表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
103/141

番外編 織部くんの修学旅行

いつもどおりくだらない話です。

とばしても本編には関係ありません。

 いきなりだが、修学旅行である。中学三年生の秋、時期としては受験と重なって遅いという意見があるが、織部の通う学校はそうなのである。

 場所は中学生らしく古都めぐりであり、初日の今日は移動でほとんど終わった。


 宿泊場所は、学生が泊まるにしてはかなり洒落た旅館である。織部は、バスから荷物をおろしながら、「ほへー」と言う声を出した。ちょっぴり尻尾が動いたのはご愛嬌である。

 そして、隣にいる友人を見る。


「おい、山田。下手なことして騒ぎを起こすなよ。花瓶とか割ったら高そうだからな」


 ここ最近めっきり大人しくなったとはいえ、生来のトラブルメーカーに釘をさす。

 山田は女子の分まで荷物を持っている。妙なところで似非フェミニストだ。


「失礼だな。織部くんこそ荒ぶる尻尾を隠したらどうだい? 誰かに見られていることにも気づこうよ」


 不機嫌そうに山田が言う理由は、どうやら織部の臀部をじっくり凝視しているものに問題があるらしい。悪寒を感じながら振り向くと、ちょっぴりよだれをたらしながらふやけた顔をする日高と目が合った。見た目は大人っぽい女子だが、どうやらケモナーなる属性があるらしい。よくしっぽやひづめを触りたがるが、織部としては男の尊厳を守るため断固拒否している。


「あっ、山田くん。荷物自分で持つから」


 日高は慌ててごまかすが、時折、織部はこの少女に身の危険を感じなくもない。


「別にいいわよ。全部、山田にもたせて女子は先に行きましょ」


 そう言って、山田にどんどん旅行鞄をのせていくのは緒方である。気の強いこの女子は何かと男子、特に山田を目の敵にしている。思春期女子にはないこともない傾向だが、どうにも度が過ぎているようにしか思えない。


 山田は山積みになった荷物をピエロのようにお手玉しながら持っていくが、どうにも危なっかしく、結局、日高がはらはらしながら見ていたため織部が三分の一を持つことになった。

 どうにも損な役回りである。


「おい。山田、これおまえのだろ、やたら重いんだけど。自分のは自分で持て」


 織部がまるで岩のように重い鞄を指して言う。山田は未知の収納術を持っており、明らかに質量保存の法則に反した重量である。


「そんなに詰め込んだ覚えがないんだけどな。あっ、ちょっと待って。また、家から電話がかかってきた」


 山田は携帯をとり、なにやら話している。電話はすぐ終わり、山田が戻ってくる。


「なんだったんだ?」

「大したことないよ。ちょっと父さんが、朝から行方不明なだけだから」

「……それが大したことない話題なのか?」


 織部が呆れながら言うと、話を聞いていた日高が近づいてきた。


「山田くん、ちょっと鞄の中見せてくれる」


 なにやら神妙な面持ちで日高が言った。こういうときの日高は大概、嫌な予感がしているときである。


「えっ。そんな由紀ちゃん大胆な……」


 山田が頬を赤らめながら言うと、日高はそれを無視してやたら重い鞄のファスナーを開く。


『……』


 なんというのだろうか、目が合った。鞄の中身と。想像を絶するものがバッグの中に詰まっていた。


「やあ、由紀子ちゃんこんにちは」

「こんにちは、山田くんのお父さん」


 山田似の美青年がなぜか鞄に詰まっていた。どこのコメディアンだろうか。というか、いくら体を折りたたんでも大人一人はいるスペースがあるとは思えないのだが。


「狭くないですか、そこ?」

「慣れるとけっこう快適だよ。ただ、おじさんすごくお腹がすいて死んじゃいそうだよ」

「安心してください、絶対死にませんから」


 呆れながらも淡々と話を進める日高に織部はさすがだと思った。山田のぶっとんだ行動には慣れたつもりでいたが、誰が鞄の中に保護者が詰っていると思うだろうか。山田取扱いに関してはやはり日高のほうが数段上である。


「もう、父さん、何してるんだよ。無銭乗車は警察に捕まっちゃうよ」

「えっ、そんな、パパ、そんなつもりなかったんだよ」


 山田に言われて、山田の親爺は慌てている。つっこむところが違う。

 それにしても、スポーツバッグから頭だけを飛び出した姿はシュールを飛び越えてホラーである。「何をやっているの?」と、遅れている生徒たちを呼びに来た女性教諭が泡を吹いて倒れた。


 日高は慌ててバッグのファスナーを閉めると、山田と荷物と倒れた教諭を持って、旅館のエントランスに走っていく。本人は、馬鹿力のことは隠しているつもりだがどう見てもばればれだ。


「初日からこんなんですか」


 織部はため息をつきながら、残った荷物を両手に抱えてあとに続いた。






「もう、お父様ったら何やっているの! 人様の迷惑も考えなさい」


 至極まともなことを言っているのは巻き毛のゴージャスな美人である。山田の姉である彼女はそんなことを言いながら、お説教の場所は旅館のエントランスである。声が良く響き、夕食中の修学旅行の団体には丸聞こえである。


 さっき広間に来る途中通りかかったら、正座をして反省させられている山田の親爺がうらやましそうによだれを垂らしながら運ばれてくる夕食を見ていた。

 今もなお、お説教の言葉とともに山田の親爺の腹の音が響いてくる。


 親爺がそんな風なのに山田と言えば、


「すみませーん、お櫃もう一つ追加お願いします」


 中居さんを呼び止め、空になったお櫃を渡す。


「あっ、私にもお願いします。あと、お漬物とおすましおかわりお願いします。できれば、おすましはどんぶりでお願いしたいんですが」


 丁寧な口調だが、言っていることは図太い。二人とも身長は高いが、身体は細く、どこに食料が入っているのか本当に不思議だ。

 山田親爺の心配よりも自分たちの食欲を満たすほうが優先順位が高いらしい。


 織部は少し哀れに思ってエントランスのほうをのぞくと、山田親爺の前にやたらまんじゅうやクッキーといった土産物が置いてあった。同情した観光客がそっと山田親爺のために置いて行ったのだろう。だがそれは逆効果で、山田の親爺はあふれる唾液を何度も飲みこみながら隙を見てはまんじゅうに手を伸ばす。そのたびに、ピンヒールで手の甲に穴があくのだった。


「お父様、反省してないでしょ!」


 織部はそっと襖を閉めて元の席に戻る。いつのまにおかずが一品減っている気がするが、肉料理でどうせ食べないのでなにも言わないでおく。


「山田の姉ちゃん、こっちで仕事かなにかできてたのか? 連絡してから来るのに一時間ちょいしかかかんなかったよな」

「うん、自家用機で飛ばしたみたい。姉さん非番だったから」


 どこから突っ込めばいいのだろうか。織部は、粕漬けとともにご飯を飲み込む。無駄に経済力があるのだから、その一割でも常識に分けてあげられないかと思う。


「おねえさんも大変だよね。まあ、おばさんが来なかったのは幸いか」


 日高がしみじみという。誰からか貰ったのか、三枚目の西京焼きを食べている。肉料理の皿がさりげに増えているのはつっこまないでやろう。


「二次災害が広がるからね」

「あんだよ、二次災害って」


 山田の言葉に思わず突っ込みをいれてしまう織部。


 席順は班ごとであり、織部を班長として山田、日高、緒方とその他二名の構成である。どうにも仕組まれたような班分けであるが、メンバーを考えると仕方ないとも思う。ただ、慣れている織部はともかくその他の班員二名を哀れに思うしかない。ちなみに一人は、クラス替え早々、緒方に席をとられた堀川である。


 こんな班ですまないな、と堀川を見ると、堀川は堀川でなぜか同じ班員の女子とやたら親しげに話していた。そういえば、織部は自然と山田のことでつっこんでばかりで二人を放置していた気がする。班長としては失格だがそのおかげでこの二人は仲良くなれたらしい。


 修学旅行、文化祭、体育祭、イベントごとにはやたらカップルができやすい、それは本当のようだ。期間限定とはいえ、カップルはカップルだ。


 織部はぐぎぎっと箸を噛み潰さんいきおいでご飯を食べながら、期間限定の幸せをつかんだ堀川を憎らしく思うのだった。






 部屋は三人一部屋であり、もちろんメンバーは班で決まる。


「どうせなら由紀ちゃんと一緒の部屋がよかったなあ」

「お前みたいなのがいるからもちろん無理だよ」


 中学生とはいえ、これだけ盛りのついたやつがいるのだから仕方ない。


 バッグの荷物を整理しながら織部は答える。堀川は、もう一人の班員田中のメールアドレスを手に入れたらしく早速送っていた。もう消えてしまえばいいのに、と織部は思う。


「山田、堀川、次は風呂だぞ。早く準備しろよ」

「わかってるよ。大浴場だっけ?」

「ああ、地下一階な。一階にある風呂は女風呂だから間違っても入るなよ」


 なんとなく嫌な予感がして織部が釘をさしたそのときだった。とんとんと、部屋のドアをノックする音がする。

 開けてみると、同じクラスの男子たちがわらわらと入ってきた。


「なんだよ、おまえら集まってきて」


 織部が怪訝な面持ちで見ると、その中の一人が出てくる。いかにもお調子者の風貌の彼は岩佐といい、クラスに一人はいるだろうというトラブルメーカーである。残念ながら、そんな彼の個性も、よりぶっとんだ個性を持つ山田にかき消されたのだが。


「いやねえ、君たちにもちゃんとお誘いをかけとかにゃならんと思ってね」

「なんのお誘いだよ」


 織部がやる気なさげに言うと、岩佐はにやりと笑う。


「織部くん、今から僕たちは何をするのかな?」

「何って風呂入りに行くんだろ、って、まさか……」


 その返答のごとくみんなにんまりと笑う。

 

「ちょっとまて、それはやめとけって。ありえないから。やめとけよ」

「なにを言うのか、織部。おまえ、こんなところに来てまで優等生ぶるのか!」


 本当に意味がわからない。そんなばれたらどうなるかわかりきっていることをチャレンジする精神はやめてほしい。対価がそれに見合うものかといえば、所詮同級生の入浴シーンである、リスクをおかすまでのことはないと説得するが。


「なあ、織部。リスクを恐れるな、リターンだけを求めるなんて男じゃないぞ。やることにこそ意義があるんだ!」


 やたらかっこいいことを言っているが所詮はのぞきを示唆している。


「そうだよ、織部くん。君は身長だけじゃなく器も小っちゃかったんだね」


 いつのまにか、山田が岩佐の隣に立ち、眉をきりりとさせている。なにげに岩佐と山田は拳を合わせ、男同士の友情が芽生えていた。


「おい、山田! 早まるな。なあ、堀川、おまえも何かいえ!」

「ああ、うん。俺、部屋の風呂で済ませるわ。そっちはそっちでやってくれ」


 と、部屋の風呂に入っていく。たまにいる同級生の前で裸になりたくない奴だったらしい。


「じゃあ、行くか」

「おう」


 織部は山田と岩佐に手を掴まれ、とらえられた宇宙人のごとく引っ張られた。


「おい、俺はいかねえぞ。はなせ、はなせ」

 

 暴れる織部に岩佐が言う。


「もし見つかったら、一番うるさそうなのは緒方だろうから。男子でまともにあいつと話せるのはお前くらいしかいねえんだよ」


 強制参加を告げられ、織部はがっくりと肩を落とした。

 両脇では、岩佐と山田が男の浪漫についてじっくり話していた。






「さて、作戦はいいか」

『おう!』


 脱衣所のすみっこで男子生徒十数人は作戦会議を始める。怪しさ満載であり、他クラスの生徒がちらちらとこちらを見ている。

 皆、裸にタオル一枚、腰に巻きつけた格好だ。服を脱ぐ前にやればいいのにと思う。


 旅館は修学旅行生だけの貸切で、もちろんお風呂もだ。大浴場は内風呂と露天風呂からなり、岩壁の上にはもう一つ露天風呂がある。そこが目的地である。


 もちろん高さもあり、しきりが立っているため下の風呂からは上の風呂はのぞけない仕様になっている。


「風呂の時間はけっこう長くとっている。先生はたまに見回りにくるから気をつけなくちゃいけないが、基本は脱衣所にいるだけだ。大騒ぎしなければ、外風呂まで見に来ないだろう」


 岩佐はどこからとってきたのか、館内地図を指さす。


「露天風呂のこちらの壁は比較的上りやすく、そのうえ木の影になっているので見つかりにくい。だが狭いので一度に五人くらいまでしか登れないと思う。これから、その先発隊を決める」

「お前、どっからそういう情報仕入れてくるんだよ」


 織部は疲れながらもツッコミ役としての本分を果たす。


「先月、下見に来たからな」

「おまえ、本当に馬鹿だな」


 やる気のない裏手ツッコミを入れると、


「はい」


 と、山田が挙手をした。


「なんだ? 山田」

「ちょっとトイレいってきていい?」

「先にすませておけよ」


 山田はとことこと出て行く。


「とりあえず、先発隊と見張りにわけよう。もう山田は知らん。それじゃあ先発隊を決めるぞ」


 くだんねえ、と織部は思いながら、とりあえず先生が来ないかびくびくと脱衣所の入り口に何度も視線をよこすのだった。






「では、いってくる」


 岩佐含む五人の恥知らずどもが茂みの向こう側の空間に旅立っていく。そこから先は石畳ではなく地面で、見張りは足を洗うための洗面器を用意している。

 織部はやる気なく見張りに志願すると、茂み側に一番近い蛇口のそばで髪の毛を洗い始める。平静を装いつつも内心はびくびくする。


 時間がものすごくたつのが遅い。ふと、がさがさと音がするのを聞いてびっくりして振り返ると、山田がいた。


「なんだ、山田かよ」

「失礼だな、織部くんは」

「おっせーぞ、何やってたんだよ。先発は行っちまったよ」

「うん、知っているよ」


 山田の言葉に織部は疑問を持つ。なんで知っているのだろうか、と。


 そして、織部はふと山田が後ろに隠し持っているものを見た。シャンプーのボトルである。


「なあ。山田、そのシャンプーどうしたんだ?」

「なんだよ、お風呂場にシャンプーがあるのは当たり前じゃないか」

「いや、なんでボトルで持っているのかな、って」


 織部が目を細めていると、先発隊たちが向かった岩壁から叫び声が聞こえる。どしんという音が響いたことから岩壁から落ちたようだ。


「大変だね、滑りやすいもんね。視界も悪いし」


 織部はさらに目を細める。もし、足場にシャンプーがまかれていたらすごく滑るのではないかと思いながら。


「なあ、山田。トイレやたら長かったな」

「トイレが長いなんて失礼だなあ、織部くんは」


 山田は、シャンプーのボトルを蛇口のそばに置くとシャワーで髪の毛を濡らし始める。ごしごしと髪を洗い始める。


 その後ろでは、こけた男子生徒たちを発見した先生が大騒ぎで駆けつけていた。


「頭とか打ってなきゃいいけど。まあ、下は柔らかい地面だし何事もないだろうけどさ。まあ、なんかひどい怪我のようだったら、父さんが近くのホテルに泊まっているから呼べばいいよ」


 ものすごく他人事のように山田は話す。なぜ、下が柔らかい地面であることまで知っているのだろうか。

 なんだろう、この温度差は。さっきはノリノリで岩佐と語り合っていたというのに。


「……山田、どうかしたのか?」

「いや、気づいたんだ。見ることより、見られたくないことのほうが大きいって」


 なんのことだかわからない。山田はさらにわけのわからないことを言う。


「せっかく第三段階までもう少しだっていうのに、見られて減ったら困るからね」


 山田はそういうと、泡だらけの頭をシャワーで流すのだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ