11 カレーと食人鬼
「なんか懐かれてない?」
「なんか懐かれてる気がする」
彩香の言葉に由紀子は同調する。誰に、と言われると、食いしん坊たる不死者、山田くんだ。
今日も、彼は四次元空間から取り出したような、大きなクリームパンとバゲットを丸一本使用したサンドイッチを食べていた。
由紀子の隣で。
わざわざ、二時間目の休み時間に隣の席に移動してくる。ここのところ毎日だ。
由紀子は由紀子で、海老を五つ入れた特大てんむすを食べている。付け合せはきゃらぶきである。
最初は怯えていた彩香だったが、本人は基本害がないことに気付くと腫物をさわるような態度はやめたようだ。
「具は何?」
「とまふぉふぉ、ばじふふぉ、てぃーふ」
もごもごとバゲットを口に突っ込んだまま、山田は彩香の問に答える。彩香はわからない、と首を傾げる。
「食べたまま喋らない」
由紀子のお叱りに山田は、しゅんとなり、食べかけのバゲットを開いて見せた。トマトとバジルとチーズ、カプレーゼ風に仕上げてある。
山田母は料理上手らしい。パンも毎日手作りだという。
よくできた奥さんであるが、材料に何の肉を使うかわからないのが欠点である。
山田以上に、その父たる不死王の精神構造が気になるところだ。いくら虐げられたお父さんでも、食材扱いまでされることはないのに。
由紀子は、五合分のおにぎりを平らげると、ウェットティッシュで指先を拭く。
「ねえ、由紀ちゃん」
彩香が、スマートフォンの画面を見せる。
「これ、チャレンジしてみたら? 山田くんもさ」
画面は、市内の飲食店のサイトだった。
「重さ三キロだって、いける?」
『楽勝』
彩香の言葉に、由紀子と山田少年は声をそろえる。
土曜日を利用して、彩香の見せたサイトの店に来た。カレー専門店で、三十分以内に食べ終えたらただになるというチャレンジメニューだ。
エスニック風の店内に入ると、頭にターバンを巻いている色黒のおっさんが声をかける。
「いらっしゃい」
一瞬、インド人かと思ったが、流暢な日本語からただの色黒の濃い顔のおっさんである。
由紀子たちは席に案内されると、
「あれ、お願いします」
と、壁に張ったポスターをさす。
店の親爺は、馬鹿にした顔で、
「冗談はやめときな。子どもが食べられる量じゃないぞ」
と、鼻で笑う。
由紀子は、むっとして、財布から五千円札を出す。
「前払い二人分。私は辛口」
「僕、甘口」
「私はお水ください」
と、彩香はスマートフォンを構える。ブログで実況する気らしい。
店の親爺は、苦笑いを浮かべながら厨房へと向かった。
店員らしきおにいさんが無愛想に水を置いていく。
「顔、うつさないでよ」
写真を撮り続ける彩香に、由紀子は眉をひそめる。
「わかってるって」
そう言って、店内にある象の置物の写真を撮り始める。店の壁にはチャレンジ成功者のタイムがはってある。
「そういえば」
彩香が思い出したかのように、山田のほうを見る。
「山田くんのお母さんって何歳なの? うちのお姉ちゃんと変わらない年齢に見えるけど」
山田はぶらぶらさせた足を止める。
「千歳くらいだったと思うよ。昔はヒトだったらしいけど」
川の氾濫を鎮めるために、生贄になったらしい。そこで、大蛇の化身と間違えられた不死王と出会ったとのこと。
生贄に嫌気がさしていた不死王は、絶対食べないといい、生贄たる山田母は食べてくれないと困ると平行線だったらしい。
「しかたないので、美味しくいただくことにしたんだって」
由紀子は山田の言っている意味がわからず目を細める。
彩香は、少し恥ずかしそうにうつむいている。
「意味わかんないんだけど。話のつじつま、合わなくない?」
「……由紀ちゃん、つまり、おじさんは肉食系ってことだよ」
「父さんは、ベジタリアンだけど」
一人、顔を赤らめる彩香を由紀子と山田は怪訝に眺める。
そんな会話をしているうちに、店の親爺がどでかい皿を持ってきた。スパイスの効いた匂いが鼻腔をくすぐる。
「へい、お待ち。こっちが辛口ね」
と、由紀子と山田の前に皿を置く。
彩香がすかさず写真を撮る。
由紀子は、スプーンを持って構えると、無愛想な店員がストップウォッチを取り出す。
「準備はいいかい?」
「どーぞー」
親爺の合図とともに、由紀子と山田はスプーンを動かした。
「もう一皿いけた感じ?」
「うん。けっこう物足りない」
由紀子は、財布に一葉さんをしまいながら言った。
ぽかんとした店の親爺と店員が、チャレンジャーたちを見送っている。
「ちょっと辛かった」
甘口を頼んだのに、山田の口はかなりお子様にできているらしい。犬のように舌を出している。
「そうかあ。来週は、これなんてどう?」
と、彩香は違う店のサイトを見せる。バケツサイズのパフェが映る。
「パフェかあ、それなら明日でもいいんだけど」
本当は、今日でもよいのだが、午後は塾がある。
「だーめ。すぐ食べつくしたら、商店街に睨まれるよ。長い目で食べたほうがいいよ」
堅実な彩香の言葉に、由紀子は納得する。
「それに、明日のネタはもうあるし」
(結局、ブログアップかい)
帰ったら、ネットひらいて確認しなくては、と由紀子は思う。何かよからぬ記事になっていないか心配になる。
「まだ辛い」
山田は鞄から飲み物を取り出すが、それがどう見てもサラダ油に見えたので、由紀子は自販機に誘導した。お約束で、あつあつのお汁粉を押しそうになるのを、ミネラルウォーターまで移動する。
「なんていうか、お約束だね」
と、写真を撮る彩香を由紀子はにらむ。
「お約束すぎて困るよ」
と、言った傍から、
「父さんだ」
と、山田少年が道路に飛び出そうとしていたので襟首をつかむ。
「不死男ー」
道路の反対側に、スタイルのいい男性が見えた。買い物袋を提げているのは、山田父である。
(はじめてのおつかいより、危険なことを)
山田父がにこやかに手を振りながらこちらに向かってくる。
(なんだろうか、このお約束父子は)
由紀子はとっさに、彩香の目を覆った。
山田父が道路に出た瞬間、大型トラックが通った。クラクションの音とともに、鈍い音がして吹っ飛ばされたと思ったら、ぐちゃっという音がした。
先日の山田くんを思わせる挽肉が一つ出来上がった。
ただ、山田と違い、再生するときにきらきらと効果がかかってくれた。おかげでグロ成分は、やや緩和された。
さすが、よりファンタジーな生き物である。不死王の名も伊達ではない。
「お兄ちゃん、お風呂あいたよ」
「んー、今入るー」
由紀子は、髪をタオルで拭きながら、居間の兄に言った。
兄は、パソコンでネットをやっているようだ。あからさまに、画面を隠したのは、まあなんとなく想像がつくようなつかないような。
「パソコン、次使うから消さないで」
「ああ、わかった」
由紀子は、パソコンデスクの前に座ると、ユーザー切り替えをする。
兄がどんなものを見ていたのか、それを検索するほど意地悪な妹ではない。
彩香のサイトをのぞくと、まあ、さし当りのない内容で問題なかった。たまに、暴走した写真をのせるので気をつけなくてはいけない。
(そうだ、ついでに)
由紀子は、『人魚事件』と検索する。以前、山田兄から聞いた話だが、少し気になっていたのだ。
内容は、山田兄の言っていたのとほぼ同じで、より詳細が書かれていた。由紀子は流し読みをしながら、関連項目に目をやる。
(食人鬼事件ねえ)
なにげなくリンクを開き、記事を読む。
『食人鬼事件』
半世紀前、欧州のとある町で、一人の青年が攫われ惨殺される事件が起こる。犯人は複数犯で、「不老不死になるため」に怪しげな儀式を繰り返していた宗教組織だったという。確定できていないのは、犯人は皆逃亡または死亡していたためである。犯人の死亡原因は、仲間割れと思われる。
神への贄として惨殺された青年は、身体中を切り刻まれその半分を食されたものと考えられる。宗教儀礼として行われたものと考えられる。
その後、近隣で、墓荒らしや行方不明者が多発し、行方不明者のうち数名は、その後、骨として発見されている。その骨の多くは、捕食されたあとがあることから、これらの事件をまとめて『食人鬼事件』、または『食屍鬼事件』と呼ぶ。
現在、未だ犯人は見つかっていない。
(これまた気持ち悪い事件だ)
『食人鬼』や『食屍鬼』は、『不死者』や『狼人間』、『森妖精』と違い、これといった種族というより、何を食べるか、という定義で決まる。
ややこしい法律は由紀子にはわからないが、『不死者』や『狼人間』には、人権があり、『食人鬼』や『食屍鬼』にはないというのは知っている。
それはそうだ、どんな理由があれ、自分たちを餌にする生き物に権利を与える馬鹿はいないだろう。
そうなると、山田父はどうなるのかといえば、たぶん、昔のことなので時効だと思う。
山田兄は、由紀子に『人魚事件』をたとえに、不死者であることの危険性を教えてくれたが、より危険性を示すならこちらの事件のほうが適していただろう。
つまり、山田兄なりに由紀子には刺激が強すぎると判断したらしい。
(結局、調べたけどね)
由紀子は、湿ったタオルを風呂場の前の洗濯籠に投げると、あくびをしながら自室に向かった。