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不死王の息子  作者: 日向夏
高校生編
120/141

106 イケメンは滅びればいいと思う


(やっぱり、山田少年だけじゃなかったんだ)


 由紀子は差し出されるグラスの赤い液体を見ながら思った。そこには鉄臭い液体が入っている。

 それが何なのかわからないわけがない、パンが肉でないようにそれもワインではないのだ。


 正直、いつもと同じく食したくないものであったが、普段とは違う理由で断れない状況に追い込まれていた。腕の傷は、食人鬼の呪いが解けた時点で再生をはじめたが、いろんなダメージが重なっていたことも事実であった。

 心優しき不死王は眷属のはしくれに、己が血を与えたのだ。


 するどい眼光を宿し人間離れした美貌を持つ不死王、彼は彼なりのくつろぎスタイルでソファに座っていた。まるで玉座にでも座っているように見えるのは気のせいだろうか。彼がくつろぐのと引き換えに、周りには緊張が走るのである。普段なら、飛び掛かって遊びをねだるハチですら、おとなしく部屋の隅で伏せをしていて、先ほど窓が開けられたのを幸いに出て行った。


 ぴりぴりとする空気は、せっかく賜った不死の妙薬を断ることを潔しとはしない。緊張した面持ちで、由紀子に「空気を読んで」と目線を送るのは山田姉たちだ。たとえ、彼女らの実父であろうと不死王は不死王なのだ。


 あれは山田父ではない、不死王なのである。


 そして同様に山田母ではない、山田撫子という女性がいる。


 由紀子は空気が読める賢い子である。同時に恐ろしい不死王の賜りものを断るほどの勇気はなかった。

 グラスに口をつけると、なんともいえない味が口に広がった。


(おいしくない)


 食べたい食べたくないはあるが、山田父の血肉は美味しかった、どんなお肉よりジューシーで、でもあっさりとし、深みのある味だった。よくよく考えれば、お肉そのままで美味しいわけがなかった。レバ刺しだろうとヅケだろうと、山田母の調理があったから美味しかったのだろう。


(山田母もいない)


 由紀子はまだ傷痕の残っていた腕が元に戻るのを確認すると、家に帰ることにした。山田姉や兄がなにか話しかけてきたが、よく覚えていない。適当に相槌を打っていた。


 ただ、覚えていたのは、外のテラスに座って庭を眺める山田だった。そのそばには、ハチが尻尾をふりきれんばかりに振りながら遊びをねだっていた。それを撫でる山田は、とても優しくて片方のハチの頭はとてもうれしそうだったが、もう一つの頭はなんだか微妙な顔をしていた気がする。


(山田父はあの人外の真似でもしていたのかな?)


 不死王とそっくりの容貌をした青年は、穏やかに笑う。その身体はまだ成長しきっていなかったが、雰囲気がすでに子どものそれではなかった。頭を小鳥についばまれている。不死王が冬なら、青年は春を表現しているようだ。

 もし、今後、由紀子の家族が山田と不死王を見たら、不死王でなく山田を山田父と間違えるかもしれない。


 由紀子は彼に挨拶もせず、山田家の門を出た。






 山田が、学校へ来たのは新学期がはじまり、二週間がたったころだった。由紀子は、野菜の配達をやっていて知っていたが、山田は中身だけでなく外見も完全に青年になってしまった。


山田父の菜食主義だけは変わらなかったらしく、由紀子の日課は変わらなかった。ただ、茶房に来ない山田父を少しさびしそうに祖母はつぶやいていた。


 一気に大人になった山田はもちろん注目された。以前、急激に成長した時よりもずっと騒がれている。そのうえ、前なら山田がすぐなにかをやらかして蜘蛛の子けちらしてくれたのだがそれもない。


「なんか、アイツおかしくね?」


 豆乳を飲みながら言うのは、織部である。身長を伸ばすために最近飲みはじめたようだが、結果は角が二ミリ伸びたそうだ。


「ああ、おかしい。人類の男女比率はほぼ均等に、いやむしろ女性のほうがやや多くいるはずなのに、なぜあいつの周りだけ異常な比率になっているのだ。これはもう環境破壊といっても過言ではない」

「ええ、あんたの頭がね」


 当たり前のように由紀子たちの食事に入り込んでいるのは、岩佐である。かな美のサンドイッチに手を伸ばしてひっぱたかれている。


「おまえ、あっちに行ってたんじゃなかったのか?」


 と、織部がさすのは山田のほうだ。素敵に女の子に囲まれている。不思議とそんな光景を見てもいらいらしなかった。かな美や織部が言うには、かなり不愉快な光景なのらしいが。


「いやまあ、なんか雰囲気違うっていうか。なんだろう、あの無害すぎてむしろ有害になった山田は。それに、いくら砂鉄がたくさんあっても、くっつくのは磁石だけだ。ただの鉄の棒にはくっつかないってことがわかったし」


 遠い目をする岩佐。もてもての山田がかなり羨ましいらしい。


(大丈夫だよ、確実には一粒はくっついてるから)


 由紀子はもぐもぐとおにぎりを食べながら思った。うらやましいのは由紀子のほうだ。

 残念なことに当の本人はまったく気づいていないけれど。


 織部は別の意味で羨ましそうに見ている。豆乳は三本目に突入しているが、小さな織部の身体はもう受け付けないようだ。無理して飲んだところで簡単に身長は伸びない。


「それにしても、ずいぶん大人っぽく……」


 言いかけて、岩佐ははっとした。


「まさか……。ひと夏を終えて急に大人になる……」


 そう言って視線を山田から、由紀子へと移す。


「以前とは違う雰囲気の男女」


 と、由紀子の顔をしっかり見ると、視線を下に移動しはじめた。


 ごすっ、と鈍い音がしたかと思ったら、英和辞典を手にして目を三角にしているかな美だった。由紀子の学校では、教育方針から電子辞書は禁止している。そのほうが頭に入るらしい。


「な、なに考えてるの! あんたは!」

「うわっ、いってー。普通そうだろ、そういうもんだろ。近頃の若者ってやつはよ。ってか、おまえも実はそう思ってたんじゃねえよな!」

「しっ、失礼ね! あんたと一緒にしないで!」


 かな美はもう一発岩佐の脳天に辞書を落としてから、由紀子を見る。


「……ちくしょう、避けられたと思ったのに、まさか……」


 口汚い独り言が由紀子の耳に聞こえた。いや、気のせいだ、かな美がそんなこと言うわけない、と由紀子は自分に言い聞かせる。


「ねえ、由紀子ちゃん。質問なんだけど」


 かな美が、やけにゆっくりと由紀子に聞いてくる。


「なに? かな美ちゃん」


 由紀子はかな美のだんだん近づいてくる顔にのけぞった。それだけ鬼気迫る顔だった。


「夏休みの間にあんなことや、こんなことってされていないわよね?」


(あんなことや、こんなこと?)


 顔をリンゴみたいにすりおろされたり、腕をフライドチキンみたいに食べられたことだろうか。いや、まさか、と由紀子は思う。


(まさか、そんなことまでかな美ちゃんわかるの?)


 由紀子はどきどきし、見つめ続けるかな美と目が合わせられなかった。なんでも見透かされそうで怖かった。


「なんでもないよ、なんでもないから、気にしないで」


 由紀子は目をそらすだけでなく、そっぽを向いてしまった。


「ゆ、由紀子ちゃん」


 かな美の声が震えている。やっぱり心配させてしまっただろうか。


「あの野郎……。ヒモとか目隠しとか、散々やりやがって」


 かな美がまた口汚い言葉を言った。

 由紀子は首を傾げる。


「ええっと、かな美ちゃん、ヒモって……」


 由紀子が聞き返したが、かな美は聞いていない。頭をまだ押さえている岩佐の襟を掴んだ。


「あんだよ」


 岩佐が不機嫌そうにかな美を見る。かな美はさっきとはうってかわって笑顔を見せた。


「岩佐、知ってる? もてない奴がもてるようになる方法」

「なんですか? 姐御」


 岩佐が椅子の上に正座して、目を輝かせた。単純すぎて本当に気持ちがいいくらいだ。それにしても、まさに無自覚野郎である。


「うふふ、独占している奴がいなくなればいいのよ」


 かな美の視線はちらりと山田のほうへと向いた。鈍感な岩佐にも察することができる微妙な長さだった。

 

 なるほど、と一瞬顔を輝かせた。だが、相手が山田だと眉をしかめる。奴が手ごわいことはわかっているのだろう。そりゃ、ダンプにひかれてもよみがえる不死身の男を始末するのは一苦労である。それはわかっているはずなのに、岩佐の目には一度火が付いた嫉妬は止められなくなっている。

 

 かな美はそれも予測の範囲のうちだったようで、さらさらとルーズリーフになにかを書き始めた。のぞいてみると、生徒の名前のようである。右側にクラスと男子生徒の名前、それに矢印を伸ばして女子生徒の名前が書いてある。

 由紀子は女子生徒の名前と山田のとりまきを見比べた。いくつか一致する名前があった。他は知らない女子なのでわからないが、たぶんあそこにいる全員の名前だろう。


「ここに書かれている男子はみんないい奴だから、きっと岩佐の計画に賛同してくれるわよ」


 聖母のような笑みを浮かべてかな美はルーズリーフを岩佐にやる。岩佐はまるで皇帝から至宝を賜ったかのように頭をさげて受け取ると、教室をでていった。


「ええっと、かな美ちゃん?」


 由紀子がかな美の顔を見ると、かな美は、


「由紀子ちゃんは何も心配しなくていいの、全部私がやってあげるから」


 と、慈愛に満ちた笑みを見せた。


「これがリアルヤンデレというものか」


 織部が豆乳をようやく飲み終わりげっぷをしていた。そういえば、ウシのげっぷがメタンガスを排出し地球温暖化の原因の一つになると聞いたが、織部のこれもメタンガスなのかな、とくだらないことを考えてしまう。


「人聞きの悪い。私は何もしていないわよ。織部も参加してくればよかったのに」


 かな美は食事を再開してサンドイッチを頬張る。


「そういう奴が一番たちがわりぃ」


 織部は豆乳パックを潰すと、ごみ箱へと投げ入れた。かこん、と中に入ったかに見えたが他のごみに跳ね返されて床に落ちる。律儀なヤギさんは面倒くさそうごみを片付けに行く。


「うふふ、私みたいな小市民ができることなんて、数の暴力くらいだから」

「おまえ、将来絶対に政治家にだけはなるなよ」

 

 由紀子も織部と同じくかな美になにか言うべきだろうか、と思ったが、なんだかぼんやりして口を開けるのも面倒になってきた。鞄の中におにぎりがあと三つあるが、そのままファスナーを閉める。


(別にいなくなったわけじゃない)


 山田フジオという存在はいる。勘の良いものはなにか変だと感じているが、大多数は「山田だから」の一言で終わる。

 由紀子だってわかっている。もし、この場の空気を全部どこかに持って行ったとしても、すぐ新しい空気が流れてくる。同じように、そのうち違和感もなくなっていくのだろう。


 でも、どうしてだろうか。


(青年のせいで、人口密度高いよね)


 空気が薄く酸欠しそうだった。

 早く新しい空気が流れてくればいいのに。


 由紀子はバナナ豆乳を飲み干すと、潰してごみ箱に投げた。織部とは違いきれいにごみ箱におさまったので、ヤギさんは少しつまらない顔をしている。

 由紀子は、ちょっぴりだけ意地悪な顔を見せると、次の授業の予習をすることにした。


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