「え~、彼女さんキビし~」と彼氏を寝取られた(元)彼女さんですが何か?
「え~、彼女さんキビし~」
その声を聞いたのは職員室で受け取った資料を副会長と一緒に生徒会へ持って行っている時のことだった。放課後の教室に残って話をしていたのは、私も知っている後輩の女の子と、私の『カレシ』だった。
「大変ですね、天粕センパイも」
「そ~なんだよ、マジでキツイ。いや、ほんとに」
ちょっと甘ったるい声で話し合う二人の会話を聞いて私が一番最初に思ったのは、
(あ、ガチで言う人いるんだ)
だった。なんかもう色々衝撃すぎて滅すぎて、一旦彼氏である天粕誠二とのことは放り投げてしまった。
何故そんなことを言われないといけないのか。私には理解不能で、ぐるぐると地面が回っているような気さえしてきた。
「生徒会長、大丈夫ですか?」
「……行きましょう」
副会長の心配の声さえも苦しくて、私は足早にそこを去る。
そして、その3日後私は振られてしまう。厳しすぎる女として。
さらに、次の日には噂になっていた。私がどれだけ天粕誠二に対して厳しかったのかと。
「なんか、生徒会長、彼氏だった天粕くんにめっちゃ厳しかったらしいよ」
「それで、天粕の奴、病みかけて別れたとか」
「え~、生徒会長、キビし~」
誠二は悲劇の主人公となっており、私は意地悪な女。まるでweb小説に出てくるざまぁ対象のような存在。
そして、更にweb小説のような展開で、誠二はあの後輩、蜜池かえでに救われて付き合うようになったらしい。
別れてすぐに付き合うような男なのに、私が厳しすぎるからという理由で誠二は許されるのである。
世の中は、理不尽だ。
私は、生徒会室に逃げ込み、仕事に没頭した。仕事して仕事して仕事して仕事をした。
そんな日が続いた。その間に、誠二は蜜池かえでと甘い日々をすごしているのだろう。そして、私の噂は尾ひれ背びれがついて鉄の女というあだ名も聞こえてくるほどだった。
その日も、私は鉄の女らしく、何も考えずにただただ生徒会業務に没頭していた。日が暮れるまで。
「会長」
顔をあげると、副会長、羽藤くんが立っていた。手にはココアが二本。
「羽藤くん、まだ帰ってなかったの。仕事終わったのなら、帰ってくれてよかったのに」
「いや、会長がいるのに帰れませんよ。大体会長みんなの仕事もとっていくんですから」
苦笑いを浮かべる私。別にみんなの為じゃない。私は私の為にみんなの仕事を奪っただけ。
そんなことを知らないであろう羽藤くんは、お礼のつもりか私に一本ココアを渡す。じんわりとココアの温かさが私の両手に広がっていく。
「あったかい……」
「まったく、もうほぼ完ぺきじゃないですか。これでいいと思いますけど」
羽藤くんは私の隣に来て、私がやっていた文化祭の書類をのぞき込み、眼鏡に手を添える。思わず身体が反応し、避けてしまう。
「『ほぼ』完璧でしょ。完璧にしたいの。みんなが楽しみにしている文化祭なんだから徹底的にやっておきたいの」
それは嘘じゃない。なのに、取り繕うように言ってしまう。
「私は厳しい女だから」
本当にかわいげのない女。
「……そうですね」
羽藤くんの言葉に胸が痛む。鉄の女なんて笑えて来る。
羽藤くんは少しだけ距離をとって振り返る。
その顔はちょっとかなしそうにわらっていて。
「生徒会長は、自分に厳しすぎます。もっと頑張らなきゃってもっと頑張らなきゃって……もう十分がんばってますよ。もっと、自分に優しくて……もっと自分をねぎらってあげてほしいです」
あ
鉄の女が泣いていると気づいたのは、慌てた表情の羽藤くんがハンカチを持って私の方へ駆け寄ろうとしていたから。
私は羽藤くんを手で制し、自分のハンカチを取り出す。
そして、
「う、うあ、うわあああああああああああああああああああああああ……」
思いきり泣いた。羽藤くんが蹲る私の隣に来て、頭をぽんと撫でようとしたので思い切り避けたら笑い声が聞こえた。それでも、私は、彼氏と別れた私は彼に、付き合ってもない男性にそんな風に甘えたくはなかった。
羽藤くんは、泣きじゃくる私の隣にずっと居てくれた。
3か月後。
全てが変わってしまった。
号泣してしまったあの日、実は他の生徒会メンバーは外で私の仕事が終わるのを待っていた。目を腫らした私を見て、みんな心配をしてくれた上に、誠二に対してめちゃくちゃ怒ってくれた。そして、絶対に誠二許すまじ、と。
それにより、すべての真実が明らかになった。
「天粕先輩って、そんなヤバかったんですか?」
「そうなんだよ、生徒会長のこと厳しい、しんどいって言ってたけど……結構普通のこと言ってたらしいんだよね。遅刻するなとか先生も頑張ってくれてるんだから授業で居眠りしないとか、部活は出来るだけ出た方がいいとか……それを厳しい厳しいって言ってたんだよね」
「え、ヤバ」
生徒会室前で大声で話している生徒達。だが、言っていることはその通り。私が言ってたのはそこまで厳しいことではなかったようだ。
私は、私の恋人として最低限のことはちゃんとしてほしいだけだった。
そもそも、これは私もよくないことだが、誠二と付き合うことになった理由も、家が隣同士で、面倒見のよいことを褒められてそういうものなのだと、私はそうすることが幸せだと思い込んでしまっていた。
それが崩れた瞬間、私にとって何が正しいか分からなくなってしまったし、それまでの『立派な彼女』になろうという強い意志も一気に冷めていってしまった。
「で、その激ヤバな天粕先輩は学校やめちゃった、と」
「うん。生徒会長が厳しすぎるって嘘の噂を流してたのがバレて学校来るのめんどいって言い始めて結局来なくなったのね。まあ、生徒会長と別れてからどんどん授業態度も授業妨害レベルにひどくなっていったし、部活も全く出なくなったりとか服装もだらしなくなって……正直、体臭もひどくなって香水でごまかして」
「うわ、キツ」
「最終的に学校来なくなったんだけど……噂によると遊び惚けて飲酒で捕まったとか闇バイトに参加したとかで、この前警察に捕まって……学校から注意喚起が出たのはそのせいなのよ」
「もう天粕先輩、自分で人生ハードモード堕ちちゃってんじゃないすか」
生徒会室前というのをわかっていないのか、私がいる可能性を考えていないのか、話を続ける見えない二人。
誠二は大変なことになっているらしいのはお隣の様子を見て感じてはいた。比較的付き合いはよかったのだけど、誠二のお母さんもお父さんもちょっと緩いところがあり、我が家は引っかかっていることもあった。誠二と別れたタイミングでお互い気まずくなって交流はなくなったんだけど、どうやら誠二のお父さんは仕事のミスで個人情報漏洩か何かで異動させられ、その間にお母さんは不倫して離婚直前だったらしい。完全に家庭崩壊といった様子。
「え? 天粕先輩の彼女さんは? 大丈夫だったんですか?」
「ああ、蜜池さんも一緒になって遊び惚けてたんだけど、イセイフジュンコウイ? が学校にバレて、数珠つなぎに家族にバレてなんか軍隊並みの規律と訓練みたいな授業をさせられる学校に入れられたらしいよ」
「うわ、彼女さんもきびしい~。自分も気を付けないとな~」
笑いながら二人は去っていく。あの二人は生徒にとって良い反面教師となったのかもしれない。学校は平和そのものだった。私に関する噂も一気に消えていった。
「まあ、そもそも生徒会長の品行方正っぷりは有名でしたからね。なんで天粕先輩と付き合ってるのか疑問って人も多かったですし、どうぞ」
「……どうも」
副会長が差し出すモノを受け取りながら私は仕事を続ける。といっても、やることは僅か。生徒会のみんな、特に副会長がほとんどの仕事を奪っていってしまった。
「羽藤くん、私の仕事はどこに行ったの?」
「仕事はあるじゃないですか」
ない。だって、羽藤くんが全部私の隣で終わらせてしまっている。
私の目の前にあるのは、今羽藤くんが差し出したお菓子と飲み物。校則違反にならない範囲の。
あとは、書記の大塩さんが貸してくれた私の好きそうなあまあま恋愛小説と、会計の芥子くんがプレゼントしてくれたブランケット、庶務の仁賀さんが選んだマッサージ器のみ。
つまりは……めちゃくちゃ甘やかされている!!!
「これのどこがっ……!」
「今まで頑張っていた分、甘やかされるのが生徒会長のお仕事、ですよ?」
そう言って鼻先が触れそうな距離まで私に迫る羽藤くん。ち、ちかい……なんか、いいにおいがするし……!
その匂いの正体に気づく。ココアのあまいにおい。
あの日と同じ。今日も私にくれたココアの匂い。
羽藤くんはココアが好きらしい。そのココアを私にすすめてくれたのだ。ブラックコーヒー派だった私だが、今ではすっかりお気に入りになってしまった。
じゃなくて!
本当に羽藤くんが徹底的に甘やかしてくるのだ。誠二に逆恨みされていたら大変だと送り迎えもしてくれるし、健康チェックをして時にはお弁当を作らせてほしいと言ってきたりする。休憩時間に書類を触ってると奪われるし、とにかく何かとほめられる。ほめごろされる。羽藤くんのやさしい声とやわらかいほほえみで。
「会長、今日の朝礼のスピーチしている様子素敵でした」
「会長の字、きれいですね」
「会長ってほんとうにかわいいですよね」
私は出来る女にならなければいけないと自分に厳しくしてきた。だが、
「羽藤くん」
「はい」
「このままだと、私、ダメになるわ」
羽藤くんは眼鏡に手を添えてきょとんとして、そして、やっぱりやわらかく笑う。
「ダメになってほしいんですけどね、俺なしだと」
気障すぎる。その言葉は他の生徒会役員にも聞こえているのに気にしないこの男は……!
私と羽藤くんはまだ付き合っていない。付き合っていないのだけど周りからはそう見えているらしい。男を見る目のない私と付き合うなんてどんな風に思われるか分かっていないのだろうか。
いや、やっぱりダメだ。それは、ダメだ。
「駄目よ」
そう言って私は他の生徒会役員の様子を見てそっと彼の耳元で囁く。
「私、あなたに釣り合うような立派な女の子に、私がなりたいの。だから……厳しくして」
私がそう告げると少し赤みがかった顔で耳を押さえながら羽藤くんがこっちを見る。
眼鏡の奥のキラキラした目に私が映る。私は、もっと彼に見てもらえる人になりたい。そう思っている。
すると、羽藤くんはふっと笑う。ココアの香りがした。
「ええぇ……ほんっと、キビし~」
『「え~、彼女さんキビし~」と彼氏を寝取られた(元)彼女さんはですが何か?』了
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