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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
12/141

12 人魚姫の訪問

しばし、シリアスめに話が進みます。


「約三百年かあ」


 由紀子はベッドの上でつぶやいた。大きなクマのぬいぐるみを抱え、時計を見る。時間は十一時をまわっていたが、眠気はまったくおきない。


 三百年。

 今日、山田兄に告げられた言葉だ。


 今日の放課後、いつもどおり定期検査を受けてきた。これまでの検査結果を踏まえて、由紀子に詳細を説明してくれた。


「大体三百年は生きるでしょう」


 平均より、五十年ほど長いです、と褒められたのかよくわからない言葉をくれた。


 不老不死に近い身体と言われているのに、案外短い気がする。

 思ったことを口にすると、山田兄は、


「そうでしょうか?」


 と、遠い目をした。


「少なくとも、貴方の周りにいるヒトは、誰もいないでしょう。残るとすれば、僕ら不死王の血族くらいでしょう。他の人外に知り合いがいなければ」


 当たり前のことを至極丁寧に山田兄は言った。


(そっか)


 由紀子は、取り残されるのだと思った。


 そして、周りの皆が死んでしまう前に、由紀子は姿を消す必要があると言った。周りが老けゆく中で、若いまま生きていくのだから。


(いつか消える)


 それが、十年後か二十年後かわからない。肉体年齢が止まってから、五年から十年。それまでに、姿を消す必要がある。


「まだ時間はたくさんありますが心に留めておいてください」


 その山田兄の言葉が引っ掛かる。


(考えてもしょうがない)


 思っていても頭から消えない。

 クマのぬいぐるみをギュッとつぶすと、そのまま横になった。


 そして、懐かしい父の夢を見た。






「なんで早く起こしてくれないの!」

「あんたが遅くまで起きてるのが悪いのよ」


 由紀子は、朝ご飯をまとめておにぎりにすると、手提げに突っ込む。間食用と昼食のお弁当も入っているので、ランドセルより重かったりする。


「送ってってよ」

「無理、今日は講義があるから」


 母は週に一度、一コマだけ授業をやっている。県内の農大だ。


「じいちゃんが送ってやろうか?」

「……遠慮しとく」


 祖父はトラクターくらいしか乗らない。せめて軽トラなら妥協したのだが。


 由紀子は、携帯の時計をにらみながら、学校へと向かった。






(ま、間に合った)


 由紀子は、靴箱の前で上履きに履き替えながら息を整える。予鈴が鳴っている。あと、五分もあれば、教室まで余裕だ。


(ご飯食べる時間はないか)


 一時間目が終わるまでの時間が長いと思うだろう。


 てくてくと廊下を歩く。


(あれ?)


 由紀子の他に廊下を歩いている者がいる。小学生にしては大きくて、教師にしては若すぎる。

 見た目は、まだ高校生くらいの女のひとだ。栗色の髪を肩口まで伸ばし、丈の短いスカートをはいて、ニーソックスをガーダーで止めている。


 由紀子はいぶかしみながら、横を通り過ぎる。なんというか、平日の小学校にいるには場違いな人間だ。


(卒業生かなにか?)


「そこの君」


 急に声をかけられてびっくりする。じろじろ見ていたのに気付かれたのだろうか。見た目によらず低い声で、よく言えばハスキー、悪く言えばおばさんっぽい声だった。


「なんですか?」


 猫のような目をこちらに向けて、


「六年三組はどこにある?」


 と、言った。


「それなら、私のクラスなので一緒に行きますか?」

「いや、いい。どの校舎の何階かだけ教えてくれ」


 まったく女性らしさを感じない喋りである。見た目は可愛いのに損をしていると由紀子は思う。


「この校舎の三階、この階段を上って左です」

「ありがとう、助かった」


 女のひとはそう言うと、職員室のほうへと向かっていく。ふわりとひるがえったスカートの奥から、包帯に巻かれた太腿がのぞいた。

 動体視力があがっていなければ、気づかなかっただろう。


(卒業生じゃなかったのかな?)


 ここ何年も、教室の位置はかわってないはずだ。卒業生なら知っていると思ったのだけど。


 そんなことを考えているうちに、今度は本鈴が鳴り始めた。由紀子は慌てて階段を駆け上がった。

 

 

〇●〇



 せっかく今日は、姉も兄も非番だっていうのに。


 恭太郎きょうたろうは、親父たちのお守りはしなくていいと、でかけようとしたところだった。


「今日はお客さん来るから、うちにいてね」


 姉のオリガが、すこぶるいい笑顔で言ってくれた。


「はあ? なにいってんだよ。俺、もう約束してんだよ、無理だって」

「お断りしなさい」


 口は笑っているが目は笑っていない。ついでに、踵で足の甲をぐりぐり踏まれている。


「悪いが恭太郎、断ってくれ」


 兄のアヒムまで言ってくる。


「もしかして、非番揃えたのって、客が来るためか? それなら、なんで前もって言ってくれないんだよ」


 話を聞いていたら、デートの約束なんて取り付けなかったはずだ。膝をつき、オーバーリアクションに落ち込む。正直、涙目だ。


 アヒムは眼鏡をくいっと、かけなおしながら、


「ああ、それはあまりにおまえがうれしそうな顔をしていたから」

「ええ、とても楽しそうだったから」


 オリガとアヒムは声を揃えて、


『あんた(おまえ)の絶望する顔が見たくなって』


 と、血も涙もないことを言ってくれた。

 外面は良いが、この二人、身内には滅法サドである。


「ほら、早く断りの電話かけないと、彼女おでかけしちゃうわよ」


 にやにや笑うオリガを恨めしげに睨みながら、半泣きで電話をかける。いくつか言い訳を言ったが、無駄だったようで、一方的に切られてしまった。


「ふられた?」

「まあ、長く持ったほうじゃないのか? 前のはたしか半月で切れたはずだから」


 甘い蜜でも舐めるかのように、にやにやと笑う姉と兄。

 他人事のように言ってくれる身内に、殺意がわいたところで、父が起きてきた。


「おはよう」


 首があらぬ方向、おそらく頸椎けいついが百八十度ねじれた状態でやってきた。


「おはようございます、父さん。それにしても、どうやったらそんな首になるんですか?」

「うん、寝違えちゃって」


 と、首をごきっと元の位置に戻すつもりが、勢い余って千切れてしまった。血しぶきが飛ぶ。


「父さん、何やってるの」


 オリガが取れた首を上手く元の位置につける。きらきらと輝きながら、傷口がふさがっていくのは無駄にファンタジーだ。この能力を地球温暖化とかエネルギー問題とか、そういうのに利用できたらと思う。


 呆れながら、恭太郎はどさくさに紛れて外に出ようとしたが、襟首をアヒムにしっかりつかまれていた。






「客人っておまえかよ」


 恭太郎は、疲れた顔を目の前の少女に見せた。セミロングの十七、八の少女に見える、百六十歳のばばあに。


「私では不満か?」


 ふふん、と愛らしい顔を皮肉たっぷりに歪めている。容姿は好みなのに、実体が残念すぎて仕方ない。


 残念すぎる女の子こと、一姫いちひめは紅茶をすする。お茶請けには、母特製のクッキーが置いてある。


 広間のテーブルには、一姫と恭太郎の他に、オリガとアヒム、そして不死王ノーライフキングこと父が座っている。母だけは、台所でお茶請けの追加を準備していた。


「あなたが直接、ここに来るなんて珍しいわね」

「直接、言わなくてはならないと思ってね。まあ、メールで大体のことは想像がついていると思うけどな」


 と、一姫はクリアファイルを取り出す。新聞の切り抜きのコピーが三枚入っている。

 最近あった三つの殺人事件の記事だった。どれも、別の犯人がやったとみられているが、その手口は似ており模倣犯でないかと言われている。


「うちの一族のものがやられたよ」


 三枚のうち一枚を前に出す。


 遺体はバラバラにされ、それぞれ別の場所に捨てられていたとのこと。一般的に、人道から外れた行いだ。


 オリガもアヒムも黙って記事を見る。普段なら、落ち着きのない父が珍しく黙っていた。その琥珀色の目は、獣のような瞳孔になっていた。


 本気だ、と恭太郎は思った。

 ぴりぴりと身体中の毛穴が閉じる感覚が広がる。


 テーブルの上の紅茶が波紋を描き、家鳴りがする。

 戸棚が揺れ、中の食器がかたかたと音をたてる。


 昔の、不死王の名にふさわしい風格が漂ってくる。見るものを圧倒する、不死なる王。


「食われていたんだな」


 父のいつもより低い声が聞こえた。ぞくりと、生ぬるい汗が流れる。


 一姫は、首を縦に振る。

 新聞記事には、詳細は書かれていなかった。警察か関係者しか知らされていない事実だろう。


「哀れな食人鬼オーガどもめ」


 『哀れ』という単語を使うが、そこに憐れみは浮かんでいなかった。見つけたら、肉片残らず消し炭にしてやる、という恐ろしい気迫がこもっていた。


 オリガとアヒムは、正気に戻った父をただ恐ろしげに見ていた。

 

 一姫は、不死者の王の動向を、固唾を飲んで探っていた。

 





 緊張した空気の会談が終わり、父が部屋から出て行ったのを確認すると、恭太郎は力なくテーブルに顔を突っ伏した。

 

「十年ぶりだな」


 父のあの顔を見たのは。


 今の穏やかで天然の入った父は、本来の父ではない。怒りと悲しみで何もかも破壊してしまう、そんな感情を押さえこむために作った人格だった。昔、食人鬼どもの行った所業をすべて清算しない限り、父は元に戻らない。

 そう、富士雄兄貴が元に戻らない限り。


 気持ち悪い汗でべたべたなのは、恭太郎だけでなかった。


 同じく顔色を悪くした一姫が恭太郎を見る。


「シャワーを貸してくれないか?」


 と、一姫は袖をまくる。腕には包帯が巻きつけられている。それをほどき始める。

 包帯の下にあるのは、すべらかな若い肌ではなく、硬く割れた鱗だった。

 おかまいもせず、スカートもめくり、太腿に巻きつけらえた包帯もほどく。


「フジオは元気そうだったな」

「ああ、無駄に死んでるけどな」


 いつのまに会っていたのか、と恭太郎は思う。


 一姫こと『人魚姫』は、了解も確認せず、シャワールームへと向かっていった。


 絶滅したと言われた人魚は、ヒトに隠れ細々と生きていた。


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