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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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小話 山田父の失踪



「すみませんが、父の捜索を手伝ってくれませんか?」


 朝っぱらから日高家にやってきた山田兄はなんだか不穏すぎることを述べた。

 

 由紀子が寝ぼけ眼から覚めるには十分な衝撃であった。


「一体、なにが起きたんですか?」

「そ、それは……」


 山田父は時折ふらりと外に勝手に出ていなくなってしまうという。本人に悪気はなく、自分は十分大人だと思っているのでお出かけしても問題ないと思っているのだが周りの評価は違う。

 年齢だけは、ミレニアム二回分以上だが、その知能はケルベロスのポチ未満だというのが事実である。


「そりゃあ大変だ。町内放送しないとね」


 顔役をやっている祖父が早速準備する。


「はい、たぶん服装は黒いスラックスに無地のシャツだと思います。食事は食べていないし、今日のお小遣いも渡していないので、お腹がすいている可能性は高いです」


(なんという迷子)


「普段なら携帯電話を持っているか発信器をつけているんですけど、今回はどちらもついていなくて」


 山田父は発信器デフォだという。


 迷惑な話である。

 由紀子はパジャマから着替えると、冷蔵庫からお歳暮のハムをビニール袋に入れて外に出る。


「すみません、家には母と恭太郎がいますので、何か情報が入ったらそちらのほうにお願いします」

「はい」


 スニーカーを履いて外に出ると、山田が白い息を吐きながら、とことことやってきていた。その手にはポチの息子のハチの手綱を持っている。


(なんだか寒いと思ったら)


 外は一面雪化粧で、ハチは嬉しそうにはしゃいでいる。


「由紀ちゃーん」


 山田が大きく手を振っている。

 息を真っ白にして近づいてくるが、どうにもその恰好が寒そうに見える。ジーンズにスニーカー、上に厚手のトレーナーを着ている。確かにご近所にわんこの散歩をするのにはぴったりの格好だが。


「父さん、一緒に探そうよ」

「そのつもりだけど。山田くん、寒くない?」

「ちょっとだけ」


 そう言いながら鼻水が垂れてきたので由紀子は仕方ないと家からコートを持ってくる。


「ないよりましだから。汚さないでよ」


 ついでにマフラーを二重に巻いてやると、山田少年はうれしそうに目を細める。


 由紀子は、自分もマフラーを巻き、手袋をつける。


(なんかカロリー消耗しそう)


 うちから持ってきたハムをじっと見て、いかんいかん、と首を振ると、代わりにスナック菓子とパンを持ってくる。

 山田ももの欲しそうにしていたので一袋あげる。


「ちゃんとごみは持ち帰ってね」

「うん」


 もしゃもしゃとスナック菓子を食べながらついていく。ハチも尻尾を振りながら食べたそうにしているが、塩分が多いと身体に悪そうだと思い、かわりにパンをあげる。


「おじさん、どこに行っちゃったんだろうね」

「それがね、不思議なんだ」

「なにが?」


 山田が言うには、雪には山田父が出たあとがなかったという。雪が降り始めたのは深夜からだったので、かなり前にでたことになるのだが。


「いつもならお腹がすいたらどんな肉片になっても帰ってくるんだけどな」

「へえ、それはどんな姿かみたくないね」


 つまり並大抵の事故では帰ってくるらしい。まったくご近所迷惑な話である。


「とりあえず、山田くんちから足跡追ってみる?」

「うん、どうやって?」

「……ええっと、なんのためにハチ連れてきたの?」

「散歩も兼ねて」


 由紀子はてっきりハチが警察犬のように山田父のにおいをたどるのかと思っていたのだが。山田にはそういう意図はなかったらしい。


 由紀子はため息をつきながら、


「じゃあ、おじさんの匂いのついたもの、なんでもいいから持ってきて」

「……僕のじゃだめ?」


 山田がなぜか対抗した顔で言った。

 由紀子は半眼で見かえす。


「山田くんのじゃ意味ないの!」

「僕はどちらかといえば、由紀ちゃんの匂いがついたもののほうがいいんだけど」


 とりあえず、由紀子はその場で雪をかき集め一メートルほどの雪玉を作ると山田にぶつけてあげた。山田はむしろ楽しそうに雪玉を受け止めていたのが悔しかった。


 そういうわけで山田父のシャツを手に入れた由紀子はそれをハチにかがせる。ポチとは顔かたち首の数と似ていないハチであるが、頭の良さは母親ゆずりのようで、くんくんと地面を嗅ぎ始める。


「いい子だね、ハチ」


 二つの頭を平等に撫でていると、


「僕だってできるよ!」


 と、ハチに対抗して地面を嗅ぎ始める。


「見つけるから、僕もちゃんと撫でてよね!」


(できるのかよ!)


 由紀子は頭の中で悪態をつきながら、ひとりと一匹の捜索を見守る。


 すると、山田もハチも玄関先で動きが止まったと思ったら、そのまま中へと入って行った。


「えっ? どうしたの?」


 中庭に向かい、くんくんと一か所の匂いを嗅ぐ。そこには立派な雪だるまがひとつあった。鼻にニンジン、頭にバケツを被ったよくできた雪だるまである。


「ここから匂いがする」

「わふ」


 山田とハチの意見が一致した。


「……」


 由紀子は目を細め、その雪だるまの大きさを見る。由紀子より頭二つ分大きいだろうか。


 由紀子は、雪だるまの鼻をとり、手のひらで頭部分を削っていると、


「あら、由紀子ちゃん。おばさんの傑作こわさないで~」


 朗らかで明るい声が聞こえてきた。


 振り向くと、まだナイトガウンを着たままの小柄な山田母がいた。眠たそうにあくびをしている。


「母さん、眠たそうだね」

「ええ、母さん眠たいの。昨日は遅かったのに、いきなりアヒムちゃんたちに起こされちゃうんだもの。朝からなにか言ってたけど、何言っていたのかしら?」


 由紀子は、何かが頭のなかでつながった気がした。


「ええっと、山田くんのお母さん、すみませんけど、昨晩は何をやってたんですか?」

「あら。うふふ、なにを言うのかしら。もう、由紀子ちゃんはおませさんねえ。まあ、いろいろあったんだけど、途中から雪が降って積もっていることに気が付いたのよね。久しぶりだから、パパともはしゃいじゃって……」


 由紀子は最後まで聞かずに何が起きたのか察し、携帯電話に手をかけた。山田兄に「見つかりました」と言うと、「おそらく冬眠中です」と付け加えて、


(そういえば、ベジタリアンだったな)


 と、ビニール袋の中のハムをとりだしてかじった。




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