騎士達の戸惑い
久しぶりの投稿です。
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
「……ちっ、調子が狂うな」
ベネディクトは、重い儀礼用の甲冑に身を包み、会場の隅で忌々しそうに呟いた。
俺の隣にはいつもカトリーナがいた。
「ベネディクト、左の配置が甘いわ。貴族の酔っ払いが紛れ込みそうよ」
会場を鋭い視線で見回し、男顔負けの度胸で誰よりも頼りになる「鉄の女」。
そんなあいつが、今回は珍しく護衛を辞退した。
「カトリーナのやつ、風邪でも引いたのかな?あいつがいねぇと、何か心許ないな……」
隣で警護に立つ仲間も、暇を持て余すように肩をすくめる。
俺たちはカトリーナを、女と思うことはなかった。
いや、……思わないようにした。
剣技に優れ、何事にも厳しい奴を女扱いにするのは失礼だと考えたからだ。
「……どうせアイツのことだ。今頃は宿舎で木剣でも振ってるんだろ。ドレスなんて窮屈なもん、あいつの性分にゃ合わねぇし」
そう言って、俺たちは下卑た笑いを交わした。
「あいつにドレスなんて着せてみろ。岩に布を被せるようなもんだぜ」
――そう呟いでいた時、賑やかな会場から一瞬沈黙が降り、……怒涛の騒めきが巻き起こる。
(……何が起こった?)
警戒し、原因らしき場所に目を向ける。
現場近くの同僚らは呆けたように微動だにせず、こちらのサインにも気づかない。
「……おい、今……聞こえたか?」
近くにいた同僚が、困惑気味に訊ねる。
(いったい何があった?)
そのうち王弟エドワードが手を叩き現れた。
常日頃の仏頂面はなりを潜め、満面の笑みを讃えている。
その姿にドン引きする俺たち。
エドワード閣下が、まさか女性を賞賛し、なにより女性の腰を抱いてエスコートしている。
俺は眉を顰め、相手の女性を見つめて気づいた。
「……嘘、だろ?!」
目の前に……、信じ難い光景が広がる。
どこまでも透き通る気品に満ちた純白のレースが、彼女の鍛え抜かれたしなやかな肢体を包み、神聖な輝きを放っていた。
一歩踏み出すたびに、しなやかな足のラインがソフトマーメイドの裾を押し上げ、床に広がるロングトレーンが、優雅に波のようにたゆたう。
「おい……嘘だろ……。あれ、本当にカトリーナか?」
隣の奴が動揺から、装飾の槍をカチャカチャと鳴らし、俺自身も膝から下の感覚が怪しい。
「あいつ……あんな、顔をするのか?」
ディートリッヒが、絶望に似た呻きを漏らした。
エドワード王弟の腕に抱かれたカトリーヌは、頬を少しだけ染めている。
今まで「無骨な女騎士」という、俺たちの固定概念は粉々に叩き砕かれた。
何より俺たちが打ちのめしたのは、彼女の背中だった。
大胆に開いた菱形から、凛とした艶やかな背中の曲線が覗き、罪深い色香を放っていた。
そこは俺たちが絶対の信頼を預け、守り守られた騎士の背のはずだった。
目に映るむき出しの肌は、俺たちが想像したゴツゴツの岩や鉄じゃなく、滑らかでみずみずしい女の素肌だったのだ。
(……俺たちは今まで何に守り守られたのか?)
カトリーナがこちらに気づき、いつもの不敵な笑みを浮かべていた。
俺たちの前で足を止めると、いつも調子で「明日の朝の鍛錬、遅れるなよ」と言い放つ。
(……遅れるわけないだろ、バカ野郎!)
(そんな格好で、そんな『いつも通り』の声を出すな! 脳がバグる!)
いつもと変わらない彼女に、俺は一歩踏み出そうとした。だけど……
その直後、エドワード閣下の鋭い視線と大胆な行動に、俺たちは戸惑い驚いた。
カトリーヌの滑らかな背中に、閣下が掌を当然のように置き愛撫する。
その暴挙に俺たちは、一斉に視線を逸らし下を俯いた。
(朝練、朝練、朝練……)
俺たちは頭の中で、呪文のように繰り返す。
そうしないと彼女の暴力的なまでに美しい曲線と、魔王閣下が視野に入る。
(……閣下ヤバい、視線怖すぎだろ?!)
昨日まで「オイ、似合ってないぞ!」と肩を叩き笑えたが、今の彼女にやってみろ!
間違いなく、エドワード閣下に抹殺される。
本能的な恐怖から硬直し、思考を一気に手放した。
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〖エドワード視点〗
警護に立つ騎士たちの前を通りかかると、カトリーヌが同僚らに慣れた様子で声をかける。
その行動に、エドワードの足は止まる。
カトリーナが「閣下?」と不思議そうに首を傾げた瞬間、エドワードは彼女を更に抱き寄せ、騎士たちに見えるよう、彼女の背中を正対させた。
剥き出しの背中に自らの大きな掌をゆっくり刻みこむ。
「っ……!」
騎士たちの間で、押し殺した悲鳴のような息遣いが漏れる。
エドワードは、彼女の背中の肌を慈しむように、見せつけるように指先を沈めた。
指先をワザと彼女の脊椎のラインに沿って滑らせる。
カトリーナは羞恥心から身を捩る。
だがエドワードは許さず、騎士らをじっくり睨みつけた。
ささくれ立った想いが落ち着くと、羞恥心に染まる彼女を宥め、宝物のように抱き寄せその場を離れた。
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夜会から数日が経ち、訓練場には相変わらずカトリーナの姿があった。
いつもの騎士服と無造作に束ねた黒髪。
夜会の騒ぎが嘘のように、彼女は淡々と木剣を振っている。
「……よかった。あいつ訓練場にいるな」
ベネディクトたちは、心の底から安堵する。
いつものように声をかけ、いつものような態度をとる。すれ違いざま|あの冷ややかな香りに気づくが、口出しは出来ない。
「鍛錬に来れば関係ない」と自分たちに言い聞かせ、平静を装いながら稽古に励んだ。
〖夜会後の酒場にて〗
「……『朝練、遅れるなよ』だって」
テーブルの上には安酒の瓶が転がり、泥臭い空気が漂っていた。
「あいつが隊服で現れても、俺……もう透けて見えちまうかも……」
「言うな! 俺だってそうだ!」
ディートリッヒが、机に額を押し付ける。
「最悪だ……」
昨日まで汗を拭きながら「明日もな!」と拳を合わせられた。
「くそっ、あんな綺麗なもん見せつけられて、明日からどんな顔して訓練すればいいんだ!」
ベネディクトが、濁った酒を喉に流し込み呻くように呟いた。
「なあ……、俺たちは今まで何を見ていたんだ?」
「『男勝り』だの『鉄の女』だの……、俺たちがあいつをそう言っている間、閣下は見抜いてやがったんだな」
酒を飲んでも胸のモヤモヤが晴れる事はない。
「閣下の掌……見たかよ。ありゃあ……自分の獲物を囲い込んでる男の目だ」
彼女が「朝練遅れるなよ」と言ったその横で、閣下の目はヤバすぎた。
「……だけど 俺たちに何ができる?簡単に首なんて飛ぶんだぞ!」
ベネディクトは、空になった杯を叩きつけ「どうすりゃいいんだ……」と頭を抱える。
氷のように冷たい声が木霊する。
「明日の朝練で……、傷をつけたり、気安く彼女に触れてみろ。その時は、腕も眼球も二度と使い物にならぬよう、私が直々に始末してやろう……」
言葉を紡ぐたび、放たれる冷徹な威圧感に、全身の毛穴が逆立ち恐怖に震えた。
「クソッ!……無自覚に閣下の毒牙にかかりやがって、あいつは気づいてねぇ」
ディートリッヒが杯を叩きつけた。
ベネディクトは、カトリーナの背に食い込むエドワードの指先を思い出す。
「カトリーナは……馬鹿だからなぁ。純白のドレスだって、おかしいと思わねーよ」
グラスの縁を指先でなぞりながら考える。
王弟殿下の瞳に宿る本物の狂気。
彼女は、知らず知らずに危険な崖っぷちに立っている。騎士たちは彼女の居場所がなくなる事を恐れた。
「……明日、あいつ鍛錬に出てこれるのか?」
「……明日あいつが来なかったら」
「閣下が『彼女はもう剣を置くことにした』なんて微笑みながら現れたら……」
ベネディクトは、震える手で杯を握りしめた。
「……そうなったら俺たちの知る『騎士カトリーナ』は死ぬ。あいつから剣を奪ったら、死ぬより残酷じゃないか」
エドワードという巨大な権力が、用意周到に彼女を飲み込もうとしている。
「俺たちが守らなきゃならねぇのは『騎士としての誇り』だ。たとえ閣下を敵に回しても、それだけはあいつから守ってやろう」
仲間たちはカトリーヌの幸せを守ろうとした。
だが実際……、その決意は脆く、エドワードという高い壁に沈黙する。
あれから数日経ち、相変わらず泥にまみれ、ざっくばらんに笑いあった。
カトリーヌから時折あの香りが漂うが、問題のない日常だった。
そんな何気ない日常に、音もなく魔王殿下が現れた。
騎士たちが慌てて起立する中、魔王殿下は彼らに一瞥もくれず、真っ直ぐにカトリーナの元へ向かう。
「カトリーナ。少し髪が乱れているぞ」
王宮の重鎮で、冷徹な王弟として名を馳せる彼が、衆人環視の中彼女の髪を整えていた。
ベネディクトたちは恐れ恐慄いて、カトリーヌの様子をソッと見る。
……ヘラヘラと締りのない呑気な顔をしていた。
(((((……まったく分かっていない!)))))
騎士たちは処刑台から遠ざかりたくて堪らないのに……。
「……フッ」
それは明確な冷笑だった。
言葉にせずとも、その視線だけで「彼女は俺のモノだ」と告げていた。
カトリーナに向ける蕩けるような眼差しと、自分たちに向ける底冷えする蔑みの視線に、騎士たちは悟ってしまった。
カトリーヌはいるが、もう自分たちの手の届かない所にいるのだと……。
戻れない現実を突きつけられ、後悔と悲しみが胸にじわじわと広がっていく。
エドワードが当たり前のように、カトリーヌを連れ去り、カトリーヌも抵抗なくついて行った。
……もう鎖は繋がっている。
ベネディクトがぽつりと呟く。
「……なあ。あいつ幸せになれると思うか?」
あのエドワード王弟の、異常なまでの執着と独占欲。
カトリーナは、その「質の悪い愛」の深さをまだ分かっていないのかもしれない。彼女が騎士として生きることを許しながら、実際は四方から逃げ場のない愛で囲い込んでいる。
「……あいつは強い。だけどあのお方は……余りにもたちが悪すぎた」
騎士たちは顔を見合わせた。
今まで「女らしくない」と笑っていた自分たちの愚かさは、もう取り返しがつかない。
なら今できる事は、もし彼女が王弟に息詰まった時、息抜き場ぐらいにはなってやろう。
「カトリーナ……幸せになれよ。あのおっかないお方に、……負けないように」
彼らの不器用な精いっぱいの祈りが、泥だらけの訓練場に静かに満ちていった。
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昨夜の余韻が冷めやらぬ、王宮の朝。
朝食のテーブルを囲む王室一家の様子は、威厳に満ちた普段の姿とは少し違う。
「ねえ、おじ様は? カトリーヌの評判は? 昨夜はどうだったの?」
王女イザベルはスープもそっちのけで、瞳を輝かせて質問をする。扉近くの侍女たちも、自分たちが丹精込めて作り上げた「真珠の女神」が、いかに夜会を震撼させ、その後どうなったのか?知りたくてウズウズしていた。
「落ち着きなさい。エドワードならまだ幸せを噛み締めているか、……あるいは誰にも渡したくなくて、訓練場に睨みをきかせに行たのでは?」
王妃エレノアがにんまりと笑いながら答える。
隣では王リチャードが不機嫌そうに、硬いパンを千切っていた。
「ウフフ♪早くおじ様に会いたいわ」
ニコニコ笑顔のイザベラは、ようやくスープに手を付けた。
「……信じられん。あの冷酷で無慈悲な弟が、あそこまで剥き出しの独占欲を見せるとは、俺は夢を見たのか?」
リチャードは昨夜の弟の姿を思い出し、未だに驚きを隠せずブツブツと呟く。
「カトリーナ卿を引き寄せ、あの挑発的な手つきはなんだ?背中を撫で回しよって……。会場中の男たちに、獲物を独占する威嚇と殺気立つ目は魔王か?あれはもう駄目だな……、狂おしいほどの感情だ」
「あら、驚くことではなくってよ。あの方に眠っていた獣を目覚めさせたのは私たちと、あのドレスですもの「ね~♪」」
エレノアとイザベラは顔を見合わせ、クスクスと笑う。
あの大胆な背中開きこそ、エドワードの歪んだ独占欲を極上の形で演出したのだと、彼女たちは満足していた。
本当……、説得するのに大変だったわ。(遠い目)
「……それにしても」
リチャードが子供のように唇を尖らせる。
「デザイン相談の時、なぜ私に一声かけなかったのだ。私もその白レースのなんとかという案に賛成したかったし、あいつの狼狽えぶりを裏から眺めたかった……!」
まさか仲間外れを自分だけされるとは、リチャードは本気で憤慨し不貞腐れる。
するとエレノアは優雅にナプキンを置き、リチャードの機嫌を取るように微笑む。
「あら、陛下。拗ねる必要なんてありませんわ。今からでも合流なさってはいかが?」
「……いかが?」
イザベラも首を傾げ、一緒に微笑む。
「今から? もう夜会は終わっただろう……」
「お父様、わかってないなあ!」
イザベラが身を乗り出して、リチャードの腕を揺らす。
「おじ様のあの目!もうカトリーヌは逃げれないし離さないよ。 次のドレスは、仮じゃないパーティーで♪……そう結婚式!本番だよ!!」
イザベラの無邪気で核心を突いた言葉に、リチャードは一瞬目を見開き、やがて楽しげに笑い声を上げた。
「ははは! なるほど、本番か!よし、その時はこの兄である私が、世界で一番贅沢なレースを贈ってやろう。……エドワードが嫉妬して、顔を青くするほどにな!」
「ええ、歓迎するわ。侍女たちも、今から気合が入っているようですし」
侍女たち(イザベラ)は「はいっ!」と気合を入れて応える。
王弟エドワードの「独占欲」という名の暴走は、王家総出のバックアップを受け、さらなる加速を遂げる事だろう。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)




