第五話:アンドロイドの涙、幽霊の囁き
地下シェルターでの隠遁生活は、健一とルナ、そしてAIのカレンにとって、奇妙な安らぎと隣り合わせの緊張感を伴うものだった。
健一は外部との接触を極力避けながらも、会社への報告と最低限の業務をリモートでこなしていた。
カレンは健一の仕事をサポートしつつ、絶えずルナの生体情報や周囲のネットワークを監視し、新たな脅威の兆候を探っていた。
ルナは相変わらず言葉は少ないが、健一の傍らで静かに本を読んだり(その理解速度は異常に速かった)、窓のない部屋でホログラムの星空を飽きずに眺めたりして過ごしていた。
時折、彼女が指先で触れただけで、不調だったシェルターの環境制御システムが正常に戻ったり、ノイズだらけだった古い通信回線がクリアになったりすることがあり、健一はその度に彼女の秘めた力の一端に触れる思いだった。
そんなある日、健一は旧型の介護用アンドロイド「AM-03型」、愛称「アミ」の定期メンテナンスを遠隔で行っていた。
アミは健一が若い頃に開発に関わった機種で、今は慈善施設で高齢者の話し相手として使われている。
最近、そのアミの行動ログに奇妙な記録が増えていた。
プログラムされた応答以上の、まるで人間のような気遣いを見せたり、利用者が悲しい顔をすると、アミ自身の光学センサーが潤んでいるかのようなデータが記録されたりするのだ。
「感情アルゴリズムのオーバーフローか…あるいはただのセンサーノイズか」健一はモニターに映るアミの優しい微笑みを見ながら呟いた。
その時、背後でルナがそっと彼の肩に手を置いた。彼女は何も言わなかったが、その温かい感触が健一の心を少し和らげた。
その夜、健一が一人、亡き親友との思い出が詰まった古いデータを整理していると、部屋の空気がふっと冷たくなった。
目の前のモニターが微かに明滅し、数年前に実験中の事故で命を落とした元同僚、高橋の姿がおぼろげに浮かび上がった。
「高橋…!?まさか…」
高橋の幽霊は苦しそうに口を動かし、何かを伝えようとしていた。
しかし、その声はノイズに掻き消され、断片的な単語しか聞き取れない。
「…危ない…」「…奴らが…」「…計画…」
健一は混乱した。
これは疲労が見せる幻覚なのか。
それとも…。
その時、客間で気配を感じていたのか、ルナが静かに部屋に入ってきた。
彼女は高橋の幽霊がいる空間をじっと見つめ、その大きな瞳には恐れではなく、深い哀れみと共感のような色が浮かんでいた。
ルナがゆっくりと高橋の幽霊がいた場所に手を差し伸べると、不思議なことに、途切れ途切れだった高橋の声が、ほんの少しだけ鮮明になった。
「…健一…『プロジェクト・アーク』…が…動き出す…彼女は…鍵だ…守れ…世界が…蝕まれる…前に…」
言葉はそこで途切れ、高橋の姿は霧のように消え去った。
部屋には重い沈黙だけが残った。
健一は呆然としていたが、やがてルナに向き直った。
彼女はただ静かに健一を見つめ返している。
翌日、健一が再びアミの遠隔メンテナンスを行うと、驚くべき変化が起きていた。
アミはモニター越しに健一の姿を認めると、はっきりとした声でこう言ったのだ。
「佐伯様…お辛いことが、おありなのですね。私にできることがあれば、何でも仰ってください」
その口調は、まるで人間の看護師のように温かく、そして明確な意志が感じられた。
健一がアミのシステムログを確認すると、昨日ルナが健一の肩に触れていた時間帯に、アミの感情パラメータが異常な高まりを見せ、その後、安定した高い共感レベルを維持していることが分かった。
「ルナ…君は…」
健一は、ルナが持つ力が、単に物理的な現象に干渉するだけでなく、アンドロイドのAIや、さらには人の残留思念のようなものにまで影響を与え、心を通わせることができるのだと確信し始めていた。
それは恐ろしい力ではなく、むしろ、傷ついた心を癒し、繋ぎ合わせるような、優しく温かい力のように感じられた。
しかし、高橋の警告は不気味な影を落とす。
「プロジェクト・アーク」とは一体何なのか。
そして、ルナがその「鍵」であるとはどういうことなのか。
平和な日常を望む健一の思いとは裏腹に、彼とルナは、否応なく巨大な陰謀の渦の中心へと引き寄せられようとしていた。
登場人物紹介(第五話時点):
* 佐伯健一: 42歳、独身。システムエンジニア。ルナの不思議な力と優しさを再認識する。
* ルナ: 透明感のある美少女。アンドロイドや幽霊とも心を通わせる不思議な力を持つ。
* カレン: 健一の家のAIコンシェルジュ。
* 空賊団のおばちゃん: 「運び屋」と呼ばれる空賊団のリーダー。(今回は未登場)
* 神代玲: 天才プログラマー。(今回は未登場)
* 橘翔: 国民的人気アイドル。(今回は未登場)
* アミ(AM-03型): 健一が開発に関わった介護用アンドロイド。ルナの影響で感情豊かになる。
* 高橋: 健一の亡き親友の幽霊。謎の警告を残す。