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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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91 宴の終わり

 由紀子は車の中でほっと息をつく。遮光処理された車の窓は外からは見えないようになっている。たくさんの警官が宴の舞台であった地下バーを取り囲み、何人もの客たちが同行を求められている。


 誰もが恐れている連続殺人の舞台が、このように多くの人前で行われているとは誰が思っただろう。

 マジックショーに見せかけた殺人、客は皆、ショーとしてとらえ、もし気づいたものがいても、ドラッグパーティという周りにいうことができない状況である。

 

 横を見ると由紀子と背格好がよく似た女の子が、由紀子と同じ服を着てパトカーにのせられていた。ああやって死んだはずの女の子に代わり、ショーで無事な姿を見せることでマジックショーは完成するのだろう。


 山田兄はあらかじめ警察とも話をつけていたらしく、由紀子たちを別の車へと誘導した。本当にあの一家の伝手はどれだけ広いのだろう。


 それにしても。


(ヒトって恐ろしい)


 ヒトは人外を恐れるが、人外である由紀子はヒトが恐ろしいと思った。

 柔らかい背もたれに背中をあずけ、前髪をゆっくりかき上げる。


 由紀子は知っていた。

 朔良がなにかしらきな臭いことに関わっているのを。


 以前、朔良のサロン帰りに山田兄に車で拾ってもらったとき、彼からある指摘を受けていた。


「麻薬の匂いがします」


 と。


 最初、信じられなかった由紀子だったが、朔良の名前を出すと山田兄がとある資料を見せてくれた。『食人鬼事件』の内部資料のコピーだったが、以前見せてもらったものよりもずっと細部まで書かれていたものだった。


 そこには、被害者と面識のある人物のプロフィールが書かれてあった。最後の被害者、つまり由紀子の父と面識があった人物の中に、朔良の名前があった。それによると、信じがたいことが書かれていた。


 父は朔良をストーカーしていたらしい。それについて警察から任意同行を求められたほどに。


 信じられなかった。

 いや、嘘だと思いたかった。


 自分の知っている父とは違う一面を見せられて驚きと同時に納得した。


 兄が由紀子に日記を見せたくなかった理由はそれだったのだろう。自分の父が、若い女性に対し、付きまとい行動をしていたとなれば、ショックを受けるに違いないのだから。

 幼くそのことを知らなかった由紀子はずっと父が好きだった。逆に、兄といえば父に対してあまり良い感情を持っていなかった気がする。


 死んだ父がそんなことをしていたと知っていたから。


 もし、由紀子は普通の女の子としてなにも知らずに育っていれば、兄が隠したがる内容にショックを受け、落ち込んでいただろう。

 でも、今の由紀子は普通の女の子と違った。

 

 父のノートの記憶を思い出す。

 

 変な記述があったのを思い出した。


『師走七日、またあの噂、本当にしつこい。人外記事は出版業界で禁忌だと言っているのに。いや、正確には人外ではないか』


 出版業界で禁忌の記事、それでいて人外であって人外でない。

 それはどういうことか、由紀子は山田兄に聞いた。兄は眼鏡を押し上げながら言ったのだ。


「人外を隠れ蓑としてヒトが犯罪を起こすことを言っているのかもしれません」


 山田兄はそれ以上言わなかったが、由紀子はその言葉でぴんときた。禁忌とまで言っていることなら、その相手はよほどの権力者なのかもしれない。安っぽいサスペンスドラマによくある展開が由紀子の頭の中を巡った。


 もし、日記にはあのように書いていた父だが、ジャーナリストとして真実をつきとめたくなれば調べていたのかもしれない。そして、その相手が朔良だとすれば。


 日記の焼け残った記述を思い出す。


『……良だった。』


 これは、『朔良だった』と言いたかったのではないだろうか。

 由紀子はずっと『桜』だと思っていた。思い込みとは恐ろしい、もらった名刺には『さくら』とひらがなで書かれていた。「ひらがなのほうが可愛いでしょ?」と言われ、脳内変換で『桜』だと思い込んでいた。本当は『朔良』だったのだ。


 父はなにかしらの事件と朔良が関係していることをつきとめた。だから、それを朔良に追及しようとしたが、逆にストーカーとして扱われてしまった。相手はよいところのお嬢様である、警察側もあやしげなフリージャーナリストの弁明を聞くはずもない。


 それから数日後に父が殺されたと考えると、あせった父が何かしら決定的な証拠を手に入れ警察にでも届けようとしたということだろうか。


 そして、おそらくは父を殺したのは朔良ではないだろう。彼女も言っていたように、彼女は手を染めるとは思えない。朔良の身内、おそらく政治家だった朔良の父だと予測される。今までの事件と同様、同一犯に見せかけて殺した。そして、事件自体は食人鬼によるものと片付けてしまえば、警察は二の足を踏むわけだ。


それを考えると、かな美が父の死を見たことで命を狙われたことも説明がつく。かな美が中学一年生になってまた命を狙われた理由については、朔良の父の死が近かったからだろう。死ぬ前に清算できることを清算したかったのかもしれない。


 長らく食人鬼事件が起きなかったのも、朔良が父親から見張られていたと考えれば説明がつく。父親の死後、彼女は再び凶行を繰り返していく。


 由紀子の父を殺したのは娘を思う父だったのだろうか、そう考えるとやるせなさを感じてしまう。

 別に江戸時代みたいにかたき討ちがしたいわけじゃない。でも、当の犯人が死んでいる場合はなんともいえない気分だった。


 ただ、これ以上、恐ろしい事件が起こらないことを考えると由紀子は自分が囮になったことを後悔していない。


(なんであんなことをしたんだろう?)


 由紀子にはわからない。

 でも、以前寝ぼけながら聞いていた言葉を思い出す。


「男の人は若くてきれいな子のほうが好き」


 彼女は不死者の若さをうらやましがっていた。そして、被害者は若い女ばかりだった。


 動機など想像でいくらでも作れる。由紀子は首を振って、広がり続ける想像を打ち切ることにした。


 山田兄が由紀子にその尻尾をつかむように打診したのは、人外への風評が悪くなることを懸念したためだろう。由紀子の母が言っているように、人外は想像よりも生きにくい社会である。一見、セレブで経済界にも伝手がある山田家であるが、逆を言えば伝手がなければうまく生きていけない世の中なのだろう。


 山田兄とて由紀子が危険な目に遭うとは想像しなかったわけでなく、服には発信器、携帯には位置情報を伝えるシステムを入れていた。携帯電話はともかく、まさか服まで着替えさせられるとは思っていなかったと、すまなさそうに由紀子を見、弟の山田少年に対しては複雑な顔を見せていた。


「ねえ、由紀ちゃん」


 山田はぼんやりと車の天井を眺めながら言った。 

 その目は、もうネコのような目でなく、いつもどおり、でも虚ろな琥珀色の目だった。


「どうしたの?」


 山田との距離は五十センチ、一メートル以内に近づくな、の約束は狭い車内では仕方がないのである。もっともさっきはずいぶんくっついていたのだけれど。


「ありがとう、止めてくれて。僕、おかしかったよね?」


 山田が言うのはさきほどの朔良に対する態度のことだろう。


「変だったよ。あんなことしないでよ」


 由紀子は、あの怖い山田を思い出して言った。あれは結局、山田少年だった、という結論でよいのだろうか。


「……うん、がんばるけど。難しいかもしれない」


 山田は曖昧な返事をする。


「ときどき、頭の中がぐちゃぐちゃになるんだ。いろんな怖いことがぐるぐる駆け巡ってくるんだ。さっきも、怖いこと嫌なことがたくさん頭の中に入ってきて、どうしようもなくあの女のヒトが許せなくなった。やりたくないけど、許せなくて、でも怖くてどうすればいいのかわからなくなる」


 夢の中でもそれが駆け巡って眠れないことがある、と言う。


(それは山田青年の記憶?)


 彼の昔の記憶が、山田少年に入り込んでいって、それが山田少年を苦しめているのだろうか。


(似合わない顔をするんじゃない)


 由紀子はシリアス顔の山田少年の頭をつかむとそのまま自分の膝にのせた。


「寝てないなら、それでイライラしてるんだよ。寝てたらそのうち落ち着く、はい、早く寝る、以上!」


 由紀子は無茶苦茶な論理だと思いつつ、山田に寝ることを強要する。


 山田少年は、由紀子の顔をうかがおうとするが、由紀子は山田がこちらを見ないように頭を膝に押し付けたままにする。

 ほんのりと赤くなった顔を見られたくないためだ。


「うん、じゃあ寝る」

「寝なさい」


 由紀子は山田の頭をぽんぽん叩き、彼が寝息をたてるのを待つ。


(しまったなあ)


 そういえば、先ほど大怪我を再生したばかりだった。

 お腹と背中が仲良くくっつきそうな中で、どうやって腹の音を抑えようか考えるのだった。


(山田兄め)


 車内には非常用のオリーブオイルと、一枚だけ板チョコが置いてあった。由紀子はゆっくりと空腹をまぎらわすように食べた、言うまでもなく板チョコのほうを。



 



「おはよう、お母さん」

「おはよう、早くご飯食べちゃいなさい」


 事件から数日、由紀子は何事もなく日常を過ごしている。

 うちに帰るのは遅くなったが、いつも通り山田家の面々がごまかし、大らかな日高家の大人たちは「うちの子がご迷惑をかけて」の一言ですませた。正直、迷惑かけられているのは由紀子のほうが多いのだが、黙っておく。


 兄はあいかわらず仏頂面だったが、珍しく部屋でゲームをせずに居間でテレビを見ていた。

 父への誤解が完全に解けるのは翌日の新聞の朝刊を見てだったが、数日前から仏壇に手を合わせていたことを由紀子は知っている。


 そして、今朝、兄はテレビのニュースを見ながらもぐもぐと口を動かしている。由紀子の皿に目玉焼きが十枚重ねられているのに対し、兄の皿は二つ目が一枚だけである。


 ニュースはここ数日、政治家や芸能人が集まった薬物パーティの一斉検挙の話題でもちきりだ。その場が殺害現場になったことまで細かく説明してはいないが、事情聴取の際に余罪でそれが見つかったとされている。

 犯人が大物政治家の娘だということに世間は驚きの連続だったようだ。

 テレビで「犯人は若い男」とか勝手なことを言いまくっていた、自称プロファイラーなコメンテーターたちは冷や汗をかいているだろう。


 由紀子は目玉焼きの黄身にお箸で切れ目を作ると醤油をたらす。

 すると、横から手が伸びてきた。


「醤油」


 兄がテレビを見たまま手のひらを見せている。


「私は醤油じゃありません」


 由紀子はそう言いつつも兄に醤油を渡すのだった。


あと番外編にすごくくだらない話を入れて、中学生編は終了になります。

ようやく高校生ですね。

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