彼女は誰だ?
久しぶりの投稿です。
拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。
窓から差し込む朝の光は、いつもなら鍛錬場の土埃を照らす無情でしかない。
しかし今あるのは、朝露を纏った蜘蛛の糸のように繊細で、光り輝く純白の総レースを鮮やかに照らす。
「……コレを私が?」
騎士団の中では上位の、剣客であるカトリーナは呆然と呟いた。
彼女には鍛錬で刻まれた微かな傷跡と、陽に焼けた肌があり、騎士仲間からは「相棒」と背中を叩かれ、冷嬢たちには「鉄の女」と異名を賜る。
仕方ない……、背は高く肩幅もしっかりと丈夫だし、仕事には大いに役立っている。
つまり女性らしい華奢とは無縁の自分が、この清純で高潔な色合の豪華な衣装を着れと……。
想像するだけで、眉間に皺が寄っていく。
逃げたい……、逃げられるモノなら地の果てまで、全力で逃げ切ってみせるだろう。
だが……、コレを贈った王弟から、貸しを請求するメッセージカードが添えられていた。
ガックリと頭を垂れるしかない、カトリーヌ。
嫌味な貴族たちから「ドレスに着られている」「女装か?」と嘲笑される、未来の自分が目に浮かぶ。
ハァ〜〜……、重たくなる溜息を零し、とても繊細で上品なドレスに、……胡乱げな眼差しを向け……、もう一度溜息をついた。
夜会当日、仲のいい侍女カトリーヌが訪ねてきて、そのまま支度部屋へと連行される。
メイド姿の王女と数人の侍女らのニンマリと笑い待ちぶせていた。
全身の肌を香りの高いOILで入念にマッサージをし、髪と顔も同様に鼻息荒く整えられ、あれよあれよという間に施されていく。
まったく慣れてない事に、カトリーヌは疲弊し翻弄されていた。そこは正に戦場で、現在彼女の様子は敗戦者と同じだった。
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夜会会場へカトリーナが足を踏み入れると、そこは静寂に包まれる。
ハイネックの襟元から手首まで包み込む純白の繊細なレースは、彼女の精悍な顔立を高潔で魅力的な女性へと昇華させる。
「……あれは?!……誰だ?」
「……カトリーナ卿?……じゃないか!」
瞬間……、どよめきが起こり広がっていく。
彼女はその中を悠然と歩を進めると、腰元の可憐なバックリボンが軽やかに揺れる。
さらにそこから広がるソフトマーメイドの曲線が、鍛え抜かれたしなやかな身体のラインを「強さ」から「美しさ」へと変換していった。
カトリーヌが一歩踏み出す度に、床を滑るロングトレーンは、人魚の尾のような嫋やかさで優雅に遊ぶ。
かつて彼女を蔑んだ男たちは、言葉を失い立ち尽くし、彼女を同性扱いした者たちも、話かける事を躊躇い圧倒され、神々しい姿にひれ伏す。
だが勇気ある一人の男が、彼女を冷やかそうと近づいた。カトリーナは気づくが、歩みをそのままに進めていった。
「やぁ、カトリーナ卿!着飾ってもその厳つい肩幅は隠せな――っ……!」
……男は言葉を失い、視線は囚われる。
大胆に菱形に開かれたバックオープンのデザインは、背中の滑らかで健康的な色合いの素肌と、鍛え上げられた嫋かで美しい曲線に魅了される。
隠すのではなく、さらけ出す。
騎士の強靭な骨格が、白いレースの魔法によって、誰にも真似できない唯一無二のシルエットへと映ろう。
「……何か仰りたいことでも?」
彼女は片眉を上げ斜めに見る。
男の呆然とする顔を、フフフと密かに笑う。
「騎士である私」と「女である私」が、純白のレースの中で初めて一つに溶け合った。
彼女を蔑む過去は消え去り、艶やかな新しい姿に塗り替える。
浮き足立った会場に、ゆったりとした重みを持つ拍手が響き渡る。
「……見事だ。私の見立てに狂いはなかったようだな」
人混みが割れ現れたのは、この国の第一王位継承権を持つ王弟・エドワード。
常日頃は王よりも冷徹で厳しく、軍部も恐れられる聡明な彼が、満面の笑みを浮かべている。
会場のざわめきが波のように広がる中、彼はカトリーナの前に足を止め、鋭い双眸で観察し満足げに頷いた。
「カトリーナ卿。その肩幅と背丈は、鎧を纏うモノと常々思っている様だが……」
彼はゆっくりと彼女の周囲を一回りし、大胆に開いた背中のラインと、そこから流れるロングトレーンの美しさを愛でるように視線を走らせる。
「白い繊細なレースも似合っているよ。その魅力的なバックスタイルは、唯一無二の君の美しさだ。誰にも見せたくない程にね」
カトリーナは、この白い総レースのドレスを気に入っている。
ただ軍務で幾度も刃を交えた(あるいは共に策を練った)王弟エドワードは、何か思惑があって贈ったのだろう。
彼は優しく包み込むような微笑み浮かべ、彼女の指先を優雅に掬い上げ口付ける。
「私が君のパートナーだ。退屈で面倒な夜会だが、今夜は楽しめそうだ」
彼は動揺を隠せない貴族たちや、居心地が悪そうにしている騎士たちを一瞥する。
そしてカトリーナの腕を取り、自分の隣に導いた。
「行こうか。君の黒髪がこの白に映えて、まるで夜空に落ちた真珠のようだ。……カトリーナ、今夜は剣を忘れて、私を受け入れてほしい」
カトリーナは、いつも見せる不敵な笑みではなく、戸惑いを含んだ笑みを浮かべる。
「……御意。エドワード閣下、私で本当にいいのでしょうか?」
そんな彼女に柔らかな笑顔を向け、腰に手を添え密着する。すると指先に……、微かに震え身体と彼女の温もりが伝わる。
エドワードはわずかに口角を上げ、カトリーヌの耳元へ口を寄せ囁いた。
何を言われたのか……、背筋をスッと伸ばし堂々と歩き出す。
その背から覗く魅惑の曲線は、どの令嬢の華奢な背中より、彼女の生き様を美しく語っていた。
夜会の光り輝く大広間で、エドワードの腕に抱かれるようにして歩くカトリーナ。
カトリーナが視線を向けた先には、儀礼用の槍を握りしめたベネディクトたちの姿があった。
そんな彼らの目は、驚愕で見開かれている。
昨日まで背中を預け合い、下品な冗談を言い合っていた彼らに、今の自分はどう映っているのだろうか。何気に感じる視線の変化に、カトリーナは困惑する。
今の私は彼らが守っている「日常」という結界の外側だけど、騎士である事に変わりはない。
どんなに美しいドレスを纏っても、自分は彼らと死線を潜り抜けてきた事実は変わらない。
彼らのそばを通り過ぎる際、いつもの不敵な微笑みを浮かべる。
「……明日の朝の鍛錬、遅れるなよ。」
凛とした声で同僚らに声をかけた。
すると突然足が止まり「閣下?」……、無理やり体制を変えられ、剥き出しの背中の上に大きな掌が重々しく置かれた。
「っ……!」
あの日診察室で感じた熱が、一瞬で蘇る。
閣下の指先が、私の脊椎をなぞるように、独占的に肌に沈み込んだ。
私の腰を強引に引き寄せ、同僚らに向かって低く嗤い、さらに私の羞恥心を煽る。
硬直する同僚たちが一斉に視線を逸らし、下に俯いた。
私も余りの出来事に混乱し、隣に立つ閣下に促されるまま、その場を離れる。
だから背後に残された仲間の、哀しげな瞳に気づかなかった。
ただ閣下の行動に翻弄され、目の前の事でいっぱいいっぱいだった。
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夜会の喧騒が嘘のように静まり返った翌朝。
騎士団の訓練場ではいつも通り、夜明けと共に木剣を振るうカトリーナの姿があった。
だがどこか昨日とは何か違う。
「……おい、来たぞ」
ベネディクトをはじめとする同僚たちが、訓練場に姿をあらわす。
あの「純白の女神」を目撃して、どうにも目を合わせることができない。
「お、おい、カトリーナ!昨夜は、その……なんだ。お疲れさん」
ベネディクトが腫れ物を扱うように、声をかける。しかしカトリーナは振り向きざま、鋭い一閃で彼の木剣を弾き飛ばした。
「何をしている、ベネディクト。腰が浮いているわよ」
凛とした声と不敵な笑み、いつもと変わらないカトリーヌがいる。
騎士たちは「ああ、いつものアイツだ」と一安心し、また昨日までのように戻れると思った。
——しかし風が吹いた瞬間、彼らは全員石のように固まりカトリーヌを振り返る。
彼女が動けば身体から、微かに高貴な香りが漂う。
「……この匂い、まさか」
一人の騎士が鼻をひくつかせ、青ざめた。
王弟エドワードが常に纏っている、その香り。
昨夜のダンスか語らいの中でか、二人の距離がどれほど近いか雄弁に物語る。
「カトリーナ、お前……。エドワード閣下と同じ香りがするぞ?」
ベネディクトが震える声で尋ねると、カトリーナは足を止め自分の手首を見つめる。
するとエドワード閣下の眼差しを思い出し、頬を染めて笑う、カトリーヌ。
「……、閣下から『今朝の訓練で、君の同僚たちの目が覚めるように』と言われたわ」
「……っ!」
騎士たちは言葉を失う。
ドレスを脱ぎ騎士服に身を包んでも、あの「白い魔法」の余韻がまだある。
もう誰も「男勝りの地味な女」と嘲笑える者はいないだろう。
香りにあてられたベネディクトたちは、彼女が木剣を構えるたびに、昨夜見た「月光に輝くなだらかな背中の曲線」が脳裏に浮かび、まともに打ち合うことができない。
「どうしたの? かかってきなさい!……それとも、昨夜の私に見惚れすぎて、剣の振り方も忘れたのかしら?」
カトリーナの黒髪が朝風に舞い、王弟の香りが訓練場を支配する。
「騎士である誇り」と「女である美しさ」を手に入れた彼女に、同僚たちは敗北感と、隠しようのない憧憬を抱いて立ち尽くしていた。
読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)




