った。かわりに由紀子の着替えを手伝ってくれる女性が一人現れた。あまりにぴったりとしたドレスなので、ファスナーを開けるのも一人では難しいのである。


 少し年配の女性は、なにやらにやにやしながら由紀子のドレスを脱がせていく。


「ええっと、どうかしたんですか?」


 あまりにあからさまな表情だったので、由紀子は思わず聞いてしまった。


「ふふふっ、だって面白いじゃない? 時間がないからって、一生懸命、ドレスの発注からアクセサリー、化粧品の種類、装飾品もそろえて、なおかつ会場の飾りつけまでしっかりやったと思ったら、新郎役は自分ではやらないんだもの。まるで自分の結婚式のプロデュースみたいだったのに」


 例え他人のものであろうと完璧主義の山田兄ならそれくらいやるだろうと由紀子は納得する。でも、そんなに時間に追われるほど、計画は早急に進められたものだったのか。


「そんなに急な仕事だったんですか?」


 とりあえず表向きは仕事なのだろうから、仕事と言っておく。


「本当はもっと先の予定だったのよ。でも早くしないと邪魔者が帰ってくるとかなんとか言って前倒しになったのよね」


(邪魔者って)


 由紀子には思い当る人物が頭に浮かんでしまった。たしかに、邪魔になるだろうけどそこまでして早める必要があったのだろうかと。


(もしかして……)


 由紀子の頭にとあることが思いついた。でもそれはとても由紀子が自分を買いかぶっているように見えて仕方ないことだった。

 でも、山田兄がなぜ山田少年を邪魔者扱いするのかと考えたらそのような結論が浮かんだ。

 山田兄に失礼だな、と由紀子は首を振って否定する。





 隣の控室に入ると、山田兄が由紀子に言われた通り仮眠をとっていた。ソファに座って眠っている。姿勢は座ったままだが、由紀子が入ったことにも気が付かないほどよく眠っているみたいだ。


(なんか起こすの悪いなあ)


 由紀子はゆっくり山田兄の隣に座った。


(あと十五分くらいは寝かせてあげよう)


 そのあいだ、自分は携帯でもいじっていればいい、と思った。


 それにしても山田兄はずいぶん器用だ。あんなふうに座ったまま眠れるなんて、由紀子には考えられない。あれで疲れがとれるだろうか。


 由紀子は周りをきょろきょろ見渡す。椅子の上にクッションが置いてあるのを見つけると、それを持ってきた。


(横になったほうが絶対楽だよね)


 そっと、ゆっくりと山田兄の身体をずらしていく。クッションを枕にして、横にするつもりだったのだが。


「……」


 山田兄の頭はとすんと、隣に座っていた由紀子の膝の上に降りた。すうすうという寝息はかわらず、先ほどより幾分表情が和らいだように見える。


(なんでしょうか、この状況)


 由紀子は手持無沙汰になったクッションを見る。山田兄の体重が膝の上にしっかりかかっていた。


(これは困ったなあ)


 絶対、クッションの上のほうが柔らかくて寝心地がいいはずなのにな、と思いつつゆっくりと山田兄の髪の毛を撫でた。自分よりずっと大人の男性にする行為ではないはずなのに、思わず触ってしまった。

 くすぐったそうに見える山田兄は、ゴールデンレトリバーかラブラドールの子犬みたいで可愛く見えた。本当に失礼だな、と思いつつまつげを観察したり、前髪をいじってみたりした。


(こんな一面もあるんだな)


 ずっと大人だと思っていた男の人があどけない表情をして眠っているものだから由紀子は思わず頬をゆるめてしまった。


(起きたら怒られるかな)


 そんなことを考えつつも、由紀子は山田兄の髪を撫で続けた。


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― 新着の感想 ―
[一言] 山田少年より山田兄の方が幸せにしてくれそうなんだけどな。山田兄、素敵です。
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