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不死王の息子  作者: 日向夏
高校生編
106/141

92 兄妹、どこかしら似る

「ここからは、通信機器は使えませんので。また、撮影などもご遠慮ください」


 まるで美術館や博物館に入るときの注意事項のようだ、と茨木は思った。はいはい、わかりました、とバッグの中のものをひっくり返してやる。


「なんなら、預けとくけど」


 茨木は笑いながら携帯電話を振る。

 スーツを着た男は、


「そこまでしなくて結構です」


 などと言いつつ、茨木のこれから通るゲートは金属探知機が付いている。ボディチェックもされるのだろう。


 空港のような設備がある場所だが、ここは空港ではない。周りは白い壁で、鼻につく空気が漂っている。薬品の匂いといえばそこは病院のようであるが、それも違う。


 ゲートの向こう側の廊下は、歩くとかつかつヒールの音が響く。窓もない密閉された空間は、とある研究室の地下にある。世界で五本の指に入る製薬会社の研究所であり、同時にトップシークレットの場所である。だが、ここ数年、ライバル会社に出し抜かれ続けており、研究者たちは上からつつかれているようだ。だからこそ、茨木はこうして引き抜かれた。


「あなたに協力していただけるとは思いませんでした。てっきり、あちらに所属しているものかと思っていたのですが」


 男は沈黙が続かぬように茨木に話題を振る。まめな男だが、スーツ姿に生真面目な眼鏡という容姿が気に食わない。生意気な若造を思い出してしまう。


 だが、それを表に出す真似はせず当たり障りのない言葉を返す。


「情勢は常に変わるものだから。向こうの出方が気に食わなければ、私にも選ぶ権利というものがあるわ」

「ええ、こちらとしては大変助かっています」


 新薬開発に、人外が協力することは珍しくない。ヒトよりも長くヒトよりも丈夫な生き物は研究対象として申し分ないのだから。

 その点、茨木は研究対象として研究者には垂涎のものだったろう。鬼という種族でなおかつ、多少なりとも不死者としての能力がある。


 人外の中でもっとも強いとすれば、おそらく不死王の血脈だろう。だが、それを凌ぐものがいるとすれば、鬼といった元より強力な種族が不死者の能力を手に入れた場合である。


 不死者の多くは、不死王の子孫もしくは不死王より血肉を与えられたヒトである。ヒトである理由は、他の種族に比べ圧倒的に数が多いことがあげられる。たまに、人外から不死者になるものもいるが、その多くは力を持たない種族しかいない。


 理由は簡単だ。元々力のあるものが、不死者の力を得れば驕るからだ。驕ることにより不埒な考えに至り、そして呪われる。不死者になることは、不死王の隷属になることだと忘れてはならない。


 茨木の場合、不死王から血肉をもらっていない。だが、それに準ずるものから血肉をいただいた。不死王のそれより力は劣るが、それゆえ隷属させる能力もない。いや、隷属させる意思が、その血肉の主にはないのだろう。

 ゆえに、千年という長い時間を生きてこれたのだった。


「それにしても、交換条件は本当にアレでよろしいのですか? もう使い物にならないモノですけど」


 スーツ男は、奥から数えて二番目の扉の前で止まる。カードキーを通し、暗証番号を押し、指紋照合をすると、ようやく重々しい扉が開いた。


「あらあら、ずいぶん手厚い保護を受けているようね」


 茨木はくすくすと笑う。そこには探していたなによりも醜い生き物がいた。


「三十年ほど前に、買い取りました。食費の割にたいして面白い見世物にならないそうで。とりあえず、『グラトニー』と我々は呼んでいます」


 ぶくぶくと肥え太ったその食人鬼は、ガラス張りの部屋の中で、食料を貪り食らっていた。満腹中枢が麻痺し、自分の許容量をこえてなお食らい続ける化け物は、まさに七つの大罪の一つにふさわしい。

 異常な燃費の悪さが特徴であるできそこないの不死者があそこまで太るには、それこそ食べることしかしてこなかったのだろう。


「いくつかの薬については、これの研究が役に立ちましたが、もう使い道はありませんよ。もっと素晴らしいサンプルはいくらでもありますので」


 その素晴らしいサンプルの一つに茨木は含まれているのだろう。

 失礼な男だと、茨木は思ったがどうでもいい。


「別にいいの。他に使い道はあるものね」


 分厚い強化ガラスに手のひらをのせる。

 醜い醜い化け物すら、今は愛おしく接吻できそうな気分だ。


「これで、戻るわ」


 茨木はくすくすと笑い、誰よりも愛おしい彼に思いをはせた。



〇●〇



 時がたつのも早い、早すぎるわけである。

 先日、小学生だと思ったら、中学生になった。んでもって、その三年間もさらさらつるつると流れていった気がする。修学旅行なんて昨日のことのようにさえ感じる。


 もう卒業式も入学式もなんだか思い出せない。エスカレーター式の学校に行けば、同級生は見慣れた顔ばかりで、聞きなれた卒業ソングを歌いながら泣くのはごく少数のものたちだけだった。

 あと覚えているのは、山田家の周りの椅子に誰も座っていないことだろうか。由紀子の家は「農繁期だし」の一言で来なかった。


 まあ、そんな感じの卒業式、入学式であり、その後も時間はさらさらと流れて今現在といえば。


「そろそろ休憩にしようぜ」


 その言葉は、この二時間のうち何回聞いただろうか。

 由紀子は半眼で声の主を見る。


 ちょっぴり長い髪をワックスでかため、いかにもお調子者の顔は参考書を見ることに飽きたと言っていた。中等部三年から高等部一年、二年と同じクラスになった岩佐いわさである。

 由紀子たちは高校二年生になり、大学受験という言葉が耳にタコができるほど聞く期間になってしまった。


「ちょっと、あんた勉強する気ないなら、帰れば。残ったメンバーでやるから」


 そんな風に冷たいことを言うのは、かな美である。右手でペンを器用に回しながら、由紀子と同じく岩佐を呆れた目で見ている。


「うん、岩佐くん、さっさと帰りなよ。そのほうが、むさくるしさが下がって部屋が涼しくなるよ」


 何気にひどいことを言っているのは山田少年である。


 場所は、日高家の大広間だ。もうすぐ模試があるということで、皆で勉強することになったが、夏場の図書館は勉強する以外にも涼みにくるものが多く使えないため、家が広い由紀子のうちでやることになった。

 山田の家でやるという手もあったが、どうにもお客さんにわくわくした山田父母がなにかしでかすことが目に見えていたため却下となった。


 メンバーは由紀子、山田少年、かな美、織部といういつものメンバーに加えて、クラスメイトの岩佐と、他のクラスだが由紀子たちと面識がある人狼の犬山がいる。

 どうして、そんなメンバーになったかといえば。


「夏休みに女子の家に行くなんてずるい」


 などと、勉強会の計画を盗み聞きしていた岩佐が乱入してきたためだ。この男、山田ほどではないにしてもトラブルメーカーというかなんというか、とりあえずうるさい奴なのだ。

 どうせ勉強ははかどらないだろうと思い断る理由を考えていたら、


「男女比が合わねえなら、犬山でも連れてくるから。あんなんでもメスだからな。おまえら、面識あんだろ」


 と、言う言葉で由紀子は思わず首を縦に振っていた。

 三年のクラス替えでわかれて以来、彼女のときおり飛び出る耳や尻尾がなかなか見られなくなった。もふもふという言葉に弱い由紀子がそれを断ることができようか、いやできない。


 というわけで、このメンバーで勉強会が開かれたわけだが。


「おい、岩佐。おまえ、黙ってろよ。せっかくクーラー入れてもお前見てると体感温度上がんだよ」

 

 織部は化学の参考書を眺めながら言った。


「……岩佐くん。よそのおうちだよ、静かにしないと迷惑になるよ」


 控えめな可愛らしい声は、犬山だ。種族といい名前といい、わんこっぽい活発な印象があるが、当人は内気な大人しい女の子である。よく大きな音にびっくりして尻尾や耳が飛び出るたびに、恥ずかしそうにスカートと頭をおさえるのだ。


(チャームポイントだから、隠す必要ないのに)


 由紀子は同じクラスのとき、何度ももふもふできないか犬山に近づこうとしたが、結局あまり仲良くなれないままクラス替えになってしまった。

 蹄と肉球、学校の二大もふもふが我が家にいるとなると、やはり鼻息が荒くなってしまうものだ。


 うるさい岩佐だけど、何気に犬山と知り合いだったという点だけは評価したい。


(お兄ちゃん、帰ってこないといいな)


 人外があまり好きでない兄は、現在大学一年生である。高校時代は、ずっと引きこもりゲーマーをやっていたが、大学生活はさすがに明るいものにしたいらしくまたテニスを始めた。

 今日はサークルのメンバーと海水浴に行っている。


「だって、息抜きは必要だぜ。ガス抜きは大切だ、ということで今からカラオケに行こう」

「いかねーよ」


 織部がばっさり切る。化学は飽きたらしく古典の教科書を開き、文系の犬山に活用形について質問していた。

 ダブル毛皮の光景は見ているだけで和む。できれば、犬山には耳か尻尾を飛び出してもらいたいが、ここで驚かせたりしたら怒るだろうか。


「ねえ、由紀ちゃん。お勉強にはブドウ糖が必要だよ」


 と、山田少年は教科書数冊しか入らないような鞄から、なぜかアップルパイをホールで取り出した。山田の不思議鞄はいつみても不思議である。

 山田母の料理は、材料さえ気をつけていればとても美味しいので、由紀子はアップルパイを持って台所に向かう。


「はい、もう一個」


 皆に切り分ける分もくれる山田。なかなか気が利く。


「僕も切るの手伝うよ」


 と、由紀子について行こうとするが、かな美に足を引っかけられて転んだ。


「あんたに手伝わせるくらいなら、私が行くわよ」


 と、かな美は腰をあげる。


 山田は眉間にしわを寄せてかな美を見る。


 かな美と由紀子がいなくなると、女の子は部屋に犬山一人になってしまう。内気な犬山はなにか訴えるような目で由紀子たちを見る。


「ほら、犬山さんも行くわよ」


 空気を読んだかな美が犬山を呼ぶ。犬山は嬉しかったのか、犬耳がぴょこんと飛び出て、ローライズからふさふさした尻尾がはみ出た。


(ああ、もふりたい)


 由紀子はうずうずした気持ちを必死に抑える。以前、つい欲望に負けて尻尾を断りもせずに触ったら、泣きそうな顔で犬山に見られて避けられたのだ。


 わかっている、欲望のままに彼女の尻尾に手をだせば、それこそ満員電車の痴漢と同じだ。わかっているが、うずうずと手が動いてしまう。どうしよう、これではだめだめな誰かさんと一緒になるではないか。


 犬山は尻尾と耳に気が付くと、頭と腰をおさえて元に戻す。由紀子はほっとしたような、残念なような気分になる。


「おい、野郎ども。真面目に勉強してなさい。すぐ準備してくるから」


 かな美はびしっと指をさす。主に睨まれているのは岩佐だ。岩佐がいると、かな美の怒りが分散されるらしく、山田はあまりつつかれないようだ。


 由紀子たちはアップルパイを持つと、台所へと向かった。






「紅茶あるけど、お湯沸かしたほうがいい?」


 由紀子は戸棚から紅茶の缶を出す。


「うん、私のみたい」

「……私も」

「了解」


 由紀子はケトルに水を入れてガスをつける。


「アッサムだけどミルクいる?」

「私はいらないけど、お砂糖ちょうだい」


 かな美は綺麗に二つのパイを八等分にして、小皿四つと大皿二つにのせていく。誰が大皿であるかは言うまでもない。


「私はミルク欲しい」


 控えめに犬山さんが言う。


「うん、わかった」


 由紀子は冷蔵庫を開けて牛乳パックを取り出す。


(そうだ)


 なにかを思い出して、冷凍庫の引き出しを開ける。


「かな美ちゃん、ごめん。せっかく分けてもらったけど、一度温めなおしてくれない?」

「温めるの? 熱くない?」


 かな美が首を傾げる。

 由紀子は冷凍庫から取り出した業務用アイスクリームを見せる。


「冷たいものとあったかいものの組み合わせって最強だと思う」


 その言葉に納得したらしく、かな美は元の皿に切り分けたパイを戻していく。


 由紀子は皿を受け取り、レンジに入れると、玄関から誰かが帰ってくる音がした。


(お母さんかな?)


 暖簾をよけて廊下を見る。

 すると、不機嫌な顔をした兄がどすどすと足音をたてながら由紀子のほうにやってきた。テニスをまたはじめたせいか無駄に日焼けをしている。


「由紀、誰か来てるのか?」


 兄の颯太は玄関の靴を指す。


「もうすぐ模試だから勉強してるの」


 由紀子はちょっとだけ目をそらしながら言った。兄はけっこう気難しがり屋で、なおかつ人外に寛容な性格ではない。家にいる友だちのうち、三人は確実に人外なので知られると絶対嫌な顔をする。


「お兄ちゃんこそ、サークルの友だちと遊んでたんじゃなかったの? まだ、時間早いでしょ」


 午後二時を少し過ぎた時間だ。切り上げるのには早すぎるのではないのか。


「ああ、もう何も言うな。それより、男物の靴があるようだけど、まさかあの野郎とか来てるのか?」

「別にいいじゃない、そんなこと。それよか、今、座敷使ってるから入らないでよ」

「兄貴に向かってそんな口聞くのか?」


 颯太はむすっとした顔で台所に入っていく。


「こんにちは、お邪魔してます」

「……お邪魔してます」


 かな美たちは当たり障りのない挨拶をする。

 兄もまったく常識がないわけじゃあないので、会釈して返す。冷蔵庫から炭酸ジュースを取り出すと、そのまま部屋に向かおうとしたとき。


 がしゃん、という音が聞こえた。


 何事か、と思ったら、なぜか廊下で挙動不審な動きをする山田、織部、岩佐がいた。音の正体は、由紀子が着られなくなっても捨てられない服を入れていた部屋のドアを開けたためだ。四畳半のスペースだが、他にもいっぱい物を入れているため、手前の衣装ハンガーが倒れたのだ。


「なにやってんの、あんたたち」


 かな美だけでなく、由紀子や犬山も怪訝な目で見る。


「いやあ、トイレどこかなって?」

「へえ、三人一緒に行くのね。仲良しねえ」


 かな美が嫌味たっぷりに言うと、山田はのほほんと笑い、岩佐はごまかすように笑い、織部だけはため息をついた。


「お前も来てんのかよ」

「おにいさん、お久しぶりです」

「お前のおにいさんじゃねえ」


 颯太はさらに不機嫌な顔で山田を見る。そして、目線を織部に向けると、さらに目を細める。


(うわあ、夕飯のとき、またぐちぐち言われるよ)


 由紀子は頭を抱えていると、颯太の視線はかな美や犬山のほうにまで向けられた。よく見ると、犬山はさっきの音にびっくりして耳と尻尾をだしたままにしている。

 兄の怒りがさらに高まるなあ、と由紀子は颯太の顔を見た。


 しかし、兄はぽかんと口を開け、目を見開き固まっていた。


(あれ?)

 

 じっとかな美たち、いや正確には犬山を見ている。


(どうしたの?)


 由紀子が兄の腕を小突くと、兄はびくっと身体を震わせた。


「お兄ちゃん、なんでもないから、早く部屋に行ってよ」

「あっ、ああ」


 なんだか素直に返事をする。ちらちらとうかがうようにこちらを見る。


「由紀子、お茶は準備できてるのか? 俺が何か買ってこようか?」

「いいよ、どうしたのいきなり?」


 由紀子は颯太の背中を押し、自室へと押し入れる。


 かな美は、男子三人を廊下に正座させ、何やらお説教をはじめていた。


「犬山さん、とりあえずお茶の準備終わらせようか」

「う、うん」


 由紀子はいつのまに犬山の尻尾がおさまっていることを残念に思いながら、あつあつのアップルパイの横にアイスを添えるのだった。






 後日、兄の部屋からまたゲームの音が響くようになった。大学に入ってから、絶っていたものだったのに。


 襖の隙間から見えたゲームは、ケモノ耳をつけた女の子がパッケージを飾っていた。


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