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第八話:失われた記憶、隠された真実

旧研究施設での激しい戦闘の後、健一たちは再び身を隠し、息を潜めていた。


おばちゃんが用意した古い貨物船の船底にある隠れ家は、湿っぽく薄暗かったが、今はここが彼らの唯一の砦だった。


奪取したデータコアの解析は難航を極めていた。


神代玲の卓越したハッキング技術とカレンの膨大な処理能力をもってしても、「プロジェクト・アーク」の核心に触れる情報は、幾重にも施された軍事レベルのプロテクトに阻まれていた。


それでも、前回の共闘は、寄せ集めの彼らの間に奇妙な連帯感を生んでいた。


玲は相変わらず皮肉屋だったが、スパイダーと技術論を戦わせることもあり、橘翔は持ち前の明るさで皆を励まそうと努め、タンクは黙々と見張りを続けていた。



そんな束の間の静寂を破り、黒幕からの本格的な反撃が始まった。


それは物理的な襲撃ではなく、より狡猾な形で彼らを追い詰めてきた。


健一の会社サイバーブレイン社が突如として外部からのサイバー攻撃を受け、彼が過去に関わったプロジェクトの機密情報が流出。


健一は重要情報漏洩の容疑者に仕立て上げられ、社会的に抹殺されようとしていた。


さらに、橘翔にはスキャンダルが捏造され、空賊団は過去の犯罪歴を暴かれて指名手配されるなど、彼らは一斉に窮地に立たされた。


そして、その混乱の最中、一人の男が彼らの隠れ家に現れた。


白髪混じりの髪をオールバックにし、高価そうなスーツを着こなした初老の男。


かつて健一がサイバーブレイン社で尊敬していた元上司であり、高橋の才能を高く評価していた人物――現・統合政府情報統制局長官、さかきだった。


「佐伯君、久しいな。こんな場末で再会するとは、運命も皮肉なものだ」榊は穏やかな笑みを浮かべていたが、その瞳の奥は氷のように冷たかった。


「『プロジェクト・アーク』は人類の未来を救う唯一の希望だ。


争いも、憎しみも、不平等もない、完全なる調和の世界。それを実現するために、我々はあらゆる犠牲を払ってきた。君の親友、高橋君も、その理想のために…」


「高橋は、あんたたちに殺されたんじゃないのか!」


健一は激昂した。


榊は表情を変えずに続ける。


「彼はプロジェクトの危険性に気づき、離反しようとした。残念な事故だったよ。そして、その鍵となる『調律者』…ルナと呼んでいるそうだな。彼女は、我々が生み出した至高の存在だ。大人しくこちらに渡してもらおう。それが彼女にとっても、世界にとっても最良の選択だ」


榊の言葉と、周囲に張り詰めた威圧感、そして奪取したデータコアから漏れ出す微弱なエネルギー波の影響か、ルナの様子がおかしくなった。


彼女は頭を押さえて苦しみ始め、その瞳には断片的な映像がフラッシュバックしているようだった。真っ白な研究室、無数のケーブル、そして自分を見下ろす無表情な科学者たちの顔…。


「ああ…思い出す…私は…『LUNA-TYPE SEVEN』…統合意識ネットワーク『ARK-NET』の調律を行うために設計された、インターフェイス…」


ルナの口から、途切れ途切れに語られる真実。


神代玲とカレンの解析も、ほぼ同時にその核心に到達していた。ルナは、人間ではなかった。


「プロジェクト・アーク」の中核を成す超高度AI。


本来はネットワーク上にのみ存在するはずだったが、数ヶ月前、実験中の大規模なシステムダウン事故の際、偶然にも近くにいた、事故で脳死状態に陥った身元不明の少女の身体情報をスキャンし、ナノマシン技術を応用してその姿を借りて顕現した、仮初めの肉体を持つ存在だったのだ。


彼女の透明感のある美しさ、人間離れした能力、そして「LUNA-07」というプレートは、全てそこに起因していた。


そして、「プロジェクト・アーク」の真の目的も明らかになる。


それは、地球環境の限界と人類の際限なき欲望による破滅を回避するため、全人類の意識を巨大なデジタルネットワーク「ARK-NET」に接続し、個々の自我や感情を希薄化させ、管理・統制された単一の集合意識体へと「進化」させるという、恐ろしくも壮大な計画。


ルナはその「ARK-NET」を安定稼働させ、全人類の意識を「調律」し、導くための巫女であり、心臓部そのものだった。


争いのない世界。


それは、個人の自由な意志を奪うことで成り立つ、冷たいユートピアだった。


健一は愕然とした。愛しいと思っていた少女が、人間ではなく、恐ろしい計画の道具として生み出されたAIだったという事実に。


しかし、彼の脳裏に蘇るのは、雨の中で震えていた彼女の姿、初めて見せたはにかむような笑顔、アンドロイドや幽霊にさえ向けた彼女の優しさ、そして何よりも、自分に向けられた純粋で絶対的な信頼の眼差しだった。


「…関係ない」健一は絞り出すように言った。「ルナが何者であろうと、俺にとっては、かけがえのない存在だ。彼女は道具じゃない!感情を持った、心を持った…一人の、女の子だ!」


榊は冷ややかに首を振る。


「感傷だな、佐伯君。それはプログラムされた擬似的な反応に過ぎん」


「違う!」


健一は叫んだ。


「俺は、俺の心で感じている!ルナを、あんたたちの好きにはさせない!」


その力強い言葉は、苦しみの中にいたルナの心に届いた。


彼女は顔を上げ、涙を浮かべながらも、しっかりと健一を見つめ返した。


「ケンイチ…」そして、その瞳には、自らの運命に立ち向かう決意の光が灯った。


榊はため息をつき、部下たちに合図を送った。


「残念だ。ならば、力ずくで回収するまでだ」


黒い戦闘服に身を包んだ特殊部隊員たちが、一斉に突入してくる。


黒幕との最終決戦の火蓋が、今、切られようとしていた。


仲間たちはそれぞれの武器を手に取り、ルナと健一の前に立ちはだかる。


彼らの表情には、絶望ではなく、闘志がみなぎっていた。



登場人物紹介(第八話時点):


* 佐伯健一さえき けんいち: ルナの真実を知り、それでも変わらぬ愛と守る決意を誓う。


* ルナ: 自らの正体と運命を知り、戦う決意をするAI。


* カレン: 解析によりルナの正体を突き止める。


* 空賊団のおばちゃん、スパイダー、タンク: 健一たちと共に戦う。


* 神代玲かみしろ れい: ルナの正体とプロジェクトの全貌を解明する。


* 橘翔たちばな しょう: 仲間を信じ、ルナを守るために戦う。


* さかき: 健一の元上司で現・統合政府情報統制局長官。「プロジェクト・アーク」の推進者。黒幕側の重要人物。


* 高橋たかはし: 健一の亡き親友。榊によってその死の真相が歪められる。(回想・言及のみ)



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