102 鬼心、神知らず その壱
和風と洋風、どちらがより優れているかという問答は無意味だと思うが、よりどちらがインパクトあるかといえば由紀子は洋風を取る。和風というものは、素材をいかしたわびさびであり、玄人ならともかく素人から見たら地味という印象が強い。
なので、茨木の開催する宴も、さすがに以前の素敵なお城ほど派手なものはないだろうとたかをくくっていた。
だが、それは想像の斜め上に期待を裏切られた。
(やっぱお金はあるところにはあるんだよな)
由紀子はリムジンの窓から延々と続く外壁を見た。白壁に瓦屋根のついたそれはゆうに五メートル以上あるだろうか。そんな高さの壁をもう何分見ているだろう。
おそらく目的地には到着しているのだが、その内部に入るための入口を探して運転手は白壁伝いに車をすすめている。
ようやく門らしきところに付いたらその大きさに驚く。
(絶対無駄だ)
たしかに以前の夜会では、巨人が客として来ていた。だが、その身長はせいぜい三メートルほどである。三倍近く高さがあるというのは無駄ではなかろうか。キリンが客として現れてもおつりがくる。
それに、外壁もそうだが門もまたものすごく頑丈にできているのがわかる。これなら、バズーカでかちこまれても、トレーラーで突っ込まれてもとめてくれそうだ。
なぜ、バズーカでトレーラーといえば、持ち主である茨木の職に関係があるといえる。
「立派なお屋敷よね、いつみても」
山田母が、珍しく和装で決めている。由紀子も同じくだ。動きにくいが、宴の会場に合わせたのだろう。山田母が着物の着付けを慣れた手つきでやってくれたのは驚いたが、元々洋服よりもずっと長い間着たものなので当たりまえだった。いつもなら、山田母、姉、兄で衣装の事はどたばたするのだが、今回は可愛らしい雰囲気の振袖で落ち着いた。手縫いのそれは見るだけで年代ものとわかった。大事なものに見えたので、
「汚したら悪いので」
と、断ろうとしたら、
「服は着てなんぼのものなのよ」
と、襦袢ととも何枚もタオルやらなにやら詰め込まれながら言われた。着せ慣れたその動きは、時代劇に出てくる武士の奥方を思わせた。昔は、山田父の着付けをやっていたのだろうか、と由紀子は思った。
客人はちらほらきていて、彼らから見たらワビサビの日本家屋に感動していたが、日本在住の由紀子からしてみたらその建築物は少々趣が違うことがわかる。趣味自体はすごくいい雰囲気の家屋なのだ、だが周りを取り囲む雰囲気がそれを違うものへと見せている。
表には皆和装をした男性陣が両側に列を作り出迎えていが、その顔つきはどうにも一度はおつとめをはたしてきたかたがたのようにしか見えない。
(おじさん、襟からサクラのおえかきが見えてますよ)
スキンヘッドの眉毛のないおいちゃんや、左肩が傾いて下がっているサングラスのおにいさんもいる。
いわゆるジャパニーズマフィアというものだろうか、表札のかわりに大きな一枚板の看板に組名が書かれていた。もちろん、すみれ組とかパンダ組とかそういう可愛い名前ではなかった。
「もっとかわゆい造りにはできないのかの?」
残念そうに言うのは、人魚の一姫だ。ぶれない彼女は、相変わらずパンクロリータなドレスを着ている。じゃらじゃらとチェーンの音を響かせる彼女には、玉砂利と青モミジの素敵な庭園には興味ないのだろう。つまらなさそうに手櫛で髪型を整えていた。
その隣では、たれ目の青年がにやにやと来賓客を見ており、たまに一姫に小突かれていた。彼が興味あるのは、その来賓客の容姿でも服装でもなく、皮膚と脂肪のさらに奥だとわかっていた。
由紀子はそれを不安そうに見ながらも、新之助の視界に入らないように気をつけた。自分の身が一番大事、それはエゴではなく本能である。
由紀子の周りにいるのは山田母、一姫、新之助だけで、山田少年や山田父、姉兄たちはいない。
ただでさえ、人外の集まる宴なのだ。それだけでも何が起こるのかわからないというのに、会場は恐ろしい鬼女の邸宅である。由紀子が山田少年とはなされたのも、鬼女の嫉妬を買わないためだろう。前は子どもだったから特に相手にされなかったが、今の由紀子は見た目だけなら成人しているように見える。
(だから、あんな手紙送ったのかな)
いかにも罠です、と言わんばかりのメッセージは、由紀子を邪魔だと思ってのことかもしれない。実際、由紀子は茨木の元旦那にべったり引っ付かれているし、それを見て未練のある元嫁は不快に感じることだろう。鬼の性質から考えると、殺してしまいたいほどに。
でも、由紀子としてはそんなつもりはないし、由紀子を好いているのは山田少年のほうだ。山田青年ではない。山田青年は由紀子のことなど、良くも悪くも他のどのヒトや人外と同じ扱いだろう。
それでも、由紀子には彼女の言葉の真意を確かめる必要があった。
(山田姉たちに確かめる方法もあるけど)
正直、由紀子は疑心暗鬼である。山田姉も兄も由紀子に対して親身になってくれている存在だった。だけど、だからこそ、由紀子に対して不死者からヒトに戻る方法を教えなかったのか、と。
たしかに、本当にそんなものはなく、茨木の嘘なのかもしれない、その可能性は十分にある。でも、山田兄も姉も、不死者としての性質や生き方は教えてくれたが、不死者からヒトに戻れる方法があることもないことも言わなかった。
(戻れないのなら、はっきり伝えるはず)
盲点だった。由紀子はてっきり戻れないものと考えていた。不死者としての生き方を教えてくれる時点でそう考えていたのだ。
思い込みとは恐ろしい。だから、由紀子は一度もそのことについて触れなかったのだ。
山田姉たちにももろもろの事情があるのかもしれない。でも、それを素直に受け止められるほど由紀子は大人ではなかった。
正直、山田姉兄、山田少年たちと別れたことは都合がよかった。
「さてと、長い前置きはよいから、さっさと飯をだしてくれないかの?」
「まだ、受付もすませてねえぞ」
筆でさらさらと記帳する山田母を横目に、人魚コンビが言っている。来る途中の会話を聞くかぎり、今回の一姫のドレスはオーダーメイドらしく生活費はなくなりおかげで半月間、おからとパンの耳が主食らしい。由紀子は聞いていて思わず涙をためてしまったが、「うちでできたお米です」と、差し入れしたらそれはそれで失礼だろうか。
「まだこの季節ではマツタケは早いかの。フグも期待できないし、何でもう少し涼しい季節にやってくれないものかの、気がきかんわ」
頭の中は食べ物のことでいっぱいらしい。やはり、帰りに由紀子宅によってお野菜持ってかえってもらおうと思った。それで足りないようなら、ニワトリの佐々木さん(八代目)に犠牲になってもらおう。
大きな一枚板の玄関をあがり、高級旅館をさらに一回り大きくしたような廊下をわたった。淡くライトアップされた庭が見え、枯山水やら竹林やらが見えた。カコン、カコンと猪脅しの音が聞こえる。
ざわざわと話声が大きくなる向こうを見てみると、明かりのついた障子が見えた。案内をしてくれる強面のおにいさんがそれを開けると、何百畳あるのかわからない座敷が広がっていた。
(将軍様の謁見の場みたいだ)
由紀子の記憶の中で一番近いものはそれだった。だだっ広い座敷には、来賓客用の席が設けられていた。一人一席のそれは、海外からの客を意識したものか、椅子とセットになっている。本来、和室にテーブルと椅子といったら奇妙に思えるのだが、デザインがいいので滑稽さは感じられなかった。
美しい着物をきた舞妓、芸妓たちがまっしろな顔に笑みを浮かべて客人を案内していた。由紀子もまた、口紅が半分しかついていない舞妓に席に案内される。真っ白な顔で判別しにくいが、齢は由紀子とかわらないだろうか。
音楽は和風を基調にしながらも、色気のあるアレンジをくわえられていた。
客人をもてなすことにかけては、茨木も人並みにできるようである。
山田父たちは由紀子たちよりも先に来ており、由紀子からずいぶん離れた位置に座っていた。席順は最初から決まっていたようで、わざと由紀子たちと遠ざけるような配置にしたところを考えると、やはり茨木だな、と思ってしまう。
宴の席に雰囲気を壊すような調度はなく、時計は大きなからくり時計が一つ壁側に置いてあった。木製の歯車の見えるそれは時刻七時半を示していた。
宴の主人は、からくり時計が周り終えるのを待ってでてきた。以前のような場違いな服装ではなく、茨木は歩くのも重そうな着物を着ていた。
(これも時代劇で出てたよな)
江戸時代の大奥取締りが着ていた着物と同じものだ。なんとなく、姉御な着物を着ているものだと想像していたので、予想を裏切られてしまった。
(なんだっけ? 名前)
由紀子が首を傾げると、隣でくすくすと笑い声が聞こえた。口を押さえているのは一姫である。
「なんとまあ、見苦しいことだの、あのような格好なぞ。自分の年齢も考えろと言いたいものだ」
なんのことを言っているのかわからないが、茨木の服装のことを言っているようだった。あまりに馬鹿にした口調だったが、珍しく一姫の目と眉は寂しげに下がっていた。由紀子は首を傾げながら視線を戻すと、宴の始まりを示す茨木の声が聞こえてきた。




