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不死王の息子  作者: 日向夏
小学生編
10/141

10 母は何でも知っている

「なんか避けられてない?」

「なんか避けられてる気がする」


 彩香さやかの言葉に、由紀子ゆきこは同調する。誰に、と言われると、食いしん坊たる不死者、山田くんだ。


 今日も、彼は四次元空間から取り出したような、大きなアンパンと卵を五個以上使っているだろうパニーニを完食していた。


「まだ二時間目の休み時間なのにね」


 彩香に言われて、由紀子はぎくりとする。サッカーボールのようなおにぎりがもう半分の大きさになっていた。

 半眼の友だちの視線が痛い。


 本当なら、チョコレートといった高カロリーのものがよいのだが、ここは学校なので菓子類の持ち込みは禁止である。だからとて、バター丸かじりもお断りだ。


 ここ最近、由紀子は山田に避けられているような気がしたが、気のせいでなかったらしい。

 由紀子と山田の接触など、移動教室や実験、家庭科の実習など、座学以外での面倒を見ることくらいしかないのだが、やんわりと離れている気がしたのだ。


(だから、なんだっていうんだけど)


 むしろ面倒事がなくなっていい、と思う。好都合だ。


 ただ、気になるのは。


(連休明けからだよね)


 正確には、あのホテルの一件からだ。

 

 由紀子は思い当たる節がないか、首を傾げた。


 




 五時間目の授業は、算数。授業参観のため、教室はなんだか浮足立っている。

 

 由紀子としては、嗅覚が鋭くなったため、化粧と香水の匂いで頭がくらくらしている。


 問題児たるボスゴリラこと皆本みなもとは、一身上の都合で転校していったため、去年の授業参観に比べると、ずいぶんお利口さんな風景である。


(去年はなぜか、書道だったんだよな)


 水差しを水鉄砲代わりに使って遊ぶクラスメイトに、由紀子は怒鳴ったが、聞く耳持たずで、保護者の着物に墨汁のシミをつけることとなった。一人目の担任は、その後、退職している。


 今年は無事にすむと思っていた、胃炎持ちの三十路教師は、顔を青くしながら教科書の問題を黒板にうつしていた。


 まあ、何を怯えているのかわからなくもない。


 教室後方に並ぶ二十数名の保護者集団、真ん中は不自然に割れている。まるで、海の水を割る奇跡を起こす聖者のように、その中心に立つのは、人間離れした美貌を持つ不死の王と、その妻たる美しき女性であった。

 人目もはばからず、腕を組んでいる。到底、小学生どころか成人済の子どもがいるとは思えない風貌をしている。


 ついでを言えば、あからさまに怪しい、サングラスに帽子をかぶった若者が、ちらりちらりとその仲睦まじき夫妻を見ている。


(監視役も大変だな)


 恭太郎きょうたろうに憐れみの目を向ける由紀子。その視線に気づいたのか、帽子を目深にかぶりなおす。


 奥様がたの様子から、山田一家のことは知れ渡っているらしい。ひそひそと、口もとを隠しながら噂話をしている。


『さすが人外ね。若くてうらやましいわ。それに身の毛がよだつほど綺麗ね』

『でも、生血をすするんでしょ? 恐ろしくない?』

『そういえば、旦那さんのほう、一昨日、ダンプに轢かれてたって、隣の奥さんから聞いたんだけど、元気そうじゃない』

『えっ? 私は、工事現場から鉄骨が落ちて直撃って聞いたんだけど。一週間くらい前?』


 さすが、山田父である。いっそ、外出しないほうが、本人のためだろうと由紀子は思う。不死王ノーライフキングなのに、死神が憑りついている勢いである。


(たぶん、丸聞こえですけど)


 由紀子が聞こえているのなら、山田夫妻の耳に届かないわけない。山田父、母は、いつもどおり穏やかな笑顔で、ほんわかと授業風景を眺めている。まったく気にしていない。


 山田少年も少年で、にこにこしながら授業を聞いている。


 由紀子の母は、来るのが遅かったらしく、廊下から教室を眺めていた。そして、山田夫妻に気が付くと、他の保護者に頭を下げながら、教室に入り、空いた空間に陣取る。

 山田母とはママ友なので、にっこり挨拶をする。


 その様子を、他の保護者は怪訝に眺めている。


「じゃあ、練習問題を解いてもらおうか。わかる者、手をあげろ」


 担任の言葉に、由紀子は意識を黒板に集中させると、申し訳程度に手を挙げた。






「もうちょっと元気よく手を挙げないと、先生に当ててもらえないよ」

「別に、そんなつもりないし」


 ホームルーム後、母が廊下で待っていた。保護者は、このあと懇談会があるのが通例だが今日はないらしい。まあ、理由はなんとなくわかる、と由紀子はほんわかした美形家族を見る。


 母はいつもの泥まみれの姿じゃなく、灰色のパンツスーツを着ていた。胸にコサージュをつけているだけましだが、他の保護者に比べて地味だ。昔、学会によく着て行ったスーツである。


 由紀子の母は、今でこそ農家のおばちゃんであるが、一応博士課程を終えた才女だったりする。今作っている野菜も、昔、務めていた農業試験場で品種開発したものである。


「農業はビジネスよ」


 と、いうのが母の持論であり、もうからないイメージの強い農家でありながら、そこそこ黒字を出している。まあ、もとは大地主なので、飛び地に建てたマンションと駐車場の収入もあるので、あまり頑張って仕事する必要もないのだが。


「由紀ちゃん、帰りご飯食べて帰るよね? おじいちゃんたちも外食してくるっていうし」

 

 携帯電話をしまい、母がたずねる。

 ご飯と聞いて、由紀子が断るわけがなく二つ返事で答えると、


「そうか。今日は、山田さんちと一緒だけど、不死男ふじおくんと仲良さそうだし、問題ないわね」


 由紀子の顔が引きつった。






「あらあら、お母さん和食は久しぶりだわ。お刺身、とりあえず舟守で三つ、天丼も三つ、生大ジョッキでお願いね」

「パパは、アボガドサラダ五つ頼むよ。かき揚げ丼を三つ。あと焼酎水割りで」

「俺、牛丼五つ、あっ、飲み物はピッチャーでウーロン茶を一つ、オレンジを一つ」

「私は海鮮丼三つに、ぶりかまと、たこわさと、馬刺しも三つずつ。コーラをピッチャーで」

「私は生中、出汁巻と今日のおすすめ御膳で」


 座敷に二家族六名が座る。ちゃっかり、恭太郎きょうたろうも参加している。尋常でない注文にアルバイトのおねえさんは、泡を食っている。


 ここは行きつけの居酒屋で、雰囲気としては小料理屋に近い。そんな店にフードファイターのごとき一団が来るのだからたまったものでなかろう。


「ほんとに、みなさんいっぱい食べるのね」


 母は、尋常な食欲にさほど驚いていない。娘の食事風景に慣れたのだろうか。


「不死男くんは頼まないの?」


 山田少年はうつむいて座っていた。


「じゃあ、こいつにも海鮮丼五つたのむ、さび抜きで」


 恭太郎が、アルバイトのおねえさんに追加をたのむ。おねえさんは、丼ものがいくつだったか、指で数えなおしている。


(私が気に食わないわけ?)


 目を合わせようとしない山田に、由紀子はむっとなる。別にかまってほしいわけじゃないが、無視されると頭にくる。そういうものである。


 時間つぶしに携帯で彩香にでもメールを送ろうとすると、


「こーら。感じ悪い。携帯はここでは禁止」


 と、母に奪われてしまった。

 由紀子はむっとして、メニューを眺める。


(和牛ステーキと抹茶パフェも追加してやる)


 一足先に、飲み物が来たので、由紀子はピッチャーからコーラをコップに注ぐ。その様子をリスのような目がちらちらと見ている。


(飲みたいの?)


 由紀子は空いたコップにコーラをつぐと、山田少年の前に置く。山田少年は、上目使いで由紀子を見ると、恐る恐るコップに手を伸ばし、ぐびぐび飲み始める。


(餌付けしている気分になる)


 昔飼っていたハムスターにそっくりな動きだ。


 面白いので、新しいコップにまたコーラを入れて渡してみる。


 そんなことをしているうちに、料理がやってきて、ただひたすら食べたり駄弁ったりで時間が過ぎる。時折、山田父や山田少年が席を立つたびに、足を踏み外し額を割っていたが、さしたる問題でもなかろう。

 御会計が心配になる量を食らいつくし、大人たちがほろ酔いになった頃。


「すみません。うちの、迷惑かけませんでした?」


 山田姉が、仕事帰りの風貌でやってきた。


「あら? 恭ちゃん、電話して呼んでくれたの?」


 山田母の問に、恭太郎は首を振る。


「ああ、私が呼んだんですよ」


 と、由紀子の携帯電話を持って母が言った。


(あれ? なんで私の携帯に入ってるって知ってるの?)


 由紀子は、母から携帯を奪い返す。いくら親とはいえ、勝手に使われるのは気持ち悪い。


「ちょっとお会計に行ってくるわね」


 母と山田姉は、レジに向かう。二人がどこか物静かな雰囲気で歩いているのは、会計が恐ろしいからだろうか。


由紀子は、横になった山田父子を見る。山田母が、


「お父さん、起きて。起きないと、突き刺すわよ」


 と、フォークを掴んで目蓋をつついていたので、やめてもらう。ほろ酔いの山田母は素で怖い。


 会計が終わった後、母は由紀子に、


「お母さんたち、もう少し飲みたいんだけど、先に帰ってくれない」


 と、言った。


「はあ? 子どもだけで帰す気」


 由紀子は無責任な保護者に、非難の目を向ける。


「恭太郎、あんた酒飲んでないでしょ。これで送ってあげて」


 と、車のキーを投げる。


「俺も子どもですか?」

「お小遣いあげるから、言うこと聞きなさい」

「わかりました、お姉さま」


 と、山田姉のちらつかせる五千円札に手を合わせる恭太郎。


(弟のお小遣いは三万だったんだけどね)


 何気なく気付いた兄弟間格差を、由紀子はそっと心にしまっておくことにした。そのほうが彼も幸せであろう。


「ちゃんと送り届けるのよ」

「由紀ちゃん、鍵持ってるから閉めといていいよ」


 飲んだくれの親たちを置いて、由紀子は山田姉の車に乗った。






「ちょっとコンビニ寄っていいか?」

「どうぞ」


 由紀子は、財布を持ってきていないので車内で待つ。山田少年も同じく。


 特にすることもないので、携帯をいじっていると、


「……ごめんね」


 小さな声が聞こえた。声の主は一人しかいない。


「なにが?」


 由紀子は携帯をしまうと、山田少年を見る。


 うつむいたまま唇を噛んでいる山田少年。そこまでならよくある光景だが、力の加減がうまくできないらしく、噛み過ぎて血液がだらだら流れている。唇を噛み切る勢いである。


由紀子は呆れながら、ポケットティッシュを差し出す。


「間違って、殺しちゃったから」


 ティッシュを血で染めながら、山田は言った。


(なんだ、そんなことか)


 そのことについてはどうでもいい。由紀子自身信じられないくらい、自分が死んだことを軽く受け止めているのだから。

 むしろ、週に一回は死んでいるだろう山田少年が、そのことを気にしていることに驚いた。


(そういえば)


 山田が怪我することはあっても、逆はまったくなかった気がする。周りが山田を遠巻きにするのと同じく、山田も誰かに触れようともしなかった。


(誰も傷つけないために?)


 不死者になった由紀子だからこそわかるのだが、時に力の感覚が麻痺してしまうのだ。ガラスのショーウインドウを素手で割ったように、重いマットレスを軽々担いだように。


 山田少年は、にわか不死者の由紀子よりもずっと力の加減が麻痺しているのではないか、と由紀子は考えた。


(買いかぶり過ぎだろうか)


「気にしてないからいいよ。わざと殺されたなら、怒るけど」


 正直に答えると、山田はぽかんと口を開ける。


「ほんとに?」

「ほんと。他の人なら別だけど、生憎、誰かさんのおかげで丈夫になりましたから。おかげで、なかなか壊れませんよ」


 不幸中の幸いというのだろうか、これは。


「壊れないんだ」


 由紀子は複雑な思いを浮かべていると、山田が久しぶりに気の抜けるような笑顔を見せた。


(見た目だけはいいんだよな)


 美少年という生き物を目の当たりにして由紀子は頷く。本当に、生首になったり、蛙のように潰れたり、バラバラ死体にならなければもてるのだろうに。


(残念で仕方ない)


 残念な美少年は、助手席から後部座席に乗り出してきた。


「なに?」

「……お願いがあるんだ」

「何なの?」


 由紀子はなんだか嫌な予感がして身構える。


抱擁ハグしていい?」


 屈託のない笑みを浮かべて言った。


 由紀子は、一瞬の思考停止フリーズののち、


「断る」


 と、伝えた。



〇●〇



「あの子は、貴方がたの血族になったんですね」


 目の前にいる女性に、直球を投げられたオリガは、ゆっくりと頷くしかなかった。

 由紀子の母親は、由紀子の携帯を使って自分を呼び出し、話したいことがあるといった。酒を飲んでいたようだが、酔った様子はない。


 場所は、とある旅館の一室であり、料亭も兼ねている。父と母は、どうせ話がややこしくなるからと、別室で休んでもらっている。


 由紀子の母親が、農学博士であることは知っていた。由紀子が不死者になった際、家族構成を調べさせてもらった。畑違いだからと甘く見ていた。


 無茶苦茶な診断書と、怪しげな契約に首を傾げる可能性は高いと思っていたが、国からの判は本物なので誤魔化せると信じたのが間違いだった。


「医者の友だちくらいいますから。それに、由紀子と同じ症例のカルテを見たことあるんですよ」


 異常な食欲、新陳代謝のはやさ、そして。


 由紀子の母は、ハンカチを取り出しそれを畳の上に広げる。歯が二本、前歯と臼歯がのっている。どちらも大きさから永久歯だと思われる。


「歯並びが変わっても気づかないと思ってるなんて、まだまだ子どもなのね」


 娘の部屋に落ちていた、と由紀子の母は言った。


 オリガは座布団の上から畳に降りると、両手の指をつく。慣れた土下座に、さらに深い詫びをのせる。


「申し訳ありません。こちらの不手際でした」


 娘を勝手に不死者にし、さらにはその隠ぺいまで謀った。

 頭をそのまま踏みつけられても文句は言えない。


「そうですか。頭をあげてください」


 冷静な態度は、由紀子にそっくりだと思った。


「では、あの子は、私よりも長生きするんですね」


 オリガはゆっくりと頭をあげると、薄く唇を曲げる中年女性を見る。


「あの子たちの父親のように置いていくことはないんですね」


 相応に齢を重ねた女性の頬には、ほうれい線が刻まれていた。


「むしろ感謝したいくらいです」


 予想外の言葉に、オリガは目を見開く。


 その様子を見て由紀子の母は、くすりと笑う。


「お金は、毎月の食費に当てさせてもらってますし」


 と、うそぶいて見せる。

 そして、長卓の上の湯飲みを取ると、一口すする。


「ひとつ聞いてよろしいですか?」

「なんですか?」


 由紀子の母は、ごくりと息を飲み、口を開く。


「あの子は不死者ですよね。食屍鬼グールでも食人鬼オーガでもなく」


 知っているのだな、とオリガは思った。不死者と一部の怪物たちの関連性についてを。


「はい。あれらとは違います」


 あんなまがいものたちとは違います、と。

 


 


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