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彼女は誰だ?

久しぶりの投稿です。

拙いと思いますが、生暖かい気持ちでお願いします。

 




 窓から差し込む朝の光は、いつもなら鍛錬場の土埃を照らす無情(目覚まし)でしかない。

 しかし今あるのは、朝露を纏った蜘蛛の糸のように繊細で、光り輝く純白の総レースを鮮やかに照らす。


「……()()()私が?」


 騎士団の中では上位の、剣客であるカトリーナは呆然と呟いた。

 彼女には鍛錬で刻まれた微かな傷跡と、陽に焼けた肌があり、騎士仲間からは「相棒」と背中を叩かれ、冷嬢たちには「鉄の女」と異名を賜る。

 仕方ない……、背は高く肩幅もしっかりと丈夫だし、仕事には大いに役立っている。


 つまり女性らしい華奢とは無縁の自分が、この清純で高潔な色合の豪華な衣装を着れと……。

 想像するだけで、眉間に皺が寄っていく。

 逃げたい……、逃げられるモノなら地の果てまで、全力で逃げ切ってみせるだろう。

 だが……、()()()贈った王弟から、()を請求するメッセージカードが添えられていた。

 ガックリと頭を垂れるしかない、カトリーヌ。

  嫌味な貴族たちから「ドレスに着られている」「女装か?」と嘲笑される、未来の自分が目に浮かぶ。


 ハァ〜〜……、重たくなる溜息を零し、()()()繊細で上品なドレスに、……胡乱げな眼差しを向け……、もう一度溜息をついた。




 夜会当日、仲のいい侍女カトリーヌが訪ねてきて、そのまま支度部屋へと連行される。

 メイド姿の王女と数人の侍女らのニンマリと笑い待ちぶせていた。

 全身の肌を香りの高いOILで入念にマッサージをし、髪と顔も同様に鼻息荒く整えられ、あれよあれよという間に施されていく。

 まったく慣れてない事に、カトリーヌは疲弊し翻弄されていた。そこは正に戦場で、現在彼女の様子は敗戦者と同じだった。




 *******************




 夜会会場へカトリーナが足を踏み入れると、そこは静寂に包まれる。

 ハイネックの襟元から手首まで包み込む純白の繊細なレースは、彼女の精悍な顔立を高潔で魅力的な女性へと昇華させる。


「……あれは?!……誰だ?」


「……カトリーナ卿?……じゃないか!」


 瞬間……、どよめきが起こり広がっていく。

 彼女はその中を悠然と歩を進めると、腰元の可憐なバックリボンが軽やかに揺れる。

 さらにそこから広がるソフトマーメイドの曲線が、鍛え抜かれたしなやかな身体のラインを「強さ」から「美しさ」へと変換していった。

 カトリーヌが一歩踏み出す度に、床を滑るロングトレーンは、人魚の尾のような嫋やか(たおやか)さで優雅に遊ぶ。


 かつて彼女を蔑んだ男たちは、言葉を失い立ち尽くし、彼女を同性(おとこ)扱いした者たちも、話かける事を躊躇い圧倒され、神々しい姿にひれ伏す。

 だが勇気ある(バカ)一人の男が、彼女を冷やかそうと近づいた。カトリーナは気づくが、歩みをそのままに進めていった。


「やぁ、カトリーナ卿!着飾ってもその厳つい肩幅は隠せな――っ……!」



 ……男は言葉を失い、視線は囚われる。

 大胆に菱形に開かれたバックオープンのデザインは、背中(かのじょ)の滑らかで健康的な色合いの素肌と、鍛え上げられた嫋かで美しい曲線に魅了される。


 隠すのではなく、さらけ出す。


 騎士の強靭な骨格が、白いレースの魔法によって、誰にも真似できない唯一無二のシルエットへと映ろう。


「……何か仰りたいことでも?」


 彼女は片眉を上げ斜めに見る。

 男の呆然とする顔を、フフフと密かに笑う。

「騎士である私」と「女である私」が、純白のレースの中で初めて一つに溶け合った。

 彼女を蔑む過去は消え去り、艶やかな新しい姿に塗り替える。




 浮き足立った会場に、ゆったりとした重みを持つ拍手が響き渡る。


「……見事だ。私の見立てに狂いはなかったようだな」


 人混みが割れ現れたのは、この国の第一王位継承権を持つ王弟・エドワード。

 常日頃は王よりも冷徹で厳しく、軍部も恐れられる聡明な彼が、満面の笑みを浮かべている。

 会場のざわめきが波のように広がる中、彼はカトリーナの前に足を止め、鋭い双眸で観察し満足げに頷いた。


「カトリーナ卿。その肩幅と背丈は、鎧を纏うモノと常々思っている様だが……」


 彼はゆっくりと彼女の周囲を一回りし、大胆に開いた背中のラインと、そこから流れるロングトレーンの美しさを愛でるように視線を走らせる。


「白い繊細なレースも似合っているよ。その魅力的なバックスタイルは、唯一無二の君の美しさだ。誰にも見せたくない程にね」


 カトリーナは、この白い総レースのドレスを気に入っている。

 ただ軍務で幾度も刃を交えた(あるいは共に策を練った)王弟エドワードは、何か思惑があって贈ったのだろう。

 彼は優しく包み込むような微笑み浮かべ、彼女の指先を優雅に掬い上げ口付ける。


「私が君のパートナーだ。退屈で面倒な夜会だが、今夜は楽しめそうだ」


 彼は動揺を隠せない貴族たちや、居心地が悪そうにしている騎士たちを一瞥する。

 そしてカトリーナの腕を取り、自分の隣に導いた。


「行こうか。君の黒髪がこの白に映えて、まるで夜空に落ちた真珠のようだ。……カトリーナ、今夜は剣を忘れて、私を受け入れてほしい」


 カトリーナは、いつも見せる不敵な笑みではなく、戸惑いを含んだ笑みを浮かべる。


「……御意。エドワード閣下、私で本当にいいのでしょうか?」


 そんな彼女に柔らかな笑顔を向け、腰に手を添え密着する。すると指先に……、微かに震え身体と彼女の温もりが伝わる。

 エドワードはわずかに口角を上げ、カトリーヌの耳元へ口を寄せ囁いた。

 何を言われたのか……、背筋をスッと伸ばし堂々と歩き出す。

 その背から覗く魅惑の曲線は、どの令嬢の華奢な背中より、彼女の生き様を美しく語っていた。



 夜会の光り輝く大広間で、エドワードの腕に抱かれるようにして歩くカトリーナ。


 カトリーナが視線を向けた先には、儀礼用の槍を握りしめたベネディクトたちの姿があった。

 そんな彼らの目は、驚愕で見開かれている。

 昨日まで背中を預け合い、下品な冗談を言い合っていた彼らに、今の自分はどう映っているのだろうか。何気に感じる視線の変化に、カトリーナは困惑する。

 今の私は彼らが守っている「日常」という結界の外側だけど、騎士である事に変わりはない。

 どんなに美しいドレスを纏っても、自分は彼らと死線を潜り抜けてきた事実は変わらない。

 彼らのそばを通り過ぎる際、いつもの不敵な微笑みを浮かべる。


「……明日の朝の鍛錬、遅れるなよ。」


 凛とした声で同僚らに声をかけた。

 すると突然足が止まり「閣下?」……、無理やり体制を変えられ、剥き出しの背中の上に大きな掌が重々しく置かれた。


「っ……!」


 ()()()診察室で感じた熱が、一瞬で蘇る。

 閣下の指先が、私の脊椎をなぞるように、独占的に肌に沈み込んだ。

 私の腰を強引に引き寄せ、同僚ら(なかま)に向かって低く嗤い、さらに私の羞恥心を煽る。

 硬直する同僚たちが一斉に視線を逸らし、下に俯いた。

 私も余りの出来事に混乱し、隣に立つ閣下に促されるまま、その場を離れる。

 だから背後に残された仲間の、哀しげな瞳に気づかなかった。

 ただ閣下の行動に翻弄され、目の前の事でいっぱいいっぱいだった。




 *****************




 夜会の喧騒が嘘のように静まり返った翌朝。

 騎士団の訓練場ではいつも通り、夜明けと共に木剣を振るうカトリーナの姿があった。

 だがどこか昨日とは何か違う。


「……おい、来たぞ」


 ベネディクトをはじめとする同僚たちが、訓練場に姿をあらわす。

 あの「純白の女神」を目撃して、どうにも目を合わせることができない。


「お、おい、カトリーナ!昨夜は、その……なんだ。お疲れさん」


 ベネディクトが腫れ物を扱うように、声をかける。しかしカトリーナは振り向きざま、鋭い一閃で彼の木剣を弾き飛ばした。


「何をしている、ベネディクト。腰が浮いているわよ」


 凛とした声と不敵な笑み、いつもと変わらないカトリーヌがいる。


 騎士たちは「ああ、いつものアイツだ」と一安心し、また昨日までのように戻れると思った。

 ——しかし風が吹いた瞬間、彼らは全員石のように固まりカトリーヌを振り返る。

 彼女が動けば身体から、微かに高貴な香りが漂う。


「……この匂い、まさか」


 一人の騎士が鼻をひくつかせ、青ざめた。

 王弟エドワードが常に纏っている、その香り。

 昨夜のダンスか語らいの中でか、二人の距離がどれほど近いか雄弁に物語る。


「カトリーナ、お前……。エドワード閣下と同じ香りがするぞ?」


 ベネディクトが震える声で尋ねると、カトリーナは足を止め自分の手首を見つめる。

 するとエドワード閣下の眼差しを思い出し、頬を染めて笑う、カトリーヌ。


「……、閣下から『今朝の訓練で、君の同僚たちの目が覚めるように』と言われたわ」


「……っ!」


 騎士たちは言葉を失う。

 ドレスを脱ぎ騎士服に身を包んでも、あの「白い魔法」の余韻がまだある。

 もう誰も「男勝りの地味な女」と嘲笑える者はいないだろう。

 香りにあてられたベネディクトたちは、彼女が木剣を構えるたびに、昨夜見た「月光に輝くなだらかな背中の曲線」が脳裏に浮かび、まともに打ち合うことができない。


「どうしたの? かかってきなさい!……それとも、昨夜の私に見惚れすぎて、剣の振り方も忘れたのかしら?」


 カトリーナの黒髪が朝風に舞い、王弟の香りが訓練場を支配する。

「騎士である誇り」と「女である美しさ」を手に入れた彼女に、同僚たちは敗北感と、隠しようのない憧憬を抱いて立ち尽くしていた。





読んでくれて、ありがとうございます(*´ω`*)

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