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不死王の息子  作者: 日向夏
高校生編

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97 岩佐くんと犬山さん 前編

「日高さん、まだ食べるの?」


 焦げたいか焼き五本とじゃりじゃりした焼きそばを三つ平らげたところでたずねられた。あと二人海に来た女子は、平田と斉藤といった。一度も由紀子と同じクラスになったことがないので、初めて見る由紀子の食べっぷりに驚いている。


「由紀子ちゃんは、ちょっと胃袋が特別製だから大丈夫よ。あとかき氷を十杯は食べるわよ」

「か、かな美ちゃん」


 フォローにもなってないフォローをしてくれる。


「それにしても、イモ洗いってこういうことを言うのね、海水まで温くなってるわよ、これ」

「まあ、かな美ちゃん、私たちもイモのひとつなんだよ」


 砂浜はヒトヒトヒト、海の中もヒトヒトヒトである。


 正直、遊べる場所はない。せいぜい砂浜で小さな山を作るか、水に浸かる程度だろう。岩佐のサーフボードは無駄だったようだ。


(まあ、そんなことはどうでもいいけど)


 由紀子は思わずにやにやしてしまう顔を無理やり押しとどめる。目の前にもじもじとした犬山がいる。ワンピースのような水着を着ているが、実際はタンクトップビキニである。しっぽがでても大丈夫なように、丈が長いものを選んだらしい。彼女も水着には苦労しているようだ。


 織部は織部で、山田と同じくサーフパンツをはいている。もわもわあんよが可愛いのだが、なぜ蹄なのにビーチサンダルがはけるのか、実際目にしていてもよくわからない。サンダルのバンドに引っかかるほど織部の蹄は平べったくないのだが、抜けることはないようだ。


(なにか、ヒトとは違った人外の秘密が!?)


 そんな理由をつけて織部に迫ろうかと考えたりもしたが、山田がじっと睨むし、かな美まで涼しげな視線を送るようになってきたので踏みとどまった。


「おまえらどうすんだ? 俺はひと泳ぎしてこようと思うんだけど」


 織部は、まだ空いている沖のほうを指さす。遊泳禁止の浮きはけっこう向こうのほうに置いてあるので、泳ぎに自信があるのであればいけるだろう。由紀子は文字通りカナヅチなので無理である。


「俺はちょっと野暮用があってな。しばらくしたら戻るから集合時間決めとこうぜ」


 と、岩佐が言う。かな美は「どうせ、ナンパでしょ」と吐き捨て、犬山は少し不服そうに唇を尖らせて水着の裾をぎゅっと引っ張っていた。


(ん? あれ?)


 なんだかそちら方面に疎い由紀子も首を傾げてしまう動作である。でも、相手が相手なだけに「まさかね」と首を振る。


「それで私たちはどうする? 私は由紀ちゃんと一緒にいるけど」

「僕も一緒にいるよ」

「あんたは男同士仲良くしなさい、岩佐、山田連れてって」


 かな美は、熨斗でもつける勢いで、岩佐に山田を向ける。岩佐は面倒くさそうに山田を見たが、なにか思いついたのか、笑みを浮かべて、


「よし、山田、行こうか! 集合は二時間後な」


 と、山田の腕をがっしりつかんで持って行った。


「山田は顔だけは使い道あるもんね」


 かな美は岩佐の行動をナンパと決めつけている。


(さて、何をしようかな?)


 由紀子は、海の家から漂う匂いに目移りしながら、かな美とともに歩き始めた。






「それにしても暑い中、ビーチバレーなんてよくやるわね」


 かな美がアイスキャンディを舐めながら人だかりの中心を見る。


「まあ、バレー部だって言ってたし」


 由紀子はソフトクリームを両手に持っている。右手がバニラで左手がチョコである。これを食べ終わったら、地域限定ユズ風味と季節限定メロン味をためさなくてはいけない。


 平田と斉藤はずいぶんスポーティーな水着を着ていると思ったが、これに参加するためらしい。夏のシーズン中は日替わりで毎日行われているイベントで、優勝チームには賞金三万円が贈呈される。地元主催で毎日やるとなると大変だ、観光客を集めるため必死のようだ。


 隣では犬山がハワイアンブルーを食べて口を真っ青にしながら、小さな声で応援している。犬山もちょっと興味があったようだが、参加条件がヒトオンリーのため諦めた。


(ビーチを元気よく走ってくれたら、柴犬みたいで可愛いのに)


 人狼とはいえ、犬山の身体能力はそれほどヒトと変わらない。多少、耳と鼻がいいくらいで、狼化も肉球や尻尾など一部しか変化しない。純血ではなく、ヒトの血が濃いためらしい。

 なので、人外としてのメリットよりデメリットのほうがかなり大きいようである。


 由紀子にとってはあるだけで至高の存在である尻尾と耳も彼女にとっては無用の長物なのだろう。いつもおどおどしているのも、その尻尾と耳に大きな原因があるようだ。


「わっ、惜しい!」


 いつのまにか、かな美はアイスが溶けているのも気にせず、バレーに夢中になっていた。さっきまで低いテンションだったのに、熱中しはじめるとのめり込むのが早いタイプだ。


 犬山も熱中しているらしく、大きなつば広の帽子と丈の長い水着を必死に抑えている。たぶん、耳と尻尾が中であらぶっているのだろう。


 由紀子もメロン味とユズ風味を楽しみながら見ていると、二時間なんて瞬くまに過ぎ去った。






「惜しかったね」


 由紀子は参加賞の変なキャラもののキーホルダーを指で転がす平田たちに言った。


「まあね。せっかく準決勝まで行ったのにな」

「とはいえ、参加者少なくて、二回しか試合してないけどね」


 おかげで集合時間内で試合が終了した。


 女の子同士で駄弁っているとやはり楽しいものである。待ち合わせの場所は、マスターのカフェで由紀子はメロンクリームソーダパフェなるものをたのむ。完全にウエイターと化した恭太郎が持ってきたそれは、金魚鉢に乱切りのメロンとバニラアイスとソーダが入り、花火が二本ばちばちと火花を散らしていた。


 マスターの挑戦的な目は「昼のカレーのようにはいかねえぜ」と語っていた。


(やるな、マスター)


 由紀子は久しぶりにフードファイター魂に火をつけられたが、所詮は金魚鉢だ。由紀子を倒したくば、水槽サイズを持ってくるべきだ。


(おお、これは)


 程よく熟れた乱切りメロンの甘さがシロップの甘さに負けていない。飾られた生クリームは冷凍もののびっちゃりとした感覚はなく、ほどよく角の立つ硬さだ。アイスもバニラビーンズの匂いが濃い、もしかして手作りだろうか。素材を生かした絶妙な美味しさがそこにある。適度な甘さによって、胃がもたれることもなくさくさくスプーンが進むのだ。


(プロの仕事だ)


 由紀子は、マスターに対する尊敬の念が湧き出してくる。この手の海の家といったら、名前ばかりの丘サーファーが夏の間荒稼ぎするだけの店という印象だが、これは違う。


(たしかに、あのカレーは美味しかった)


 ある意味海の家失格であろう濃厚なカレーだった。玉ねぎを飴色になるまで炒め、野菜と肉がとろりとルーに溶け込むまで煮込んだカレー、おかげでおかわり三杯は皿からこぼれるほどついでいただいた。


 マスターはマスターで、由紀子の食べっぷりに目を丸くしている。この野郎、という憎らしげな表情の奥にどこか楽しげな表情が浮かんでいるのは気のせいだろうか。


 こうして、由紀子と還暦のおっさんとの間に、何かしらの友情が芽生えはじめたとき、ようやく織部と岩佐たちが帰ってきた。

 織部は濡れたままで、天パの髪のウエーブがさらに強くなっている。

 岩佐と山田はなぜか身体のところどころが汚れていた。


(こけたりしたのかな?)


 もうほとんど手がかからなくなった山田であるが、やはり時々心配になってくる。そのたびに、「だからあいつ、つけあがるのよ」と言われるが、山田係の癖は治りそうにない。


「ナンパに失敗して、ひっぱたかれてこけたのかしら?」


 かな美が意地悪そうに言った。

 それを聞いた犬山はまた口を尖らせてぷるぷるしている。その視線の先は、岩佐である。


(やはり、これは……)


 由紀子の頭にちらりと、自分の兄の顔が浮かんだ。なんとなく最近颯太が由紀子に優しくしてくれる原因が犬山にあることは薄々感じていたが、なんというか始まる前から終わっているようだ。


(諦めろ、お兄ちゃん)


 ごちそうさまを兼ねて合掌していると、岩佐が余りある元気を振りまく。


「じゃあ、次はあそこ行こうぜ」


 指さす先は砂浜の端っこ、岩礁がたくさん見える。その上は崖になっており、山田父がいれば絶対一度はサスペンスなアクシデントが起こるような場所である。


「なにすんのよ、あんなとこ、何もないじゃない」


 かな美がやる気なさそうに頬杖をついて言う。実際、あちらのほうには海水浴客は誰もいない。泳ぐにしても岩が邪魔だし、本当になにもないのだから。


 そんなかな美に対して、岩佐は人差し指を振る。


「それは素人の考えだな、ほれ、これを見ろ」

 

 どこから引っ張り出したのか、そこには潮の満ち引きが書かれたカレンダーと海岸線の地図があった。地名を見る限りこの場所であることに変わりない。


「すっげー、おもしろそうじゃね? 行くしかないだろ!」


(ああ、これだから男の子ってやつは)


 女子の表情がみんな呆れ顔になる。

 いつになっても秘密基地とか、隠れ家とかそういうものを持ちたがるタイプだ。


 それでもって、もう一人、男の子という生き物がいる。山田少年もまた、目をきらきらさせながら、胸躍らせている。

 もしかして、二人がところどころ汚れているのは、場所の下見に行ったからではないだろうか。

 

「おまいら、ちょいはしゃぎすぎ」


 男の子でありながら冷静な目で見るのは織部である。よくわかる、織部はわかっているのだ、山田に岩佐、どちらも騒動を起こす側の生き物である。そして、織部は巻き込まれて苦労する側の生き物である。


 由紀子、その他の全員も同意見のように思えたが、一人犬山だけは髪に隠れた耳をぴこぴことさせていた。


 由紀子はむむっと、眉の間にしわを寄せてしまった。かな美も犬山の様子に気が付いたらしく複雑な表情を浮かべている。


 散々、野郎二人が騒ぐ中で、折れたのは意外な人物だった。


「行きたい人だけ行けばいいわよ、全員参加なんて無茶言わないでよね」

「じゃあ、みんな行きたいだろ、行きたいやつ手をあげろ」


 かな美の言葉をポジティブにとらえる岩佐は元気よく挙手する。山田も同じく。しかし、他は誰も手をあげない、いや、もう一本だけ控え目に伸びる手があった。


「……はい」


 みんな意外な目で見る先には、恥ずかしそうに耳を震わせる犬山がいた。






 結局、平田と斉藤をのぞいた全員が行くことになった。犬山が行けば、女子一人にしておくことはできないとかな美も続き、織部もまた責任感の強さから同行することになり、そうなれば由紀子も行かないわけにはいかない。


 岩佐も山田も満足そうな顔なのが憎らしい。本当に憎らしい。


 岩場は水着では危ないという判断で服に着替え、犬山は一足先に部屋をでている。


「かな美ちゃん、よくゆるしたね」


 何のことかといえば、先ほどの「行きたい人だけ行けばいい」という発言である。山田たちだけ行けばいいと言っているようにも聞こえるが、由紀子は違うとらえ方をした。


(犬山さんが行きたいってことわかってたんだ)


 かな美はそれを読み取ったようで、なんだか照れくさそうな顔をする。


「まったくわかんないんだけどね、まあ、蓼食う虫ってやつ?」


 かな美は面白くなさそうな顔をしながら続ける。


「それでも、応援してやるってものが友だちかなって。大人しい犬山さんがあれだけ頑張ってるの見てるとね。まあ、裏とか姑息さとかない分、いくらかましだし。アレと違って、相手の隙につけ込むような真似はしないだろうし」


 かな美はなにか不愉快なものを思い出したかのように、拳をふるふるさせる。


 由紀子はその様子にどきどきしながら、リュックから荷を取り出す。


 かな美は、怒りがおさまったところで、だるそうにため息をつく。


「それにしても鈍すぎ。由紀子ちゃんにもわかるくらいなのに」

「何気にひどくない? かな美ちゃん」


 由紀子は、少しぶすくれながらも、せっせとサブバッグに荷物を詰める。それをかな美は首を傾げながら眺める。


「由紀子ちゃん、なんか荷物多くない? それ、全部持っていく気?」

「そうかな? むしろ少なすぎるよ」

「ええっと、よくわかんないんだけど。ロープとか包帯とか入っているの見えたんだけど。あと大量のチョコレート」

「必需品だよ」


(まあ、かな美ちゃんが今のところ、変なもの見ないようなら大丈夫だと思うけど)


 それでも、準備しておくにこしたことはない。


 由紀子は膨れ上がったバッグを肩にかけると、立ち上がる。


 山田ではないが、眉をきりりとさせて気を引き締めなければならない。


 『岩礁』、『引き潮』、『山田』、この単語がそろったとき導き出される解は『フラグ』である。


 できれば、犬山の恋愛フラグだけ立ってくれればいいんだけが、そううまくいくかどうか。


 由紀子は戦場にくりださん武士のような顔で部屋を出るのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] 久しぶりに読み返して楽しい時間を過ごしています。 描写のことなんですが、天然パーマは濡れるとウェーブがかからず真っ直ぐになります。一方で、人工パーマは濡れるとパーマがきつくなリます。そこ…
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