??? 可能性ある未来のうちの一つの話
「今日ねえ、クラスに転校生が来たよ」
颯太郎は、新聞を読むおじいちゃんに話した。おじいちゃんは老眼鏡をかけて興味なさそうに「そうかい」と返事した。おじいちゃんはごくごく普通のおじいちゃんで、孫に甘いわけでも厳しいわけでもない。とりあえず面倒くさそうにいつも農作業にでかけて、疲れた顔をして帰ってくるどこにでもいるおじいちゃんだ。
颯太郎は反応が悪いので、お母さんのほうに行く。
「ねえ、お母さん。転校生は女の子だったよ。男の子だったらよかったのに」
一緒にサッカーしたり、野球したりしたいのに、ふわふわした髪をした女の子だった。お人形みたいな姿に女子は喜んで、一部の男子も喜んでいたけど、やっぱり男子がよかったなあ、と颯太郎は思う。
「そうなの。そういえば、昨日ご近所にお引越ししてきた家族も、女の子いたわね。もしかして、そこの子かしら?」
お母さんが大根をお鍋に入れて包丁とまな板を洗う。
「そうなんだ。僕、気づかなかったよ」
お茶碗用意して、というお母さんに言われ、颯太郎は戸棚からお茶碗を取り出す。時計を見ると七時半でもうすぐおばあちゃんも帰ってくる。ひいおばあちゃんももうすぐ部屋から出てくるだろう、学会の資料作りで忙しいみたいだ。お父さんは残業で遅くなるので、五つの茶碗を用意する。
女の子はおねえさんみたいな若いお母さんに車で連れて帰ってもらっていた。おねえさんかもしれないけど「若ママ」と呼んでいたのでお母さんなのだろう。でも、いくら若く見えるからって「若」とつけるのはどうなのかな、と颯太郎は思う。
すごくきれいなお母さんだなあ、と颯太郎は思った。颯太郎のお母さんもきれいな部類だと思うけど、ちょっぴり最近、口元の小じわを気にしていた。昔は「猫耳の小悪魔」とやらだったらしいが、お父さんと結婚してからは耳も尻尾も出さないようにしているらしい。なんか獣人の間ではある程度の年齢になると耳も尻尾も出さないようになるという。理由は、「痛い」かららしい。颯太郎もたまに耳がぴこんと出るが、別に痛くないのになあ、って思うのに。大人って大変だ。
おじいちゃんは「まだいけると思うのに」と、ぶつくさつぶやいていることがある。そんなことを言うたびに、お父さんとおばあちゃんにとび蹴りを食らっている。おばあちゃんはけっこうアグレッシブだ。おばあちゃんはよく、「あんたがあの子の兄貴じゃなかったら絶対結婚しなかったわ」と言っている。おばあちゃんはおじいちゃんの妹のお友だちだったらしい。
おばあちゃん曰く、「私が結婚してあげなかったら、怪しげな結婚仲介業者に女狐を紹介されて、土地と証券すべて取られた挙句捨てられてたわ。あの子のためであって、あんたのためじゃないんだからね」とおじいちゃんに言っている。お父さんいわくそれは「つんでれ」というやつらしい。
そういえば、と颯太郎は思った。なんだかあの転校生のお母さんはどこかで見たことがある気がする。どこだっけなあ、と首を傾げながら、「あっ」と颯太郎は手を叩いた。
居間の押入れをあさり、分厚いアルバムをとりだす。古いそれは、おじいちゃんがまだ若いころの写真だ。そこには、若いひいおばあちゃんおじいちゃん、死んだひいひいおじいちゃんおばあちゃん、それと颯太郎の知らない女の人がたくさんうつっている。その女の人は、ひいおばあちゃんに似ているけど、とてもきれいな人で、おじいちゃんの妹らしい。小学生のころに変な病気に発症して、それから二十五歳で死んじゃったそうだ。
おじいちゃんの妹さんの隣には、たまに顔を黒くぬりつぶされた誰かが映っている。おじいちゃんに前に「この人だれ?」と聞いたら、「死神」と言っていた。
「うちには勿体ない輝夜姫だったんだよ、だから月に帰ったのさ」
お父さんはひいひいおじいちゃんにそんなことを聞かされていた。まるで遠くにいて会えないけど、どこかで生きているみたいに言っていたそうだ。
「んなことあるか。化け物野郎に気に入られたのが運のつきだ。あいつの自業自得だ」
おじいちゃんは、自分の妹なのにつんけんした言い方しかしない。死んじゃった人を悪く言っちゃいけないよ、って颯太郎が言ったら、颯太郎の頭を撫でながら、
「殺しても死なねえような奴だよ」
と、少しさびしそうに言う。
颯太郎の家の仏壇には、その妹さんの位牌はあるけど、写真は飾られていない。飾る必要がない、とおじいちゃんが取り払ったらしい。
「ただいまー」
玄関からおばあちゃんの声がして、二階からひいおばあちゃんが降りてくる。颯太郎は、おばあちゃん二人の間に座ると、
「たにんのそらにってあるんだね」
と、アルバムを広げた。
「颯太郎、ごはん前にそんなもの広げない」
「だって、そっくりだったんだよ。転校生のお母さんに」
颯太郎がおじいちゃんの妹を指さすと、お母さんは目を丸くする。
「あら? ほんと、お隣に引っ越してきた人そっくりねえ。たしか、息子さんのお嫁さんだとか言ってたかしら? 息子さん三人いるみたいだけど、何番目の息子さんのお嫁さんだったかしら。娘さんは二人って言ってたわねえ、お嫁さんも合わせると八人家族らしいわ。多分、転校生って末の娘さんじゃないの? けっこう年齢離れているわね」
お母さんのその言葉に、おじいちゃんとおばあちゃんとひいおばあちゃんが反応する。
「小枝子さん。お隣さんってもしかして、あの洋館のことかしら?」
おばあちゃんがお母さんに聞いてくる。お母さんはこくりと頷く。
「もしかして、やたらきれいだけどどこか天然なご家族?」
ひいおばあちゃんが聞く。お母さんはそこまで話したわけではないが、「やたらきれい」なのは本当らしい。
「もしかして、山田って家族か?」
「そうだけど」
おじいちゃん、おばあちゃんが飯台をひっくり返しそうな動きで立ち上がった。ひいおばあちゃんは、目を細めながら穏やかにでもすごく幸せそうに笑った。
「母さん、草刈り機、どこにおいた?」
おじいちゃんがひいおばあちゃんに聞いた。
「納屋の棚の奥よ。燃料はハウスのとこにあるよ。まあ、ほどほどにね」
ひいおばあちゃんは手を合わせるとご飯を食べ始める。なんだかご機嫌らしく、おかずのハンバーグを「食べるかい?」と颯太郎にくれた。
「お義母さん、チェンソーはなかったかしら?」
「チェンソーはもうずいぶん使ってないからやめといて。フォークなら納屋の裏に、鉈なら裏口にあるけど。使った後はきれいに洗ってね、錆びるから」
「ありがとうございます」
おじいちゃんとおばあちゃんは、目を合わせるとこくんとうなずきあって出かけて行った。たまに二人はとても仲良しだ。
「あの……、どうしたんですか? お義父さんたち? すごくやる気に満ちてるんですけど」
「ええ、殺る気いっぱいねえ」
おかあさんの言葉に、ひいおばあちゃんはやれやれといった顔をする。
「小枝子さん。あずきともち米あったよね、食後に悪いけどおはぎ作るの手伝ってくれるかい?」
「えっ? いいですけど」
「僕も手伝うよ」
颯太郎は元気よく手をあげると、よしよしとひいおばあちゃんに撫でられた。
「明日、お休みだしおとなりさんにおはぎ持って挨拶にでも行こうか?」
「うん」
颯太郎は、早く作らなきゃ、と思ってごはんをもぐもぐ口に突っ込むのだった。
本編終わり>(`・ω・´)キリッ
あとはだらだらと気が向いたときに、小話を投稿していきます。
気が向いたらおつきあいください。