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不死王の息子  作者: 日向夏
中学生編 後半
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89 魔女の宴 その弐

「ふああっ」


 由紀子は眠い目をこすりながら、電車を降りる。


(いかんいかん)


 せっかくきれいにメイクしてもらったのにもったいない。後で写真をとらねば、と伸ばした手を下ろす。中学生でもおかしくない程度のお化粧なのだが、それでも専門家がするとやっぱり違うなあ、と思う。


 見た目だけでなく、さらりとした感触、香りまでこだわるのが素人とは違うなあ、と思ってしまう。


 アロマをじっくり焚いた部屋にずっといたせいだろうが、気分もどこかうっとりしたままで、ちょっとぼんやりしているのかもしれない。歩道の段差に二回もつまづいてしまった。


 そんなわけでぼんやりしていたら、隣に高級車が横付けされてびっくりした。窓が開くと運転席には見慣れた眼鏡の男前が座っていた。


「お仕事帰りですか?」


 由紀子は男前こと山田兄に言った。


「はい、乗っていきませんか? 大した距離ではないですけど」

「はい、お願いします」


 由紀子は歩くのもだるかったので言葉に甘えて助手席のドアを開ける。

 すると、山田兄が眉間にしわを寄せた。


(どうかしたのかな?)


 もしかして、由紀子が化粧をしていることが気に食わないのだろうか。山田兄は女性のおしゃれに関してこだわりのある人外なので、由紀子が他のヒトに化粧されていることが気になるのかもしれない。


 なんとなく気まずくなり小さくなって助手席に座ると、山田兄が神妙な面持ちで言った。


「どこへでかけていたのですか?」


 やはり、気になるのだろうか。

 由紀子は一瞬ごまかそうかな、とも思ったが正直に、桜のサロンでモニターをやっていると伝えた。


 すると、山田兄の表情がこわばる。


(うわー、やっぱり駄目だったのかな)


 由紀子は少し気まずい顔で山田兄をうかがう。山田兄は、神妙な面持ちで由紀子を見る。


「申し訳ありませんが、説明したいことがありますので、このまま我が家に来ていただけませんか?」


 丁寧な物言いに由紀子は思わずうなずいた。


 そこで、とんでもない話を聞かされるとは知らずに。






「由紀子ちゃんいらっしゃい」


 明るい山田母が迎えてくれた。山田父はハチに舐められながら、じゃれあっている。どこか子どもじみたところが山田少年に似ている。


(そういえば、最近見ないなあ)


 ここ最近離れているせいもあってか、山田があまり子どもっぽいことをしなくなった気がする。それは良い傾向だと思うけど、少しだけ寂しく感じるのはなぜだろう。


(親離れする子どもを持った気分になってどうする)


「どうかしましたか?」

「あっ、いえ。なんでもありません」


 首をぶんぶん振っていたら、しっかり山田兄に見られていたらしい。山田兄は大人なので深く追及せず、部屋へと案内する。


 いつも通される居間や客室ではなく、個人の部屋に入ったのはこれが初めてではないだろうか。

 寒色を基調とした落ち着いた部屋は山田兄の部屋である。言われなくとも、部屋の隅に置いてあるオリーブオイル入りの木箱を見ればわかる。


「どうぞ、そこに座ってください」


 一人掛けのソファに座ると、目の前のガラステーブルに大量の書類が置かれる。


「何か飲みますか?」


 山田兄が壁の棚からグラスを取り出すが、もう一つの手にはオリーブオイルの瓶がおさまっていた。山田兄の部屋に他に液体らしきものはない。


「去年のものですが出来はなかな……」

「いいえ、いりません」


 兄は由紀子のきっぱりした口調を残念そうに聞くと一つだけのグラスにオリーブオイルをそそぐ。


 由紀子は飲み物よりも早く資料が読みたかったが、山田兄はどこか遠回しにしているような気がした。

 自分から誘ったのに、結論を言うのにワンクッション置いているように思えた。


「言いにくいことなんでしょうか?」


 由紀子がそのように聞くと、山田兄は少しだけ眉を歪めると資料をめくる。


「……これって」


 由紀子はそこに書いてある内容に目を見開いた。


「由紀子さんに手伝ってもらいたいことがあるんですが、よろしいでしょうか?」


 由紀子は山田兄の一見すると冷静な、だが少し眉が下がった顔を見た。






(……なんだろう、これは)


 由紀子は憔悴したまま、「ただいま」も言わずに家に入る。

 なんだかいろんな情報が一度に頭の中に入れられると、意識を投げ出したくなるものだ。


 山田兄が伝えたことは完全に受け入れられるものではなかった。


 山田兄が由紀子に話したことは、それだけ驚くようなことだった。信じたくない、と思うと同時にそれに付随する根拠が由紀子にそれが真実ではなかろうか、と思わせる。しかしながら、それでも感情ではなく理屈を優先してしまう自分がいることに驚いた。


 山田兄はそれを見越したのだろうか。山田兄が、由紀子を家に呼んだのはそんな理由で、同時にある提案を持ちかけられた。由紀子にとって、それはメリットもデメリットも高い要望だ。


 由紀子はぼんやりと自室に入る。

 隣の部屋からあいかわらずゲームの音が聞こえる。兄はもう帰ってきているらしい。


 由紀子が襖をとんとんと叩くと、兄が面倒くさそうに開けてくれる。


「あんだよ」

 

 ぼさぼさの頭にシャツと短パンという姿は本当にだらしないが、それを突っ込むことはしない。


 由紀子はごくりと唾をのみ込み、兄に言った。


「お父さんのことで聞きたいことがあるの」


 山田兄に今日伝えられた話は、そのことに関係があった。そして、それが本当かを確かめるためには、兄の知っていることを確かめる必要がある。


 兄は眉間にしわを寄せると、頭をかきむしる。


「知らね。んなもんどうでもいいだろ」


 兄が襖を閉めようとするので由紀子は左手で押さえる。


「ねえ、お兄ちゃん。お兄ちゃんってもしかしてお父さんのこと嫌い? だから、私になにか隠してるんじゃないの?」

「……なんのことだかわかんねえけど」


 そういう兄は右斜め上を見る。颯太が嘘をつくときの癖だ。


「少しだけ私の話を聞いてくれない。それで、納得できなければ話さなくていいよ。少しだけ、時間をちょうだい」

「……」


 由紀子がじっと颯太の目を見ると、兄は頭をかきむしった。


「五分だけだぞ」


 颯太は仏頂面のまま、手に持ったコントローラーを置くと、ゲームの電源を消した。


「ありがとう」


 由紀子は、山田家で聞いた話の一部を兄に説明しはじめた。



〇●〇



 アヒムは山のように積まれた資料を片付ける。先ほど、由紀子にあることを説明した際に使ったものだ。それは、本来一般人の手に入るようなものでない、警察の内部資料のコピーだ。それには、とある事件が事細かに書いてある。


 かちゃり、と扉があく音がして振り向くと、犬用リードを持った不死男が立っていた。さきほどまでポチたちの散歩をしていたらしく、由紀子とは入れ違いになったようだ。


 不死男がアヒムの部屋に自分からやってくるなど珍しく、リードはエントランスの靴箱に片付けるはずだが手に持ったままである。


 不死男は、くんっと鼻を一回鳴らす。


「由紀ちゃん、なんで兄さんの部屋にいたの?」


 そこには、少しだけ険のある顔があった。

 どうにも、不死男はお隣の少女のことになるとアヒムに突っかかりたくなるらしい。


「それだけでよくわかるな」


 不死者として常人ばなれした嗅覚を持っているアヒムだが、不死男のそれはイヌ並である。よくポチやハチと張り合っているのを見ると驚きを通り越して呆れてしまう。

 

 不死男はさらに鼻をひくつかせる。その顔に、なにやら嫌悪の表情が浮かぶ。空気中に漂う匂いの中に、アヒムと同じく違和感を持ったらしい。オリーブオイルの香りが漂う部屋には不死男のいう由紀子嬢の残り香とともに違う異質の匂いが混じっている。


「兄さん、この匂い、由紀ちゃんがつけてきたの?」

「そういうことだ」


 アヒムが片付けようとした資料を見て目を細める不死男。テーブルに近づくと、ファイルを開く。


「返しなさい」


 アヒムがファイルを取り上げると、不死男は無表情のままアヒムを見る。ここ数年で見せるようになった新しい表情だった。常に笑ったままの、富士雄がそのまま幼くなったような笑顔はここ最近少なくなりつつある。


「これを由紀ちゃんに見せたの?」

「お前には関係がないことだ」


 以前なら「わかった」と素直にうなづく不死男だったが、今はそうでない。不機嫌という富士雄には似合わない顔で、アヒムを見続ける。


「由紀ちゃんをなにか利用する気?」

「……彼女に強制したわけじゃない」


 あくまで提案として、彼女にある頼みごとをした。提案であって選択権は由紀子にある。


「由紀ちゃんは危なくないの?」

「彼女はしっかり者だ。それに、不死者だ。そう簡単には死なない」


 アヒムは実に合理的な理由を言うが、不死男は眉間にしわを寄せて、アヒムを睨み付ける。

 言い方が悪かったのかもしれない。それが一番有効な手段だとアヒムは判断したが、もっとソフトな言い回しをしたほうがよかった。

 もし、不死男ではなく富士雄であれば、同じくアヒムに対して眉間にしわを寄せていただろう。しかし、このように敵意をあらわにした顔をするとは思えない。


 「そんな表情は富士雄兄さんはしない」、そんな言葉が頭に浮かんだ。それが知らずに顔に出ていたのか、口に出ていたのかはわからない。


「僕は、あの男じゃない」


 不死男はそれだけを言うと、音をたてて扉を閉めて出て行った。


「……あの男?」


 アヒムは、不死男の言った言葉に疑惑を持ちながら、ぼんやりと閉められたドアを眺めた。


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