短編『出会い』
寒い。
喰らい。
お腹が空いた。
……何で神様なんかになってしまったのか。
こんなものになってしまったから、
もう、ただの虫ではいられなくなってしまった。
わけのわからない理屈が、頭の中に勝手に流れ込む。
『信仰心』?
『神通力』?
『維持』?
『調和』?
わからない。わからない。わからない。
わからないから、気が逸れて――獲物を取り逃がす。
たまに捕れても、腹が満たされない。
……こんなわけのわからない存在になってしまったからだ。
だから自分は、実際には――もう、飲まず食わずだ。
「やぁやぁ、善き脚の多さですねぇ。素晴らしい虫っぷりです」
声が、聴こえた。
闇が裂け、何かが、食い破るように現れる。
白い蜘蛛だ。
でも、とてつもなく大きい。
すぐに分かった。
神だ。
自分のような昨日今日なった存在ではない、真に力ある神。
「……誰?」
「えっ、知らないんですか? これでも有名神のはずなんですけどぉ?」
闖入者の八つの目が、くるりと回転した。
ぞっとするような気配。だが、どこか親しげでもある。
「まあ、いいです。私ってば、身内には寛大な神様なので」
「……身内?」
何を言っているのか、分からない。
遥かに格上の存在が――
自分のような、昨日今日神になった存在を「身内」と呼ぶなど。
「そう、身内です。あなた、脚が六本ありますね?
頭部・胸部・腹部で構成されてますね?
つまり――昆虫の神ですね?」
「……」
「私はね、他の昆虫の神を勧誘してるんです。
お友達というか、仕事の同僚というか、仲間というか――
うん、家族になってくれそうな者を。
いずれは天照姉様……もとい、天照大御神様すら一目置く、最強神様団を作るつもりなんですよ。まああなたが最初ですけど」
「……」
「どうせあなた、誰にも祀られてなくて、このままだと消滅しちゃう感じでしょう?
『信仰されなくなった神は消える』。それが、日本神界の摂理ですからねえ」
闖入者は、にやりと笑った。
「単刀直入に言います。私と来ません?」
「……まあ、いいですけど」
――怪しい。
けれど、このわけのわからないモノを説明してくれそうだ。
説明されれば、腹を満たすことだって、できるかもしれない。
「やったぜ! じゃあ、名前を教えてくださいよ、蟷螂ちゃん」
「……名前?」
さっそくまた、わけのわからない理屈が入力されてくる。
名前とは――
人や物を特定するために使用される名称のこと。
個人の身分や出自を示すものであり、他と区別するための概念。
……らしい。
「そんなもの、ない」
「ない? じゃあ、かわいい名前をつけてあげましょう!
そうですねぇ……既に超絶かわいい私の名前を、ちょっとだけもじって……んん~~~……」
八つの目が、喜びに細まり、神は高らかに叫ぶ。
「『吹流』!!」
それが――すべての始まりだった。
遥か昔。数億年前の、出会い。
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「……ところで、蜘蛛って昆虫じゃないですよね?」
「う、ううううるさいっ!! それは禁句ですっ!!
私が昆虫神って言ったら、昆虫神なんですよ!!」