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不死王の息子  作者: 日向夏
高校生編
109/141

95 エビフライとタルタルソースは最強の組み合わせ

(ああ、健康って素晴らしい)


 由紀子は爽快感を胸に、息を吸う。あまりに爽快すぎて、いつもより三十分早く起きてしまったくらいだ。カーテンを開けるともう日はのぼっている。


(お腹が痛くないってすばらしい)


 先日、五年ぶりにあるものがきてしまった。不死化してもなくなることはない、と聞いていたが今頃になってきてしまい、しかも倦怠感は今までの数倍といっていい。だるくきつく思わず学校を休んでしまったくらいに。

 

 痛覚が鈍くなっているとはいえ、内側からくるそれは別物のようで真綿でしめられるようなじわじわとした感覚は不快極まりなかった。

 しかたなく、山田姉にメールで相談し、それにあった薬を用意してもらった。普通の鎮痛剤では、不死者には効きにくいのだ。


 翌日から学校に行ったのだが、やはり倦怠感はおさまらず授業中寝そうになった。


 しかし、不快感も昨日で終わり、由紀子は揚々と学校の準備をする。個体差もあるが、大体一年に一度くらいしかこないものらしい、あと一年は楽に暮らせるのだ。


 制服に着替え、朝ご飯を食べようとリビングに向かおうとすると線香の匂いがした。仏間をのぞくと祖父が手を仏壇の前で手を合わせていた。

 いつもなら農作業をやっている時間である。


「由紀子。おまえもたまには拝みなさい」

「うん」


 由紀子は祖父の隣に座ると、蝋燭で線香に火をつけて灰に突き立てる。鐘を二回鳴らすと手を合わせて目を瞑った。


 目を開けると、祖父はぼんやりと仏壇を眺めている。

 仏壇にはよくわからない戒名が書かれた位牌が四つある。一つは由紀子の父のもので、あとは祖父の両親や兄弟のものという。本当ならもっとたくさんある位牌だが、祖父の兄弟はたくさんいたので仏壇に入りきれず代表の一つだけを置いている。


 祖父は元々、日高家の末息子で祖父の兄や姉が戦争や病気で早逝したため、家を継ぐことになったそうだ。いや、祖父の兄たちが早逝したことで、祖父の母が無理をして生んだのが祖父だという。なので、祖父の母は出産後の肥立ちが悪く祖父の幼いころに亡くなり、姉も同じころに亡くなったというので祖父は父とその後妻に育てられたという。


 曽祖父は高齢で後妻との間に子はなく、その負い目だろうか、継母は祖父をかわいがってくれたという。


「高等学校に入る年だったかな」


 曽祖父が倒れ、進学を諦めて実家の農業を継いだという。盆に近づくといつも聞かされる話をする。正直、聞き飽きた話だし学校もあるので話を切ろうとすると、なんだかいつもと違う流れに進んでいるようだ。


「随分前にも山田さんはお隣に住んでいたんだよ」

「……そうなんだ」


 祖父は数珠で手遊びをしながら話を続ける。


 今ほど、人外が世間に認められている時代ではなく、お屋敷にひっそりと住んでいたという。たまに見かける住人は皆、美しいけれど近寄りがたかったという。


(誰ですか? それ)


 そう言いたくなるのは祖父も同じだろう。今の山田家と日高家の付き合いは、近年の冷めたご近所関係とは違うものである。あれだけフレンドリーなご家庭もある意味珍しい。


「じいちゃんなあ、一度だけ山田家の人と話したことがあったんだよ。義母さんと一緒にいるときに、何を考えたのか義母さんが話しかけたんだ」


 山田父によく似ているけど違う、なんだか穏やかな大樹のようなにいさんがいたという。だから継母も声をかけることができたのだろうと。


 由紀子はそれが誰かわかっていたが、何も答えなかった。答えるべきではないし、答えてもそれが誰か信じないだろう。


「眉唾な噂話を信じて、『息子を不死身にしてくれ』と無茶なことを言ったんだよ。跡取りは自分一人で、身体もあんまり強くなかったからね。家を継ぐには必要だと思ったんだろうね」


 由紀子は、もしお茶を口に含んでいたら噴いていたところだろう。


「……まさか、おじいちゃん」


(食べた?)


 と、聞こうとして由紀子は否定した。祖父が不死者ならこんな爺さんなわけがないのだ。年齢より若々しいが、とうに還暦を過ぎたおじいちゃんにしか見えない。


「いやいや、こう言われたよ。『他のヒトと違う時間を過ごす覚悟ができたらおいで』って。まあ、その後、一度も見かけなくなったんだが」


(ヒトと違う時間を過ごす覚悟)


 祖父がいきなりこんな話をするものだから、由紀子はどきどきした。


「おじいちゃん、そろそろご飯食べなきゃ」


 由紀子は正座から立ち上がると、時計を見る。時刻は早起きした三十分をすでに消化していた。


 由紀子が仏間を出ようとすると、祖父は一言だけ付け加えた。


「今なら義母さんの気持ちもわからんでもないがね、子や孫を持つってこういうことを言うんかね」


 またぼんやりと仏壇を眺め、祖父は手を合わせた。






「夏休みといえば海だよな」


 そんな受験生には関係ないことを言ってのけるのは、クラスメイトの岩佐である。同じセリフをすでにもう三回くらい言っているだろうか。お弁当を食べる女子の元に言っては振られて、由紀子たちのところまで流れ着いたらしい。


 夏休みはとうに始まっているが、進学校には課外授業という面倒なものがある。今日は選択授業が午後にあるため、お弁当持参である。


 それにしてもそんなおめでたい考えをかな美の前で言うのは、ある意味尊敬してしまう。


「はーい、脳みそがお花畑のかたはお帰りくださーい」


 かな美の肘が岩佐の頬をぐりぐりしている。岩佐は机と肘に頭を挟まれて首が痛そうだ。

 

 由紀子はもぐもぐとかりかり梅のおにぎりを食べながら、


(こりないなあ)


 と、眺めている。


「はい、由紀ちゃん、豆乳。新発売のメロン味。ありそうでなかったメロン味です」


 山田がくれるので由紀子はお言葉に甘えて豆乳を貰う。バナナより好みだが、イチゴのほうが好きかな、という味だった。

 岩佐が来ると、かな美がそちらに神経をとがらすので、その隙に由紀子たちと混じって山田がお弁当をとることが多い。今日もその流れである。


「あと、デザートにザクロいかが?」


 山田はここ最近、豆乳とザクロ、ほかに豆腐といった大豆製品にはまっているのか、毎回お弁当に持ってきては、由紀子にすすめるのだ。

 理由を聞いてみると、


「成長期はいつ終わるか個体差があるから。まだ大きくなると思っているうちに努力するのが最善だと思うんだ」


 山田の言葉に感銘を受けたのが、織部も、


「そうだ。伸びるうちに伸ばすもんだと俺も思うぞ」


 と、言うので言われるがまま植物性たんぱくをとる由紀子である。しかし。


「大豆はタンパク質だからわかるけど、ザクロは何? 栄養価高そうに見えないけど」


 と、聞いたら。


「美肌効果あり」


 と、きらんと目を輝かせるので、そういうことらしい。


「別に山田くんは、美肌に気をつけることないよ」


 かな美曰く「風穴をあけたくなる」お肌の持ち主なのだ。おでこにニキビのできた織部君は少しうらやましそうに見ていたりする。


「うーみ。うみいこーーー」


 しつこい男はまだいたらしく、ほっぺに赤いぐりぐりされた痕をつけたまま、主張を通そうとする。


「だまらっしゃい。私たちの夏休みは模試と課外授業で忙しいの! あんたは一人で海に行って、高嶺の花を狙い過ぎて撃沈すればいいわ。来年泣きを見なさい」


 かな美の主張は、先生なら泣いて喜ぶような優等生の言葉である。


(でも、模試と課外だけじゃあさみしいよね)


 少しはショッピングとかしたいし、新しい服を買ったらそれを着てどこかへ行きたいとも思う。どうせ、暇ができたら母に農作業でこき使われるからだ。


 由紀子のそんな微妙な顔を見ていたのだろうか、岩佐は悪魔のささやきを言うのだ。


「犬山も呼んで海行こうぜ!」


 その瞬間、誰の目が輝いたのかは言うまでもない。


 かな美の顔が青ざめ、織部がなぜか十字を切り、山田はにこにこしながら二本目の豆乳を由紀子に渡す。


「よし、決定! 日高たち行くんなら他の奴らも行くかもしれないから、他にも誘ってくる。じゃあ、日付は後日メールで連絡するからな」


 岩佐は、しゃっと立ち上がるとそのまま教室の外へ出て行った。おそらく、文系クラスの犬山の元へと向かったのだろう。


「由紀子ちゃん」


 かな美がじっとりした目で見ている。


「……いや、気分転換も必要だと思うし」


 由紀子は一応理由らしきものを言うが、かな美はため息をつく。


「よだれ、拭いたほうがいいわよ」

「へっ?」


 由紀子は手の甲で口を拭った。






「おまえ、泳げないのによく行く気になれるな」


 夕飯時に母と夏休みのスケジュールを話していると、勝手に兄の颯太が会話に混じってきた。普段、クールぶっているくせになんだか話題に入りたい、そんな感じの兄である。


「いいでしょ、別に。泳ぎ以外にも遊ぶ方法はいくらでもあるんだから」

「そうよ、砂利っぽい焼きそばとか、焦げすぎたいか焼きとか海ならではのグルメもあるのよ」


 母が大変うれしくない擁護をしてくれる。まあ、それでも食べるんだろうが。


「泳げなくても、見ているだけで楽しいこともあるよ。イベントもあるしさ」

「それってそれだけヒトゴミだらけってことだろ。あちーし、狭いし、いいことねえよ」

「……お兄ちゃん、この間、海行ってたじゃない」

「……ああ、いうな。そのことは言うな」


 大学デビューを夢見た兄は、もう半ばあきらめている。最近、増えたゲームのプレイ時間がその証拠だ。


「あいつらはひとのこと足としか考えてねーんだよ」


 つぶやくように言う。免許をとったので、母からお古のワゴン車を貰った兄だが、今のところタクシー役らしい。


(まあヒトゴミとかあんまり好きじゃないけど)


 例え面倒事があろうとも、もふもふのしっぽとお耳のためなら由紀子は頑張れるのだ。そうだ、織部など、普段隠れたあんよがむき出しになる素敵な季節ではないか。


「……由紀、よだれ垂れてるぞ」


 由紀子はいかんいかんと、口の端をぬぐい、箸でエビフライをつまむ。たっぷりタルタルソースをかけてもぐもぐと食べる。


「由紀、おまえ、友だちと行くって言ってたな。誰と行くんだ?」


(げっ!)


 兄が妙なところをつついてくる。

 由紀子が目をそらそうとすると、兄はむすっとした顔でにらんでくる。


 山田少年の名前を言ったら面倒くさそうだ。


「ええっと、かな美ちゃんとか、犬山さんとか……」


 とりあえず女の子の名前をだすと、兄の目の色が変わった。


「……犬山さんってあの人狼のことか?」


 由紀子は兄がずいっと近づいてきてびっくりした。


「そ、そうだけど。悪い?」

「い、いや」


 兄はなんだか考えたように俯くと、そっと自分の皿にあるエビフライを由紀子の皿に移す。


「……ええっと、何?」

「由紀、足がなければ車だすからな」

「えっ、初心者マークはちょっと」


 正直な由紀子の言葉に兄は首をもたげると、付け合せのキャベツでご飯を食べ始めた。

 由紀子はせっかく貰ったエビフライを美味しく食べることにした。


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