傍から見るといちゃついている二人
リクエスト、ラブラブな山田と由紀子より。なんとなく、ラブラブとは違う気がしますが。
「どうしてこうなったのかな?」
由紀子は目の前でひたすらかな美に蹴り続けられる山田を見た。
「それは俺が聞きてえわ」
織部はスナック菓子をぽりぽり食べながら言った。山田へ呆れた目を向け、由紀子にも何か言いたげな表情を向けている。なぜそんな顔をされるのかよくわからない。とりあえず、織部の持っているお菓子の袋に手を突っ込むとつかめるだけつかんで口に入れた。
時間をさかのぼること一時間。
由紀子は放課後の校舎にて、文化祭の準備をしていた。面倒くさいこの学校ではたとえ受験生でも行事には参加しなくてはならない。というわけで、由紀子たちのクラスでは、「できるだけ準備も片付けもできるもの」というコンセプトで出し物をだすことになっている。
まあ、例え受験生であろうともクラスに一人か二人はいるだろう、やたらイベントごとに張り切る奴が。そして、由紀子たちのクラスにもいる。
「おおーい、やまだー。手伝ってくれー」
教室の後ろに不釣り合いな大きな箱があると思ったら、その中に入っている人物がいる。
別にイベントごとに張り切らなくても、自然とイベントを引き寄せてくれる輩だ。ヒトはそれを無自覚フラグ男と呼ぶ。物好きなこの男はマジックショーをやってくれるらしい。
「岩佐くん、これでいいのかい?」
山田が岩佐をぐるぐる巻きにして目隠しをしている。そして、岩佐を大きな箱の中におさめると、蓋を閉めた。
「おう、いいぜ。あとは、これで人体切断したあとに脱出すればいいわけだな、うおっ、いて、いててて」
岩佐が入った箱の周りに怪しげな腰みのをつけた集団が取り囲み、小道具のサーベルを突き立てはじめる。
「お、おい、山田。何かってに、いて、いててて」
「僕じゃないよ。岩佐くん、部長なんだから自分でなんとかしなよ」
山田はそういうと、箱ごと運び出される岩佐を見送る。これから、中庭でサバトを始めるようだ。
山田はハンカチを振っている。助ける気はさらさらなく、もちろん由紀子も同様だ。手品の小道具を並べている、他のクラスメイトたちもその光景に慣れきっていて、ステージに設置する仕掛けの具合を見ている。
(血糊残ってないといいけどな)
実は、山田父が持っていた手品のセットだったりする。以前、夜会で見せてくれた余興の小道具でちゃんとプロが作ったものをタネごと譲り受けたのはいいが、問題はやる側にある。タネも仕掛けもあったとしてもごり押しで人体切断するのは目に見えていたので、由紀子は持ってくる前に綺麗に掃除する羽目になった。
「日高さん、私たちそろそろ帰るけどいいかな?」
女子が話しかけてきた。外を見ると空は茜色になっていた。
「うん、あと片付けとくからいいよ」
「ありがとう」
女の子が遅くまでいるのはあぶない、と由紀子は思う。由紀子はまだ、かな美が戻っていないので待っておく。かな美は織部とともに文化祭実行委員会に出かけている。なんだかんだで面倒事を引き受けてくれる姐御肌なのだ。
由紀子が面倒くさそうに先ほどの集団がちらかしたサーベルを片付けはじめる。山田少年はまだ岩佐を縛った紐で遊んでいる。
「山田くん、片付けるよ」
由紀子が山田に言うと、山田は、
「由紀ちゃん見て」
と、両手を見せる。その両手首はぎゅっと紐で固く結ばれていた。
「どうしたの、それ?」
「ふふふ、姉さんに教えてもらったの。一人で自分の手を縛る方法」
(なんでそんな方法知っているの?)
由紀子は疑問に思いながら山田の紐を外してやる。
「由紀ちゃんもやる?」
「いや、いいよ。何の役に立つの? それ?」
「役に立つことだけを知ることが人生ではないのである」
山田がいかにも「教えてあげる」と鼻息を荒くする。由紀子は面倒くさそうに紐をとると、
「どうすればいいの?」
と、付き合ってあげることにした。本当にお人よしである。
「こうしてね、ああ、そう。そこをぐるっと」
山田の言うとおりにやっていくと由紀子の手がギュッと拘束された。
(そういや、前サスペンスドラマであったなあ)
自演で誘拐事件を起こす内容だった気がする。由紀子は、結び目を見ながらけっこうしっかり拘束されるな、とか感心する。
(そういえば猿ぐつわと目隠しもしていたな)
と思い、目隠し用の布を取る。縛られた両手ではうまく結べないなあ、と思っていると、山田が布をとり目隠ししてくれた。
「由紀ちゃん、これでいい? なにがしたいの?」
「いや、結んだらどうやって目隠しするのかなって思って」
「手首を結ぶ前に目隠しすればいいんじゃないかな」
あまりにあっけなく言われて由紀子はなるほど、と思った。目隠ししていても慣れたら紐は結べるだろう。ちょっとあまりに簡単な答えで少し恥ずかしくなってくる。
じゃあもういっか、と由紀子は目隠しを外そうとしたら、山田から手を掴まれた。
「な、なに? 山田くん」
「由紀ちゃん、ちょっとそのままで」
山田はぱたぱたと足音をたてて何かをがさごそと持ってきた。
「はい、あーんして?」
由紀子はわけがわからないまま、口を開けると中に何かを投げ込まれた。ころころと口の中で転がるのは飴玉のようだ。
「何味でしょ?」
「……レモン味?」
ちょっと酸っぱい。
「あたり。次行くよ」
「ああ、ちょっと待ってよ」
由紀子は飴玉を奥歯で噛んでごくんと飲みこんだ。
由紀子が口を開けると、今度はゆっくりと唇にのせるように飴玉を渡される。
「どお?」
「これも、レモンかな?」
ちょっと前の飴玉の味が残っているのでわかりにくい。でもさっきと同じ味のような気がする。
「せいかーい。じゃあ、次行くね」
「ああ、もう早いよ」
由紀子はまた飴玉を奥歯で噛んで処分する。舌を転がし、口の中に残った飴の味をしっかり飲み込む。
「いいよ」
「いくねー」
今度は、由紀子の肩がしっかりつかまれた。飴玉が半開きの口に押し付けられるようにのせられる。
飴玉が離れる瞬間、山田の指だろうか、それが由紀子の唇に触れた。
(なんだろう、これ?)
なんか変な感じがする。何とも言えないがぞわぞわする。
「何味?」
「レモン味?」
また口の中に広がるのはレモンの味のような気がした。
「せいかーい」
山田が楽しそうに言う。
「山田くん、ほんとに全部レモン味なの? クイズにならないよ」
「そう?」
山田がとぼけた口調でいうので由紀子はむすっとなった。
「はい、そろそろ終わり。目隠しと手ほどいてよ」
「ああっ、ちょっと待って。次、最後だから。次は絶対違うやつだから」
「もう、最後だからね」
由紀子は飴玉をかみ砕いた。
「うん、じゃあ次いくね」
山田がまた由紀子の肩をつかんでくる。けっこう力が強いので由紀子は自然と壁に押し付けられる形となる。
(あれ?)
由紀子はふと思った。
なんで山田は、由紀子の両肩をおさえているのであろうか、と。
そんなことを考えているうちに、なにかが目隠しした顔の前に迫ってきた。
「ぎゃーーーー!! なにやってんのよ」
甲高いかな美の声が聞こえてきた。どさり、と物が落ちる音がして、ばたばたと由紀子たちに近づいてきたかと思うと、ばこーんと激しい音がした。
由紀子の耳にがんがんなにかが叩かれる音が響く。
「なにやってんだよ」
呆れた声の主は織部である。かな美と一緒に委員会から帰ってきたのだろう。由紀子の元に来ると、目隠しをとってくれた。
「どうしてこんな風になる?」
「んなこと言われても」
由紀子はそう思いながら、足元を見る。飴玉の袋が落ちており、それはレモン味しか入ってなかった。他にあるのはスナック菓子ばかりだ。
(やっぱ嘘じゃない)
なにがやりたかったのか、と由紀子はため息をつきながら椅子で殴られ、足で蹴られ続ける山田を見た。
本当にわけがわからない奴である。