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婚約者に裏切られ婚約破棄された令嬢ですが、隣国の冷酷王子に拾われたら溺愛されつつ元婚約者を徹底的に潰すことになりました

作者: 結城斎太郎
掲載日:2026/04/05

「——リシェル・アルヴェイン。君との婚約は、ここで破棄する」

 静まり返った夜会の中央で、その言葉はあまりにも軽く、そしてあまりにも残酷に響いた。

 私は一瞬、理解が追いつかなかった。

 目の前に立つのは、婚約者である王太子——エドガルド。幼い頃から決められていた未来。何の疑いもなく信じていた関係。

 なのに。

「理由は明白だ。お前は——冷たい女だ」

 は?

 思考が一瞬、完全に停止した。

「それに比べて、彼女は違う」

 エドガルドが手を取ったのは、柔らかく笑う少女。

 ミレイナ・フォルシア。

 ……ああ、なるほど。

 理解した。

 ——これ、不倫ね。

「彼女は優しく、温かく、そして何より……私を理解してくれる」

「理解、ですか」

 口が勝手に動いた。自分でも驚くくらい冷静な声だった。

「では殿下。夜会の前日まで“愛している”と囁いていたのは、どなたに対してでしょう?」

「っ……!」

 エドガルドの顔が一瞬歪む。

 ミレイナはそれを庇うように一歩前に出た。

「リシェル様、見苦しいですわ。もう終わった関係なのですから」

「終わらせたのは、あなた方でしょう?」

 私は笑った。

 笑えてしまった。

 ——ああ、そうか。

 これが裏切りか。

 こんなにも、あっさりと。

「いいでしょう」

 私はスカートの裾を軽く持ち上げ、優雅に一礼した。

「婚約破棄、確かに承りました」

 会場がざわめく。

 誰もが、私が泣き崩れると思っていたのだろう。

 だけど——そんな安っぽい真似はしない。

「ですが一つだけ」

 顔を上げ、まっすぐに二人を見る。

「必ず後悔させて差し上げますわ」

 静かな宣告だった。

 それがどれほどの意味を持つのか、まだ彼らは理解していなかった。

 その夜、私は全てを失った。

 家にも戻れない。父は政略の失敗を理由に、私を見放した。

 行く当てもなく、冷たい石畳を歩く。

 ……笑える。

「ここまでテンプレな転落、ある?」

 思わず呟いたその時だった。

「随分と余裕だな」

 低く、よく通る声。

 振り返ると、そこには一人の男が立っていた。

 黒い外套。鋭い眼光。

 ただ立っているだけで空気が変わる。

「……どちら様で?」

「名乗る必要があるか?」

 いやあるだろ。

 なんだこの人、圧が強すぎる。

「私はレオンハルト。隣国ルクセリアの王子だ」

「……は?」

 いや待って情報量。

「お前の一部始終は見ていた」

 最悪だ。

 人生の黒歴史を外国の王子に観覧されていた。

「で、結論から言う」

 彼は一歩近づいた。

「お前を拾ってやる」

「……はい?」

「復讐したいのだろう?」

 ——その一言で、心臓が跳ねた。

 図星すぎる。

「その代わり、俺の側にいろ」

「それって……」

「契約だ」

 淡々と告げられる。

「お前は頭が切れる。感情に流されない。ああいう場で笑える女はそういない」

 褒められてるのか微妙。

「そして何より」

 彼はわずかに口元を緩めた。

「面白い」

 ……あ、これダメな人だ。

 でも。

「——いいでしょう」

 私は頷いた。

 どうせ失うものなんて、もう何もない。

「その契約、受けます」

 それからの日々は、まさに怒涛だった。

 レオンハルトのもとで教育を受け、社交界に復帰し、情報を集める。

 そして知った。

 エドガルドは既に失敗を重ねていることを。

 ミレイナは金と権力を求めて暴走していることを。

「自滅コースまっしぐらですね」

「人は簡単に腐る」

 レオンハルトは紅茶を口にしながら言った。

「だが、お前は違う」

「そうですか?」

「少なくとも——」

 ふと、彼の手が私の頬に触れた。

「俺の前でだけは、弱くなっていい」

 ——心臓が、うるさい。

「……それ、契約外では?」

「追加だ」

 いや勝手に増やすな。

 そして、復讐の日。

 再び同じ夜会の場。

 私はレオンハルトの隣に立っていた。

「な、なんでお前がここに……!」

 エドガルドの顔が青ざめる。

「ご無沙汰しております、元婚約者様」

 にっこり笑う。

「隣国王子の婚約者として、ご挨拶に参りました」

「なっ……!?」

 ざわめきが広がる。

 ミレイナは顔を歪めた。

「嘘よ……そんなの……!」

「嘘ではありません」

 レオンハルトが一歩前に出る。

「それと——一つ報告がある」

 空気が凍る。

「エドガルド王太子。貴様の不正と横領は既に証拠を押さえている」

「な……」

「加えて、その女」

 冷たい視線がミレイナを射抜く。

「他国との不正取引の証拠もな」

 終わりだ。

 二人の顔が、絶望に染まる。

「リシェル」

「はい」

「好きにしろ」

 任された。

 なら遠慮はしない。

「——全て、失ってください」

 静かに、告げた。

 それだけで十分だった。

 数日後。

 二人は爵位も地位も全てを失い、社交界から消えた。

 そして私は——

「これで満足か?」

「ええ」

 レオンハルトの隣で微笑む。

「完璧です」

「なら次だな」

「次?」

「結婚式だ」

「……は?」

 いや聞いてない。

「契約だろう」

「いやそれ契約に含まれてませんよね!?」

「今含めた」

 この人ほんと強引。

「……でも」

 私は小さく息を吐いた。

「悪くないかもしれませんね」

「なんだそれは」

「あなたとなら、退屈しなさそうですから」

 そう言うと、彼は珍しく少しだけ笑った。

「当然だ」

 そして、手を取られる。

「一生、飽きさせない」

 ——その言葉は、どんな愛の言葉よりも重く、優しかった。

 婚約破棄から始まった物語は、復讐で終わり——

 そして、新しい幸せへと続いていく。

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